地図男(真藤順丈)
こうして街中で地図を配っていると、あの頃の記憶がまざまざと蘇ってくる。ちょうど30年前、僕はあの地図を受け取ったのだった。
大学受験がちょうど終わって、解放感に浸っていた時だった。まだ合格できるかわからないけど、これまでの自分にお疲れさまみたいな意味で、何か旨いものでも食べて帰ろうかなと思ってブラブラしていた時のことだった。
初めはそこまで意識しなかった。ただのティッシュ配りだと思ったのだ。もらうとももらわないとも決めずに、というか本当に特別意識なんてせずに、でもその男の方へと向かっていった。
そして差し出されたのが地図だったのだ。
それは、地図帳の1ページを強引に破いたもののようで、僕がもらったのは北海道全域の地図だった。
何だコリャ、と思った。地図なんか、それも遠く離れた北海道の地図なんかもらっても、嬉しくもないし使い道もない。ただ、その時は受験が終わって機嫌がよかったのと、行こうと思っていたファミレスがもうすぐそこだったのとで、深く考えることはしなかった。持っていたバッグにしまう直前、地図の端っこに「10950」って数字が書かれていたけど、それもそこまで気に止めなかった。
翌日、バッグの中でぐちゃぐちゃになっていた地図を取り出した。もはやゴミにしか見えなかったが、地図に書かれていた数字が「10949」になっていて僕は驚いた。昨日は「10950」じゃなかったっけ?カウントダウンしてる?でも一体何を?
そんなわけで、何となく気になった僕は、それからその地図をずっととっておくことにしたのだ。
それから30年後。
毎日地図上の数字は一つずつ減っていき、そして30年後ちょうど0になった。と同時に、地図上にあるマークと文章が浮かび上がったのだ。
『ここに宝がある』
もちろん僕だって信じたわけじゃない。けど、本当にちょうど絶妙なタイミングで北海道に行くことになっていた。結婚20周年の記念に、息子が旅行をプレゼントしてくれたのだ。予定では、地図に示された付近には行かないが、その辺の変更はなんとかなるだろう。どうせだからちょっと寄って見よう。別に何もなくたって損するわけでもないし。
旅行の途中、地図上の場所を訪れると、何か勘が働いて足が勝手に動き、それを見つけ出してしまった。電話ボックスを二つくっつけたような大きさの箱が、人目につかないように絶妙に隠してあったのだ。
内部には、一枚の紙切れと、そしてたくさんの地図。
『おめでとう。これはタイムマシンだ。君に贈呈しよう。しかし一つだけお願いがある。30年前に戻って、そこにある地図を配ってもらいたい。よろしく頼む』
だから僕は今地図を配っている。もしかしたら、30年前の自分に会えるのだろうか、と思いながら。これが終われば、後はタイムマシンは自由に使っていいのだろう。どこへ行こうか。何だって出来るじゃないか。しかしまずは、妻を引き入れないとな。あいつは信じてくれるだろうか。
一銃「地図配り」
そろそろ内容に入ろうと思います。
仕事中の俺は、奇妙な男に出会う。
俺はそいつを、「地図男」と呼ぶことにした。
とにかくすごいんだ。関東周辺なら、ありとあらゆる場所を正確に把握している。ここからどれぐらいの距離なのか、どの方向から見たらどう見えるのか、番地や地名の由来まで、何も見ないで即答できるんだ。
でも、すごいのはそれだけじゃない。
地図男が持ってる地図がまたすごいんだ。
地図男は、必要な情報はすべて頭の中に入っているのに、地図を持ち歩いている。何故か。それは、地図に物語を書き込むためだ。
物語。
地図男は、地図の余白に物語を書き込んでいる。それは、ポップでリズミカルな内容で、そして読み手を惹き付ける物語だ。地図男は、その物語を口で語りながら、同時に地図に書き込んでいる。
俺は仕事の合間に地図男を探すようになり、仕事の手伝いをしてもらいながら、同時に地図男の物語も読ませてもらうことにした。
俺は思う。
地図男は、一体誰に向けて物語を綴っているのだろうか。
というような話です。
この著者、今割と話題だったりします。というのも、今年別々の作品で三つの新人賞を受賞した注目の新人だからです。
