【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。
日本を離れ、遠い異国の地での生活が終わろうとしている。
海外生活は、最初こそ慣れなかったが、住めば都とはよく言ったもので、3ヶ月にして何不自由なく暮らすことができるまでになっていた。空に関わる仕事に就きたい。幼い頃、ひとつうえの幼なじみに宣言した夢を叶え、航空管制官となった朔太郎(さくたろう)に待ち受けていたのは、長期にわたる海外研修だった。
(長かったな)
戸惑いの連続だった日々を思い返し、朔太郎は身の回りの整理をはじめる。今日は久しぶりの終日オフ。とはいえ、学ぶことが非常に多く、スケジュールも過密を極めているため、オフであっても、仕事のために頭を働かせていないと、すぐに置いていかれてしまう。幼なじみが昔、「夢は叶えてからがしんどいんだよ」と、したり顔で言っていたのを思い出す。
夢を叶えてないやつが何を偉そうに、と思い返しながら、生活用品をダンボールに詰めていく。すでに研修期間を終え、あとは日本に戻るだけになっていた朔太郎は、研修最後となるオフの今日、部屋の片付けや身辺整理にあてていた。
日々、業務に忙殺されていたが、充実感もあった。さっぱりとした部屋を見渡し、必死で知識を詰め込んだデスクの前にたつ。そこには、最後に片付けようと思っていた写真立て。中には、海外研修に出立する当日、羽田空港で撮った写真が飾られている。
写真には、朔太郎と、その幼なじみの一実が並んで収まっている。ただの友達ではない。かといって恋人でもない。微妙な関係のまま、ふたりとも大人になってしまった。
「もう、決めつけたりはしないよ」
朔太郎は、泣き顔で写る一実に言葉をかける。そして写真を一番上に置き、ダンボールのフタを閉める。
――朔太郎の帰国は、もうまもなくだった。
「ポジティブ、ポジティブ!」
ベンチの上に靴を脱いであがり、両手を空にかざして叫ぶ幼なじみを見て、朔太郎はため息をつく。
「それでなにが変わるんだよ……」
「気持ち」
一実は腰に手をあて、高いところから朔太郎を見下ろす。
「気持ちをバカにしちゃだめ。できるって信じてやれば、できないことなんてないんだよ」
んな、無茶苦茶な。と思ったが声には出さない。ひとつ上のこの幼なじみは、気持ちの持ちようで、結果を変えられると本気で思っている。
「よいしょっと」
一実は靴めがけて飛び降りる。風をはらみ膨らんだ制服のスカートを正すと、ベンチに置いてあったカバンをつかむ。
「うん、これでだいじょうぶ」
「それでだいじょうぶなら、明日の受験、みんな合格だよ」
「あら、それも素敵ね」
一実は明日、大学のセンター試験を控えている。周りが最後の追い込みをかけているこのタイミングで、彼女は一切の勉強を放棄し、ここで空に向かって、ポジティブと叫んでいた。その奇想天外な行動に、朔太郎は頭を抱えつつも、内心、安心する気持ちもあった。
一実はいつだって平常心だった。幼稚園の頃からの長い付き合い。その中で分かったことは、一実は決して流されない。何物にもなびかず、常に自分の心の望む方に進んでいく。
いつからか、朔太郎はそんな一実に想いを寄せていた。だが、口に出す気はない。きっと一実は、笑ってこう答えるだろう。冗談言わないの。付き合いが長いからこそ分かる未来図を辿りたくはなかった。
「大学受かったらさ、さくくんとも、今までみたいに会えなくなるね」
帰り道、一実はあっけらかんとした口調で言った。
「寂しいか?」
本心を隠しつつ、少しおどけて聞いてみる。
「寂しいよ」
一実の即答に、朔太郎は一瞬、言葉に詰まってしまう。まさか、そうくるとは思わなかった。
「でもね、しかたないよね、ずっと一緒にはいられないんだから。……ん? どうしたの? びっくりした顔して」
「いや、寂しいなんて言われると思わなかったから」
「なんで? 寂しいに決まってるよ。さくくんは寂しくないの?」
「それは……」
「ふふふ。分かってるって。さくくん、いつも強がってるけど、ほんとは寂しがり屋だもんね」
一実は笑顔で言って、指で鉄砲の形をつくると、朔太郎の心臓に突きつける。
