【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。

20170228-05



乃木坂46秋元真夏ファースト写真集『真夏の気圧配置』発売を祝して――




真夏に降る雪


(作者注:この物語の世界において、アイドルは恋愛OKです。特に作中で触れませんが、そんな世界であることを踏まえたうえでご覧ください)





 誰も信じてくれないだろう。

 誰も信じれるわけがない。

 俺の前で。

 俺だけの前で。

 真夏に雪が降っていた。

 




 今日はクリスマス・イブ。

 仕事を早く終わらせ、帰路につく。俺と同じスーツを着たサラリーマンはみんな両手に袋を提げている。ケーキやらチキンやらプレゼントやら……。重たいはずだが、その重さは幸せの重み。これから出会う笑顔を思えば決して重くないだろう。

 そんな中、俺は手ぶらでいた。必要なものは何もない。ただ早く帰ればよかった。

 誰もいないマンションに帰り、普段着に着替える。 クリスマス・イブとは思えない殺風景な部屋。テーブルの前に座り、テレビを付ける。クリスマスムードあふれる番組を一通り確認すると、DVDプレーヤーを再生する。

 俺がしみじみと幸せを感じるのは、この瞬間だった。

 画面に映し出されているのは、絶大なる人気を誇る「乃木坂46」のライブ。

 何万人ものファンが、彼女たちの一挙手一投足に熱狂している。

 そんな彼女たちのひとりが――。


 玄関の鍵が開き、「遅くなってごめんね!」と声がする。続いて、ばたばたと駆け足。本人は走っているつもりだろうが、テンポが非常に遅い。俺はいつもの足音に苦笑してしまう。

「あ、また見てる!」

 "彼女"は嬉しそうに言って、おしゃれな外用の服のまま、俺の隣にぺたんと腰をおろす。そのまま俺の肩に頭を乗せ、少しの間、一緒に画面を見る。

「そこ、一時停止!」

 突然叫んだ彼女に動揺せず、一時停止のボタンを押す。

 この場面で止めるのはいつものことだった。

 画面いっぱいに映ったひとりのアイドルの顔。

「ここのわたしかわいいでしょー?」

 その顔とまったく同じ顔で、彼女――秋元真夏が微笑んでいた。

 テレビと目の前の真夏の顔を見比べて、俺は頷く。

「いつだってかわいいよ、真夏は」
「もっと言ってもっと言って!」
「頭大きいけど」
「むー!」

 怒った顔をしても、猫のように細めた目は笑っていた。真夏は立ち上がるとキッチンへと向かう。

「準備するからきちゃダメだよ」
「わかってるよ。それで俺は本当に何もしなくていいの?」
「うん、いいよ。早く作るから待っててね」
「なんだか悪いな。イブに働かせて」
「そんなことないよ」

 エプロンを付けた真夏がキッチンから顔をだす。

「好きな人と一緒にいられるだけで幸せなんだから」

 真夏はそう言って、ニコニコしながら俺の顔を見つめ続ける。

 普通であれば、そんな恥ずかしい言葉の後はさっと引っ込むものだ。でも真夏は、その言葉で照れる俺を楽しんでいる。何か言うまで、俺の顔を見続けるだろう。

「好きな人って、俺のこと?」
「それ以外に誰かいる?」
「アレ、とか」

 部屋の片隅に置かれた大きなぬいぐるみ「どいやさん」を指差す。

「もーそんなわけないでしょ。あなたのことだよ、あなたの」

 あなたの、と強調した真夏はウインクをひとつ残して、キッチンの奥へと消えていった。スーパーの袋を探る音、調理器具を用意する音、「よーし」と小さなかけ声……。本格的に料理に取り掛かったようだ。こうなるともう完成まで来ることはないだろう。料理を作る真夏の集中力は並大抵のことでは揺らがない。

 俺は停止されたままの画面を見る。

 面と向かって言うのは照れる。

 けど。

 心ではいつも思っている。

 想いは、言葉に乗せなければ伝わらない。

「真夏ー!」

 キッチンに向かって叫ぶ。なーにー?と声がする。

「真夏が! 世界で一番! かわいい!」
「でしょー!」

 予想通りの答えに笑ってしまう。謙遜もしない。賞賛をそのままに受け止めてくれる。それがとても心地よい。言葉が確かに伝わったことを実感できる。

 俺は「ある決意」を持って、テーブルの下の引き出しを眺めながら、真夏の料理を待った。





 数週間前。

 仕事から帰ってくるなり、真夏は俺に1冊のカタログを見せた。そこには色とりどりのケーキが並んでいる。

「そっか、クリスマスか……」

 俺はそうつぶやきながらページを繰ると、あることに気づいた。

「真夏、真夏」

 隣に座った真夏は俺をのぞきこんでくる。

「これ、もう予約期限過ぎてるぞ」
「あ、そういうことね。だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶって?」
「予約は必要ないから」
「どういうことだ?」

