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ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo5

散歩道
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ここは、とある道場。静寂の中、大きな声と衝撃音が道場に鳴り響く。
「面ー!」
「一本!」
一瞬の出来事に何が起きたのか分からず呆然とする男。その男に背を向け、一人の女剣士が、無言で道場を後にする。
彼女の名前は寺田蘭世。町の小さな道場で師範をしている。剣の腕前は町一番で、得意技は、いったん勢いが付いたら止まらない高速の面打ちである。
蘭世は、町一番の剣士になった後、自分の腕を試すために町を出て、5人いる弟子のうちの1人を連れて、道場破りの旅に出ていた───

「今日の相手も大したことなかったな」
「そうですね」
蘭世が道場破りを始めて4年。これまで連戦連勝の蘭世は、より強い相手を求めて、次に向かう道場を探していた。
「次はどの道場へ行こうか」
「ここから西の方に、白田道場というところがあるみたいです。そこの師範は、強いだけでなく、美しいと評判のようです」
「なるほど、それは興味深い。ではそこへ行くとするか」

その道場は、最近新しく開発された城下町の中心部にあるらしい。蘭世は、弟子と一緒に、その城下町へ歩いて向かった。

蘭世たちが歩くこと1時間半、2人は、城下町に到着した。町に入ると、通りには、スタイリッシュで洋風な建物が並んでいる。
通りを歩いていると、お洒落な自転車に乗った人々が、2人の脇を颯爽と通り過ぎる。
「師範、あの自転車お洒落ですね。僕もああいう自転車欲しいなー」
「ふん、私は自転車なんか興味ないね。だいたい、自転車など誰が発明したのだ。全く。三輪車の方が安定しているだろうに」
「そ、そうですね…」

蘭世たちが通りを進んで行くと、彼女らの目の前に、市場が見えてきた。道の両側には、色々な店が立ち並び、様々な商品を売っている。通りには、多くの人が集まり、商人の声と、買い物に来た町人の声で賑わっている。
「さすが城下町。賑やかでよきかな」

市場を通り過ぎると、少し遠くに、大きな神社が見える。
「おお、あれは立派な神社だ。きっと優秀な宮大工が作ったのだろう。せっかくだから、お祈りしてから行くか」
蘭世と弟子は、神社に行き、そこで旅の無事を祈り、先へ進んだ。

神社から町の中心部へ向かって歩くこと1時間、蘭世たちは、道場の前に着いた。道場の入口には、大きな木の扉がある。「ずいぶん大きな扉だな…」
蘭世は、扉を左手で叩きながら、中に向かって声を発する。
「テラダでござる。道場破りに来たでござる」
すると、しばらくして、中から、細身で可愛らしい小顔の女が現れた。
女は、蘭世の顔を見ると、冷めたような表情をして言った。
「え?道場破り?今どきそんなことしてんの?しょーもな」
蘭世は、女の見かけによらない毒舌っぷりに驚くとともに、腹が立って、反論した。
「何だと?お前のようなロリに何が分かる」
「ロリだと?失礼な。こう見えても今年で19だぞ」
蘭世と女が言い争っていると、その女の後ろから、酒の強そうな、美しい女が出てきた。その女は、桜色の薄い胴着を身にまとい、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「はいはい、争わないの。全くしょうがないわねえ。お姉さんが相手してあげるから入って」
蘭世は、女に見くびられたような気がして内心ムッとしたが、何も言わず、女の後に続いて扉の中へと入った。

蘭世らが道場の中に入ると、畳の上には、大勢の男たちが、蘭世らを取り囲むように座っている。男たちは、蘭世のことを物珍しそうに見ながら、口々に言う。
「ぷっ。あれが剣士だって?あんな小さな女が道場破りなんてできるわけないだろう」
「え、めっちゃかわいいじゃん。お人形さんみたい」
「俺、ああいう気の強そうな子タイプ」
男たちの様子に蘭世が戸惑った表情をすると、女が、男たちをたしなめるような口調で言い放つ。
「男子達、黙ってなさい!」
すると、男たちは「はいっ!先生!」と言って黙った。しかし、男たちの顔はにやけている。まったく気持ち悪い奴らだ。
蘭世は、男たちから目線をそらして、女剣士の方を見る。女は、余裕たっぷりの様子で構えている。
「さあ、どこからでもかかってらっしゃい」
「全く、どいつもこいつもなめやがって。行くぞ!」
蘭世は真っすぐに踏み込み、一直線に相手の面を狙う。しかし、女剣士は、蘭世の攻撃が到達するより前に、蘭世の胴を素早く一閃した。
「一本!」
「何!?」
これまで道場破りで負けたことがなかった蘭世は、自分が一本を取られたことに動揺した。
「まだだ、もう一回」
「もう一回やるの?分かったわ、かかってきなさい」
蘭世は、もう一度勢いをつけて相手の面を打ち込みに行く。しかし、女剣士は、今度は、蘭世の攻撃を竹刀で弾くと、蘭世の小手に強烈な一撃を喰らわした。
「一本!」
なぜだ、なぜ勝てない…。
「何度やっても同じよ。出直してきなさい」
「くっ…」
傍にいた弟子が蘭世に声をかける。
「師範、いったん立て直しましょう」
「…。仕方ない。また来るからな。覚えていろ」
蘭世たちは、道場を立ち去った。

