【注意】
この物語はテレビ東京系で放送されていた「初森ベマーズ」の二次創作です。原作者様や原作に関わる一切と関係はありません。内容は、テレビ版の続編を想定しているため、「初森ベマーズ」を全話視聴し、世界観、キャラ設定などを読者様が把握している前提で構成されています。


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【二次創作】初森ベマーズ1.5

第2球「はじまり、終わる」 





「ぶちのめすわよ」

 シェリーは怒りを隠すこともせず、ショパンとコテに言う。

「でも相手は3人だよ。わたしたちも3人だし。これじゃ試合はできないと思うけど」

 コテが当然の疑問を口にすると、ショパンも相づちを打つ。

「確かにそうだよね。どうする?」
「簡単ってやつだ」

 突然間近から馴染みのない声が聞こえ、3人が一斉に振り向く。そこには先ほどまで遠くにいたはずのジャイアンツの帽子をかぶった背の低い女子が立っていた。あいかわらずガムをくちゃくちゃと噛んでいる。

「いつの間に……」
「ねえショパン。足音聞こえてた?」

 驚くシェリーを横目に、コテがショパンに尋ねる。ショパンは幼い頃からピアニストをめざしていたため、聴覚は常人よりも発達している。集中していなかったとはいえ、こんなに間近に迫る足音を聞き逃すわけはない。

 しかしそんなショパンでも聞き取ることのできない足で、目の前に立つ女子は近づいてきた。

「何の用?」

 落ち着きを取り戻したシェリーが聞くと、帽子の女子は3人を値踏みするように眺めると、最後はその鋭い視線をシェリーに向ける。

「ルールを説明しにきた。攻守1回のみ。守備のときは投手、捕手、もうひとりは好きな場所」
「それはまた簡単なルールね」
「そう、簡単ってやつだ」
「引き分けの場合は?」
「ありえないってやつだな」

 帽子のツバをつまむと、その女子ははじめて表情を見せる。それは紛れもない、侮蔑の表情だった。

「優勝したベマーズはどんなもんかと思ったが、揃いも揃って雑魚ばかりってやつか。引き分けになんてなるわけがない」
「はぁ? なによ、それ」

 色めきたったコテが一歩を踏み出す。普段は冷静なショパンもまた怒りを露わにする。ふたりとも自分のことよりも、仲間を馬鹿にされたことが許せなかった。

 しかしそのふたりをシェリーが止める。先ほど挑発されているだけに、幾分は冷静でいられた。

「決着は勝負でつけましょう。はじまるガールズはそうやってここまできたんでしょ」

 そのまま相手に目を向ける。

「先攻、後攻はどうやって決めるの?」
「こちらが先攻したら、あんたらに攻撃が回ることはありえないってやつだ」
「……わたしたちが先攻でいいわけね」
「正解ってやつだ」
「他に伝えたいことは?」

 帽子の女子は、ああ、と思い出したように言う。

「名前を言ってなかったな。こちらはあんたらの名前を知ってるのに、これは不公平ってやつだ。なぁ、シェリー、ショパン、コテ」

 コテが驚いた声をあげる。

「わたしたちのことを知ってる!?」
「決勝戦は中継されてたんだから。わたしたちのことを知っていても不思議じゃないよ」
「で、なんて名前なのよ?」

 シェリーが促すと、帽子の女子は胸に手をあてた。

「そちらもあだ名なら、こちらもあだ名でってやつだな。オレはタキオン、リボンをつけてるやつがキュードー、でかいやつがテツジン」
「タキオン、キュードー、テツジン……」

 ショパンがつぶやくと、コテが即座に反応する。

「変な名前」
「お互い様ってやつだ」

 帽子の女子――タキオンは忌々しげにそう吐き捨てると、3人に背中を見せる。もう話は終わりと言いたげな素振りのタキオンにショパンが言葉を投げかける。

「どうしてみんな制服が違うの? それにあなたたちの目的は?」

 ひとつの学校として日本一となったベマーズを倒し名を馳せたいのなら、制服は同じはず。違うということは、何か別な集まりなのかもしれない。そうなると、目的が見えなくなる。

 しかしショパンの問いにタキオンは振り返ることもなく、

「勝負が終わってからのお楽しみってやつだ」

 そう言ってキュードーとテツジンのもとに歩いていく。

 その足音はうるさいぐらいに3人の耳に、はっきりと聞こえていた。










 初森公園。

かつてセレブ都市開発社長である権田原兼持によって取り壊されそうになった公園は、今も昔のまま、憩いの場として近隣住民から愛されている。

 この公園を守ったのが初森ベマーズであり、ピッチャーのななまるだった。

 ななまるはブランコに座り、自分たちが守った公園を見ていた。夕空が世界を薄い赤で包み込む。思い出すのは、昔の自分。無邪気で何も知らなくて、ただ甘えていた幼かったころ。そんな自分の横には、父がいた。今はいない父の姿が、記憶の片隅でよみがえる。

