「りりあんおじさん」様より、妄想小説をいただきました。


 りりあんおじさん? そう、りりあんおじさんです!

 第2回小説コンテストで重厚な物語を紡ぎだした、あの、りりあんおじさんです!(コンテスト参加作品→てぃんさぐの詩



 今回も経験と知識と(たっぷりの)性欲がほとばしった作品です。

 悶々とすること必至の物語。人気の少ないところで読むべし!


20170928-02

帰れないふたり

作者 りりあんおじさん





岬の灯台を目指して、僕は軽快にバイクを走らせる。風切り音が気持ちいい。

二万で買った中古のバイクのくせに、コイツはなかなか調子が良い。
花奈もコイツのツーストロークの振動が好きらしい。絶対知らないだろうに、ネットで調べて「ツーストローク」とか使っちゃうのが、花奈の可愛いところだけど。

いつもの国道も君と一緒なら違う道のようだ。右…左…右…左…カーブを抜けるたびに、僕の腰に回した手に力が入る。まだ、怖いんだろうけど…そろそろ僕に任せて欲しいものだ。

僕たちの重なる身体は、海沿いの道をすり抜けてゆく。いつしか、僕と君はひとつになれるのだろうか。
そんなことを考えていたら、汗ばむTシャツが太陽を吸い込む気がした。

入道雲がむくむくと夏を謳歌していた。見下ろす海原は日差しに抗うように、キラキラと眩しかった。瞳を細めて水平線を見る君の白い横顔。

美しい。

言葉はそれしか思いつかなかった。



僕は、灯台の裏手に崖の下に降りられる階段が設けられていることに気づいた。
ここから見えない世界はどうなっているんだろう。
好奇心を抑えきれなくなった僕は、嫌がる花奈を説き伏せて、下に降りてみることにした。

高所恐怖症の彼女は、目を固くつむって僕の背中にしがみついていた。
背中に押し付けられてる、柔らかいふくらみを意識の外に置こうと努力しながら、僕は踏み外さないようにそっと急な階段を降りた。

崖下はシークレットビーチみたいな場所だった。
小さな砂浜と岩場に磯だまり。絵葉書でしか見たことないような光景だった。
さっきまで嫌がっていたのも忘れて、花奈ははしゃいでいた。

「あー!水着持ってくるんだった!」

おいおい、どこで着替えるつもりなんだよ。
心の中でツッコミを入れながら、僕は親指を立ててみせた。
君の水着。スタイル良いんだろうな。

「おーい!写真撮ろうよ!」

波打ち際に走って行ってしまった花奈に声をかけた。
スマホを取り出そうと、ポケットに手をやると何もなかった。

「あれ?どうしたっけ……あ!」

貴重品はバイクのボックスに放り込んで来たのだった。
花奈も…ふたりの飲み物しか持って来てないはずだ。

「良いじゃん!想い出カメラってことで」
「とか言って、階段が怖いだけだろ?」
「やだね〜細かいこと言う男は!」

ふたりだけのビーチは最高の遊び場だった。

「えーい、ガチャリンコ!」

僕が貝殻でおどけると、君は弾けたように笑った。
君の指差すもののすべてが僕には面白く、僕の指差すもののすべてが君を驚かせた。



崖の先端にトンネルがあることに花奈が気づいた。
トンネルの向こうにも同じような空間があるようだ。
行っても大丈夫だろうか。
僕が少し迷っている間に、花奈は先に行ってしまった。

そこはまた別世界だった。
三方を崖に囲まれた秘密の世界。

「誰もいない海」ってこういうのを言うのかな。
親父のCDで聴いた『17歳』を思い出していた。

♪熱い生命に任せて そっとキスしていい
♪空も海も みつめる中で
♪好きなんだもの

好きなんだもの…
ここで僕が君を愛したとしても、見咎めるものは空と海しかなかった。
そう思うと、急に顔が火照る気がした。

「ねー!早くこっち来なよ!ウミウシがいるよ!」

無邪気な声に我に返った。
邪念を打ち消すように、僕も歓声をあげて走り出した。



足元に波が来たのに気づいて、僕はハッとして顔を上げた。

…しまった!
潮が満ちてきていた。さっきのトンネルはとうに波の中に沈んでいた。
マズいことになった。

僕の様子が変わったことに気づいて、花奈も事態を悟ったようだ。
怯えた顔で僕のそばに来た。

確か、今日は満月だ。ということは、大潮の日に違いない。
満ちる速さと干潮の時刻からすると、僕らのいる場所が水没するのは時間の問題だった。
泳いで階段にたどり着くには、潮流が速すぎるし、なにより花奈は泳げなかった。
一体どうすれば……。

必死で辺りを見回した僕の目に、数メートル崖を登ったところに、人が入れそうな窪みがあるのが映った。
これに賭けるしかない。あそこまで波が来るようなら、その時は花奈を引っ張って泳ごう。

