そうばの新・繁盛雑記

しっぺ、でこぴん、馬場チョップ。
ご存知だろうか？
地方によっては名前が変わるかもしれないが、
九州ではこう呼んでいた。

じゃんけんをして勝つと、
この掛け声とともに３回連続であっち向いてホイを行い、
当たった罰を執行するという遊びである。

だいたいこのゲームをやると
しっぺやでこぴんが当たった場合は
罰を与える方は全力で行い、
だいたい罰と同時に悲鳴がこだまする。
しかし、馬場チョップが当たった場合は
消化試合のような雰囲気でおごそかに式は済まされる。
誰も馬場チョップを本気でやらないのだ。

理由は色々考えられる。
まず名前。
僕らの世代は「ジャイアント馬場」の全盛期を知らない。
僕らの知っているジャイアント馬場は明らかに峠を越えており、
動きも緩慢で、プロレスラーと言うより
『クイズ世界は商売商売』の珍回答者のイメージの方が強いのだ。
だからどうしても馬場チョップという響きからは痛さとか激しさを想像できず、
どうしてもイメージに忠実に弱弱しく行ってしまうのだ。

次にリスクが高いこと。
馬場チョップは手の側面部分を相手の頭部に叩きつける技である。
馬場チョップはあくまで通称で、正確には「脳天唐竹割り」と呼ぶ。
手の側面と頭どちらが硬いかなんて問題は
幼稚園児でもわかるとおり、断然、頭の方だ。
つまりこの技はかけている方がかけられている方よりも痛いのである。
こんな馬鹿げた話があるだろうか。

そんな理由などから、長年「馬場チョップ」は不遇の時代を送ることとなる。
しかしその永きに渡る封印は僕が高校３年生の時に解かれた。
忘れもしない。あれは１９９６年の大学センター入試の前日の夜だった。

僕と友人はあまりに長い勉強時間のうさ晴らしから
しっぺ、でこぴん、馬場チョップをすることにした。
運気が低かったのか、じゃんけんで全く勝てず、
ひたすら罰を受け続けることとなった。
友人は日ごろのストレスをしっぺとでこぴんで晴らしていった。
ゲラゲラ笑いながら本気でことに及ぶのだ。
僕の右手とおでこは赤く腫れるのを通り越して青タンになりつつあった。
負けが１０個ぐらい続いただろうか。
キリが無いのでラスト１回という取り決めを結ぶ。

神様は見捨てない。
最後の最後でじゃんけんの神様が僕に微笑む。
「しっぺ、でこぴん、馬場チョップ」とあらん限りの声で絶叫する。

しっぺの神様、降りて来ず。
でこぴんの神様、降りて来ず。
馬場チョップの神様、降臨。

友人はゲラゲラ笑い、安堵の表情。
「ついてないなぁ。はい、どうぞ」
易々と頭を突き出してきた。

馬場チョップの神様が僕にささやく。
「やっちゃいな。私を信じなさい。
　あなたが私を信じるのなら、全盛期の私の脳天唐竹割りを君に授けよう」
神様の仮面をかぶった悪魔に僕は心奪われた。
そして無心に右手を振り上げ、
全身全霊の力をこめて彼の前頭部にお見舞いしてやった。

友人はもんどり打って「うお〜〜」と叫び、目に涙を浮かべ、
のた打ち回っていた。

と、同時に僕の右手は何だか凄いことになってしまった。
激痛を超え、感覚が麻痺してしまった。
僕は右手を押さえながら膝を落とし、そして床を転げまわった。
笑いながら「痛い、痛い、痛い、痛い」と連呼した。
人はあまりに痛いと笑うと言うが、あれはどうもほんとのようだ。
目には涙が流れている。

馬場チョップという禁断の果実の下で
やられた方とやった方が転がり回っている。
馬場チョップとはたいへん危険な技なのだ。
ジャイアント馬場のもうひとつの必殺技「かわず掛け」は
受身が取れないからという理由で柔道では禁じ手とされている。
「『かわず掛け』よりむしろ『馬場チョップ』の方が禁じ手だろ！！」
と僕は思わずにはいられなかった。

翌日のセンター試験でも僕の右手は痺れっぱなしで満足に鉛筆が握れなかった。
生物の点数が全国平均点にも及ばなかったのはそのためだろうと僕は睨んでいる。