1993年12月のことだった。
その年、フリーエージェントで巨人移籍が決まった落合博満内野手(現中日監督)と入団2年目を迎えようとしていた松井秀喜外野手(現ロサンゼルス・エン ゼルス)の対談に立ち会ったことがある。
球界の大先輩との対談というのに、約束の時間になっても松井が現れずに遅刻。そんなハプニングもありハラハラしたことばかりが記憶に残っているのだが、 その中で落合が最後に話した言葉を今でも鮮明に覚えている。
「女遊びをしてもいいし、酒を飲んでもいい。でも、まずすべてに優先して野球を考えろ! まず野球、それだけだな……そうすれば他のことをやる暇はなくな る」
遅刻したことを怒るでもなく、飄々と対談をこなした最後に残した言葉には、落合らしい迫力が込められていた。そしてその落合の言葉があったからかどうか は別として、その後、数年間の松井は野球をまず第1に考え、死に物狂いでバットを振り続けた。
通信課程とはいえ大学に進学する余裕が今の 雄星にあるのか?
「本当にそんな余裕があるんでしょうかねえ……」知り合いのスポーツ紙記者がいぶかっていた。
西武・菊池雄星投手(登録名・雄星)の“大学進学”問題だった。
プロ1年目のキャンプを目前にして菊池が、東北福祉大の総合福祉学部通信教育部に入学願書を提出しているそうだ。書類選考に合格すれば、4月からはプロ 野球選手で大学生という二足のわらじをはくことになる。
もともと読書が趣味という雄星にとり、今回の大学進学は引退後に「教師になりたい」という夢へのスタートだという。
同学部はリポートの提出を中心に、単位を取得。カリキュラムには老人福祉施設などへの2週間の実習も含まれ、最終的には10年以内に124単位を取得す れば卒業して教員免許も取得できる。
もちろん雄星が夢に向かって踏み出すことにケチをつけるつもりはない。むしろ野球だけではなく、自分の将来をしっかりと見つめて、そこに向かって努力を しようという姿には、共感するところも多い。
だが、それが今なのかと考えたときに、フッと思い出したのが落合の言葉だった。
プロの世界は、いうまでもなく厳しい。
たとえ“10年に一人”といわれる天才左腕であろうと、これからは乗り越えなければならない壁がいくつもある。
今はまだ、そのことだけ、野球のことだけに専念して、まず選手として一人前になってからでも、第二の人生への準備は十分ではないのだろうか。
松井秀喜とイチローが挙げる一人前になるための条件とは。
そして野球選手が一人前になるにはどれぐらいかかるのかというヒント として、松井とイチロー(シアトル・マリナーズ)の2人が同じ年数をあげていることを紹介したい。
「3年間、きちっとした成績を残して初めて自信が持てる」
日本を代表する2人のプレーヤーが、軌を一にして「3年」という数字を口にしている。1年、2年、結果を残してもそれが本当に自分のものなのかはわから ない。3年続けてある程度の数字を残したときに、初めて自分のやってきたことに自信を持てる。そしてそこが頂ではなく、そこからがプレーヤーとしての本当 のスタートになると2人が口にしていることも、非常に示唆的だ。
それぐらいにプロの世界を生きていくということは厳しく、全身全霊で打ち込まなければ“一人前”にはなれないということだ。
“夢”を実 現するためには野球に専念する勇気も必要だ。
おそらく今回、雄星が大学に合格しても、しばらくは勉強に割く時間も体力も残らないような 日々が続くだろう。ただ、根がまじめな雄星だけに、そうして思うように大学の勉強に取り組めないことが、逆にストレスになってしまうのでは、という危惧も ある。だからやはりいま、野球以外のことに取り組みだすことは、決してプラスにはならないのではないだろうか。
「すべてに優先して野球を考えろ」
そのために今は“夢”をしまっておく勇気も、必要だということだ。
菊池雄星の大学進学への疑問。~思い起こされる落合の言葉~(1/2) [プロ野球亭日乗] - プロ野球コラム - Number Web - ナンバー