先日更新しました桜井玲香出演舞台『半神』の観劇レポートの改訂版になります。よりストーリーを深く考察した内容になっていますので、前回ご覧になられた方も、ぜひ再読をお願いいたします)


2018年7月11日プレビュー公演&7月13日公演『半神』観劇レポート
斜めに見える青空 著

20180720-01

桜井玲香さんが、萩尾望都さんの伝説の名作『半神』を、鬼才野田秀樹さんが戯曲化したこれまた伝説の舞台『半神』に、出演すると聞き、いてもたってもいられず観てまいりました(不勉強なことに、この機会に『半神』という作品を詳しく知った訳ですが)。拙いながらに、感じたところをレポートしたいと存じます。

観劇前の準備として、萩尾望都さんの原作『半神』(小学館文庫版)、野田秀樹さん/萩尾望都さんの共同脚本『半神』(小学館・絶版)を入手して、どちらも読んでみました。

原作『半神』は、様々なところで語られているので内容は触れませんが、わずか16Pの作品とは思えぬほどの内容を、限られた紙幅に無駄なく詰め込んだ大傑作でした。読み終えたときにやってくる深い感動は、忘れがたいものがあります。もし、未読でしたらこちらの本は入手も容易なので、一度は読まれることをお薦めいたします。

かたや脚本『半神』は、換骨奪胎という言葉がこれほど似あう作品はない、というくらいに原作の主題を活かしながら、まったく違う様相のものに生まれ変わっていました。若き野田さんの才気の炎が紙面から噴き出して、読む者が火傷をしそうな印象の本になっていて、正直桜井さんはすごいところに飛び込むものだ、という感想を持ったくらいです。

原作は、おそらく萩尾さんがそぎ落としてそぎ落として描かれたものだと思うのですが、脚本は萩尾さんのナビゲートのもと、野田さんのイマジネーションの海を自由に航海する船のよう。野田マジック!と感じたのが(パンフレットで河野桃子さんが「野田特有の怒涛の言葉遊び」とお書きになられてました)、疾走感・リズム感すら生み出す言葉の雨。それらを降らせていくのが、原作では「ユージー」と「ユーシー」という名前だったのが、「シュラ」「マリア」となんとも寓意に富んだ名前になった主人公。人の心が生み出す化け物たちや主人公の家庭教師、双子のドクター・数学者という一種不思議な登場人物たち。そしてらせんの謎やベンゼンの環といった物語の仕掛け。最後、らせん方程式の謎が明らかになったときは、思わずうなりました。

ブラッドベリの作品を漫画化したという萩尾さんの作品『霧笛』の引用が随所で入り、全体に奥行きを生じているのがまた不思議な印象を作品にもたらしています。


さて、こんな手ごわそうな作品を、我らが桜井さんはどう演じたのか?


結論から申し上げてしまえば、かなり高いレベルで「シュラ」を血肉にできていたように思います。マリアと身体を分離しなければならない、と知ったときの「奇跡だわ!」と叫ぶシーンは出色でした。「醜い」という設定のシュラを、容姿端麗な桜井さんが演じているのに、その演技から醜さを感じ取れるというのは、なかなか凄いと思います。個性も迫力も豊かなベテランの俳優さんたちに脇を固めていただいて、小さな身体からそれに負けないオーラを発しながら演じているのを観て、彼女の才能を感じました。

本来、本当の双子をキャスティングしたかったという、演出の中屋敷法仁さんがもう一人の主演に選んだのが、今回初舞台という藤間爽子さん。今回初舞台ということでしたが、そうは思えぬほど素晴らしかったです。日本舞踊の人らしく、指先やつま先まで神経の行き届いた所作、しっかりした体幹。前半ほとんどセリフが無く、動きだけで演じる「マリア」という難役を見事に演じられていました。

『半神』の過去の上演では、主演二人はつながった衣装で演じていたとのこと(脚本版の書籍の写真でもそれは判ります)ですが、今回の演出家中屋敷さんが選んだのは、二人が身体を密着させて演じる方法でした。桜井さんと藤間さんが、お互いの存在を意識しつつ、お互いにフォローしあって、動きを連動させて演じている様を観て、狙いは成功したのではないか、と思いました。

中屋敷さんは「主演の二人をいじめるため」なんておっしゃってましたが(笑)、「八百屋舞台」という傾斜がついた舞台はかなり見やすく、面白い演出ができるものだ、と思いましたが、演じている方(特に主演の二人)は傾斜も結構きつくて大変だろうなと感じました(笑)。


しかし、内容的には難しいお芝居です(笑)。すぐには解らない。考えないと、胸に落ちてこない。ですが、それは脚本家の意図したところでしょう。

理解の助けに、もしかしたらなるかもしれないので、私の見立てを書いてみましょう。脚本家演出家の意図とは違うかもしれませんが、勝手に解釈できるのは、観客の特権です(笑)。


