【注意】
この物語はテレビ東京系で放送されていた「初森ベマーズ」の二次創作です。原作者様や原作に関わる一切と関係はありません。内容は、テレビ版の続編を想定しているため、「初森ベマーズ」を全話視聴し、世界観、キャラ設定などを読者様が把握している前提で構成されています。


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【二次創作】初森ベマーズ1.5

第3球「握夢がもたらす悪夢」




 
「キレイ……」

 肩を回して準備をするキレイに、ななまるが心配そうに声をかける。その奥ではフリッパが素振りをしていた。特別変わったことは何もない。ごくごく普通のスイング。それなのに、心の奥底から湧き上がる恐怖心は増す一方だった。

 そんなななまるの様子に、キレイは優しく語りかける。

「なにを怖がってるの。ただの対決じゃない」
「うん……。でも……」
「だいじょうぶよ、ななまる。わたしの力、あなたが一番分かってるんじゃなくて? 安心して見てなさい。完璧におさえてみせるわ」

 その言葉とキレイの優しげな表情に、ななまるは小さく頷く。そう、これはただの対決。自分たちがこれまで戦ってきた試合とは違う。あのときは負けたら大切な公園を失う怖さがあった。だから必死で……。

  あれ?

 ななまるは視線を下げ、胸に手をあてる。今、自分が何を考えようとしていたのか。心に問いかける。 

 この対決に負けたら何かを失う? 失うことを恐れてる? 何を? 相手はわたしが欲しいと言った。でも断ればいいだけの話。あれ、違う。そんなことじゃない。この怖さはそうじゃない。

  視線を上げると、キレイはすでにフリッパと対峙していた。キャッチャーはいない。電卓を持つアニタがそんなふたりを遠くから見ている。

 フリッパが大きな声で叫ぶ。

「お嬢様、本気でこいよ。その本気をぶち破ってこそ意味があるんだからな」
「最初の1球で教えてあげますわ。あなたが決してわたしに勝てないことを」
 
 答えるキレイの声は澄み渡っていた。緊張は微塵も感じられない。勝つことを確信している。

 勝つ、こと。

 そうだ。

 ななまるは、はっとする。自分の考えていること。恐れ。失うこと。それはすべてキレイが負けることが前提にある。つまり、

(わたし、キレイが負けると思ってるんだ……)

 ようやくその考えにななまるが辿りついたのは、キレイがセットポジションに入ったところだった。

「打てるものなら――」

 何度も手を回転させ、

「打ってみなさい!」

 その手から放たれたボールは、空気との摩擦熱で火の玉となり、フリッパへと迫る。

 キレイの武器であるこの剛速球は、並大抵の選手ではバットにあてることすらできない。かろうじてあてたとしても、その威力によって逆に吹き飛ばされてしまう。ベマーズ対ポラリスの決勝戦では、ななまるに重症を負わせた技でもあった。
 
 そんな破壊力を持つボールを、

「軽いな」

 フリッパはこともなげに打ち返す。ボールははるかかなたへと飛んでいった。
 
「そんな……」

 ななまるが呆然とつぶやく。予想通りの結末に愕然とする。キレイはボールを投げたままの姿勢で硬直していた。

「だから言っただろ。戦力外だって」
 「もう1球……」
「ん?」
「もう1球、勝負させなさい!」
「オーケーオーケー、オレは構わないぜ」

 フリッパはポケットからボールを取り出し、キレイに投げる。キレイはそのボールを受け取り、即座に構えに入る。余裕は消え、その表情は強張っていた。

 だめ……!

 ななまるが咄嗟に止めようとするが、すでにキレイは動きだしている。ななまるは分かった。キレイも分かっているはずだ。分かっていても、何度も現実を叩きつけられたら――。

「芸のないやつだな」

 フリッパのスイングはボールを芯でとらえる。1球目と同じ軌道を描き、ボールは空へと吸い込まれていく。キレイは白いを通り越した蒼白の面持ちで、がっくりと膝をつく。

(――心が、壊れてしまう!)

