からまる(千早茜)
内容に入ろうと思います。
といつも書き出しますが、今日はちょっと内容紹介は省略します。凄く良い作品で、書きたいことが山ほどあるのに、時間がまったくないので。あと、これは言い訳だけど、本書はストーリーがどうっていう部分よりも、全体の雰囲気を感じ取るみたいな作品だから、まあそういう意味でも内容紹介は省いちゃってもいいかな、と。正直、実際に内容紹介を書くにしても、そんな大したことは書けないだろうと思います。
7編の短編が収録されている連作短編集です。それぞれの話が若干ずつ繋がっているような構成になっています。基本的に、恋愛だったり家族だったり、そういう近いようで遠い人間関係を中心に、自分の生き方を見つめたり、悩んだり諦めたり、そういうことをしていく話です。それぞれの短編には、モチーフとなる動物や虫なんかがいて、それが短編のタイトルに反映されています。たとえば「まいまい」はカタツムリです。
それぞれの短編のタイトルだけ書いておきます。
「まいまい」
「ゆらゆらと」
「からまる」
「あししげく」
「ほしつぶ」
「うみのはな」
「ひかりを」
もの凄く雰囲気の良い作品でした。さっきも書いたけど、本書は本当に、物語を楽しむ、というようなタイプの作品ではありません。たゆたうような文章とか、さざ波のような雰囲気とか、そういう部分を楽しむ作品という感じがします。海辺で波の音を聞いているような、そんな気分になれる作品です。
読んでいると、ロウソクの炎を眺めているようなゆらめきを感じます。人が、感情が、生き方が、そういうたくさんのものが安定していない感じ。ふらふらと、ゆらゆらと、たゆたっているような感じで、不安定なまま揺れている。記憶にはないけど、羊水の中で浮かんでるみたい、なんて表現をするとちょっと嫌らしいけど、そうやって何かふんわりとした液体に包まれている中で、少しずつ自分の中に何かが染みこんでくるような、そんな感じがしました。
それでいて、暴力的な部分もあります。液体の中でポワポワしているような感覚が基本なのだけど、時折、心の中に手を突っ込まれてグリグリされているような、そういう感じになります。
それは、僕自身の断片が、色んな登場人物の中に紛れているからだ、と僕は感じました。
一番初めの「まいまい」を読んで、主人公の筒井はホント自分とそっくりだな、と思ってびっくりしました。でも、それ以降のどの短編を読んでいても、そこで描かれる感情に見覚えがあるんですね。全部、僕の中にある。自分がこれまで言語化したことがないような感覚まで、きちんと言葉になっている。
じゃあどうしてそれが、心に手を突っ込まれてグリグリされているような感覚になるのか。
それは、本書で描かれる、自分のものだと思える感情のほとんどが、自分自身の嫌なところ、必死で隠しているところ、どうしようもないところ、だからです。僕は本当に嘘ばっかりの人間で、自分を守るために器用さばかりを特化させてきたような、そんな人間です。人にはそれぞれ、表には出さない感情とか人には見せない部分とかきっちりとあると思うんだけど、僕にもそういう部分が山ほどある。あまり直視したくないもの、向き合いたくないもので溢れている。
でも本書では、そういう感情がむき出しにされるんですね。もしかしたら僕が浸かっているのは羊水ではなくて、自分の体から滲み出した血液なのかもしれない。心をグリグリされて傷ついて流れでた血に浸っているだけなのかもしれない。なんだかそんな風にも思えてくる。
ちょっとだけ、泣きたい気分にもなってくる。僕もそうだし、本書の登場人物たちもそうだと思うのだけど、ちゃんと考えると、きちんと向き合うと自分自身がバラバラになってしまいそうなことがたくさんある。普段は、見て見ぬフリが出来る。もう大人だし、器用さだって身につけている。バラバラになることは回避出来るようにうまく自分の中で調整が出来る。
でも、ふとした瞬間に考える。考えるというか、突きつけられたりする。なんの脈絡のない場面で、するりと滲み出してくる。油断していると、それにやられてしまう。戦いたいわけでも、見つめたいわけでもない。僕は、ただ逃げたい。そうやってずっと生きてきた。
だから本書を読んで、泣きたい気分になるのと同時に、ちょっと安心もする。自分と同じ人間がいるんだな、という安心。ケモノ道だって通る人が多くなれば道になるように、多くの人が同じ場所を通ればそれは簡単には崩せない形を持つ。それは逃げ場としては最適だ。小説の中の話だけど、そんな風に生きている人たちのことを知ると、ちょっとホットする。外国旅行中に日本人に遭遇するみたいなものかな。
凄くぐちゃぐちゃしてくる。一つ言えることは、そんな価値観でも尊重されるべきだ、ということだ。どんな生き方も、どんな逃げ方も、どんなあり方も、肯定されていい。無条件で否定されるべき価値観は、存在してはいけないのではないかと思う。
それを強く感じさせてくれた話が、「ほしつぶ」だ。ここでは、学校の金魚を殺した少年が描かれる。この話は、なかなかにスリリングだと思う。何故少年は金魚を殺したのか。その理由は、傍目から見ている分には絶対に分からない。大人は色んな推測をする。間違った方向に。金魚を殺していいわけではない。しかしそれは無条件に否定されるべきでもない。どんな価値観であっても、肯定される余地はあるはずだと思う。これは自戒を込めて。僕も矮小な人間なので、なかなか人の価値観をするりと受け入れるだけの度量がない。
凄い小説だということは分かる。読んでいると、ビシビシと感じる。でも、何がどう凄いのかを言語化するのが本当に難しい。そもそも、分解して評価することを拒絶する作品な気がする。キャラクターがどうの、文章がどうの、構成がどうのといった要素への分解は、意味を成さない気がする。全体を全体のまま捉えて受け入れる。なんだかそういうやり方でしかこの小説と向きあうことは出来ないのではないか、と思った(言い訳ですけど)。
とにかく、物語を読んでいる、という感覚とは違う作品です。雰囲気を楽しむ、雰囲気に浸る、ゆらめきを捉える、そういう感じの作品だと思います。ちょっとこれは凄い。実は時間がなくて、若干急ぎ目に読んでしまったんだけど、またじっくり読みたいと思わされる作品。これはホント、凄い新人だと思います。是非是非読んでみてください。
千早茜「からまる」
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