【注意】
この物語はテレビ東京系で放送されていた「初森ベマーズ」の二次創作です。原作者様や原作に関わる一切と関係はありません。内容は、テレビ版の続編を想定しているため、「初森ベマーズ」を全話視聴し、世界観、キャラ設定などを読者様が把握している前提で構成されています。


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 ユニフォームに着替えたベマーズの面々は、グラウンドのベンチに座ったカマタへと近寄る。キレイとシェリーは一歩引いた場所に構えた。

 カマタは足を組み、乱暴にファンデーションを塗りたくっている。見るからに機嫌が悪い。

「あの、監督……」

 代表してコテが話しかけると、カマタは濃く引かれたアイラインでコテを睨みつける。獲物を狙う目にコテが一歩後ずさり、涙目でショパンに訴える。

「なんであんなに怒ってるのよぉ」

 ショパンもわかるはずはなく、黙って首を振った。

「わたしの言いたいことはひとつよ」

 カマタが静かに言う。

「わたしはおんな――」
「――そんな話はどうだっていいんです!」

 カマタの言葉を遮ったのは、ななまるだった。

「そんな話って、わたしにとっては重要な……」
「わたしたちはどうやったら、握夢に勝てるんですか! 負けられないんです! 絶対に!」

 普段おとなしいななまるだけに、周りは驚いたような顔をしているが、カマタは懐かしさを覚えていた。

(この子、わたしにぶたれたときと同じ顔してるわね)

 強い意志をもった瞳のななまるに、カマタはふっと肩の力を抜く。

「わかったわ、わかったわよ、ななまる」
「お願いします! また教えてください!」
「でもその前に、わたしがおんなだってこと認めてくれるかしら?」
「そんなことはどうでもいいんです!」

 ななまるは決して譲らない。カマタは根負けしたようにひらひらと顔の前で手を振ると、表情に厳しさを現す。

「まずは――見せてもらいましょうか、敵の実力を」

 ハーバードがビデオカメラを差し出す。そこには、シェリー、ショパン、コテが握夢の3人と戦った映像がおさめられている。先ほど部室でベマーズの面々が見て、その実力に絶望した映像だった。

「なぁ監督」

 イマドキがタメ口で聞く。

「どっからこの話、聞きつけたんだ? それになんでまた引き受けてくれる気になった?」
「隠す必要もないわね、それじゃ言うけど」

 カマタはキレイを見て、少し大きな声で言う。

「お父さん、心配してるわよ。娘を頼むってさ」
「……」
「ふん。たった一度の敗北で何を腐ってるんだか」
「……」

 何も答えないキレイから視線を外し、カマタはつまらなそうに言う。

「権田原兼持って言ったわね、その人から教えてもらったのよ。ベマーズがピンチだって、ついでにあなたたちの相手、エタニティ握夢についてもね」
「それで引き受けてくれたのか」
「……それだけじゃないわ」

 カマタはベマーズのメンバーひとりひとりの顔を見る。

「最後に言ったでしょ、”久しぶりに燃えた”って。楽しかったのよ、あなたたちとがんばった日々がね」

 カマタはそう言いながら、心で思う。ソフトボールの監督だった頃、勝負にこだわり過ぎて、ひとりの教え子を壊してしまった。その罪はいまだ心に重く圧しかかっている。しかしソフトボールへの情熱は心の奥底でくすぶりつづけていた。その小さな炎を、熱く、大きく燃やしてくれたのがベマーズだった。

(おまえはどう思うだろうな、俺がまだ、ソフトボールの監督をやっていることを)

 監督時代の口調で回想したカマタは、少しだけ首を振る。あの頃の自分はもういない。あのときの監督は死んだ、今の俺――わたしは、カマタだ。
 
「燃えさせてちょうだい、今度も」
「はい!」

 元気の良い声を聞きながら、カマタはメンバーの顔色を確認する。

(なるほどね……この子はがんばれば勝てると思ってる、この子は無理と思ってるわね、この子は……何も考えてないか。ポラリスからのふたりは……さて、どうしていきましょうか)

 軽く分析したカマタは、ハーバードから渡されたビデオカメラを手で撫でる。

「さ、今度こそ見てみましょうか。みんなは練習してきなさい。ほらほら。あ、ななまるとハーバード、それからキレイはわたしと一緒にいなさい」

 その言葉にななまるとハーバードは従うが、キレイは我関せずとその場から立ち去った。練習もせず部室へと戻っていく。困ったようにシェリーも追いかけていった。

「困ったものね、挫折したお嬢様も」
「あの、監督。キレイはだいじょうぶでしょうか?」

 カマタの横に座ったななまるが心配そうに聞く。同じく隣に座ったハーバードもメガネの奥に不安そうな光を灯していた。ななまるもハーバードも知っている。握夢に勝つには、キレイとシェリーの力は必要不可欠。それに、大事な友だちが落ち込んでいることを見過ごしてはおけなかった。