 ふふふーん、と真夏は得意げに鼻を鳴らすと、その場に立ち上がり、大きく胸を反らして仁王立ちする。意外とある胸の膨らみを前にして目のやり場に困った俺は、カタログに視線を戻す。

「あなたが一番好きなケーキを選ぶのじゃ!」

 芝居がかった台詞で真夏が言う。

「選ぶのじゃって……」

 選んでも予約できなきゃ意味がない。そう思ったが、彼女はとても頭が良い。常に先を見ている。意味もなく選ばせないだろう。きっと何か考えがあるはず。

「それじゃ……これ、かな」

 俺が指差したのはオーソドックスなワンホールショートケーキ。生クリームがたっぷりと盛られており、断面からはイチゴが見えている。

「なるほどなるほど」

 真夏はカタログを取り上げた。

 彼女は立ったままカタログを見ているので、その生足が俺のすぐ隣にあった。すぐ近くに好きな女の子の足がある。目を向けないほうがおかしい。でも少しの罪悪感があるのも事実。真夏に悟られないよう、そっと目線を向ける。

 ショートパンツを履いているので、ふくらはぎはもちろん、太ももまでもが露わになっている。目線をあげればその奥まで見えそ――

「キレイ?」

 見下ろす真夏と目が合う。彼女は線になるぐらいに目を細めて笑っていた。

「わたしの足、キレイ?」
「ま、まあキレイだと思う」
「でしょー? わたし足には自信があるんだ!」
「ちょっとストップ!」
 
 真夏はさらに足を見せるべく、ショートパンツに手をかけた。これ以上を上げては見てはいけないものが目に飛び込んでしまう。

「どうして? もっと見てほしいのに」
「だめだって。俺だってほら……いろいろあるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」

 真夏は、残念とつぶやくと、俺の隣に座り直す。

「好きな人から褒めてもらうと嬉しいな。いつでも自慢の足、見せてあげるから。こっそりなんて見なくていいからね」

 そう言いながら、カタログをテーブルに置き、先生のような口調で言う。

「あなたの好きなケーキは分かりました。クリスマス、楽しみにしていてください」
「それは楽しみだけど……予約できないぞ」
「わたしの特技、忘れてるでしょう?」
「え?」
「と・く・ぎ」

 真夏はキッチンに目線を向ける。彼女の言わんとしていることはすぐに分かった。

「料理?」
「そう! 料理! お菓子作りも大得意!」
「いや、それは知ってるけど、クリスマス仕事だろ? 作る暇なんて――」
「ある!」

 大きな声で言うと同時に、真夏が胸に飛び込んでくる。彼女は俺の首元に手を回し、俺は彼女の腰元に手を回した。至近距離で彼女は恥ずかしいぐらいに見つめてくる。

「わたしはだいじょうぶ。おいしいの作るからね」

 最後の「ね」に合わせて、ウインク。ほんのわずか顔を前に出すだけで唇が触れ合う距離。

「真夏……」
「うん」

 真夏はそっと目を閉じる。雰囲気としてはこのままの流れで――。彼女もそれを待っていると思う。

 でも普通もおもしろくない。ちょっとしたイタズラ心が芽生える。

「やっぱり頭大きいな」
「えー! ここで言う!?」

 真夏は怒った顔を見せるが、まるで怖さは感じない。俺は苦笑しながら真夏を強く抱き寄せ、その耳元でささやく。

「でもそんな真夏が好きだよ」

 おでこにキスをする。

「卑怯……」

 いつでも元気な真夏が沈んだ声をだす。

「そのやり方はだめだよ。離れたくなくなる」
「いつも釣られてるお返し」

 真夏は、わたし釣り師じゃないもん、と苦笑しながら、

「逆にやられると恥ずかしいね」

 そう言って、顔を隠すように胸に頭をぶつけてくる。

「けど、すごく嬉しいな。ありがとう」

 ――クリスマス、一緒にいようね。

 心臓に届いた真夏の声に、俺はより一層、腕に力を強めた。




 
 そして、今。

 俺の目の前には、あのときのカタログとまるで同じケーキが置かれている。

「うまくできた!」

 最後の生クリームを絞った真夏が得意げに言う。彼女の鼻には生クリームがついていた。わざとつけたに違いない。そのほうが「かわいい」と知っているから。俺は苦笑してクリームをティッシュで取る。彼女は日向で気持ちよさそうにする猫のような表情で黙ってそれを受け入れた。

 ケーキをカメラで撮ったあと、真夏の手によってキレイにお皿に切り分けられる。
 
 いただきます。

 ふたりで手を合わせ、ケーキにフォークを入れる。

「はい、あーん」

 かけられた声のほうを向くと、真夏がフォークに刺したケーキを口元に持ってきた。 ちょうど口におさまるぐらいのサイズに彼女の気配りを感じる。

 一口で頬張ると、イチゴの酸味とクリームの甘さが広がる。

「どう? おいしい?」
「すごく。今までにこんなおいしいケーキ食べたことない」
「良かった! 時間があまりなかったから細かいところで手を抜かせてもらってるんだよ。ごめんね。時間があれば全部手作りでやりたかったんだけど」