まず、このお芝居はキャストたちが『半神』という芝居を演じる様を描くという、メタな仕立てになっています。であるがゆえに、演出家(もともとは野田自身、中屋敷版では小学校の先生)が、時折ブレイクに入り、芝居が止まります(野田さん自身「一生に3回くらいしか使えない奇策」と語ってますが)。

では、なぜそうするのか。不可解な化け物たち、人間たちすら化け物じみている(特に父母の他人事感は奇怪ですらあります)話として進行していく物語が、とりもなおさず「人間」が主題の話であることを、観客に思い出させるためでしょう。しかし、メタ化されているために、『半神』本筋の幻想感は失われない、という効果があるように思います。

物語終盤に「スフィンクスの謎の答えはいつも人間」という、非常に印象的なセリフがありますが、これは物語全体のヒントであると同時に、「野田の謎の答えはいつも人間」という脚本家のメッセージでしょう。そう、謎の答えはいつも人間、であることに気づくとこの難解な物語が解きやすくなると思います。


いくつかの数字が、物語全体のイメージを構成しています。

まず、4と5。四次元(四時限)と五次元(五時限)は、シュラとマリアの象徴であり、物語冒頭の方にあるセリフで、それらの間に楽園(給食だ!)があり、ゴムマリの風(休み時間だ!)があることが示されます。したがって、最後シュラとマリアを救うためのものは、「白いゴムマリの風」であり、四次元と五次元を調和させる「らせん方程式」を解くことが、二人の楽園を探し出すことにつながります。二人が4と5であることは、「双子のシンフォニーは第九を超えることができない」というセリフ(4+5=9)などからも、推察されます。

次に、6。人の心が生み出す者たちが6種類であり、それらはベンゼンの世界(ベンゼン環は六角形)と表現されます(夢の遊眠社版の演出では、風呂も六角形でした)。もちろん、6は4と5の先にある数字であり、4と5の問題を解くために6の世界に入る必要がある、と暗示されます。おそらくですが、脚本家の頭には6が完全数であることもあったのではないかと思います。完全数の約数の和は、自分自身の2倍になるため、その和を1/2、半分にすることによって自分自身を生成する、というイメージがあったのではないでしょうか。

また、らせんも重要なイメージ。しかもらせんを二重にするような表現が多用されます。もちろん、二重らせんと言えばDNAの象徴であり、この物語の中では人間そのものを象徴していると思われます。
らせん階段を誰かが昇り降りするときは必ずすれ違う者がおり、赤道で生じる渦は北半球と南半球とに分かれて二つとなり、二人を救う答えは、メエルシュトロムの渦の底にあります。

そして対になる者、双子のドクターと数学者が答えを追い求めるというのが、また象徴的です。

ドクターが求めた、現実的な答えはマリアとシュラを分離するということ。数学者が求めたのは、美しい答え。

美しい答えとは何か。それは、四次元と五次元を「白いゴムマリの風」で融和させることでしょう。家庭教師の先生が開ける棺には何も入っていませんでした。そこに謎を答える鍵があると思います。

最終盤、「妊娠」を思わせる言葉が並びます。そうです。シュラとマリアとは、一年と24時間かかる手術を経て、新たに生まれてくるのです(現実的な手術は24時間、その後の一年を経ての話ということはセリフから読み取れます)。

「どうしても、わり切らないではいられない話だと知った時。」
「あたし達、初めて、あたしのことを思った。」
「ほんとうにこれで、あたし達は、あたしとお別れね。」

シュラとマリアの運命を知ったとき、これらのセリフがとても胸に迫ります。

ついに孤独を得た二人。音となったものは永遠というものの悲しみを知り、ヒトとなったものは生きることのはかなさを知るのです。



観劇した後に「はて?」と考えることによって、「人間」というものについて頭の奥を揺さぶられる芝居でした。いい作品に出られて、桜井さんは幸せだな、と感じました。

最後に、気に入ったセリフを引用しておきましょう。

「そうすれば、それを人は霧笛と呼び、それをきく人はみな永遠というものの悲しみと生きることのはかなさを知るだろう」

「マリアちゃんっていうあたしに、シュラちゃんっていうあたし」

「本に「神さま助けて下さい」ということが、よく書いてありますが、わたしはまだ神さまという物を見たことがありません。けれども、やっぱり「神さま助けて下さい」」

「ほんとは、みんな、一人になれば、訪うて人の誰もいない鏡の前で首から真珠の孤独をぶら下げて見とれているんだわ」

「ただ愛されたいの」

「スフィンクスの謎の答えは、いつも人間」

「手術室から出てくる子は、人間になれるけれど、出てこれなかった子も、この夜なら天使にしてくれそうだもの」

「ううん、あたし達くっついてたの」


内容にご興味をお持ちいただけたなら幸いです(笑)。