突然のことに驚いていると、彼女は指先に力をこめ、ひとりごとのように言った。
「さくくんのこと、好きだよ」
そのまま、指で体を押される。その強さよりも、言葉の衝撃に2、3歩後ずさる。
笑顔の彼女は、ぱん、と銃を撃つポーズをとった。
なんの冗談だよ、それ……。
朔太郎は銃口から目をそむけ、空を仰いだ――。
朔太郎にとって、一実は雲だった。とらえどころのない、いつもふわふわと自由に漂っている。その雲を自分ひとりのものにできるなんて、思っていなかった。 小さい頃から一緒だったからそれが分かる。一実は自由だからこそ、一実でいられる。それを自分の想いを果たすためだけに、束縛などできるわけはなかった。
「でも、ほんとにさくくんはすごいよね。ちゃんと夢を叶えちゃうんだから」
その日の一実はずっと上機嫌だった。別れの日とは思えないぐらいの機嫌の良さに朔太郎のほうが戸惑ってしまう。
「最後なんだから、もう少し悲しそうにしてもいいんじゃないのか」
「最後、とか縁起悪いこと言わないの」
額を軽く叩かれる。
「もう会えなくなるわけじゃないし。ポジティブ、ポジティブ」
それは魔法の言葉だった。一実がそう言うと、すべてがうまくいく気がする。現に彼女は、その言葉を武器に、順風満帆な生活を送っている。大学も一発で合格、今は大手企業に就職し、すでに頭角を現しはじめている。これで恋人でも作れば、よほど道を踏み外さない限り、明るい未来が保証されたようなものだろう。
いや、もしかしたら自分が知らないだけで、そういう仲の男がいるのだろうか。
「かず、さ……」
しばらく会えない。その事実に背中を押され、今まで聞いたことのない質問を口に出す。
「まだ、誰とも付き合ってないのか?」
「どうしたの? さくくんがそんなこと聞くなんて、めっずらしい」
「心配なんだよ、俺は。このまま歳とったら、誰にも、もらわれなくなるぞ」
「さくくんがいるじゃん」
「は?」
「そのときは、さくくんにもらってもらうから、いーの」
「なんだよ、それ」
ふふふ、と一実は含み笑いをして、後ろで腕を組む。
「なーんてね」
「……なんだ?」
「そんなの嘘。ねえ、ドラマみたいだった?」
からかうように言う一実に朔太郎はため息をつく。怒る気にはなれなかった。一実はこういうやつだ。おそらくこれは、彼女なりの心遣いなのだろう。明るく送り出しているつもりなのだ、これで。
「そうだよな。そんなわけないよな」
朔太郎は若干の落胆の色を隠そうと、腕時計に目を落とす。予定の時間が迫ってきている。
「それじゃ、そろそろ――」
言葉が止まる。上げた視線が、一実の表情をとらえる。見たことのない、幼なじみの表情がそこにあった。
「さくくんのバカ」
どんなときだって飄々としてた彼女の泣き顔を、朔太郎は今、はじめて見る。
「いつもそうやって、わたしの気持ちを勝手に決めつけてる」
朔太郎は意味が分からず、その場で立ち尽くす。目の前で泣いてるのは、本当にあの幼なじみなのだろうか。あまりに自分の想像とかけ離れた言動に面食らってしまう。
「わたしのこと、なにも知らないくせに。悲しいって言ったって信じてくれないんでしょ」
一実の言う通りだった。信じられない。一実はそんなこと気にもしない性格のはず。元気でいってらっしゃい、待っててあげるから。そう笑って送り出せる性格のはずだ。それがなんで……。
「泣いてる、のか?」
頬を赤く染め、涙をあふれさす相手に言う言葉ではなかったが、無意識に口をついたのは、その言葉だった。
「わたしは、弱いんだよ……さくくんは気づいてないだけで」
――もしかして俺は、とんでもない思い違いをしていたのか。
朔太郎は混乱する頭で振り返る。自分が心で考えていた一実という存在。さばさばと、どんな辛苦も笑って乗り越えていく、そう思っていた。だから今回の別れだって、一実にとってみれば些細な出来事のひとつ。そう思っていたが、それは違うのか。
「あのときの返事、聞かせてくれないかな」
一実が、ぽつりと言う。あのとき……思い出せない。
「きっとさくくんは冗談だと思ってるだろうけど、あれ、本気だったんだよ? って、きっとこれも、冗談と思われちゃうんだろうね。あー、我ながら損な性格だなー」
