【注意】
この物語はテレビ東京系で放送されていた「初森ベマーズ」の二次創作です。原作者様や原作に関わる一切と関係はありません。内容は、テレビ版の続編を想定しているため、「初森ベマーズ」を全話視聴し、世界観、キャラ設定などを読者様が把握している前提で構成されています。


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 その日、権田原兼持はいつものように仕事に追われていた。朝から晩まで予定は隙間なく埋められている。体は悲鳴を上げているが、心はさらなる激務を求めていた。

 兼持にとって空白の時間は恐怖だった。仕事に没頭する時間はすべてを忘れられる。思い出すのはときどきでいい。いや、ときどきでなくてはいけない。常に思い出していては、それこそ心が壊れてしまう。

「ふぅ……」
「お疲れですね」

 車の後部座席で、疲労に満ちた兼持に運転手が声をかける。

「疲れてなどおらん」
「僭越ながら申し上げさせていただきますが、お体にはくれぐれもお気をつけください。何かありますとお嬢様が悲しまれます」
「……ふん」

 兼持は運転手の言葉に鼻を鳴らして答える。

「そんなことより次の場所に急げ。娘の手も借りたいほどに忙しいんだ」
「間違ってはいませんが……猫の手も、でございます」
「……」

 気まずい空気のなか、兼持の胸ポケットの携帯電話が震えた。携帯電話を取り出し画面を見た兼持は、機嫌の悪そうな顔をさらに深くする。

 通話ボタンを押し、相手の声も聞かぬままに話し出す。

「電話とは珍しい。娘の自慢話でもしたくなったのか。ふん。一度勝っただけで生意気だな。また買収に動き出すぞ」

――会長、大変なことになりました。

「……どうした?」

 相手の声にただならぬ気配を感じた兼持は、表情を真剣なものに変える。話を聞くにつれ、その顔色は憤怒へと変わり、最後は蒼白となった。

「わかった。情報、感謝する」

 通話を切ると、兼持は眉間に深い皺を寄せ、車窓に流れる風景を見る。夕暮れが街を染めていた。

「奴め……」

 自然と言葉が出てしまう。胸中にしまうには、あまりに大きな出来事だった。

「奴、と申されますと?」
「とんでもない奴だ」

 答えになっていない答えに、運転手がなお尋ねる。

「キャッシュの力で解決はできないのですか?」

 兼持には莫大な財産がある。その力を惜しみなく利用する「損して得をとる」戦法で、兼持はここまでの地位に登りつめた。

 だが運転手の問いに兼持は乱暴に首を振る。

「奴にキャッシュは通用せん」
「なにゆえでしょうか?」
「簡単な話だ。奴が欲しいのはキャッシュではない」

 そう言うと、兼持はうわごとのようにつぶやく。

「キレイ……」

 額に汗が浮かぶ。拭っても拭っても、汗は止まらない。トレードマークである純白のスーツの下で、背中に汗が流れるのも分かった。

 恐怖している自分を認めなくてはいけない。

 娘に。

 いや、娘の所属するソフトボール部にかつてない危機が迫っている。

 そしてその危機を、親である自分が助ける方法が思い浮かばない。

 キャッシュが通用しない相手に対して、自分はどうすればいいのか。

「奴とだけは……奴のチームとだけは試合をしちゃいかん……ベマーズが……」

 その父親の願いは――。


「……消されるぞ」


 ――娘に届くことはなかった。





【二次創作】初森ベマーズ1.5

第1球「ふたたび、はじまる」





 初森第二女子商業高等学校女子ソフトボール部。 通称「初森ベマーズ」。

 先の「第46回高校対抗女子ソフトボール選手権」にて、高校ソフトボール界最強とうたわれていたセント田園調布ポラリス学園を下した日本最強のチーム。優勝後、ポラリス学園のキャプテンであるキレイと、副キャプテンのシェリーが転入してきたことで、その実力は世界にも轟くほどだった。

 名実ともにトップとなったベマーズ。その部室に怒号が響いた。

「なんでよっ!」

 ばんっとホワイトボードが叩かれる。

「どうして部活にみんなこないのよ!」

 声の主はシェリー。キレイとともにベマーズに転入したひとりで、そのキレイとはバッテリーを組んでいた。ベマーズのユニフォームに身を包み、準備万端の様子だが、部室にはシェリーと、あとふたりしかいない。