本作は、ダ・ヴィンチ文学賞受賞作です。で、「庵堂三兄弟の聖職」で日本ホラー小説大賞受賞、そして「RANK」でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しています。同じ年に新人賞三つということだけでもすごいですが、その内の一つがホラー小説大賞というのがかなりすごいですね。ダ・ヴィンチ文学賞とポプラ小説大賞については、割と最近創設された新人賞なので、言い方は悪いけどそれなりに獲りやすいという面はあると思います。ただ、日本ホラー小説大賞は割と伝統ある新人賞で、かつこの賞は、賞に該当するだけの作品がない場合受賞作なしという判断をすることでも有名な賞です(一般的に新人賞にしても文学賞にしても、該当なしという判断はなかなかしません)。それだけレベルの高い賞なので、日本ホラー小説大賞を受賞しているというのはなかなかレベルが高いなと思いました。
ちょっと前にも、久保寺健彦という新人作家が、同じ年に別々の作品で、ドラマ原作大賞選考委員特別賞・パピルス新人賞・日本ファンタジーノベル大賞優秀賞の三つを受賞してデビューというのがありましたけど、最近の新人はなかなか頑張るなぁ、なんて思ったりしました。すごいものですね。
で内容ですけど、これはかなり面白いですね。140ページぐらいのすごい短い小説なんですけど、ぎゅっと凝縮されたような密度の濃い作品で読み応えがあるなと思いました。ストーリーは、主人公である俺と地図男とのやり取りと、地図男が書いた物語が交互に描かれる形で進んでいくんですけど、とにかく地図男の書いた物語には惹き込まれます。グイグイ読まされる感じで、本作を読み終わった後も、地図男の書いた物語をもっと読みたいな、と思えてきます。地図男の地図帳に書かれた物語を全部読んでやりたいですね。
本作では、ミステリではないけど一応ラストにオチみたいなものがあって、僕的にそのオチは大したことはないなぁ、という感じだったんですけど、それでも作品全体としては非常に面白かったし、レベルは高いなと思いました。
読んでて思ったのが、非常に古川日出男に似てるな、ということなんですね。著者は絶対古川日出男の作品を読んでいて、古川日出男のファンだと思うんです。もしこれで、著者が古川日出男の作品なんか一作も読んでないんだとしたら、ちょっとそのシンクロっぷりにびっくりすると思います。それぐらい、文章のリズムや紡がれる物語そのものが、古川日出男小説っぽい雰囲気なんですね。もちろん古川日出男の作品と比べたら重厚さやスケールで負けるし、まあその分本作の方が断然読みやすいわけなんですけど、著者が古川日出男をリスペクトしてるんだろうなぁ、という雰囲気は伝わってきます。
地図男が書いた物語がいくつか描かれるわけなんですけど、ラスト近くで紡がれるムサシとアキルの物語はなかなか圧巻ですね。そしてこれが一番古川日出男っぽい雰囲気を漂わせていると思います。ムサシという少年とアキルという少女がそれぞれ別々に環境を飛び出してその後出会うみたいなストーリーなんだけど、何だかいい話なんですね。他にも、東京都二十三区の区章を賭けて争うバトルだとか、天才的な音楽的才能を持って生まれた赤ちゃんの話とか、短い話しなんだけど読ませます。読めば読むほど、地図男に会いたくなってしまうようなそんな作品ですね。
主要な登場人物は、俺と地図男とあと俺の職場の後輩の名倉という男の三人しか出てこないのに、非常に面白い作品ですね。本作を読めば、間違いなく地図男に会いたくなるだろうと思います。ホントに読んでみたいですね、地図男の地図帳。まあそんなわけで、確かになかなか注目すべき作家かもしれません。他の作品も読んでみたくなりました。是非読んでみてください。
真藤順丈「地図男」
大学受験がちょうど終わって、解放感に浸っていた時だった。まだ合格できるかわからないけど、これまでの自分にお疲れさまみたいな意味で、何か旨いものでも食べて帰ろうかなと思ってブラブラしていた時のことだった。
初めはそこまで意識しなかった。ただのティッシュ配りだと思ったのだ。もらうとももらわないとも決めずに、というか本当に特別意識なんてせずに、でもその男の方へと向かっていった。
そして差し出されたのが地図だったのだ。
それは、地図帳の1ページを強引に破いたもののようで、僕がもらったのは北海道全域の地図だった。
何だコリャ、と思った。地図なんか、それも遠く離れた北海道の地図なんかもらっても、嬉しくもないし使い道もない。ただ、その時は受験が終わって機嫌がよかったのと、行こうと思っていたファミレスがもうすぐそこだったのとで、深く考えることはしなかった。持っていたバッグにしまう直前、地図の端っこに「10950」って数字が書かれていたけど、それもそこまで気に止めなかった。
翌日、バッグの中でぐちゃぐちゃになっていた地図を取り出した。もはやゴミにしか見えなかったが、地図に書かれていた数字が「10949」になっていて僕は驚いた。昨日は「10950」じゃなかったっけ?カウントダウンしてる?でも一体何を?