一実は自嘲するかのように笑うと、たっ、と軽いステップを踏み――
「言葉じゃ全部伝えられないから」
そう言って、朔太郎に飛びつく。
「かず……」
「何も言わないで」
一実は、朔太郎の胸に顔をうずめたまま早口で言う。
「さくくんは、頭が良いから。わたしの言葉以上のことをいつも考えてる。わたしもひねくれ者だから、本当の気持ちを言うのがすごく恥ずかしい。でも、今だけは頭を空っぽにして。わたしの言葉だけを信じて。わたしも今だけは、本当のことを言うから」
一実が下から見上げてくる。その瞳は熱く潤んでいる。腰に回された手が、強く体を抱き寄せる。それは彼女の決意の現れのようだった。
「さくくんのこと、ずっと見てた。好きだった。でも伝えられなかった。伝えたら、この関係が崩れそうで、怖かった」
なんだよ、それ……。朔太郎は胸中でつぶやく。同じじゃないか。俺も同じだ。一実を好きだった。それと同じぐらい、気兼ねなくなんでも話せる、幼なじみという関係が好きだった。そしてそれを崩すことが怖いから、一歩を踏み出せずにいた。
まるで同じ。お互いが一歩を踏み出せないまま、今ここにいる。
「でも、もう壊れてもいい。こんな気持ちのまま会えなくなるほうがよっぽど辛い」
一実は目線を逸らさず、まっすぐ朔太郎を見る。
「わたし、待ってるから。さくくんが戻ってくるまで、待ってるから。だから、だから……」
朔太郎は一実の言葉を遮るように、背中に回した手に力を込める。
一実の、待ってる、という言葉。そこにはふたつの意味がある。ひとつは、思い出した、あの日の告白。大学受験前の出来事。その答え。もうひとつは、この出張を無事終え、戻る日のこと。
互いの気持ちはひとつになった。ならば恐れることは何もない。
朔太郎は一実の髪を撫でながら言う。背中の中ほどまでに届く長い髪は、黒く艶があり、一実の自慢だった。昔からこの髪型を変えてはいない。そういえば子どものころ、何か大きなことがあったら短くするんだ、と言っていたのを思い出す。
その自慢の髪を指ですくいながら、朔太郎は一言だけを伝える。
「わかったよ」
一実が頷くのがわかる。
朔太郎は強く抱きしめる。
それから、長い時間が経過する。
一実が顔を上げる。朔太郎はその顔を見る。笑っていた。涙のあとが頬に残っている。
「あのときの答え、伝えるよ」
一実は、うん、と頷く。
「俺は、かずを幸せにする」
一実は頷き、微笑む。
「これだけ待ったんだからね。その分、ちゃんと幸せにしなさいよ」
「ああ、任せとけ」
「なんだか男らしくなったね」
「かずも綺麗になったんじゃないか」
「そんな恥ずかしいこと、平気で言えるようになったんだ。変わったね」
「言葉にしないと伝わらないからな。もう同じ失敗はしない」
「わたしも……うん、これからは素直になろうかな」
「かず、久しぶりに聞かせてくれないか」
一実は朔太郎の言葉の意味をすぐに悟る。そして両手をかざす。
「ポジティブ、ポジティブ」
気持ちひとつで未来は変えられる。朔太郎はそれを信じる。
一実を好きという気持ちは、子どものころから変わらず、もどかしいすれ違いを幾度となく繰り返し、長い別れを経ても消えることはなかった。
だから、今がある。好きという気持ちが、今をつくった。そして、今が未来となる。
この先の未来、足並みをそろえた一実となら、きっとだいじょうぶ。
髪を短く切り、見違えるほどに美しくなった一実を見て、朔太郎は魔法の言葉をつぶやいた。
原案 さくたろ様
ヒロインとなるメンバー
高山一実
メンバーとの関係性
年上の幼なじみ・友達以上恋人未満
言われたいセリフ
『私、待ってるから! さくくんが戻ってくるまで待ってるから! だから、だから・・・(グスッ)』
その他
主人公の職業は航空管制官、羽田空港勤務から海外長期研修へ向かうことになる。
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コメント
コメント一覧 (2)
オルゴールバージョンの曲をBGMに朗読して欲しい。
そう、乃木坂浪漫のように。
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