 真夏は立ち上がり、エプロンを外しながら言う。

「これ全部、あなたのものだから。いっぱい食べてね」

 俺はフォークを皿に置く。

「そうか、もうそんな時間か……」
「……うん。ごめんね」
「謝らなくていいよ。真夏の仕事は、真夏にしかできないことなんだから」

 そう言いながらも、胸は苦しくてしかたない。

 知っていた。

 そう、最初から知っていた。

 クリスマスに会う困難さを。

 ただ会うだけではない。殺人的なハードスケジュールの合間をぬって、ケーキを作ってくれる。その多大なる労力は想像に難くない。

 でも真夏は愚痴ひとつこぼさない。

 いつだってそうだ。

 どんなに辛いときでも、彼女は笑っている。


 ――だいじょうぶ。


 その一言で乗り越えていく。真夏が「だいじょうぶ」と言ったら、必ず「だいじょうぶ」。彼女は「だいじょうぶ」を実現するための努力を決して怠らない。

「今日真夏に会えて嬉しかったよ」
「わたしも」

 隣の部屋で身支度を整える真夏に声をかける。

「疲れてないか? だいじょうぶ?」
「だいじょうぶだよ」

 声のトーンがあがる。俺を心配させないようにしているのだろう。その姿がいじらしくてしかたない。

「無理するなよ」
「うん、ありがとう」

 真夏なら、そう答えるよな……。

 彼女の返答を聞きながら、テレビの下にある引き出しから「プレゼント」を取り出す。今日こそ渡そうと思って、前々から準備していたもの。しかしいざ渡そうとなると気が引けてしまう。一生を左右する告白とともに渡すものだ。その勇気がなかなかでない。

「真夏」

 隣の部屋から出てきた真夏を呼び止める。

「なあに?」
「あ、いや、やっぱりいい」

 咄嗟にプレゼントをポケットにしまう。

「変なのー」

 真夏は笑いながら玄関に向かい、靴を履く。

「せっかくのクリスマスなのに、ばたばたしてごめんね」
「いや、こっちこそ。忙しいのに悪かった」
「いいんだって。わたしはだいじょうぶだから」

 だいじょうぶなわけ、ないじゃないか。

 その言葉を呑み込む。彼女を困らせるだけだ。

「それじゃまたね」

 真夏が扉を開ける。すると、少女のような声をだした。

「うわー、雪だー!」

 そう言って、道路に走り出す。

 そんなにたいした量ではない。その雪を、真夏は両手を広げて、全身で感じていた。彼女が白い雪で薄く覆われていく。

 真夏に降る雪、か。

 俺はおもわず笑ってしまう。それだけ聞けば、誰も信じてくれないだろう。真夏に雪が降るなんて、「ありえない」。

 でも、そんなありえないを可能にする力が、彼女にはある。

 決して人に見せないところでもがき苦しみ、そして羽ばたく。

 無理を、越えていく。

「雪だるまつくりたいねー!」
「この雪じゃ無理だろ」
「えー! 作りたい作りたい!」

 真夏はよく「あざとい」と言われる。今こうして駄々をこねる仕草や、わざわざ仕事の合間にケーキを作りにくるのも、人によっては、あざといと非難されるのかもしれない。

 でも、真夏はそのあざとさで他人を不幸にはしない。他人の幸福のためにいつも動いている。

 俺が今、真夏のそんな様子を見て幸せな気持ちになっていることを、彼女は「知っている」。だから行動する。相手が自分に何を求めているのか、瞬時にそれを察し実行できるのは、握手会で鍛えた腕かもしれないが、もはやこれは天性のものだろう。

 俺は真夏にたくさんの幸せをもらった。これからももらい続けるだろう。

 でも、俺は「最高の幸せ」をつかみたい。

 そのためにできることは、たったひとつ。

 今、勇気をだすときだ。

「まなつー!」

 雪ではしゃぐ真夏に声をかける。近所迷惑だが、気持ちは言葉にしなければ伝わらない。

「真夏が世界で一番好きだ!」

 街灯のなか、にっこりと笑う真夏の姿。


 そう、これだ。

 真夏、これが「最高の幸せ」なんだよ。

 真夏が喜んで、楽しんで、心から笑えば、みんな幸せになれる。

 それを忘れないでほしい。

 いつだって、真夏の幸せは、みんなの幸せとともにある。

 もちろん、俺の幸せだって、そこにあるんだ。

 だからこれからも。


「人生、"一緒"に楽しもう! これからも、ずっと!」


 真夏に降る雪は、静かに溶けていく。

 彼女の流した涙は、きっと「真夏の暑さ」よりも熱い。

 渡しそびれたプレゼント――"指輪"が入ったケースを高く掲げながら、俺は真夏に駆け寄る。


 全力で、全速力で、駆ける。

 「他人の幸せ」を「自分の幸せ」に思える彼女と、「最高の幸せ」を見つけるために――。

  
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