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ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo3

姉御坂の葛藤
~私たちのシュートサイン~

20170510-01

 セットが組み上げられたMV撮影現場をひと通り下見し、控室に戻ってきた衛藤美彩は、テーブルに突っ伏しながら横に並んで会話している、妙齢の美女ふたりの姿を見て、静かに微笑んだ。

 向かって右側で、テーブルに投げ出した左腕に頬をくっつけ、上半身を横たえている白石麻衣が、少し口をとがらせる。
「だって、さゆりんは、軍団とか作ってて、ちゃんとやってるじゃん? わたしとはちがうよー」
「そんなことないよー! あれは、かりんちゃんがうまくあいだを取り持ってくれて、やっと関係性を作れたんであって、ひとりじゃなにもできないし」
 懸命に否定する松村沙友理もまた、右腕に頬をつけて、横になった姿勢で白石に応じている。

「なんの話?」
 衛藤が向かいの席に座って話しかけると、白石がおもむろに顔を起こした。
「3期生ちゃんたちの話よー」
 白石がまた口をとがらせる。察しがついた衛藤は、さらに頬をゆるませた。
「いい子たちよー。かわいいし、謙虚だし。この前、与田ちゃんと桃ちゃんの三人で撮影したんだけどね」
「え、いいなー」
 遅れて顔を起こした松村の両頬を、衛藤が両手の人差し指でツンツンする。
「ビストロスマップのご褒美みたいに、ここにキスしてもらったよ」
「まじか!」
「まじよ!」
 白石らしくない、くだけた口調を聞けるのは、衛藤と松村、そしてもう一人。
 少し離れたテーブルの端で、必死にポメラ……簡易型日本語ワープロ端末を叩いている、高山一実だけかもしれない。
 あさっての朝が連載原稿の締め切りらしく、いつになく鬼気迫る表情で、無言のままポメラと対峙している。

 白石が、今度はあごをテーブルに乗せて、ぐだっとした体勢に戻った。
「いいなー。わたしが話しかけても、ぜんぜんなついてくれなくて。で、心が折れちゃうのよね」
 白石の言葉に、松村がうんうんとうなずきかける。
「そりゃ、天下の大まいやん様だもの。誰だって緊張するよ」
 衛藤も、白石に目線を合わせるため前かがみになり、テーブルにあごをつけた。
「まいやんも、根が人見知りだからね。そうなるよね」
「そうなのよー。どうしたらいいかなー?」
「わたしも聞きたい!」
 二人に正面から見つめられ、衛藤はいたずらっぽく笑った。

「3期生ちゃんたちと、うまくコミュニケーションとる方法? そうねぇ、いい方法があるけど、どうしようっかな?」
「いじわるー」
 焦れた松村が、手足をバタバタさせる。白石の眉間には、数本の皺が浮かびつつあった。
「まなつに教えてもらったら? 彼女はプロだから」
 言ったとたん、かぶせ気味にブーイングを上げる二人。
「それだけはやだ。私には無理」
 眉間に皺が刻まれて、黒石さんが降臨。
「あたしもー。あれはまなつだから成立するんだよー」
 必殺技の存在、ぶりっ子キャラ、軍団結成、バラエティでの活躍ぶりなど、世間的には秋元真夏と松村沙友理は同じ系統のキャラに見られがちだが、中身はまったく違うことを、メンバーやスタッフ、ファンはよく知っている。

「じゃあねえ…。二人とも、与田ちゃんや桃ちゃんと同じことしてくれたら、教えてあげてもいいよ」
「え、なになに? なにすんの?」
 衛藤が自分の両頬を指さす。

 とたんに、テーブルに身を預けてグダグダしていた白石と松村が立ち上がって、ものすごい勢いで衛藤に駆け寄ってきた。
「冗談冗談、うそうそ! 教えるよ!」
 あわてて立ち上がり、後退する衛藤。その拍子に衛藤の足がテーブルの脚に当たり、その勢いで高山のポメラが宙に舞うこととなった。

「あああー!」
 絶叫する高山の手が、何度か宙をつかむが、ポメラには届かない。

 スローモーションのように、ゆっくりと落下していくポメラ。

 落下の衝撃に対して、ポメラってどれくらいの耐久性があるのだろう?
 おかしいくらいに冷静に考えていた衛藤の視界の隅から、黒い影が飛び出してきた。

 一瞬の出来事だった。床に落下する寸前に、ポメラをヘッドスライディングで受け止めた人物がいた。

 ガッと見開かれた高山の両目が、いつもの穏やかな微笑みの細さに戻る。
「よかったー!」
「なにしてるのよ、もう。あんたたち、大人でしょ?」

 ポメラを高山に返しながら、上着のホコリを手で払ったのは、次の仕事の段取りを確認するため、高山の席近くで書類に目を通していた、マネージャーの野中だった。

「もうそろそろ時間だから、早く準備してよね。しゅーとが呼びに来るわよ」
「しゅーと?」
 首をかしげる4人に、野中はニヤッと笑った。
「今回のMV監督の、伊藤さんのこと。たぶん、最初に言われるわよ。僕のこと、監督じゃなくて「しゅーと」って呼んでくださいって」
「なにそれ、かわいいー」
 無邪気に笑う松村とは対照的に、しばし考え込んでいた白石は、イタズラを思いついた子どものように、急に目を輝かせた。
「じゃ、監督に言われる前に、こっちから先にみんなで言ってみない? よろしく、しゅーと!みたいな感じで」
「それいいね!おもしろい!」
 二人で盛り上がる白石と松村。「しかたないなー」と微笑みながら同調する高山。ほんとにいい関係性だと、衛藤は思う。

 その後、わちゃわちゃと相談した結果、白石と松村が顔を見合わせるのを合図に、「よろしくね、しゅーと!」と、四人で艶やかにあいさつすることになった。

 全員の身支度もほぼ整い、衛藤が鏡の前で前髪の最終チェックを終えたところで、控室のドアを、穏やかにノックする音が響いた。

「意外BREAKの撮影、そろそろスタンバイをお願いします!」

 半開きのドアから顔を出したのは、マネージャー野中の予想どおり、監督の伊藤衆人だった。
 乃木坂46のアンダー楽曲のMV作品で名を上げた伊藤は、アンダー推しの監督としても知られている。

 白石と松村が顔を見合わせ、そして衛藤と高山に合図……すなわちサインを送った。

「よろしくね、しゅーと!」

 四人の艶やかな声が重なり合って、みごとなハーモニーを奏でた。



 この物語は後日、シュートサインならぬ「しゅーとサイン」のエピソードとして、2022年に高山一実が書き下ろした著書「乃木坂46 10年目の真実」の第3章に掲載されることとなる。

 そして「3期生の登場とグループの変革」と名付けられた第3章の冒頭で、変革のはじまりを告げる象徴的なエピソードとして語り継がれることを、この時の四人はまだ知るよしもなかった。

20170510-02