【注意】
この物語はテレビ東京系で放送されていた「初森ベマーズ」の二次創作です。原作者様や原作に関わる一切と関係はありません。内容は、テレビ版の続編を想定しているため、「初森ベマーズ」を全話視聴し、世界観、キャラ設定などを読者様が把握している前提で構成されています。


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【二次創作】初森ベマーズ1.5

第4球「堕ちたエース」 





「ただいま」
「おかえり、七瀬」
「……あれ?」

 母が経営しているもんじゃ屋「もんじゃはつもり」の入り口から帰ったななまるは、店の様子を見て驚く。今の時間にしては珍しくお客の姿がない。決して繁盛しているとは言い難い店だが、近隣住民の憩いの場となっており、夜は誰かしらが顔をだしていた。

「ああ、今日ね、臨時でお店を閉めたんだよ。看板見なかった?」

 戸惑うななまるに母が陽気な声で言う。それが無理をしていることは、娘のななまるには明らかだった。

 ななまるも決して気持ちが晴れやかではない。肩の痛みも増している。しかしひとりでいると恐怖におしつぶされそうだった。その気持ちを紛らわすために店の手伝いをしようとしたが、事態はそれどころではないらしい。

 客席にいた母の前に座る。

「どうしたの?」
「……お店、続けられないかも」
「――えっ!?」

 母の突然の告白に、ななまるは顔色を失う。

「そんな急に……」
「ごめんね。七瀬には急な話だよね」
「……お金?」
「ううん、違うの。わたしたちが食べてく稼ぎはあったから。もっとね……」

 母は、うん、とひとり納得したように頷く。

「もっと難しいことかな。でも七瀬は心配しないで。母さんもね、このお店は大事な場所だから」

 ななまるはそれ以上聞くことができなかった。おそらく母は何を言っても答えてくれないだろう。

 ――七瀬は心配しないで。

 言外に込められた意味は、追求するな。そのぐらいななまるにだって察することはできた。

「分かった。お母さんを信じる」
「ありがとう」
「わたしにとっても……」

 ななまるは座敷席を見る。そこはよくみんなでもんじゃを食べている場所だった。その笑顔が目に浮かぶ。そう、ここはわたしたちだけのものじゃない。初森公園と同じ――。

「みんなにとっても、すごく大切な、場所だから」

 ななまるの言葉に、母は腕まくりをして答える。いつもの母の姿にななまるは笑顔で答えた。

 母が無理をするのを見てはいられない。でも子どもの自分にはどうすることもできない。肩の痛み以上の痛みを抱え、ななまるは自室へと向かった。





 ――無力だな。

 ななまるは鞄を放り投げると、着替えもせずにベッドに倒れこむ。そのまま枕に顔をうずめるが、耳元で囁かれている声から逃げることはできない。

 絶対の自信を持って投げた「すんどめ」は、フリッパによってあっさりと破られてしまった。

 あのときを思い出す――。

 バットを振る寸前、彼女は笑った。こんなものか。表情から侮蔑が読み取れた。ああ、打たれてしまう。そう思った瞬間、快音が響く。打たれたことより、打たれる前に負けを確信した自分の弱さに、ななまるは絶望した。

「こんなボールを打てなかったのかよ。ポラリスもたいしたことねぇな」

 フリッパがキレイを見て言う。キレイは表情を失ったままだった。

 同じくショックを受けているななまるの元に、アニタが近寄ってくる。その表情はどこか安心したようだった。

「すんどめ……揚力と重力を均衡させることでボールを停止させ、そこで発生した空気の膜によりボールがバットを避ける魔球。強靭な手首の筋力を持つあなただからこそ投げられる」
「けどな、今のおまえじゃオレには勝てない」

 フリッパはななまるにバットを向ける。

「空気の膜? 知ったこっちゃねぇ。膜を破るぐらいに全力でスイングすれば良い話だ」

 そう言ってフリッパは、その場で素振りをする。スイングはバットが見えないぐらいの高速だった。この速さでは、おそらく普通のボールであれば芯をとらえられず打ち損じになるだろう。しかしすんどめは、その名の通り、ボールが止まる。止まったボールであれば、ボールの動きを考えずに力任せに振ることができる。

 フリッパは最後とばかりにおもいきりバットを振るうと、

「バッターがよく言うだろ? ボールが止まって見えるって」

 スポーツマン然とした顔で言い、

「おまえのボール、止まって見えるぜ」

 白い歯を見せる。

「まあでもな、アニタの言う通り、こんなの投げられるのはおまえだけだよ。それは自信を持っていいさ」

 フリッパはななまるに近寄り、肩を2度叩くと、耳元で囁く。

「だが、今のおまえは無力だ」

 そのまま通り過ぎ、公園の入り口に向かう。魂を抜かれたように立ち尽くすななまるだったが、背後から声をかけられ、ゆっくりと振り向く。

 そこには、フリッパとアニタ、そして見知らぬ3人が立っていた。全員が違う制服を着ている。フリッパたちの属する握夢のメンバーなのはすぐに分かった。並んだ5人から発せられるオーラを、数々の強敵を打ち破ってきたななまるには敏感に感じることができる。

