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第3回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo6
最高のクリスマスプレゼント
20171231-01


登場人物
 ヒロイン:衛藤美彩
 同級生:西野七瀬、高山一実
 主人公:○○
 部長:設楽
 先輩:日村


 夕方5時過ぎの千代田線の車内は、いつにもまして混んでいた。僕は吊り革につかまり、手にしたスマホを見るともなく見ながら、深いため息をついた。電車の込み具合に辟易したからではない。今日は12月23日金曜日、明日はクリスマス・イブである。街の至るところでクリスマスソングが流れ、一億総クリスチャンの季節だ。人びとは一様に、普段よりも少し浮かれた様子で、あるひとは家路を急ぎ、あるカップルは手をつないで、きらめき始めたネオンの海へ流れ込んでいった。
 僕は―――19歳で、乃木坂大学1年生にして、生まれてこのかた彼女ができたことがない―――は、きみのことを―――乃木坂大1年で、僕と同じテニスサークルに所属しており、ミス乃木坂大と噂されるほどの美少女で、ビー玉みたいな丸い瞳がチャームポイントの―――を思い、先ほどよりいっそう深くため息をついた。そう、そのときはもちろんまだ知らなかったのだ。今年のクリスマスが、僕の人生において後にも先にももっともすばらしいものになるなんて。

 僕がきみを初めて意識したのは、今年の4月、サークルの新入生歓迎会のときだった。対してイケメンでもなく、これといった特技もない僕だったが、運動神経はそこそこだったし、背も高かった。その高身長がテニスサークル部長の目にとまったらしく、入部を打診された僕は、ほかに特にやりたいこともなかったので、2つ返事で入部を決めた。ちなみに部長は3年生の設楽さんという人で、お笑い芸人を目指しているらしい。新入生歓迎会の冒頭、彼は、会場となった広い居酒屋で、同じ3年の日村さんと一緒にコントを披露した。生まれて初めて笑いすぎて死にそうになったのもその時だ。
新入生たちも、笑いで緊張がほぐれ、あちこちで挨拶が交わされ、次第ににぎやかに喋りはじめ、だんだんといくつかのグループができていった。しかしそんな中、初対面の人と打ち解けるのが得意でない僕は、話しかけられたら返しはするものの、なかなか輪に入れずにいた。そんなときだった。
「○○くんだっけ?あたし衛藤美彩、よろしくね!

屈託のない―――本当に屈託のない眩しい笑顔で、きみは僕に話しかけてきた。ビー玉みたいな丸い瞳に引き込まれそうになったので、僕は目をそらし、「お、おう」とかいう、非常にしょうもない返事をしてしまった。それでもきみは明るく根気よく話しかけてきたので、僕も次第に心を開いて、いつしか時を忘れてしゃべっていた。
きみは知らなかっただろうけど、僕にははじめからわかってた。きみと目があったとき、本当は予感していた。いつの日にか好きになるって。

話を千代田線の車内に戻そう。僕は左手に吊り革を持ち、右手にスマホを持ち、テニス部のグループラインを見ていた。あす24日は、ダブルス3つで戦われる、団体戦の試合がある。男子ダブルス、女子ダブルス、ミックスダブルスの3つのうち、2勝すれば勝ちとなる。相手は都内でも指折りの強豪校、欅坂学園大だ。そしてこのあと18時からは部会があり、試合に出場する選抜メンバーが発表される。
僕がため息をついているもう一つの理由は、この明日の試合だった。僕はダブルスが苦手なのだ。男子ダブルスは設楽さんと日村さんで決まりだろうが、ミックスに選ばれるかもしれない。
選ばれたらどうしよう、誰と組むことになるんだろう―――などと考えているうちに、電車は乃木坂駅に着いた。大学は駅から徒歩1分のところにある。すっかりクリスマスモードの街並みを抜け、これまたクリスマス仕様にイルミネーションを飾りたてたキャンパスをため息をつきながら歩き、部室に到着した。ドアを開ける。
「お疲れ様でーす」挨拶をして、適当に空いた席に座ると、隣に美彩が座っていた。
「○○、おつかれっ」
「うぃっす」
きみはいたずらっぽく微笑んでいう。
「選抜メンバー、どうなるんだろうね」
「美彩は選ばれるだろ。女子の中ではもう主力になってるし」
「選ばれたら、しっかり応援してよね、○○」
きみは無邪気な笑顔でいう。いや、待て。
「俺は選抜に入れない前提かよ」
「だって、ダブルス苦手じゃん、○○」
「まぁな...」僕はため息まじりに言った。いちおう断っておくと、僕はシングルスではそれなりのものだった。入部から2か月後の6月には全国大会を制覇し、9月にプロデビューを果たし、12月のはじめには世界ランク1位になり、今では「乃木坂大のニシコリ」なんて呼ばれているが、そんなことは関係ない。明日の試合はダブルスなのだ。
と、入口の扉がガラガラと音をたて、設楽さんと日村さんが入ってきた。ふたりとも、教卓の上にドカッと腰を下ろす。いつものことだ。設楽さんが口を開く。
「さ、時間になったから始めるぞー。では日村さん、今日やる内容発表してください」
「参りましょう。クリスマス大会vs欅坂戦、選抜メンバー大発表!!!」おおーとかウェーイとかいう歓声があがる。そして設楽さんは淡々と選抜メンバーを発表していった。
男子ダブルスは設楽さんと日村さん、女子ダブルスは同級生の西野と高山。そして、いよいよミックスのメンバーが発表される。「ミックスダブルスは・・・お前らだぁー!」教卓から身を乗り出し、僕と美彩を指さす設楽さん。僕はため息をついた。「まじっすか・・・」と、隣を見ると、美彩は無邪気な笑顔で言ってきた。「組むの初めてだね、よろしく、○○!」
こんな眩しい笑顔を向けられては、頑張るしかない。