 ななまるはキレイの側に駆け寄る。背中に手をあてると全身が震えているようだった。視線は虚空をさまよい、唇から言葉ではない声が漏れている。

「お嬢様はな、力に溺れてるんだよ」

 フリッパがバットで肩を叩きながら言う。その言葉を継ぐアニタ。

「キレイのボールにあるのは力だけ。ただそれだけで押し切ろうとしている。ななまる、キレイを倒したことのあるあなたになら、それがよく分かるはず」
「結局、お嬢様のボールは簡単に打てるんだ。ただ普通の選手だったら力負けして吹っ飛ばされちまう。でもな――」

 フリッパは強く握った拳をななまるに向かって突き出す。

「――力で勝てばいいだけさ」

 返す言葉がなかった。ななまるは下唇を噛み、じっとフリッパを睨みつける。仲間が傷つけられているのに、何も言い返せない。

 確かにあのときの決勝戦。キレイのボールをバットにあてた仲間はいた。でも力に負け、ヒットにすることはできなかった。であれば話はとても単純。力で勝てば、ヒットにできる。現に最後、ななまるがホームランを打ったときも、勝利にかける執念がキレイの力を上回っただけ。

「なあ、ななまる」

 視線をあわせたまま、フリッパが名前を呼ぶ。

「ついでだ。おまえの力も見せてくれよ」

 フリッパの投げたボールを、ななまるは受け止める。その瞬間、肩に痛みがはしった。脳は覚えている。投球がどれだけの苦痛をもたらすかを。それを避けるため、肩に痛みをはしらせ、ななまるを止めようとしていた。

 しかし、そんな脳からの信号を無視し、ななまるは立ち上がる。

「わたしはあなたたちのチームには入らない……」
「残念だがな、それは無理だ。もう決まったことなんだよ」
「わたしが拒否したとしてもですか?」
「関係ないね。おまえの力の及ばないところで話は進んでる。諦めるんだな。近いうちにおまえはベマーズのななまるではなくなる。握夢のななまるになるんだ」
「それでもわたしは」
「もしおまえがそれでも拒否するなら、おまえ以外の人間が傷つくことになるぜ」

 ななまるの言葉を遮り、フリッパがそう断言した。言葉の意味は分からない。しかし自分の置かれている立場がまずいことは理解できた。

 ベマーズじゃなくなる……みんなとソフトボールができなくなる……?

 ボールを持つ手に力がこもる。

「それじゃもし……わたしが勝ったら、その話は無しにできませんか?」

 ななまるの言葉に反応したのは、横から見ていたアニタだった。

「無理。この話はもう確定し――」
「いいぜ」

 そのアニタにかぶせるように、フリッパの大声が轟く。

「フリッパ、何を言ってるの?」

 冷たい視線を送るアニタを無視し、フリッパはバットをななまるに向けた。

「その勝負、受けてやる。おまえが勝ったら、この計画はすべて白紙にする。約束だ」
「フリッパ!」

 アニタはそう叫び、フリッパのもとへと駆け寄る。

「あなたは何を言ってるの? もし負けたらどうするつもり? 会長にどう説明するの?」
「まあ落ち着けよ、アニタ。オレが負けると思ってるのか?」
「それは思わない。でも万が一ということがある」
「らしくねぇな。おまえの計算ではどうでてる? オレが勝つ確率は」

 アニタは電卓を叩き、その画面を渋々といった様子で見せる。

「100%よ……」
「だったらその数字を信じろ」
「……分かった」
「それにな」

 フリッパは口の端をあげ、心底嬉しそうな表情でななまるを見る。

「勝負ってのはひりつかないとつまんねぇ。でも、まだ足りねぇな。弱小校のベマーズを優勝に導いたななまるとの初対決だ。もっとひりつかせるか」

 ななまる、と名前を呼ぶ。

「おまえ、肩、痛むんだろ?」
「……勝負はできます」

 フリッパは人差し指をたてる。

「1球だ。1球勝負。その1球をオレが打てなかったらおまえの勝ち。それでいい。1球だったら全力でこれるだろ?」

 その提案にアニタが横でため息をついているが、フリッパは気にする様子もなく続ける。

「決勝戦は見ていた。おまえの必殺技、そこのお嬢様だって打つまでに時間がかかっただろ。オレも実際に受けるのははじめてだ。おまえにとっては分の良い勝負だと思わねぇか?」