僕は覚悟を決めた。

「花奈、そのTシャツを脱いでくれ!」
「ええっ!」
「僕があの窪みまで登る。僕たちのTシャツを結んで、ロープを作るから、僕が上から君を引き上げるよ」

一瞬の戸惑いの後、花奈はTシャツを脱いだ。
豊満な身体が露わになった。

急いで僕もTシャツを脱ぎ、固く結んで急造のロープにした。
これがふたりの生命を繋ぐんだ。

「いいか、上から垂らすから、絶対に離すなよ!」

花奈は黙って頷いた。

もう猶予は無かった。
僕はフリークライミングの選手のように、一気に登りきった。
手掛かり足掛かりを確保して、僕は精一杯手を伸ばした。
絆の先端を花奈が掴んだ。

既に花奈の足元も濡れ始めていた。

「ヤバいヤバいヤバい!」

足が滑って思うように登れず、泣き叫んでいた。

「馬鹿野郎!俺の顔を見ろ!俺の胸めがけて登ってこい!ぜってー離さないから、安心しろ!」

彼女の顔つきが変わった。
僕が上から指示する足掛かりを忠実に守って、ようやく登りきった。

安堵した彼女は、空間が狭いので僕の上に倒れこんだ。
汗ばんだ胸の谷間に鼻と口を塞がれてしまった…。

危うく意識を無くす直前に、彼女が気づいて僕は転落せずに済んだ。
なんとも気まずい感じに彼女が謝った。

「なんかごめん」
「…もう大丈夫、大丈夫。とにかく登れて良かった」

改めて落ち着いてみると大人ふたりには狭かった。
だが、おそらく明朝までの長期戦になる。どうにかして、楽な姿勢を取るのが得策に思えた。

試行錯誤の末、僕が胡座をかいて座り、その脚の上に花奈が横向きに座るのが、一番楽に時間を過ごせそうだった。

「あんまり見ないでよね…」

万一のためにロープをそのままにしておくことにしたので、花奈の胸は目の前にあった。

「う、海を見てるんだよ」
「嘘つき」

ふと見ると、彼女の腕の付け根、脇のところから血が流れていた。
きっと登る時に怪我したのだろう。
ふたりの身体をホールドしておくために、両手が塞がっていた僕は、何の気なしにその傷をペロリと舐めた。血と汗の味がした。

「!!ひゃあっ!」
「変な声出すなよ」
「だって…」

自分のしたことに気づいた僕は、顔から火が出そうだった。
彼女も耳まで真っ赤だった。

お互いの身体を意識しないよう、努めて無駄話に精を出した。
カーテンにくるまって遊んだこと、ふたりでプール掃除したこと、彼女の忘れ物を届けるため自転車でバスを追いかけたこと。
最近は、話に夢中になって、せっかく買ったスムージーが溶けちゃったっけ。
「ごめんね、スムージー」は僕らの間の流行語だった。

会話が途切れた。

「また見てる…」
「海をね。どうせ水着だと思ってるよ」
「水着じゃないよ…」
「…んじゃ、フクスケかい?」
「折角の勝負下着だったのにな…」
「え?」

自分の言ったワードに恥じらって、彼女は口をつぐんだ。
「勝負下着」という言葉が脳内でこだましていた。



満月の光が届く頃には、少し潮が引いてきた。

「帰れるかな」
「今日は大潮だから、この後夜中にもう一度満ちてくる。完全に潮が引いて帰れるのは、明日明るくなる頃だよ。少し眠るといいよ」

僕は、昔釣りで学んだ知識をフル活用した。
彼女は素直に目を閉じた。

月の光に照らされて本当に美しい。
整った横顔、ぷるんとした唇、少し赤みのさした頬。そして豊かな胸。
本当の「ヴィーナスの誕生」はこんな光景だったのではなかろうか。

ふいに彼女が目を開いた。

「眠れない」
「無理もないか」

僕の目を真っ直ぐに見て、花奈が言った。

「ね…キスして」

僕たちは月の女神の嫉妬を感じながら、長い長いキスをした。

安心したのか、程なく寝息が聞こえてきた。



予想通り、夜半過ぎの満ち潮はさらに大きかった。
時折、僕の脚にも波しぶきがかかる。
不測の事態に備えて、僕は花奈を起こした。

「ん…」

女神はパッチリと目を開いた。

「現実へようこそ」
「皮肉屋はモテないぞ」

再び潮が満ちているのをチラと見た彼女は恐ろしいくらい冷静だった。
星でも見て待とうと言い放った。

「あ!流れ星!」

海ばかり睨んでいた僕は、その時初めて空を見上げた。

流れ星はひとつではなかった。ふたつ、みっつ、よっつ。そのうち数えるのが面倒なくらい降ってきた。

「きっとペルセウス座流星群ね」
「さすが理系女子」

満天に雨のような流れ星。
この世界に君とふたり、幸せだと思った。

「まるでディスコみたい」
「ディスコ?いまどきクラブだろ?」
「そうやって、デリカシー無いんだから。流星って語感なら、断然ディスコでしょ?」
「そういうもん?」
「そうよ、流星ディスコティック!」

彼女は、鼻歌で『Fantasy』を歌った。
Earth, Wind & Fire か…。大地と風と火。

ふいに『潮騒』のあの場面を思い出した。

ー その火を飛び越して来い。飛び越して来たら

僕が火を飛び越すためには、彼女と生きて帰らねばならない。
この腕の中に、生命を預かっていると思うと、身体にグッと力が入った。



翌朝、日が昇ってくると、潮は十分に引いた。

崖をロープで降りると、また彼女が怪我をしそうだったので、下が砂なのを利用して飛び降りることにした。
僕が先に飛び降りて、回転受け身のやり方を教えた。
ところが、高所恐怖症の花奈は踏ん切りがつけられなかった。

「どうしようどうしようどうしよう…」

僕は叫んだ。

「俺の胸目掛けて跳べよ!」

途端、彼女は宙を舞った。
両腕で彼女を受け止めて、そのまま勢いでゴロゴロと転がった。
目の前に彼女の顔があった。
どちらからともなく、唇が重なった。

ロープに使ったふたりのTシャツは、もうビロンビロンに伸びていた。
その姿を見て、お互いに指差して大笑いした。


ようやくバイクのところに戻れた。
エンジンをかける。待ちわびたようにブンと鳴った。

「なあ、汗だらけだし…どっかで風呂入って帰ろうよ」
「…バカ…」

目と目が合った。

「イヤラシイ目で見なければね」

アイドリングの回転数が上がった。

(完)

20170928-01






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