「あ、あのね……わたしたち、初森公園を守るためにソフトボールしてただけだから……」

 ショパンが申し訳なさそうに言うと、隣のコテが言葉を続ける。

「そうそう。目的は達成できたし。それに、みんな他に部活やってるからね」
「お黙り! お黙れ! お黙らっしゃい!」
「うあー……すんごい怒ってるよ」

 コテとショパンが困ったように顔を見合わせる。ふたりはユニフォームに着替えてはおらず、初森高校の制服のままだった。

「はじまるガールズはポラリスに勝ったのよ! そこにポラリスのエースだったわたしとキレイが入ったのよ! これがどういうことか分かるかしら?」

 コテは、うーんと唸ると、ぽんと手を打ち明るく答える。

「はじポリガールズになる!」
「締めるわよ?」
「ショパン~……この人怖いよ~……」
「コテが悪いよ、今の」

 ショパンは憤るシェリーを見る。

「ごめん。でも、みんなほかにもやることがあるって」
「ええ。よーく分かってるわ。だってわたし、みんなのところに行ってきたから」
「え? そうなの?」

 シェリーは腕を組みながら、その様子を説明する。



イマドキ。
「はぁ? ソフトボール? もう興味ねぇし。それよりもさ、1年間無料の約束あっただろ? ああ、おまえは知らねぇか。そういう約束があったんだよ。それでこの前、店に行って食ったらさ……おもいっきり請求されたんだどういうことだこらぁ!」

アカデミー。
「わたしは~あのときから~何かをつかんだのよ~。だからソフトボールを~している~暇なんて~暇なんて~暇なんて~……ないっ! なぜなら俺の名は! マクベスだから!」

ブナン。
「わたしもソフトボール気になってしかたないんですよ! でも勉強が忙しくてー。それにわたしなんかじゃあまり戦力にならないですし。えへっ」

ハーバード。
「馬鹿になる大切さは分かったけど、本当に馬鹿になったら困るの。知ってる? 馬鹿ってうつるのよ? あなたも気をつけたほうがいい」

カアチャン。
「あなたは知らないかもしれないけど、子育てや内職で忙しいのよ。お嬢様たちには分からないと思うけど。あ、ごめん。悪気はないの。でも、わたしばっかり……わたしばっかりい!」

マルキュウ。
「パス」

ユウウツ。
「タジマと地下帝国を倒します」




「はじまるガールズにまともな人間はいないのっ!?」

 シェリーはホワイトボードを何度も叩く。ショパンとコテがこっそり手を上げているが、シェリーはまったく気づかない。

「あなたたたち覚えてるわよね」

 シェリーは恍惚の表情になり、身振りを交え、キレイの真似をする。

「今度は世界最強をめざすの」

 ショパンが、ああ、と頷く。

「あ、言ってたよね、確か。キレイとシェリーが転校してきたショックで忘れてたわ」
「忘れてたってひどいわね……で、なんであなたは肉まんを食べだすのよ!」
「あれ、言ってなかった? わたし、肉まんとソフトクリームが大好きなんだよね」
「そんなこと聞いてない! な、ん、で、このタイミングなの!?」
「シェリー、わかってないなぁ。食べたいときが、食べどきだよ」
「だめだ……話にならないわ……」

 シェリーは諦めたようにため息をつくと、ショパンに目を向ける。

「この様子だと、はじまるガールズのみんなは世界最強なんて目標、覚えてなさそうね」
「そうだと思うよ。そもそもね、初森公園を守るためだけに集まったチームだったから」
「それはさっき聞いたわ。わたしたち、そんなチームに負けたのよね……」
「でも、だからこそ結束は強かったんだよ。ひとつの目的を達成することにみんな一生懸命だったから」
「ということは、何か違う目的が見つかれば、また初森ベマーズははじまるということね」
「どうかな……」

 ショパンが自信なさげに言う。彼女の脳裏に浮かんだのはベマーズを優勝に導いた立役者の姿だった。

「わたしは難しいと思うな」

 言葉を濁すショパンに代わって言ったのはコテだった。肉まんの皮がついた指を舐めながら続ける。

「そりゃ優勝したときは嬉しかったけどさ。初森公園も守れたし。けどそれ以上に、あんな辛い思いはさせたくないって気持ちが強いんだよね」

 とくにわたしはさ、と言ってコテはショパンを見た。ショパンもコテが何を言いたいかは分かっている。ひとつ頷き、不服な表情のシェリーに静かに声をかける。

「ベマーズはひとりのチームじゃない。誰が欠けてもベマーズにはなれない。部活にこない理由はいろいろあると思うけど、結局そこなんだよ。みんな分かってるの。今はあの頃のベマーズじゃないって。それに、もし今度無理をさせたら、それこそベマーズは消えちゃう」
「……あの子のことを心配してるのね」

 シェリーの問いに答えたのはコテだった。

「チームメイトってこともそうだけど、親友だからね」
「でもあの子がいなくても、戦力ならわたしとキレイで埋められると――」
「――本当に思う?」

 シェリーの言葉をショパンが遮る。寂しそうに笑うショパンの表情に、シェリーも苦笑して静かに首を振った。

「分かってるわ。わたしたちじゃあの子の代わりにはなれない。キレイもそれは分かってる。だからキレイは……」

 その後の言葉をシェリーは口にださなかった。

 キレイは部室にはきていない。メンバーを強引に誘うこともしなかった。強制的に結ばれたチームの結束はもろい。ベマーズのメンバーがそれを教えてくれた。だからただ彼女は待っている。ベマーズが再び、はじまることを。