そんなわけで、何となく気になった僕は、それからその地図をずっととっておくことにしたのだ。
それから30年後。
毎日地図上の数字は一つずつ減っていき、そして30年後ちょうど0になった。と同時に、地図上にあるマークと文章が浮かび上がったのだ。
『ここに宝がある』
もちろん僕だって信じたわけじゃない。けど、本当にちょうど絶妙なタイミングで北海道に行くことになっていた。結婚20周年の記念に、息子が旅行をプレゼントしてくれたのだ。予定では、地図に示された付近には行かないが、その辺の変更はなんとかなるだろう。どうせだからちょっと寄って見よう。別に何もなくたって損するわけでもないし。
旅行の途中、地図上の場所を訪れると、何か勘が働いて足が勝手に動き、それを見つけ出してしまった。電話ボックスを二つくっつけたような大きさの箱が、人目につかないように絶妙に隠してあったのだ。
内部には、一枚の紙切れと、そしてたくさんの地図。
『おめでとう。これはタイムマシンだ。君に贈呈しよう。しかし一つだけお願いがある。30年前に戻って、そこにある地図を配ってもらいたい。よろしく頼む』
だから僕は今地図を配っている。もしかしたら、30年前の自分に会えるのだろうか、と思いながら。これが終われば、後はタイムマシンは自由に使っていいのだろう。どこへ行こうか。何だって出来るじゃないか。しかしまずは、妻を引き入れないとな。あいつは信じてくれるだろうか。
一銃「地図配り」
そろそろ内容に入ろうと思います。
仕事中の俺は、奇妙な男に出会う。
俺はそいつを、「地図男」と呼ぶことにした。
とにかくすごいんだ。関東周辺なら、ありとあらゆる場所を正確に把握している。ここからどれぐらいの距離なのか、どの方向から見たらどう見えるのか、番地や地名の由来まで、何も見ないで即答できるんだ。
でも、すごいのはそれだけじゃない。
地図男が持ってる地図がまたすごいんだ。
地図男は、必要な情報はすべて頭の中に入っているのに、地図を持ち歩いている。何故か。それは、地図に物語を書き込むためだ。
物語。
地図男は、地図の余白に物語を書き込んでいる。それは、ポップでリズミカルな内容で、そして読み手を惹き付ける物語だ。地図男は、その物語を口で語りながら、同時に地図に書き込んでいる。
俺は仕事の合間に地図男を探すようになり、仕事の手伝いをしてもらいながら、同時に地図男の物語も読ませてもらうことにした。
俺は思う。
地図男は、一体誰に向けて物語を綴っているのだろうか。
というような話です。
この著者、今割と話題だったりします。というのも、今年別々の作品で三つの新人賞を受賞した注目の新人だからです。
本作は、ダ・ヴィンチ文学賞受賞作です。で、「庵堂三兄弟の聖職」で日本ホラー小説大賞受賞、そして「RANK」でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しています。同じ年に新人賞三つということだけでもすごいですが、その内の一つがホラー小説大賞というのがかなりすごいですね。ダ・ヴィンチ文学賞とポプラ小説大賞については、割と最近創設された新人賞なので、言い方は悪いけどそれなりに獲りやすいという面はあると思います。ただ、日本ホラー小説大賞は割と伝統ある新人賞で、かつこの賞は、賞に該当するだけの作品がない場合受賞作なしという判断をすることでも有名な賞です(一般的に新人賞にしても文学賞にしても、該当なしという判断はなかなかしません)。それだけレベルの高い賞なので、日本ホラー小説大賞を受賞しているというのはなかなかレベルが高いなと思いました。