試合当日、クリスマスイブ。設楽さん、日村さんペアは勝ち、西野・高山ペアが負けた。ということは、全ては僕と美彩のペアの結果次第だ。さすがに緊張する僕。人の気持ちとかに鋭いきみは、僕の顔を覗き込んで、いたずらっぽく笑う。そして言った。「○○が苦手なところはあたしがフォローするから大丈夫。そのためにあたしがいるんだから。そのかわり、あたしの苦手なところは○○がきっちりフォローしてよ」「わかった。頑張るよ」
試合が始まった。僕は不思議な感じがしていた。プレッシャーのかかる状況に置かれているはずなのに、すごく楽しい。自然体でいられる。きみのおかげで肩の力が抜けたのか、僕はいつもどおりの実力を発揮することができた。きみも試合を楽しんでいるようだった。
気が付けば、マッチポイントを迎えていた。僕の全力のサーブが炸裂する。相手のリターンが甘くなった。「任せて!」「頼んだ!」美彩がスマッシュを決め、僕たちは勝利した。
観客席のほうを振り返る。「よくやったー!」「ナイスゲーム!」46人の部員たちが口々に僕と美彩を称えてくれていた。きみと目があった。きみは満面の笑みでいう。「楽しかったね!」「ああ、すごく楽しかった」ぼくも笑顔で答えた。

その日の夜は、部員全員で、試合のお疲れ会と忘年会を兼ねた賑やかな飲み会へと繰り出した。飲み会が始まって1時間が過ぎたころ、あまりお酒の強くない僕は、いったん外へ出て休むことにした。居酒屋の外の階段に座って、クリスマスの華やいだ町をながめる。
冬の夜の都会が運んでくる冷たい風が、火照った頬にきもちよかった。
「なーに一人でたそがれてんの」不意に背後から声をかけられる。声だけで、きみだとわかる。
「お酒が強くないからさ、酔いをさましてんの。そっちこそひとりで何しにきたんだよ」
「あたしも似たようなもんかな。けっこう飲んじゃったみたい。それよりどうだった、今日。ダブルスも悪いもんじゃなかったでしょ」
「間違いないね。美彩とのダブルスはとても楽しかった」
ぼくがいうと、きみは、にっこりと笑って、僕のとなりに腰をおろした。火照り気味の顔と、少しトロンとした目が色っぽくて、ぼくはドキドキが止まらなくなった。きみは手にグラスを持っていた。オレンジ色の、カクテルらしき飲み物が入っている。きみはグラスに口をつけ、ゆっくりと半分くらいのんだ。僕はきみの白い首筋や、ほっそりとした腕にみとれていた。きみは僕の視線に気づいたようで、少し恥ずかしそうにいう。
「あんまりじろじろ見ないでよ。よくないこと、考えてるでしょう」
ぼくは図星をつかれた。
「違うよ。なんていうカクテルなのかなって、気になってただけだ」
もちろん嘘だ。
「ワインクーラーっていうんだけど、おいしくて、飲みやすいよ。飲む?」
きみはそう言って、僕の方へグラスを差し出し、いたずらっぽく笑った。まじか、間接キスじゃん。ドキドキが最高潮な胸の内を悟られないように、平静を装い、グラスを受け取る。恐る恐るひと口飲んだ。甘く、さわやかな味がする。
「おいしい。」と僕は言った。
それから僕たちはしばらく黙って、夜のきらめく町を見ていた。しばらくして、君が言った。
「寒い」
ぼくは勇気を振り絞っていう。
「もっとこっち、寄れば」
すると君は体をずらして僕にぴったりと寄り添ってきた。女の子ならではのいい匂いと、体温をじかに感じて、理性が崩壊しそうになる。
と、にぎやかな声が聞こえたかと思うと、部員たちがぞろぞろと出てきた。どうやらお開きになったらしい。西野と高山が、僕たちをみて冷かしてくる。
「あー、なんかいちゃいちゃしとるー」と西野。
「ポジピース!」と高山。意味がわからん。
「○○くんと美彩は、2次会いかへんの?」
ぼくはちらりと美彩のほうを見る。美彩は小さく首を横にふった。僕は西野に向かっていう。
「俺らパスで!」
「そっかー。○○くん、美彩に手だしたらあかんでー」とニヤつきながら西野。
「やかましいわ!」とぼく。
やがて、みんながぞろぞろと歩いていき、僕と美彩だけが残った。今しかないと思った。僕は意を決して、言った。
「美彩、よかったら、いまから俺んちこない。2人でお疲れ様会しようよ」
きみはいつものいたずらっぽい顔をして、いう。
「うーん。どうしよっかなー」
そして少し間をおいて言った。
「いいね、2人っきりでお疲れ様会」
「じゃあ決まり。いこうか」
僕らは他愛もない話をしながら駅まであるき、電車にのりこんだ。昨日はあんなにため息ばかりついていたのにな、と僕は思った。きみが隣にいる。それだけで、どこにいたって、何をしていたって、楽しかったし、胸がときめいた。