「……あなたも飽きないわね」

 ななまるはその言葉に視線を向けず、笑顔で答える。

「飽きるとか、そういうことじゃないから」
「ここにいればお父さんに会える……」
「分からないけど、会える気はする。いつか」

 ななまるの隣でブランコに座っていたキレイは、よくわからないわ、と言って立ち上がる。キレイは初森公園再開発を目論んでいた権田原兼持の娘であり、初森ベマーズのライバルであるセント田園調布ポラリス学園のピッチャーだったが、今はキャッチャーのシェリーとともに、初森高校の生徒となっていた。

 その初森高校の制服を着たキレイは、ななまるの前にある手すりに腰かける。

「肩の調子は?」

 キレイがそう聞くと、ななまるは苦笑して右肩を触る。

「監督からはまだ投げちゃだめだって言われてる。無理したらカマドリだって」
「カマドリ?」
「おカマドリンク。すごくくさいの」
「聞いただけで嫌な匂いが……」
「だよね」

 ななまるは監督の顔とカマドリを思い出し苦笑いを浮かべる。

 初森ベマーズの監督は鎌田俊郎、通称カマタ。昔、ソフトボール部の監督だったカマタは、指導に熱が入りすぎてしまい、教え子に怪我を負わせてしまった過去を持っている。そのことによって絶望していたカマタは「オネエ」たちによってその道に誘われ、今はスナックのママとして働いていた。

 最初は過去の過ちもあり監督を固辞していたカマタだったが、ななまるの才能とチームの熱意にほだされ、監督を引き受けることを決意。結果的にベマーズを優勝に導いた立役者のひとりとなった。

 その強烈過ぎるキャラと顔立ちのカマタから、たとえ練習であっても、投球は一切の禁止を言い渡されていた。

「でも監督が言うなら……しかたないですわね」

 ななまるは激戦のなかで、右肩に爆弾を抱えることになった。インピンジメント症候群。野球肩ともいわれるこの爆弾は、進行すると痛みが増すだけでなく、稼動域の低下、場合によって一生付き合う痛みとなる。一番の治療法は、痛みを伴う動作をしないことだが、チームのため、ななまるは苦痛を抱えたまま、最後まで投球を続けてしまった。

 そのため優勝したあともななまるは野球肩に悩まされている。それはチームのみんなが知っていた。だから自然と、ソフトボールの話がでなくなり、初森ベマーズは休止状態となっている。ななまるに無理をさせることは、チームの誰もが望んではいなかった。

「だけどね」

 ななまるが静かにブランコから立ち上がると、キレイの横に座り直す。

「わたし、みんなとまたソフトボールやりたいから。ちゃんと治すよ」

 キレイはその言葉に嬉しそうに身を乗り出し、ななまるの顔を覗き込んだ。

「そうですわ。みんなあなたのことを待っているのですから。早く治しなさい」
「うん」
「あなたとわたしが組めば怖いものはありませんわ」
「あはは、それは言いすぎじゃないかな」
「そんな弱気でどうするの? あなたはこのわたしに勝ったのよ? もっと自信をもちなさい」
「勝ったっていっても1回だけだし」
「……その1回がどれだけの重みか、あなたは理解していないようね」

 キレイの声が徐々に大きくなる。いつしか公園中に響くような朗々とした演説になっていた。

「この完璧なわたしに勝ったということは、つまり世界最強ということなのよ。だから世界最強のわたしと、そのわたしに勝ったあなたが組めば世界制覇なんて簡単に――」

「――お嬢様は世間知らずというのは、本当の話みたいだな」

 キレイの演説の最中、突然聞こえた声に、ななまるとキレイは弾かれたように振り向く。立っていたのは、ふたりの女生徒。制服はばらばらのものを着ている。

 ひとりは制服越しにも分かるほど筋骨隆々としており、スカートから伸びる足は太くたくましい。短く刈り込んだ髪で、白い歯を見せて笑う様子はまるでスポーツ男子のようだった。

「初森ベマーズとポラリス学園のエース揃い踏みとは豪華だね」

 その女子は笑顔のままに言うと、隣に立っている生徒の頭をぽんぽんと叩く。叩かれた生徒は、見るからに分厚いメガネをかけ、髪は三つ編み。手には電卓を持っている。電卓の女子は無表情でその電卓を操作しながら言う。

「ななまるとキレイがこの時間にいることは、すべて計算のうち」
「さすがアニタだな。おまえの計算はいつも正しいぜ」
「あなたたちは?」

 キレイが強気な態度で聞くと、アニタと呼ばれた女子が、もうひとりの女子を見上げる。

「わりいわりい。自己紹介はオレの役目だったな。オレはフリッパ。こいつはアニタ。よろしく頼むわ」
「ずいぶんと乱暴でがさつな言葉遣いですこと」
「生まれつきなんだ。悪気はないから許してくれや」

