【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。

20151023-01
 

 手のひらに汗がにじむ。喉が渇くが、これからの長丁場を考えると、あまり水分は補給しないほうがいい。席を離れて、大事なところを見逃したくはなかった。

 ついにきたんだな……。

 巽(たつみ)は席に座り、ぐるりと会場を見渡す。次々と客が自分の席についている。ステージ上部には、きらびやかな装飾で彩られた「乃木坂46」の文字。それを見るだけで昂ぶる心を落ち着かせることができなくなる。

 席に深く腰かけ深呼吸。隣の席の女の子が、膝に抱えたカバンの中からタオルを取り出し、首にかけた姿が、視界の端にうつる。そのなかで気になるものを見つけ、咄嗟に、すみません、と声をかけた。

「なんですか?」

 こちらを向いた顔は童顔で、声も幼い。まだ高校生ぐらいだろうか。女の子は怪訝そうな顔をしている。

「あの、それ」

 巽は、タオルを指差す。そこには「中元日芽香」の文字。

「ひめたん推し?」

 巽の問いかけに、女の子の態度は一変し、まるで友だちを見つけたかのような雰囲気に様変わりした。弾む声で、はい、と返事をして、笑顔で同じ質問を返してくる。

「あなたもひめたん推しなんですか?」

 応援はしている。しかし、推しているかと言われると、なんだか違う気がする。その微妙なニュアンスの違いを説明をしても、おそらく伝わらないだろう。ここは素直に認めたほうが話が早い。

 照れたように頷くと、女の子は体ごと巽に向けてきた。

「一緒ですね! 実はわたし、今回がライブはじめてなんです」

 女の子が急にテンションがあがったのは、そのせいかもしれないと巽は思った。きっと心細かったのだろう。乃木坂46は女性人気の高いグループではあるが、やはりアイドルグループに変わりはなく、男性ファンが圧倒的に多い。そこにひとりでくるのは、さぞ勇気がいることだ。

「隣の人が怖い人だったらどうしようと思ってて。まさかひめたん推しの方と隣同士になれるなんて、ほんとに嬉しいです」
「ひめもきっと嬉しいと思うよ。女の子に応援してもらえるのは」

 女の子は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべると、すぐに笑顔に戻る。

「珍しい。ひめって呼ぶんですね?」

 中元日芽香は、ファンの間では、ひめたんの愛称で呼ばれている。それ以外の呼び方で呼ぶファンは珍しい。日芽香との関係を気取られたくない巽は、彼女の呼び方には気をつけていたが、癖はなかなか抜けず、ふとした拍子に、いつもの呼び方をしてしまうことがある。

 そういえば本人は周りから、ひめ、と呼ばれることに抵抗を感じていたが、俺には何も言わなかったな……。

「おかしい、よね」

 恐る恐る女の子の反応を見ると、さして気にした様子もなく、

「ひめたんを、ひめって言う人、はじめて見ました」

 と、あっけらかんとしている。

 気にしすぎか。巽は苦笑して、ステージに目を移す。ステージから三列目のほぼ中央。実際の距離以上に舞台を近くに感じる。これからここでライブがはじまる。

「楽しみですよね」

 女の子の声に頷く。

「わたし、今回のライブだけは絶対に生で見たかったんです」

 開演時間を控えた会場は、一秒ごとに熱気が高まっていく。高揚感に煽られ、女の子の頬が赤く染まっている。

「ずっとひめたんのことが好きだったんです。でも、なかなか表に出てこないのが悔しくて。いくらあんな事件があったとはいえ、ひめたんがセンターにならないのはおかしいと思ってました。写真ひとつでいつまでも責められるなんてかわいそうです」

 あんな事件。そうか、この女の子はそれを知ってるのか。

「でも、やっとひめたんがセンターになって、もう、嬉しくて嬉しくて。親は反対してたんですが、それを押しきって参加しちゃいました」

 女の子の話を聞きながら、巽はステージを見つめる。


 ――あなたのこと、ライブに呼ぶ決心がやっとついたの。お願い。わたしの今を見にきて。


 幼なじみの声が脳裏によみがえり、心が過去の風景をうつしだした。





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「たっくんはわたしのこと好き?」

 幼稚園の入園式の帰り道、お互いの母親にはさまれた中で、日芽香は唐突にそう言った。巽は、そんなわけないだろ、と否定しようとしたが、彼女のその真剣な眼差しに目を伏せる。

