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第3回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo1

心配者同士
20171226-02


「もう知らない!バイバイ!」
そんな言って彼女が出ていってもう1時間経つ。そんな中部屋に残された僕を支配するのは寒さよりも、酒と転んだときにぶつけたせいで生じた頭痛だった。
「…まさかここまで怒るとはなあ」

12月24日、世間ではクリスマスイブなんてことになってる日、そろそろ帰ろうとした頃、課長がいきなり、「クリスマス独りとか寂しすぎるからな!おい、付き合え!」なんて言い始めた。課長は僕が新婚なのを知らないことは無いだろう。しかしそんな僕の都合については全く知ったことではないらしい。
流石に今年のイブは妻と…と言ったが、「接待と言い張れば何とかなる」と無理やり青少年は入っては宜しくない店に連れていかれてしまった。最悪なことに携帯の充電は早々と底をついた。

終電も逃し、タクシーに飛び乗った僕を待ち受けていたのは今日その日がタイトルとなった名曲である。この立場になると分かる。「きっと君は来ない」なんて、ホントに縁起でもない。

そして1時間前、帰宅した僕を出迎えてくれたのは、愛しのみさのハグでもなく、ましてサンタコスの笑顔でもなく、僕が見た中では一番の怒り顔と強烈きわまりない鉄拳制裁だった。立ち上がって追いかけようとするが、千鳥足で運動神経のいい彼女を捕まえられるはずもなく、ぶっ倒れてこのザマである。

ひたすら机で反省していた僕はどうすればみさに連絡がとれるか必死に考えていた。とにかく心配なのだ。このくそ寒いなか、夜に女性が独りとか危険きわまりない。必死に考える余り、携帯を充電することを1時間も忘れていたらしい。慌ててコードを繋ぎ、携帯を立ち上げると、幸せそうにおにぎりを頬張るみさがいて泣けてくる。
ロックを解除して待受を出すと、そこには恐ろしい数のLINEの通知が来ていた。全部みさからである。
最初は「何時に帰ってくる?」だったのが「今日は遅くなるかな?」となり、しまいには「とにかく心配だから連絡して」となっていた。LINEがダメだと思ったのか、留守電も入っていた。そこには「どこにいるの?」と上ずった声で音声メモが残されてた。

ようやく気付いた。キャバクラに行ったことじゃなくて、連絡を寄越さないことを怒ってたのか。「ガキじゃないっての…」とも思ったが、今連絡を寄越さないみさのことでヤキモキしてる僕が言えた台詞でもない。

はやる気持ちを抑えて、電話をする。しかし、お決まりの自動音声しか聞こえてこない。「どこ行ったんだよ!」流石に我慢できず家を飛び出した。外は雪がしんしんと降っている。1時間探し回って、ようやく公園のベンチで泣きながらガタガタ震える彼女を見つけた。
「何処行ってたんだよ!」
「…充電、切れちゃった」
「心配したじゃんか」
「…ごめん」
ああ、こんな思いさせたのか。そりゃ怒るよなあ。
「…ごめんな」
「?」
「あ、その、連絡できなくてごめん。俺も充電切れちゃってたんだ」
「どうせ、上司か先輩に連れていかれたんでしょ?」
「あー…はい。」
「もう、優しすぎるというか、なんというか…」
「すみません」
「ううん。もういいよ。こんな寒いなか探しに来てくれたから、許してあげる。」
「はい。」
そういうと、みさが涙笑みで両手を広げる。
「寒いから、ね?」
しっかりと抱き締めると、囁く。
「メリークリスマス」
「ああ、メリークリスマス」

「ちょっと女の子の匂いがするなあ~」
「はい。本当にすみません。」
「ふふっ、冗談よ。怒らないよ。強く断れないって知ってるから。」
「でも、流石に結婚したからなあ。もっとちゃんと言い返せないと…」
「いいのいいの。その分、ちゃんと返してくれれば、ね?」
「いや、それだと甘えちゃうから」
「へ~。お返しの方が高く付くかもよ?」
「…絶対次からは断るよ」
雪の降る道を、二人で並んで帰る。明日は1日休みだから、きっと1日中荷物持ちだ。
「あ、そうそう。ごはん30分位かかるけれど、どうする?出来れば一緒に食べてほしいけれど…お腹すいたよね?」
「待つよ。待たせたんだし、何よりみさの料理が食べたいから。」
そう言うと、今までで一番の笑顔で、歌うようにみさが答える。
「わかった」

長い長いクリスマスイブの1日が、今クリスマスの日に変わろうとしていた。

20171226-01