 そして同時に察する。

 この人たちには、勝てない……。

 ななまるを呼んだフリッパが笑顔で手を振る。

「おまえの居場所はここだ。そこじゃない、待ってるぜ、ななまる」

 そう言って公園から去っていく。

 そのあとに交わされた言葉を、ななまるは知らない――。


「で、キュードー。そっちの様子はどうだったんだ?」
「雑魚ですわ」
「手厳しいこって。ポラリスのもうひとり、シェリーは?」
「雑魚ですわ」
「……フリッパ。キュードーに聞くのが間違ってる。キュードーからすればほとんどが雑魚」
「アニタの言う通りだな。それじゃタキオンは?」
「雑魚ってやつだ」
「おまえらそれ以外の言葉知らないのかよ……テツジンは?」
「…………」
「……喋ってもくれねぇ」
「フリッパたちはどうでしたの?」
「ああ。確かめたさ」
「結果は?」
「キレイは用なしだ。ななまるはぎりぎり合格だな」
「それじゃ……」

「ああ。会長に報告する。そして――」

「――初森ベマーズと、試合だ」


 そんな会話があったことを知らないななまるは、自分の無力感と、これから訪れるであろう恐怖に苦しめられていた。あまりのショックにどう帰ってきたかもはっきり覚えていない。

 自分がベマーズじゃなくなる。

 現実として受け止められない。しかしフリッパたちの堂々とした態度から、決して虚言のようには聞こえなかった。いったいどんな手を使ってくるのだろうか。

 それに、今のななまるを苦しませるのは、自分のことだけではない。母の辛そうな顔。自分のお店、思い出の場所が消えるかもしれない。しかもこれは大人の事情。初森公園のように、自分たちががんばればなんとかなる問題では決して――。

 ……まさか。

 ななまるの胸中に不安がよぎる。

 まさか、すべて繋がってる……?

 フリッパは言った。


「もしおまえがそれでも拒否するなら、おまえ以外の人間が傷つくことになるぜ」


 この意味するところが、もしお店のことと関係があるのならば。

 ななまるは飛び起きると、母の寝室へと向かう。しかし母はすでに寝ていた。思っていた以上に長く考えこんでいたらしい。

 ななまるはそっとその場を後にする。叩き起こしてまで聞くのはさすがに気が引けた。明日の朝に聞けばいいことだ。

 しかしその朝がなかなかやってこない。

 眠りにつくまで、ななまるは苦しみの中にいた。

 眠りについても、絶望感にさいなまれる。

 悪夢は、ななまるを決して離さない――。





 時を同じく。

 ここにも悪夢にとりつかれる者がいた。

「……無力だわ」

 豪華な造りのベッドに横たわり、右手を見つめる。この手で、今まで幾つの勝利をつかんできたか分からない。誰にも負けない練習と努力の積み重ねによって磨き上げられたものが、一瞬で崩れ去った。手を握っても力が入らない。根こそぎエネルギーを吸い取られたようだった。

 達人は相手の力を見抜くことができる。キレイは紛れもなくソフトボールの達人。だからこそフリッパの底知れぬ能力を知ってしまった。努力で埋められない壁がそこにある。これがキレイにとってはじめての挫折だった。どう受け止めていいのか分からず、ただ無力感に打ちひしがれることしかできない。

 そのとき、枕元に置いた携帯電話が鳴る。ちらりと画面に目をやると「パパ」の表示。キレイはぼんやりとその文字を眺めるだけで、決して取ろうとはしない。

(話したくないって言ったのに)

 帰ってくるなり、キレイは自室に閉じこもっていた。父がしきりに「話がある」と言ってきたが、今はどんな話も聞きたくなかった。

 父は嫌いではない。しかし年頃のキレイにとって悩みを打ち明ける対象にはならない。

(こういうときお母さんがいてくれたらな)

 ないものねだりをしてしまう自分に苦笑してしまう。

 着信音が止まった。携帯電話を手にとると、留守電メッセージが吹き込まれている。

 聞きたくはなかったが、このまま眠ることもできない。気にならないと言っては嘘になる。父がここまでして伝えたいことは何なのだろうか。

 キレイは長い長いため息をついたあと、録音を再生する。


 果たして、そこにあったのはキレイの求めていた答えだった。

 自分たちを打ちのめした敵の正体、その目的、そして背後に潜むもの。

 父は、すべてを知っていた。


「気をつけろ、キレイ。奴は力あるものを求めている。初森ベマーズで狙われるとしたらキレイだ。何かあったらすぐに言ってくれ」


 その言葉で録音は切れる。

「違うよ、パパ……」

 携帯電話を握り締める。なぜか笑えた。笑えて、泣けた。

「違うんだよ……」

 これは敗北? これが絶望? 頭が考えることを拒否している。

「あいつらが求めるのは、わたしじゃない……」

 かつての強敵、今は親友となった"彼女"の顔を思い浮かべる。

「わたしは、無力だ……」

 敗北を知らないキレイが味わう、完膚なきまでの敗北。

 闇に堕ちた彼女は、その悪夢を振り払う術を知らない――。







 第5球に続く