ちょっと前にも、久保寺健彦という新人作家が、同じ年に別々の作品で、ドラマ原作大賞選考委員特別賞・パピルス新人賞・日本ファンタジーノベル大賞優秀賞の三つを受賞してデビューというのがありましたけど、最近の新人はなかなか頑張るなぁ、なんて思ったりしました。すごいものですね。
で内容ですけど、これはかなり面白いですね。140ページぐらいのすごい短い小説なんですけど、ぎゅっと凝縮されたような密度の濃い作品で読み応えがあるなと思いました。ストーリーは、主人公である俺と地図男とのやり取りと、地図男が書いた物語が交互に描かれる形で進んでいくんですけど、とにかく地図男の書いた物語には惹き込まれます。グイグイ読まされる感じで、本作を読み終わった後も、地図男の書いた物語をもっと読みたいな、と思えてきます。地図男の地図帳に書かれた物語を全部読んでやりたいですね。
本作では、ミステリではないけど一応ラストにオチみたいなものがあって、僕的にそのオチは大したことはないなぁ、という感じだったんですけど、それでも作品全体としては非常に面白かったし、レベルは高いなと思いました。
読んでて思ったのが、非常に古川日出男に似てるな、ということなんですね。著者は絶対古川日出男の作品を読んでいて、古川日出男のファンだと思うんです。もしこれで、著者が古川日出男の作品なんか一作も読んでないんだとしたら、ちょっとそのシンクロっぷりにびっくりすると思います。それぐらい、文章のリズムや紡がれる物語そのものが、古川日出男小説っぽい雰囲気なんですね。もちろん古川日出男の作品と比べたら重厚さやスケールで負けるし、まあその分本作の方が断然読みやすいわけなんですけど、著者が古川日出男をリスペクトしてるんだろうなぁ、という雰囲気は伝わってきます。
地図男が書いた物語がいくつか描かれるわけなんですけど、ラスト近くで紡がれるムサシとアキルの物語はなかなか圧巻ですね。そしてこれが一番古川日出男っぽい雰囲気を漂わせていると思います。ムサシという少年とアキルという少女がそれぞれ別々に環境を飛び出してその後出会うみたいなストーリーなんだけど、何だかいい話なんですね。他にも、東京都二十三区の区章を賭けて争うバトルだとか、天才的な音楽的才能を持って生まれた赤ちゃんの話とか、短い話しなんだけど読ませます。読めば読むほど、地図男に会いたくなってしまうようなそんな作品ですね。
主要な登場人物は、俺と地図男とあと俺の職場の後輩の名倉という男の三人しか出てこないのに、非常に面白い作品ですね。本作を読めば、間違いなく地図男に会いたくなるだろうと思います。ホントに読んでみたいですね、地図男の地図帳。まあそんなわけで、確かになかなか注目すべき作家かもしれません。他の作品も読んでみたくなりました。是非読んでみてください。
真藤順丈「地図男」
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タイムマシンがあるなら!
ブログを始めたのでよろしくお願いします!
地図男
地図男 (ダ・ヴィンチブックス)/真藤順丈¥1,260Amazon.co.jp新聞でこの本を知り、気になっていて、書店で見つけ、迷わず購入!第三回ダビンチ文学賞らしい。関東の地図帳を持ち歩く男、その地図にかかれた横溢する物語の数々。俺はムサシとアキルの話