 快活に笑うフリッパに、ななまるが問いかける。

「わたしたちのことを知っているんですか?」
「ほぉ。あんたがななまるだよな。間近で見るのははじめてだ。うん、かわいいじゃん。なあ、アニタ」
「ななまるは魔性の女。男なら誰でも虜にしてしまう。計算でそうでてる」
「そ、そんなことない。わたしなんて……」
「それ。その言葉が計算。わたしの計算よりも、あなたが男を虜にする計算のほうが勝っているかもしれない」
「だから早く要件を言いなさいよ」

 キレイが怒りのままに言うと、フリッパは口元を緩めたまま、目だけを細める。

「ななまるが欲しい」

「「――なっ!?」」

 ななまるとキレイは絶句して、言葉を失う。しかしフリッパは獲物を追う獣の目になり、口元の笑みすら消して言葉を続ける。

「決勝戦は見させてもらった。ななまる。あんたは良いピッチャーだよ。それは認める。だからな、オレたちのチームに誘いにきた」
「……オレたちの、チーム?」

 ななまるが呆然としながらも聞き返す。

「ああ、そうだ。各学校の実力者だけで結成されたドリームチームだ。その名も、【握夢(あくむ)】。ななまる、おまえなら握夢に入っても問題はないだろう」
「お待ちなさい。ななまるを引き抜く話も納得できないけど、わたしのことを忘れているんじゃなくて?」
「ああ、キレイ。おまえか」

 フリッパは面倒くさそうに頭をかくと、アニタに目を向ける。その視線の意味を察したアニタは淀みなく言う。

「キレイ、あなたは戦力外。わたしたちのチームには必要ない」
「……どういうこと、かしら?」
「そのままの意味。試合はすべて見た。初森ベマーズ及びポラリス学園において、真の実力を持つ者はななまるひとり。そう計算ででている」
「ばかにしないでほしいわね」

 体中から怒気を発するキレイに、フリッパは嬉しそうな顔を見せた。

「それじゃ査定してやるよ。オレから三振をとれたら、今までの話は全部撤回してやる。ななまるも諦める。それでどうだ?」
「わかりましたわ」
「ちょっとキレイ!」

 ななまるが止めようとするが、キレイはフリッパとアニタを睨みつけたままだった。

「だいじょうぶよ、あなたは渡さない。それに――」

 キレイの拳に力がこもる。

「わたしを……わたしたちみんなを侮辱したことは、絶対に許さない」

 そのキレイの様子を見ながら、フリッパはアニタに笑いかける。

「だとさ。いいねー、この気合」
「何の意味もない対決に時間はとりたくない。さっさと終わらせて」
「意味がないわけじゃないだろ。お嬢様に現実の厳しさを教えられる」
「それが意味がないって言ってるの」
「まあそう言うなって。それと一応聞いておこうかな。なあ、アニタ。オレからキレイが三振を取れる可能性は?」
「0よ」
「それじゃオレがホームランを打つ可能性は?」

 アニタは電卓のキーをぱしりと叩き、その画面をフリッパに見せる。表示された文字は、100。

「その計算、間違いないぜ」

 フリッパはにっと笑うと、いまだ睨みつけるキレイ、隣で事態を見守るななまるを見る。

 初森ベマーズのキレイ、ななまる。

 握夢のフリッパ、アニタ。

 因縁の場所、初森公園で4人の視線が交錯した。










 一方、初森高校――。

 そのグラウンドに、初森ベマーズのユニフォームを着たシェリー、ショパン、コテの3人が立っていた。3人の顔は色を失い、茫然自失となっている。最初に動いたのはコテ。その場にしゃがみこみ、激しく頭を振る。

「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ!」

 コテの叫びは誰に向けたものでもない。何かを叫んでいないと恐怖でおかしくなりそうだった。叫び、頭を空っぽにしていないと現実が襲ってくる。その現実と向き合うのが、ひたすらに怖かった。

 ショパンは無表情のまま、何が起きたかを理解できずにいた。先ほどまで起きていたことを思い出す。粉々だった。すべて粉々にされた。誇り、絆、経験。何も通用しない。そんな事実を心が受け入れない。受け入れることを拒んでいる。その証明が一筋の涙だった。

「怪物……」

 ショパンが涙を流しながらこぼした一言に、シェリーが頷く。

「悔しいとか……そんな気持ちがまるで生まれない。こんなこと、はじめて」

 シェリーはポラリス学園で想像を絶するトレーニングを積んできた。しかし、その何もかもが否定された。圧倒的過ぎるほどの力によって叩き潰された今、悔しさすら感じない。

 勝てない、どう足掻いても、あいつらには勝てない。


 そんな心を完全に折られた3人を、遠くから見つめる影があった。手にはビデオカメラを持っている。この数十分で起きたことが、そのカメラにはすべておさめられていた。

 影――ハーバードは厳しい表情のまま、カメラを胸元にぎゅっと抱きしめる。小刻みに震える体はそれでも止められない。

「あんなチームがあったなんて……」

 彼女はつぶやき、空を見上げる。

「今のベマーズじゃ……勝てない」

 確信をもったつぶやきは誰に届くこともなく、空へと吸い込まれていく。

 夜の帳は、すぐそこまできていた。




第3球「握夢がもたらす悪夢」に続く