「わたしはね、大好きだよ」

 母親が微笑ましそうに笑う。それが恥ずかしくて巽は、

「俺は嫌いだ」

 と心にもないことを言うが誰も信じてはいなかった。

「たっくんはあまのじゃくだなぁ」

 日芽香はおとなぶった言い方で巽を見る。

「でもいいんだ。わたしはそんなたっくんを必ず振り向かせるんだから」

 なに言ってんだ、こいつ。

 まだ恋という感情を知らない巽は、むじゃきな幼なじみの言葉を理解することができなかった。

 幼なじみは、何がそんなにおもしろいのか、ころころと笑い、巽の手を握る。

 巽は照れながらも、その手を握り返した。

 暖かな手だった。





 昔のことを思い出しながら、小石を蹴飛ばす。おもったより遠くに飛ばなかった。どうやらポイントがずれていたらしい。もっと飛べよ、巽はつぶやき、次の石を見つけるため、視線を落とす。外の世界を遮断するようにイヤフォンを付け、猫背で歩く巽の周りには誰もいない。

 高校に進学して2年。帰り道を一緒に帰る友達はひとりもいなかった。

 友だちなんていらない。心の底から繋がれる友だちなんて、作ろうとしてできるものではない。うわべだけの付き合いなんて、結局は裏切られ、傷つけられるだけ。そんなのもうこりごりだ。

 頭をよぎる思い出。幼なじみで、誰よりも大切だった友だちを、どん底に突き落としてしまったのは、自分自身。その罪はどうあっても償えるものではない。

 自然とはや歩きになる。ここは、その幼なじみとよく通った道。帰るにはどうしても通らなくてはいけない。嫌な思い出をよみがえらせないよう、なかば駆け足のように通り過ぎようとする。それはいつものことだった。いつもここを通るときはそうしている。

 でも、今日は違った。

 巽はぴたっと立ち止まる。顔が驚きのまま凍りつき、他の表情をつくれない。巽の前に、道を塞ぐように立つ人物がいた。彼女は立ち尽くす巽に近づくと、片耳のイヤフォンを、自分の耳へと入れる。そして流れている音楽を確認すると、少しだけ寂しそうに微笑む。

「ありがとう。わたしたちの曲、聴いてくれて」

 名前を言うことができなかった。中学校までずっと近くにいた幼なじみ。それなのに、今は一番遠くの存在になった彼女が、今、ここにいる。なぜ? という気持ちよりも、その存在感に圧倒された。別れたときと背格好はそんなに変わっていない。それなのに、この輝きはなんだろう。直視することすらはばかれる。

「どうしたの?」

 その大きな瞳も昔のまま。でも、昔の幼なじみではない。彼女はもはや有名人。テレビの向こうの世界に生きる者。

「……って、それはたっくんの言葉だよね。ごめんね、びっくりさせちゃって」

 アイドルグループの乃木坂46。そのメンバーとなった幼なじみ。

「帰ってきちゃった」

 スキャンダルで謹慎となっている中元日芽香が、そこに立っていた。





「わー、たっくんの家、久しぶりー」
「あんまり見るんじゃねえよ」

 幼なじみが部屋にくる。それは数年前までは見慣れた光景だった。しかし今は状況が違い過ぎる。相手はただの幼なじみではない。全国にファンを持つアイドルグループのメンバーなのだ。

「おまえ、だいじょうぶなのか」

 状況だけではない。見た目も雰囲気もまるで違う。ひどく大人びて見え、自分が子どもに思えてくる。

「なにが?」

 そんな中、昔と変わらないままの大きな瞳を向けてくる。

「謹慎中なんだろ? こんなところにいていいのかよ。もし俺と一緒にいるところを見つかったら完全にアウトだろ」
「だいじょうぶだよ」

 巽のベッドに腰かけた日芽香は、口に手をあてて笑う。

「だってね、わたしのことなんて誰も気にしてないもん」
「おまえな……」

 こういうネガティブなところも、昔と変わっていない。

「それに、田舎に戻って少しゆっくりしておいで、って言われたからだいじょうぶなんだよ」
「にしても、問題のあった相手の家にくることはないだろ」
「だったらあのまま立ち話のほうがよかった?」
「それこそ危険だ。誰に見られてるかわからない」
「でしょ? だからこうするしかなかったんだよ」
「いや、そもそも俺に会いにくることが間違っ――」

