【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。

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すべての物語が紡がれたとき、世界に「46の魔法」が降り注ぐ。



連載小説『46の魔法』

第16の魔法
「魔法少女マジカル・レノ」





 わたしは魔法少女マジカル・レノです。悪い人たちから、大切な人を守るために魔法少女になりました。けど、おもうようにコントロールできません。今日もたくさん失敗してしまいました。でもだいじょうぶなんです。わたしにはとっておきの魔法があるのです!





 きゅぴーん。と魔法が発動する音がしたと同時に、彼の手の中にあったコーラが爆発しました。

「おかしいだろ!」

 公園に響く彼の怒鳴り声。彼は頭からつま先までベタベタしています。触りたくありません。わたしは一歩引いてしまいます。

「ひどい恰好ですね」
「おまえのせいだよ!」

 彼がずんずんと近寄ってきます。怖いです。

「だって冷えたコーラが飲みたいって……」
「ああ言った! 確かに言った! でも爆発するなんて聞いてない!」
「言ってないですから」
「言えよ!」
「魔法少女に失敗はつきものです」

 彼はポケットからハンカチを取り出し、顔を拭きはじめました。

 わたしは閃きます。これはさっきの失敗を取り戻すチャンス!

 伝説の剣のように、背中から杖を取り、彼に向かって振りかざします。

 きゅぴーん。

「どひぇぇぇぇぇぇ!」

 ……え?

 彼の悲鳴と同時に、わたしは目を覆いました。

 だって彼は……。

「俺の服ぅぅぅぅぅぅ!」

 裸になっちゃうんだもん。

「なっちゃうんだもん、じゃねぇ!」
「あれ、聞こえてました?」
「いいから早く服を返せ! 捕まる!」
「女の子の前で裸になるなんて最低です」
「自分でやっておいてそれはねぇだろ!」

 小走りで木の陰に隠れた彼が叫んできます。服のベタベタが解消されたなら、これは成功と言えるでしょう。わたしの魔法は成功しました!

 でも彼が捕まったら困るので助けてあげましょう。

 きゅぴーん。

「だああああああああ!」

 また彼が叫びます。本当にうるさい人ですね。ちゃんと服を着させてあげたのに。

 すごい剣幕で彼が迫ってきました。でも怖くありません。むしろ怒れば怒るほど、その恰好が不自然で笑ってしまいます。

 だって彼が来ているのはセーラー服なんですから!

「俺は男だ!」
「男子だってセーラー服着れますよ」
「そういう問題じゃねぇ!」
「似合ってるのに」
「嬉しくねぇ!」

 まだ彼は文句を言ってきます。でも裸よりはましですよね? だから今回の魔法も、大成功なのです!

「成功じゃねぇ!」

 胸を張るわたしの後ろで、彼が騒いでいます。

 あー、すごく楽しいなぁ。こんな日がずっと続けばいいのに。





 でも、敵の存在がそれを許してくれません。街が寝静まった頃、その敵は動き出します。わたしは魔法少女の衣装を身に着け、深夜の街に繰り出しました。

 すると、すぐに敵を見つけました。

 人型の影がわたしを取り囲みます。影というより真っ黒な人です。全身を黒く塗りつぶした人たちは表情もありません。ただゆらゆらとわたしの前で揺れています。

 杖の突端をひとりの影に向けます。その影は墨汁をまき散らすかのようにはじけ散りました。さあ、次です。みんな倒しますよ。だってわたしは魔法少女ですから。大切な人のためにも、負けてられないのです。

 次はだれですか! 早くボスがでてくるのです!