「どうかしらね」

 カマタは冷徹に言い放つ。

「技術的なものはいくらでも教えてあげられるわ。でも精神的なものは自分で乗り越えるしかない」
「そう、ですか」
「あの子の問題はあの子で解決するしかないわ。わたしたちはわたしたちにできることをしましょう」

 カマタはそう言って、ハーバードに映像の再生を促す。

「あなたたちと一緒に見るのは理由がある。まず、ななまる。あなたは相手の投手をよく見ていなさい。どんなボールを投げるのか、どうやって打者を抑えようとしているか。それを想像しながら見るのよ。シミュレーションも立派な練習のひとつ。とくにあなたは今、ろくに投げられない体なんだから」
「わかりました」
「ハーバード。あなたは分析力に優れているわ。わたしも気づかない相手の弱点に気づくかもしれない。勝てないと恐れずに、しっかりと見定めなさい。すんどめを編み出したあなたならできるはずよ」

 ハーバードは頷き、再生ボタンを押す。

 まず映し出された映像は、ベマーズの先攻。バッターはシェリー。ピッチャーは握夢のキュードー、キャッチャーはテツジン。

 日本人形のようなキュードーからボールが放たれる。何の変哲もない普通のストレート。シェリーは渾身の力でバットを振るい、快音が響くが、ボールは盛大なファールとなった。

 続く2球目。再びファール。3球目でバットは空を切る。三振。シェリーは悔しそうにバットを地面に叩きつけた。

「ふーん、相手のピッチャーやるわね」

 カマタは静かに言う。

「何か分かったんですか?」
「確信とまではいかないけどね」

 次のバッターはショパンだった。ショパンはバッターボックスに入るなり、ピッチャーのキュードーに背を向け、目をつむる。

 その様子にカマタはつぶやく。

「ショパンなりに感じたのね、相手の力量に」

 ショパンは、球筋の音を頼りに打ち返す技を会得していた。視覚は邪魔でしかない。音さえあればショパンはどんな球でもバットにあてる。

 1球目はシェリーと同じくファール。2球目も同じ。3球目でようやくボールを前に飛ばすもピッチャーフライ。あえなくアウトとなった。

「ショパンは確かにボールをバットにあたられる。でもそれだけじゃヒットにはできない。あの子の課題ね」

 カマタの言葉を、ハーバードがノートに書き込む。

 ななまるは必死でキュードーの球筋を見ていたが、いたって普通のボールにしか見えなかった。あっさりと四蝋投(スーロートー)を打ち破ったシェリーなら簡単に打てるはず。それが三振なんて。

 ショパンにしても、相手がキレイ並に力のあるボールなら打つのは困難だが、映像で見る限り球威はまるで感じられない。とにかく普通の、むしろ少し遅いぐらいのストレート。

 なのに、なぜ?

 ななまるの逡巡とは別に、ついにベマーズは最後のコテを迎える。コテは剣道部を兼ねており、バットを竹刀に見立て、バットを振るのではなく、「突く」打法を得意としていた。コテは剣道の構えでボールを待ち受ける。

 キュードーが投げる。コテが突きを繰り出す。ボールはセンター方向へライナーで飛ぶ。ボールが落ちる。それをセンターにいたジャイアンツ帽子のタキオンが拾う。タイミング的にヒット間違いなしだった。

 タキオンは拾ったボールを手のひらで遊ばせている。投げる様子はない。

「コテ、走っちゃえ!」

 ショパンの叫び声が音声で聞こえる。タキオンが何を考えているか分からないが、今から投げてもアウトにはできないだろう。なにしろ、このゲームは3人しかいない。塁でアウトにするには、ピッチャーかキャッチャーがベースカバーに入る必要がある。しかしキュードーもテツジンも自分のポジションから動こうとはしなかった。

 コテはその不気味な様子を見ながらも全力で走る。獲れる点は獲る。

 二塁を回り、三塁を踏み、あとはホームベース――。

「え?」

 ななまるがおもわず声をあげる。

 映像は引きで撮られてあり、塁を回るコテ、センターでボールを持っているタキオンが映っている。そのタキオンが、ホームベース直前のコテを確認するやいなや、ボールをホームに向かって投げた。まるですぐ近くでキャッチボールをしている相手に投げるようにリラックスした動き。