 日芽香の視線に気づき、巽は言葉を止める。でた。この瞳だ。これがでると、もう何も言えなくなる。大きな瞳はまるで心の中を見透かしているようだった。

「やっぱり、迷惑だった?」

 日芽香の瞳に囚われた今、嘘はつけない。

 もう会うことはないと思っていた。嫌いになったつもりだった。いや、嫌いになろうとした。自分の不注意で日芽香をこんなにも追いつめている。それはあの写真を流出させたことだけではない。幼い頃。日芽香の想いを、恥ずかしくて受け止められなかった。そのことがいまだ頭に残っている。

 だから日芽香を好きな自分に気づいても、何も伝えることができず、彼女は遠い存在になってしまった。

 もう日芽香と交わることはない。そう思っていた相手が突然目の前に現れたとき、巽の心を占めた感情はただひとつ。そのことに巽自身が何より驚いていた。

 俺にとってひめの存在は、こんなにも大きかったんだな。

 巽は目を伏せ、恥ずかしそうに言う。

「……すげー嬉しい」

  それが本心。偽れない心。

 巽の言葉に、日芽香は今日一番の笑顔を見せた。

「わたしもだよ、たっくん」

 その表情に、感情があふれた。一番言わなくてはいけないこと。その言葉よりも先に感情が口をついてしまう。いつしか目からは涙、口からは嗚咽がもれていた。

「ごめん……俺のせいでこんなことになって……」

 やっと紡げた言葉に、日芽香は静かに首を振り、立ち上がって手を握ってくる。

「わたしこそごめんね。ひとりで苦しませて。苦しいことなら……一緒のほうがいいもんね」

 手から伝わる温もり。

 暖かさも、昔のままだった。

 だったらきっと、気持ちもあのときのまま……。

「あのさ……」

 うん、と日芽香が続きを促してくる。巽は涙を拭き、一息で言った。

「ひめは、まだ俺のこと好きか?」
「……その聞き方はずるいよ」

 日芽香は手を離し、巽に背中を向ける。

「相手の気持ちを聞くなら、まずは自分から言わないと」
「悪い……」
「ううん。聞かせて。たっくんの気持ち」
「俺はひめが好きだ」

 日芽香は振り向いた。顔を見せてくれた。笑顔だった。そしてシンプルな答え。

「わたしはね、嫌いだよ」
「そっか……」

 それはあのとき、幼い日芽香の告白を聞いた俺が言った言葉と同じ言葉だった。

 なんとなく答えはわかっていた。アイドルは特定の誰かを好きになってはいけない。幼なじみと写った1枚の写真ですらスキャンダルとして持ち上がるのが日芽香の職業。恋愛関係なんかが知れ渡ったら、それこそアイドルして二度と再起できない。

「ねえ、たっくん」
「ん?」
「わたしのこと好きってさ。それってわたしがアイドルだから?」
「違うよ」

 むしろアイドルであることを恨んでいる。その職業じゃなかったらもっと話は簡単だったはずなんだ。

「だったらなに?」
「何年一緒にいたんだよ。俺はひめのどんなファンよりもひめのことを知ってる。アイドルのひめのほうが知らないぐらいだ。だからアイドルとかアイドルじゃないとか、そんなの関係ない。俺はひめが好きなだけだ」