  それが待ちきれずシェリーは動き回っていたが、徒労であることは分かっていた。でもキレイと早くソフトボールがしたい気持ちは簡単には抑え込めない。

 そのとき、女子ソフトボール部の部室には似つかわしくない、方言まじりの声が飛び込んできた。

「なんだぁ、これしか揃ってねぇのかぁ」

 教師の小島はそう言って部室に入ってくる。

「ベマーズに勝負を申しこみたいって人がグラウンドにきて――ぎゃあっ!」

 小島のもみ上げからわずか数ミリのところを豪速球がかすめる。おそるおそる振り返ると、投げられたボールがコンクリートの壁にめりこみ、まだうなりをあげていた。

「今度ノックなしに入ったら……殺すよ」

 バットを小島の鼻先につきつけてシェリーが笑顔で言う。

「ショパン~……やっぱりこの人怖いよ~」
「だ、だいじょうぶ。味方だから。きっと……」

 震えながら言うふたりに、シェリーは嬉しそうに詰めよる。

「さーて、勝負だって」
「でもみんないないよ」
「だいじょうぶ。わたしピッチャーもできるから。キャッチャーもいるし問題ないでしょ?」

 コテにウインクすると、コテは逃げるようにショパンから隠れる。

「優勝すると、今回みたいな道場破りは日常茶飯事よ。軽くひねって、新生ベマーズの力、見せつけてあげるわ」
「でも他校と練習するとなると、いろいろ手続きが必要になるんじゃ」
「それなら今、許可をとればいいだけの話でしょ? いいわよね? 小島先生?」

 小島は青ざめた顔のまま何度も頷く。もちろん本当はそう簡単に許可できない。しかしシェリーのバットが常に自分の顔面をとらえていては、それ意外の反応はできなかった。首を横に振ろうものなら、きっと明日はない。

「これで問題なし。さ、行くわよ」

 意気揚々と言うシェリーに逆らうこともできず、ショパンとコテは準備をはじめるが、呆然と立ち尽くす小島に気づき、シェリーにアイコンタクト。シェリーは小島の首根っこをつかまえ部室の外へと追い出す。

 なんだかんだ、新生ベマーズのチームワークは上々だった。






 シェリーたちがグラウンドに行くと、他校の制服を着た3人の女子が立っていた。それぞれ違う制服を着ている。

 真ん中に立つ女子は、大きなリボンをつけ、背中まで届く長い黒髪を風に揺らしている。日本人形のように目鼻の整った顔におだやかな微笑を浮かべていた。まさに大和撫子という言葉がぴったりあてはまる。

 その左側には、鋭い瞳で睨みつけてくる女子。読売ジャイアンツの帽子をかぶり、常にガムをくちゃくちゃと噛んでいる。背丈は低く、常に背中を丸めているせいで、より小さく見えた。

 右側の女子は逆に大柄だった。無表情で何を考えているか分からない瞳をしている。視線はシェリーたちではなく、もっと別なところを見ているようだった。

「はじめまして」

 代表して、真ん中の大和撫子風の女子が一歩踏み出す。その一言で男子を虜にしてしまいそうな甘い声音だった。

「わたしたちに勝負を挑みにきたっていうのは、あなたたちかしら?」

 シェリーが尋ねると、その女子は笑顔のまま頷く。

「ええ。そうですわ」
「見たところ3人しかいないようだけど?」
「それはあなたたちも同じですわよね?」

 女子とシェリーは顔を見合わせ、互いに笑みを深くする。

「考えてることは一緒ってことか。3人でじゅうぶん、と」
「いいえ、違いますわ」

 女子は否定すると、声音をまるで変えずに言う。

「わたくしだけで簡単に潰せますわ。あなたたちのような雑魚チームは」

 見た目とはまるで違う乱暴な言葉遣いにシェリーは一瞬目を白黒させるが、次の瞬間には怒りの炎を瞳に宿す。

「じょうとう、だわ」
「あら。雑魚が息巻いていらっしゃる。雑魚はしょせん雑魚なのに。涙ぐましいですわね」
「この――」
「勝負はソフトボールで。ですわよ」

 女子は悠然と微笑む。シェリーは憤怒の表情で振り返る。すでに勝負のゴングは鳴り響いていた。



 

 初森ベマーズの新たな戦いは、ここからはじまる。

 それはベマーズにとって。

 終わりの、はじまり。



第2球「はじまり、終わる」に続く