 タキオンが投げた――と思った次の瞬間、けたたましい音をたて、テツジンのキャッチャーミットにボールがおさまる。何が起こったか分からないコテは、そのままホームに突っ込み、あえなくアウトとなった。

「やっぱり速い」

 ハーバードがつぶやく。彼女は肉眼でもこの様子を見ていた。しかし、タキオンの投げたボールを視認することはできなかった。

「目にも留まらぬ速さで返球する守備か。これまた厄介なこと」

 攻守交替となり、ベマーズのピッチャーはシェリー。その顔色は遠くから見ても分かるぐらいに動揺していた。

「シェリーはもう駄目ね。呑まれている」
「タキオンの凄さにですか?」
「それもあるわ。あんな速さでバックホームされたんだからね。でもそれ以上に」

 カマタは映像の隅に映るキュードーを指差す。

「彼女の球を打てなかった理由に怯えているのよ」
「監督……」

 ななまるは身を乗り出す。

「わたしも同じピッチャーです。だからなんとなく分かるんです、相手がどれだけ凄い球を投げるのか。でも……キュードーからはそれが感じられません。シェリーやショパンはなんであんな普通の球を打てなかったんですか?」
「もし、打者の弱点が分かったら、例えば内角のこのポイントに投げれば相手は打てないって分かったら、ピッチャーのななまるはどうする?」
「そこに投げます」
「投げれる? 100%?」
「え……100%は無理だと思います」
「普通はそうよね」

 カマタはハーバードの頭をぽんと触る。ハーバードは少しだけ嫌な顔をしたが特に振り払うことはしなかった。

「どのチームにもね、相手のチームを分析する役がいる。うちはハーバードね。投手ならフォームの癖やよく投げるコース、打者なら得意、不得意のポイントをチェックする。そのデータがチームの力になるのよ」
「それがキュードーと、キュードーの球とどう関係があるんですか?」
「握夢は相手チームの分析を徹底的にしているようね。シェリーとショパンの苦手なところを完全に把握していたわ。そして完璧にそこを突いた。完璧にね」
「それって……」

 カマタは頷く。

「そう、キュードーは、おもった通りの場所に100%でボールを投げられる」

 カメラから快音が響く。シェリーの放ったボールをテツジンが打ち返した音だった。

「自分の苦手とするコースに一度くれば、それは偶然だと思うでしょう。でもそれが二度、三度と続き、そして次の打者も完璧に攻められたら……それは怖いでしょうね。完璧な精度で、完璧なコースをつく。まさに神業よ」

 カメラには、グラウンドで打ちひしがれるシェリーたち3人の様子が映っていた。そこで映像は停止される。

 ななまるは改めて握夢の力に震えがきた。

 自分とキレイを打ち崩したフリッパだけでも怪物のような恐怖を感じていたのに……。

「ななまる」

 カマタが優しく声をかける。

「わたしも映像で見ただけだから、相手の特徴をまだはっきりとは捉えられていない。憶測も入っているわ。でもひとつだけはっきりしていること。それは、今のベマーズじゃ絶対に勝てない」

 カマタは続ける。
 
「他にもいるんでしょ? あなたを倒したフリッパという選手、その横にいたアニタ。いやーこれはとんでもないチームから狙われたものね」

 本当にとんでもないわ、シリアスにカマタはそう言って目を伏せる。ななまるはそんな監督を横目で見る。今まで見たことのない怖い顔をしていた。

 そうか……これが監督の、本当の顔なんだ……。

「まとめてみた」

 そのとき、ハーバードが唐突に言った。目線は膝に置いたノートに注がれている。

「教えてちょうだい」

 顔を伏せたままのカマタが言う。

「まずキュードー。キュードーは100%狙ったところにボールを投げることができる。弓道で的にあてるように。ニックネームの由来もそれだと思う。弓道と野球をかけあわせている。剣道のコテのように」

 ななまるはハーバードの話を聞きながら考える。

 キュードー。握夢のピッチャー。彼女を打ち崩さないことにははじまらない。でも弱点ばかり、打ちにくいところばかりを攻められたら、どう対応すればいいのだろう。自分たちの弱点をたった2週間で克服できるのだろうか。

「守備のタキオン。見えないぐらいの速さで返球してくる。あの速さじゃ普通のヒットだったら簡単にアウトにされる。たぶん由来は超高速で動くと仮定される粒子。実在はしてないけど、光速も越えると言われる粒子にタキオンと名づけられている」