 最後まで言って、日芽香の大きな瞳から逃れるように目を背ける。振られてるのにまた告白するなんて未練がましくて嫌になる。

「ありがとう」

 日芽香がどんな表情かは分からない。

「わたしはわたし自身のために、誰も好きにならないことを決めたの。誰に決められたものじゃない。わたしのために、わたしが決めたこと。だから守らないといけないの」

 日芽香の手が、巽の両手を包み込む。

「でもね……いつかそのときがきたら、ちゃんとたっくんを見るからね」

 上げた瞳に映った日芽香は、笑い、そして、泣いていた。





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 拳を握る。

 自分の体温が高まり、温もりを感じる。それは彼女の手の温もりを思い出させた。

 あいつも今、それを感じてるのかな……。

「ペンライト持ってます?」

 ステージを見つめる巽に、女の子が話しかける。その手には2本のペンライトが握られていた。

 巽は首を振る。

「それなら……」

 女の子がその2本を手渡してくれる。巽は目線で、いいの、と問いかけた。

「えへへ、実はですね」

 そういえばこの子、なんとなくひめに似てる。ファンは推しに似るって言うけど本当かもしれないな。

 巽がそう思いながら見ていると、女の子はカバンからさらに2本のペンライトを取り出す。

「いっぱい持ってきちゃったんです。多いほうがひめたん喜んでくれるかなって。あ、使い方わかります?」

 女の子はペンライトのスイッチを押し、淡い光を灯す。メンバーが好きな色のペンライトを振ることで、そのメンバーを応援している、という意味になる。

 手渡されたペンライトの明かりはピンク。日芽香が昔から好きな色だった。

「変わってないんだよな、なにもかも」

 巽は呟き、ピンクに光るペンライトをそっと握り締める。

 それは彼女の手のように暖かい。

 ライブ開演は、すぐそこに迫っていた。



 ライブはまさに熱狂といってよかった。自然と体が動き、気持ちが高揚してくる。この時間が永遠ならいい。終わってほしくない。巽は何度もそう思った。

 そのライブも終盤を迎える。何度も巽と日芽香の視線は交錯するが、彼女は自然体だった。他のファンに向ける笑顔と同じ表情、アクションを投げかけてくる。巽もまた一ファンとして、日芽香に向け必死にペンライトを掲げた。

 自分とひめは、アイドルとファンの関係。それ以上は求めない。俺はあの日以来、ひめをアイドルとして応援することを決めた。だから、これでいい。

 胸に残る一抹の寂しさは無視する。この感情を日芽香にぶつけることは、なにより彼女が傷つく。その姿はもう見たくはなかった。

 ポジションが変わり、日芽香が中心に出てくる。次の曲は彼女がセンターの曲。3年。その長い年月を費やし、ついに掴んだポジション。そこに違和感はない。むしろ中心以外にいる姿こそ不自然だった。立ち位置0番、センターポジションこそ彼女の居場所。

 そしてその場所に立ったからこそ、彼女は自分をライブに呼ぶ決心を固めたのだろう、と巽は思っていた。


 前奏がはじまる。歌い出しの日芽香はいつにも増して神々しい。



♪君は僕と会わない方がよかったのかな♪



 すでにCDでさんざん聞いたはずなのに、面と向かって歌われると心への響き方がまるで違った。君は僕と会わない方がよかったのかな……。それは巽が日芽香に言いたいことだった。脳裏に後悔の記憶が奔流となって押し寄せてくる。

 悲しかった。大好きな女の子が遠くに行くことが。でも嬉しかった。その女の子が周りから認められていくことが。

 だから自慢した。こいつ俺の幼なじみなんだぜ。そうクラスで言ったあの日。ふたりで映ってる写真ないの? そんな問いに誇らしげに写真を見せびらかし、アルバムを持ち出したあの日。写真が無くなっていたことに気づき、その写真がインターネットに流れたあの日。もし戻れるのなら、どの「あの日」に戻ればいいのだろう。



♪君は僕と会ってしまってまわり道したかもしれない
僕よりもっと 大人の誰かと 恋をしてたら 今頃……♪



 言葉は耳にではなく、心に響く。ひとつひとつが日芽香の言葉に聞こえた。


 確かに俺たちはまわり道をしてきたかもしれない。

 けど。

 無駄な道なんかじゃ決してなかった。



♪タイムマシン乗って
二人が出会う前に行こう
君に話しかけずに
通り過ぎてしまおう♪



 なあ、ひめ。

 巽は心で問いかける。

 俺たち出会わなかったら、どうなってたんだろうな。

 巽は思い出す。子どもの頃の彼女、異性として意識した彼女、そしてアイドルとしての彼女。どれもみんな同じ。どこにいたって、何をしていたって彼女は光り輝いている。


 だから、無理なんだよ。

 出会わなかったら、なんて考えることが。

 いくらひめが俺に話しかけないで通り過ぎたって。

 輝いているひめを、俺が見つけるんだから。



 ステージの上の日芽香を見て巽は思う。

 ひめの笑顔はなによりもまぶしい。あの瞳に吸い込まれない心なんてないだろう。それはひめが自分自身に課したルールを守っているからに違いない。それを俺が邪魔しちゃいけない。俺の気持ちを押し付けちゃいけない。俺はただのファンだ。中元日芽香を応援するファンだ。好きな気持ちはとめられない。でもそれを口にするのは今じゃない。今のひめを絶対に邪魔できない。

 ん?