 ――。

 そこにいたのは、顔見知りの女の子だった。ひとりで木の枝を振り回している。こんな真夜中だ。大人に見つかったら確実に補導される。でも、この街には俺と彼女しかいない。ここは、そういう世界。誰に聞かなくても、それがわかった。

「なにしてるんだよ」

 俺は彼女に問いかける。彼女は迷いなく言った。

「大切な人を守っています」
「だれから?」
「敵です」

 そう断言する彼女に、なにを言っていいかわからなかった。

 すると突然、木の枝がこちらを向いた。彼女の顔が間近に迫る。

 そして、まるで台本があるかのように淀みない口調で言った。

「魔法が使えるわたしは好きですか? 魔法が使えないわたしは嫌いですか? 魔法がないと、あなたを幸せにできませんか?」

 続けざまに言う彼女は、なにかを試しているようだった。
 
 違う。これは俺が知っている麗乃じゃない。俺が知っている麗乃は……中村麗乃は、背が高くて、ときどき想像もつかないことを言って、それがおもしろくて、かわいらしくて、でも、魔法は使えない。麗乃は魔法なんて使えない。

 それでも、麗乃のことを……。

 俺は、“レノ”に向かって言った。

「魔法なんてどうでもいい。魔法が使えなくても、なにもできなくても、俺は麗乃が好きだ」
「そうでしたか。そうですよね。だったら謝らないとですね。わたしじゃなく、麗乃に」

 俺の手をとったレノは、まっすぐに瞳を見つめてくる。

 そのとき、ようやく悟った。

 そうか……彼女の「敵」は、「俺」だったんだ。

 彼女にとって「大切な人」は、中村麗乃。その麗乃を傷つけた俺こそ、レノの敵。敵である俺に間違いを認めさせた今、レノの戦いは終わった。

「あっちのわたしを、よろしくです」

 あ、それと。

 彼女は付け加える。

「わたしのとっておきの魔法、あっちのわたしに届けてくれませんか」
「ああ。でも失敗するなよ」

 レノは一瞬頬を膨らませたが、すぐ笑顔に戻る。

「だいじょうぶですよ。わたしたちは、あなたが大好きなんですから」

 そして、夢が終わる。










 放課後、地面に頭がつく勢いで、麗乃に頭を下げた。彼女は伏し目がちに俺を見る。

「夢のなかで麗乃に会ったんだ。いや、マジカルレノに」
「……それ、謝ってるの?」

 俺は苦笑する。謝罪としては最悪だ。でも、本当のことだからしかたない。

 昨日、俺は彼女にひどいことを言った。

 ――なにもできないおまえといてもつまらない。

 きっかけなんてどうでもいい。勢いに任せて言ったその言葉がどれほど彼女を深く傷つけたか。夢の中で出会った少女に嫌というほど思い知らされた。

 あの夢は、麗乃の傷跡。「なにもできない」と言われた麗乃が、「なにかできないと見捨てられる」と思い込んだ世界。そして、俺の罪悪感がつくりだしたまぼろし。

 いや、まぼろしなんかじゃない。彼女は確かにそこにいて、愚かな俺を成敗し、大事な麗乃を守った。でも、もう魔法少女を名乗っていた彼女は、おぼろげな記憶になっている。夢の中の姿を求めれば求めるほど、彼女の姿は薄くなる。きっと明日には忘れているだろう。

 だからいま伝えなくてはいけない。

 彼女の、とっておきの魔法を。

 そのまえに、麗乃を傷つけてしまったことを本気で謝った。麗乃が「もういいよ」と小さく笑ってくれた。でも、これで許してもらえたとは思っていない。言葉だけならだれでも言える。麗乃には、これから償っていかなくてはいけない。

 そう、これからだ。

 俺は彼女を怯えさせないように、優しくその肩に触れた。

「麗乃はもうだいじょうぶ。ずっとだいじょうぶだ」

 なんのこと?と目を白黒させる麗乃を、俺は抱きしめた。

 はじめて、抱きしめた。

 これでいいんだよな。

 夢の中の“レノ”が笑った気がしたが、すぐに消えていき、二度と思いだすことはなかった。

 


 





 魔法少女マジカル・レノのとっておきの魔法はですね、みんなを幸せにする魔法なんですよ。

 いま、わたしの声を聞けた人はみんなみんな幸せになるのです!

 ほら、幸せな気持ちになったでしょ? だから大成功なのです!



 それと!

 麗乃! あっちのわたし!

 あなたは絶対に幸せになるのです!
 
 どんなにつらいことがあっても、苦しいことがあっても、あなたならだいじょうぶですよ!


 さあ、幸せになるのです、中村麗乃!

 

 きゅぴーん。


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