【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。



95590b09





 消灯時間。暗い病室のベッドに横たわり、ぼんやりと外を見る。雪が降っていた。天気予報によると、この雪は積もらないらしい。降っては消え、降っては消え、決して積もることのない儚い雪が、空を舞っている。

 背中がかゆくなり、体をよじると、腰に鈍痛がはしった。リハビリで回復しつつあるが、まだ思うように動くことができない。その現実にすら苛立ちがつのる。かゆみをこらえ、ヒサは腹の上で手を組む。そうして楽な体勢で眠りが訪れるのを待つが、一向に眠気はやってこない。苛立ちはますます加速していく。

 ――気持ち悪いんだよ、アイドルなんて。そのへんにいるやつのほうが、よっぽどいいじゃねえか。あいつら、なにを勘違いして笑ってるんだろうな。

 あのときの言葉が脳裏をかすめるたび、全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。くそっ、とベッドを叩きつけた拍子に、体が上下する。

 なにが悪い、好きになったアイドルを応援してなにが悪い、時代のムーブメントに振り回され、本当に好きなものを見つけられず、誰かの否定ばかりして、自分を保っているおまえらなんかより、よっぽどましだ。

 だが、そんな反論も届けたい相手には伝わらない。いや、伝えられなかった。気づけば、言葉よりも先に手が出ていた。相手は3人。敵うわけはない。理性よりも感情が先走った。その結果が、1週間の入院。

 ――おまえももう大人だ。報われない努力じゃなく、現実を見てほしい。

 喧嘩のきっかけを知った父の言葉。それは目を伏せていた確かな事実でもあった。相手は国民的ともいえるグループのメンバー。自分がいくら応援したところで、それは何万人といるファンのひとりに過ぎない。そんな相手に愛を注ぎ続けて、その先に何が生まれるのか。

 一方的な応援。相手も、自分も、何のプラスにもならない。自己満足の世界。自己顕示欲の世界。その成れの果てがこの入院だとしたら、現実を見据える良いきっかけなのかもしれない。

 怒りが、無常へと変わっていく。

 全部無駄だったのかもな……。

 つぶやき、それとなく窓に目を向ける。そこには変わらず降り続ける雪。

 ……ん? 目を凝らす。何かがおかしい。違和感の原因を探るため、少し身を乗り出す。そこでさらに違和感。腰が痛まない。不可思議は続く。ベッドのきしむ音がしない。周囲の雑音も消えている。完全に音が失われている。

 外に見た雪の違和感にも気づく。雪は降っていない。止まっていた。絵画に描かれているかのように、白い粒が空中で静止している。

 まるでそれは時間の止まった世界。ヒサは恐怖心にかられ、ナースコールを押そうとするが、接着剤に固められたようにボタンは機能しない。


 ――っ。

 息を呑む。その音は静寂に包まれ、自分の耳にすら聞こえない。


 まばたく前、そこにその姿はなかった。

 まばたいた後、そこにその姿はあった。

「からだ、だいじょうぶ?」

 音の失われた世界に、凛と響く声。柔らかく微笑む声の主は、ベッドの横にある椅子に腰掛けている。

「心配しないで。だいじょうぶだから」

 それは見慣れた顔。聞き慣れた声。でも決して手の届くところになかった存在。厚い壁の向こうにいた存在が、自分に笑いかけている。

「直接会ったことはあまりないよね。握手会で数えるぐらい、かな。でも覚えてる。ちゃんと、あなたのこと」

 そっと、額に触れる手。暖かい手。確かに血が通った皮膚がそこにある。

「伝えたいことがあってね、きたの」

 覗きこむように顔を見てくる少女を、真下から見る。愛してやまない、すべてを投げだしても応援したい者の姿。

 まあや……。

 声は出ない。唇だけが動く。だが不快感はない。額から伝わるぬくもりが体中に染み渡り、安らぎをあたえてくれる。

「わたし、バカかもしれないけど……ちゃんと分かってる。あなたたちの想いが、わたしを輝かせてくれてるって」

 照れたように笑う彼女は、テレビの向こう側と同じだった。それが無性に嬉しい。

「だから無駄じゃない。あなたのしてきたことは決して、無駄じゃない。自分のしてきたことを否定しないでね。あなたは間違ってないよ。わたしが笑って、踊って、みんなの前に出れるのが、その答え」

 彼女の言葉を聞きながら、ヒサは幸福感に包まれるとともに、寂寥感に苛まれる。

 直感で悟る。

 この幸せは、長くは続くない。

「いつもありがとう、輝かせてくれて」

 心で否定する。それは違う、ありがとうは、こちらが言わなくちゃいけないこと。

 あ……。

 そうか、オレも、彼女に――。 

「ねえ、あしながおじさんって知ってる?」

 髪を撫でてくれながら、彼女は唐突に言う。ヒサは頷こうとしたが、体はいぜん動かない。

「誰にでもいるんだよ、あしながおじさん。わたしにも、きっと、あなたにも」

 彼女は立ち上がる。手の温もりが離れる。笑いかける彼女をひどく遠くに感じる。距離はほとんど変わっていないのに。触れ合っていないだけで、圧倒的な孤独が押し寄せる。


 もう少し、もう少し、傍に――。


 ヒサは声にならない叫びをあげる。


 わかってる、わかってる、わかってるんだ。

 これが夢だって。

 だから、まだ。

 

 彼女はそんなヒサに優しく微笑み、そして、首元に抱きつく。


「まあやのあしながおじさんは、あなただよ」


 ぷつん、と音がする。

 それは頭の中で何かがはじけた音だった。体が動く。ヒサは自由になった両腕で、彼女を抱きしめようとする。しかし両腕は宙を切り、自分自身を抱きしめる格好になった。

「オレのあしながおじさんは……」

 そのまま、つぶやく。

 ――あしながおじさん。それは、貧しい主人公に可能性を見い出し、遠くから援助をする男のこと。アイドルとファンも似たような関係ではないのか。ステージで立ち振る舞う少女を、応援という形で見守る。そしてファンもまた、アイドルを応援することで力をもらう。

 相互作用。お互いがお互いのあしながおじさんとは、なんて素敵な関係なのだろう。

 外は明るみはじめていた。雪はまだ降っている。腰を気にして立ち上がり、窓の傍へと向かう。

「わからないもんだよな」

 外の景色に驚く。予定なんていつだって未定だ。未来は何が起きるかわからない。無駄と思われていることだって、きっと何かに繋がり、何かの役にたつ。無駄があるとすれば、それは何もしないこと。

「オレはオレの気がすむまで応援させてもらうよ。きみを輝かすため……そしてオレも……」

 外は一面の銀世界。

 積もらないはずの儚い雪が、世界を白へと変えていた。


20141031-16



原案:ひさ様

メンバーとの関係性
アイドルとファン(握手会で少し顔見知り程度)

言われたいセリフ
『まあやの足長おじさんは貴方だったんですね!?』

※管理人注:内容にともない、台詞を一部変更させていただきました。




【本企画の内容及び募集案内はこちらから⇒