 タキオン。光よりも速い粒子のあだなをもらうぐらいに速いボールを投げられる。キュードーから運よくヒットを打てても、彼女が外野で守る限り、ホームは奪えない。彼女の守備範囲以外に打てればいいが、完璧な精度で投げるキュードーからそんな器用な真似ができるのだろうか。

「打者のテツジン。まだ名前の由来は分からないけど、シェリーのボールを簡単にホームランにしている。打者としての力は侮れない」

 それとね、ハーバードはななまるの顔色を伺うように続ける。

「フリッパとアニタ」

 ななまるははっとする。自分を、キレイを絶望させたあのふたり。

「直接見たわけじゃないけど、フリッパはななまるとキレイの球を簡単に打ち返したんだよね」
「……うん」
「フリッパって、ピンボールの装置のひとつにもあるの。正確にはフリッパー。ピンボールでボールを打ち返すもの。分かる?」
「両手ではじくものだよね」
「そう。きっと、どんなボールでも打ち返せる、打ち返す自信があるから、フリッパってあだ名なんだと思う」

 最後に。ハーバードはノートの文字を目で追う。

「アニタ。彼女の力はまるで分からない。でも、あだ名でなんとなく分かる。ななまる、アニタは電卓をいつも持ってるって言ってたよね?」
「うん、それで常に何か計算してた」
「アニタって言葉に聞き覚えがあって、少し調べたの。それで分かった、アニタって世界で最初の電卓って言われてるわ。なんでも計算して、分析する。きっとそれがアニタの役割」

 ベマーズでのわたしと同じ役回りよ、ハーバードが付け加える。

「これがわたしがまとめたエタニティ握夢のデータ。まだ不完全だけど」
「ううん、すごいわ、ハーバード。わたし全然頭回ってなかった」
「わたしにできること、これぐらいだから」

 はにかんで答えるハーバードの言葉に、ななまるの胸が痛む。わたしにできること……。わたしにできることって、なに? 肩を怪我してピッチャーの役割も果たせない。無理を押してマウンドに立っても、抑えることができない。そんなわたしに何ができる……?

 そのとき。

「よおおおおおおおし!!」

 突然の大声にななまるとハーバードはその場から飛びのく。 声の主はカマタだった。

「ハーバード! ノート貸しなさい!」

 むしりとるようにノートとペンを奪い、カマタは怒涛の勢いでそこに何かを書いていく。

「どうしたの?」

 カマタの叫びに驚いたメンバーが集まってくる。マルキューが冷静に聞くも、ななまるもハーバードも首を振るのみ。

「一列になりなさああああい!!」

 吹っ切れたテンションのカマタに逆らう術もなく、ベマーズの面々は一列に並ぶ。ななまるは右端に立った。

 カマタは左のチームメイトから順々にノートを切り離して渡していく。

「そこには、あなたたちひとりひとりの課題を書いているわ。2週間で確実にクリアしなさい。もしひとりでもクリアできなければ、握夢には決して勝てないわ」

 紙を押し付けるように渡しながらカマタは言う。渡されたメンバーからは悲鳴や怒号が飛び交うが、カマタは一向に気にしない。

「最後はあなたね、ななまる」

 ななまるはカマタに渡されたノートの切れ端、そこに書いてある文字を見る。

 その瞬間。

「――監督!」

 ななまるは背中を向けたカマタを呼び止める。

 カマタは肩越しにゆっくりと、そして厳しい目を向ける。

「何か?」
「こんなの……こんなの納得できません!」
「あら、話聞いてなかったのかしら。ひとりでもクリアできなかったら、決して勝てないって」
「でも、でも、これじゃ!」
「あなたひとりのせいで負けたいの?」
「――っ!」

 それを言われては返す言葉もない。

 しかし、この試合が行われるのは自分のせいだ。自分がいたから、みんなに苦労をかけている。自分さえいなければ、仲良くみんなでソフトボールができていたはずだ。

 守るものもある。大好きな場所、お母さんにとっても、みんなにとっても、わたしにとっても、すごく大切な場所。そしてこのチーム。絶対になくしたくない。

 だから自分で、わたしがみんなよりがんばらなくちゃいけない。ポラリスとの決勝のように――わたしが、がんばるんだ!

 そう、思っていたのに……。

 ななまるの手から紙が落ちる。ひらりと舞った紙はゆっくりと地面に落ちる。

 そこにはこう書かれていた。

 


 『なにもするな』





<第7球につづく>