 ステージ上の異変を感じ、ペンライトを振ろうとした手が止まる。

 日芽香がこちらを見ている。まっすぐに。その瞳は、アイドルの日芽香ではない。分かる。巽には分かった。幼なじみに向ける視線。あのときのまま、昔のまま、嘘もなにもつけなくなる、まっすぐな瞳。

 脳裏によぎる昨日の記憶。久しぶりの電話で彼女が言った言葉。


 ――聞いてほしい曲があるの。その曲はね、わたしの気持ち。ずっと胸にある気持ち。その気持ちがあるから、わたしは今もがんばれる。


 幼い日芽香の声がする。

「わたしはね、大好きだよ」

 
 告白をした日の日芽香の声がする。

「わたしはね、嫌いだよ」


 そして今の日芽香の声がする。

 幼かったあのとき、告白をしたときと同じ声で。


♪だって 今も……




 音楽が止んだ。声援が激しく響く。メンバーが下がっていく。アンコール。再登場。日芽香は、乃木坂46の中元日芽香に戻っていた。

 ライブが終わると、隣にいた女の子が興奮気味に話しかけてきた。

「すっごいよかったですね!」

 巽が相づちを打つ暇もなく畳み掛けてくる。

「とくにひめたん! さいっこーでした!」

 日芽香の推しタオルで汗を拭きながらも女の子の熱弁は止まらない。

「はじめて生で見たからかもしれないけど、ひめたん、目がキラキラしてました! まるで好きな人がいるみたい!」
「え?」
「だってそうじゃないですか! あんな輝いた顔、誰かを好きじゃないとできませんよ!」
「どうしてそう思うの?」
「もー! 理屈じゃないんです!」

 ライブの興奮からか、女の子も自分で何を言っているのか分からないようだった。

「そっか……ひめは誰かを好きだからあんなに輝いてるのか」
「そうですよ、きっと。ひめたんが好きな人ってどんな人なんだろうなぁ」
「悲しくないの?」
「なにがですか?」
「え……いや、ひめにさ、好きな人がいるってこと」
「いいんじゃないですか。それでひめたんがきれいになるなら」
「そうなんだ」
「でも、ひめたんは恋愛なんてしませんよ。たとえ恋愛をしても、それを捨てて仕事をとります。ひめたんはそういう人です。もうスキャンダルなんて絶対に起こしません!」
「言ってることが矛盾してるような……」
「んー! 好きなのと恋愛は違うんです! 好きなのはよくて恋愛はだめで、あー、もうひめたんがきれいならなんでもいいんです!」
「ご、ごめん。とりあえず落ち着いて」

 そんな話をしながら、巽たちは係員に誘導され会場を後にした。

 女の子とは会場の外で別れた。別れ際、絶対にアイドルになります!と宣言していたが、彼女だったら本当になってしまうかもしれない。

 おまえでもアイドルになれたんだもんな。

 巽は会場を振り返って思う。

 会場の中ではまだ幼なじみがいる。ほんの少しの距離。でもその少しの距離の間には、目に見えない巨大な壁がたちふさがっている。その壁を作っているのは、他ならない、日芽香自身。壁の中で自らを磨き、理想の自分になれるよう努力している。

 だったら壁を壊す必要はない。壁からでてくる彼女を待つだけだ。




 なあ、ひめ。

 俺たち、出会えてよかったよな。

 アイドルになって、距離ができて、辛い目にもあったけど、

 出会えてよかったよな。



 つぶやいた巽の声は、想いとなり、あらゆる壁を越えていく。

 壁の向こうには彼女がいる。想いは彼女へ届く。

 誰かを想う気持ち。誰かに想われる気持ち。

 それが彼女を強くする。彼女を輝かせる。

 どんな孤独にだって、どんな困難にだって、どんな絶望にだって打ち勝つ強さが、その想いにはある。
 


 わたしはアイドルだから。

 あなたの気持ちには応えられない。

 でもね。

 あなたがいるから、わたしはアイドルでいられるんだよ。

 ありがとう、出会ってくれて。



 ふたりの想いは誰にも見えない、誰も知らない場所で交錯する。

 気持ちは同じ、心はいつも傍に。

 あの曲の、あのフレーズが、ふたりをいつだって繋いでいる。
 


♪だって 今も好きなんだ♪



 ――アイドル界のトップへと登りつめる中元日芽香の伝説は、ここからはじまった。

20151023-02



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