その日の夜、蘭世と弟子は、町外れの宿にいた。
「なぜ私は負けたのだ…」
「どうしてでしょうね」
「今まで、あの面が決まらなかった相手はいなかったのに…」
「そうですね…。少し相手のことを研究したほうが良さそうですね」
「研究か…。あまり相手に合わせることはしたくないのだが…」
「そうですか…。まあ、確かにそうですね☆師範なら、次は何とかなりますよ。そうだ、そんなことよりピノでも食べて元気出しましょう」
「そうだな」
2人は、仲良くピノを食べた後、眠りについた。

翌朝、蘭世たちは、再び道場に向かった。
「また来たぞ」
「あら、また来たのね」
「今日は負けぬ」
「また同じだと思うけど」
蘭世は、昨日よりも勢いをつけて女剣士に突っ込む。
しかし、蘭世が攻撃するよりも速く、女剣士の攻撃が蘭世の面に入る。
やはり勝てない。
「なぜだ…。なぜ相手の方が速いのだ」
「簡単なことよ」
「なに?」
「私の使っている竹刀は、最新のカーボンファイバー製。軽くて丈夫なのよ」
「最新のカーボンファイバー製だと!?それはどこで手に入れた?」
「商売で儲けたお金で手に入れたのよ」
「金か。金に物を言わせたのか」
「人聞きの悪いことを言わないで頂戴。お金お金っていうけど、現実を見ているのよ。強くなるためには道具も重要。道具を買うためにはお金も必要なのよ」
「………。帰る」
蘭世たちは、またしても道場を後にした。

夜、蘭世たちは、町外れの宿にいた。
「最新のカーボンファイバー製だと。邪道な」
「どうします?やっぱり最新のカーボンファイバー製じゃないと勝てないんじゃないでしょうか」
「いや、そこは竹にこだわりたいのだ」
「そうですか…」
「また明日行くぞ」
「はい…」

翌日、道場にて
「まだあきらめないのね。何度やっても一緒なのに」
「一緒ではない、今度は勝つのだ」
「同じことしたってしょうがないじゃない」
蘭世は、意地になって言い返す。
「今日は同じではない」
すると、女剣士は、ため息をついて、言った。
「そう…。………ところで、そもそもあなた、なぜそんなに道場破りにこだわるの?」
「!?。なぜって…」
蘭世は戸惑った。
女剣士は続ける。
「あなた、道場破りをしているっていうけど、自分の道場の経営だって大変じゃないの?お弟子さんの面倒をどうやってみるの?それに、道場破りをされた道場の人の生活を考えたことあるの?」
「それは…」
「一度考えてみなさい」
「………」
蘭世は、女と戦うことなく、そのまま、道場を立ち去った。

夜、蘭世たちは町外れの宿にいた。
「なぜ道場破りにこだわるって…。そんなの、強くなるために決まっているではないか。確かに、道場の経営は問題だ。弟子たちの面倒も見なければならない。道場破りをされるのは師範が弱いからであって、私の問題ではないではないか。しかし…。………。私は間違っていたのか?もしかして私はクズなのか?」
もともと、田舎の里山出身の蘭世。幼いころから剣士に憧れ、その腕を磨いてきた。強くなって、ゆくゆくは天下で一番の剣士になることが目標だった。周囲からその目標を馬鹿にされても、蘭世はただひたすら努力を続けてきた。しかし、逆に、蘭世は、今まで、それ以外のことは、ほとんど考えたことがなかった。
蘭世は弟子に向かって尋ねる。
「道場破りなんかしていないで、地元に帰って、地道に道場の経営をしていたほうがいいのだろうか…」
「うーん、確かにあの人の言っていることももっともですね。世の中お金も必要ですし、現実を見ることも必要ですし」
「…。じゃあ、やっぱり帰ったほうがいいのだろうか」
弟子は、少し考えた後で言った。
「いや…。やっぱり私は師範があの人に勝つところが見たいです」
「そうか…。でも、どうしたらあいつに勝てるだろうか」
「相手がどこを狙ってくるか読めれば良いんですけどね」
「読むか…。どうやったら読めるだろうか」
「相手になったつもりでシミュレーションしてみてはいかがでしょうか」
「相手になったつもりでか…。そうは言ってもなあ…」
二人の間を重苦しい空気が流れる。
「少し散歩してくる」
そう言うと、蘭世は1人で外に出た。