―――しかし、「2人きりのお疲れ様会」は実現しなかった。疲れが出たのか、僕のアパートに着くとすぐに2人とも眠りこんでしまったのだ。

翌朝、僕は珍しく自然に目覚めた。ソファの上で、思い切り伸びをする。キッチンに行き、水を一杯飲む。窓から見えるクリスマスの東京は、夜の間にうっすらと雪化粧しており、淡い白銀の光を放っていた。
時間を確認しようと、スマホを開く。朝の8時半だった。ふと、昨日飲んだカクテルのことを思いだし、なんとなく検索してみる。材料やつくりかたの他に、酒言葉がのっていた。「私を射止めて。」僕はスマホを閉じた。きみが寝ているベットへむかう。寝顔すらもたまらなくかわいい。横に座って優しく揺り起こすと、君は僕をみて、驚いたように目をぱっちりと見開いた。僕は、しっかりきみの目を見て、ゆっくりと話しはじめる。
「美彩。うまく言えないけど、俺の正直な気持ちを伝えるから、きいてくれ」
きみは小さくうなずく。丸いきれいな瞳が僕をまっすぐに捉えている。何かに戸惑い、同時に何かに気づいている目だ。僕は言う。
「美彩のことが好きになった。初めて会ったときから気になってた。けど今はっきりとわかったんだ。美彩のことがほんとうに好きだ。どうしようもないくらいにさ。だから、もしよかったら、俺の彼女になってください

きみは、ゆっくりと起き上がり、僕の顔を覗きこんだ。もうほんの10センチ近づけばキスできそうなくらい近い。きみは言う。
「○○、目つぶって」
「え、なんで」
「いいから」
ぼくは言われたとおり、目をつぶる。鼓動が早くなり、心臓の音がきみにも聞こえそうだった。すると、きみのすべすべした両手が、ぼくの両頬を挟んだ。ドキっとする。
(これは、もしかして、、、キス?)
と、僕の両方のほっぺたが、思い切り引っ張られた。
「って!なにすんだよ!」
「あたしも○○が好き。嬉しすぎて夢なんじゃないかと思ってさ。クリスマスに○○から告られるなんて。だから確かめてみたの」そう言って無邪気に笑うきみ。
「確かめるんなら自分のでやれー!」と僕は叫んだ。そして二人同時に笑いだした。
ひとしきり笑ったあと、きみがポツリと言った。
「ありがとう。最高のクリスマスプレゼントだよ」
僕はきみに微笑みかけ、ベッドから立ち上がり、歩いて窓際に向かった。あまりにもきみがかわいくて、そのままうっかり何かしてしまいそうだったからだ。
窓から見える、今まで自分とは無関係だったはずの、華やいだクリスマスの街並みは、まるでぼくたちを祝福するかの様に、まばゆい光を放っていた。 

20171231-02