 1球……。

 ななまるは思案する。確かにキレイに打たれたときも、それまで何度か三振を奪っていた。1球であれば抑えられる可能性は増す。

 それに、そもそもこの勝負から逃げることはできない。

「分かりました」

 ななまるは頷くと、キレイを立ち上がらせる。ごめんなさいとかろうじて聞こえたキレイの声に小さく首を振る。そのまま肩を貸し、公園のベンチへと座らせた。

「ななまる……」

 キレイが呼びかける。

「あなたでも、きっと勝てない」

 類まれなるソフトボールの才能を持つキレイにとって、圧倒的な力の差を見せ付けられた敗北ははじめてだった。プライドの高さは決してこけおどしではない。才能におごることなく、人並以上に努力もしてきた。

 そうやって培ってきた自尊心がたった2球で粉々に打ち崩されたキレイは、まさに抜け殻。

 そんなキレイにななまるは笑いかける。

「行ってくるね」

 キレイは答えない。まるで悪夢に取り付かれているように、目は虚ろなままだった。

(わたしが……)

 ななまるは心でつぶやき、勝負の場へと向かう。フリッパが素振りをし、アニタがそれを遠くから見つめている。

 得体の知れないふたりによってもたらされた悪夢。

(わたしがここで終わりにしてみせる)

「準備はできたか?」

 フリッパの問いに投球の構えを見せることで答える。肩の痛みは増すばかり。脳が止めろと訴えてくる。

(1球でいい。1球だけ……)

「痛むだろ?」

 フリッパが素振りをしながら言う。

「ななまる。おまえは犠牲者なんだよ」
「……どういうことですか?」
「初森ベマーズはな、おまえに頼りすぎた。強豪のポラリスを相手に、おまえひとりで勝ったようなもんだ。肩の負傷は、その代償」
「違う……みんなで……」
「言い切れるか、それを。もし代えのピッチャーがいれば、もし強打者がいれば、そこまでの故障を抱えて無理する必要はなかったんじゃないか」
「…………」
「ベマーズはチームワークで勝ったと聞いたがな。違うよ。ベマーズはおまえを犠牲にして勝ったんだ。だから犠牲者なんだよ、ななまるは」
「違う! わたしは犠牲になんて――」
「――オレもそうだった」

 フリッパはバットを見つめながら続ける。

「オレも前は弱小校にいたんだ。オレがどんなに点をとってもピッチャーが弱くちゃ何の意味もねぇ。ホームランを打ってもランナーがいなくちゃ1点止まりだしな」

 昔を思い出すようにフリッパの目が細くなる。

「けどそのときのオレは見えてなかった。オレががんばればなんとかなると思った。周りもついてきてくれると思った。しかし現実は違う。周りはオレに頼りきり、ついには責任まで押し付けるようになった。なんでもっと打ってくれないんだよってな。笑っちまうぜ、1本もヒットを打ってないやつらにそう言われるんだからな」

 遠くから見ていたアニタは、昔語りをするフリッパから目を背けた。

「圧倒的な力を見せられた凡人は何をすると思う? 相手にすがり、媚びるだけさ。決してその域に到達しようとはしない。そうなった人間は無様だ。おまえの仲間もそうなんじゃないのか? ななまるががんばればなんとかなる。わたしたちじゃどうしようもない。でもななまるが――」
「そんなことない! そんなこと……」
「その点、握夢は違うぜ。誰かひとりに責任を背負い込ませるなんてことはしねぇ。むしろ責任を背負い込みたいやつらの集まりだ。本当のチームワークってのは、そういうやつらが集まってできるもんさ。誰かに押し付けようとするやつらと組んでも、かりそめのチームワークに過ぎねぇ」

 ゆっくりとバットを構え、ななまるを睨みつける。

「握夢にこい、ななまる。おまえの居場所はそこじゃない。そこにいれば、おまえはつぶされる。おまえひとりに代償を与え、自分たちが勝ったと思い込んでるようなやつらと一緒にいるんじゃねぇ」
「みんなのこと……みんなのこと何も知らないのに!」

 その瞬間、肩の痛みは完全に消えていた。

「勝手なことはもう言わせない!」

 揚力と重力を均衡させ空気の膜を作り、打者のスイングを避ける「すんどめ」。

 ポラリスの強打者を次々に討ち取った魔球を全力で放つ。
 

 ボールはフリッパの手元でぴたっと止まる。

 それを確認したフリッパは、一瞬、ななまるに視線を向ける。


(――っ!?)





 悪夢は、終わらない。