外に出ると、空には月が静かに光っている。道の傍には、小川がゆっくりと流れ、少し離れた先には、藤の花が綺麗に咲いている。遠くを見ると、小さな島がかすかに見える。
しばらく歩いていると、大きな松の木の下に岩があり、その上に、酔っ払った男が座っていた。
男は、蘭世の悩ましげな表情を見て、話しかける。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
「ちょっと考え事をしていてな」
「考え事?」
「迷っているのだ」
「迷っているねえ…。いったい何に迷ってるんだい?」
「お主には言いたくない」
「そうか。まあ、なんか知らんが、適当でいいんじゃねえか?若いんだし。それより俺と一緒に飲まねえか?」
「断る」
「そうか、そういう誘い方じゃだめか」
そう言うと、男は、岩から降りて蘭世に近づき、表情を変えて語りかける。
「じゃあ、お前が俺の犬になるってんなら、くだらねえ茶番に付き合ってやってもいいぜ」
「バシーン!」と大きな音が夜空に響く。
「違う。そういうのじゃない。あれは佐田君が言うから意味があるのであって、あんたがやっても恰好よくないのよ。ドSを履き違えないで」
「そういうところははっきりしてるんだな…」

少し間を置いて、蘭世が男に尋ねる。
「ところで、お主のような奴に聞いても仕方ないのだが、お主は、物事に迷ったとき、どうしているのだ?」
「迷う?そんなの何でもいいんじゃねえか?失敗したら、酒を飲んで忘れる。これに限る」
やっぱり聞かなきゃよかった…。
「違う、私は真面目に考えているのだ」
「真面目にねえ…。まあ、くよくよ考えてもしょうがねえんじゃねえか?やりたいことやって、後は野となれ山となれでいいんじゃねえか?」
そうか…。どうやら時間の無駄だったようだな…。
蘭世は男と別れて、宿へ向かった。
「どうしたものか…」

宿に戻ると、弟子が外で師範の帰りを待っていた。
「待っていてくれたのか」
「もちろんです」
「結局いい案が浮かばなくてな」
「師範、僕、いろいろ考えたんですけど、やっぱり師範はそのままで良いんじゃないかと思うんです」
「そのままって、また同じことをしても奴には通用しないのではないか?だいたい、お前だって、カーボンファイバーにしようとか、現実を見たほうがいいとか言っていたではないか」
「確かに僕もそう言いました。でも、その後よく考えてみたら、やっぱり師範のやり方で良かったんじゃないかって思ったんです。もともと町のみんなからのけ者にされて孤独だった僕のことを拾ってくれたのは師範ですし、師範のおかげで立派な剣士になれましたし。道場だって、決して大きくはないけれど、弟子も5人いて。僕も含めて、その5人はみんな師範に感謝しているんです。師範が自分のやり方を貫いてくれたからこそ、僕たちは救われた。だから、師範には師範の道を歩いてもらいたいんです」
「そうか…。私はいい弟子を持ったものだ…。私は幸せ者だな。………。分かった。また明日挑戦しに行こう」

翌日、道場にて
「考えてきた?」
「ああ、考えてきた。勝負しよう」
「そう…。分かったわ」

男たちが取り囲む中、2人が道場の中央で構える。蘭世は、男たちのことを意に介せず、堂々とした表情で、真っすぐに女剣士の方を見ている。
「こいつ、この前と表情が違う…。いったい何があったんだ?武器も構えも同じようだが、何か策でもあるのか?」
女剣士に一瞬、迷いが生じる。
その一瞬の隙を突き、蘭世は、迷いのない素早い動きで相手の面を打ちに行く。女剣士も、すぐに我に返って反応し、蘭世の面を狙って打ち返しに行く。
バシーンと大きな音が道場に鳴り響く。
「一本!」
どっちが勝ったのだ?静寂の中、時間が経過する。長い沈黙の後、審判の声が上がる。

───「勝者、蘭世!」

周囲から歓声が上がる。
「私は、勝ったのか…。」
蘭世が呆然としていると、女剣士が蘭世に駆け寄って声をかける
「私の負けよ。大したもんじゃない」
周囲からはいつの間にか、蘭世コールが沸き起こっている。
蘭世は、少し戸惑いながらも、女剣士と抱き合い、お互いの健闘をたたえ合った。
「そうか、これで良かったのか」
蘭世は、穏やかに笑みを浮かべた。

───

数日後
蘭世は今日もまた、弟子と道場破りの旅を続ける。「寺田蘭世」-3年後、この小さな剣士が世間にその名をとどろかせることになるとは、このときまだ誰も知らなかった。蘭世の物語は、これから始まる。





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