【注意】
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。また妄想成分が多大に含まれていますので、閲覧にはじゅうぶんご注意ください。

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すべての物語が紡がれたとき、世界に「46の魔法」が降り注ぐ。



連載小説『46の魔法』

第20の魔法
「Against」





 目を閉じているのか、開いているのか、わからなくなる。伸ばした手が見えなくなるほどの闇が広がっていた。ときどき強風が行く手をはばむ。その風は決して背中を押してくれない。常に前方から吹きつけてくる。

 わたしは、闇に向かって歩き続けた。前にだれかがいれば、その後をついていけばいい。しかし、道なき道の先頭ではそうはいかない。かつて、その運命を受け入れられず、弱音を吐いた。涙を流した。でもそれは、遠い過去の記憶。

 いまは凛と前を向き、歩き続ける。この道は自分が選んだ道。迷いはない。

 そうして歩いていると、闇のなか、音もなくひとりの少女が現れた。膝を抱え、恨めしそうな顔でわたしを見上げてくる。少女は淡く輝き、闇の中でその存在を主張していた。

「どうして行くの?」

 少女は訊ねてくる。

「だれも認めてくれないよ? だれもわかってくれないよ? だれも助けてくれないよ?」

 その声にあわせて、闇から伸びた手がわたしの四肢をつかむ。両手を左右から引っ張られ、両足首を折れるほどの強さで握られる。

 大の字に拘束されたわたしを見て、少女は静かに立ち上り、動けないわたしの頬をそっと撫でる。

「あなたはここにいればいいの。ここにいれば苦しまなくていい。このままここに居続けることが、あなたにとっての幸せなんだよ」

 ほら、と少女はわたしの首をひねる。それは向かう方向とは逆。わたしが歩いてきた道。そこには光があふれている。その暖かな光から、たくさんの笑い声が聞こえた。

「あなたが作った光なのに、あなたはみんなから忘れられていく。悔しいよね? 寂しいよね? だから、ここにいようよ。ここにいるべきなんだよ」

 ここで楽になっていいんだよ?

 最後に少女はそう言って、わたしの髪を撫でた。

 楽に……。楽に、か。

「楽な道なんてあるのかな」
「どうして? みんなの中にいれば楽でしょ? 光の中にいれば楽でしょ?」

 わたしは静かに首を横に振り、光のほうを見た。幸せそうな笑い声が聞こえてくる。

「光を放ち続けるのは大変なんだよ。楽じゃない。ああやって笑っていても、きっとそこには辛さがある」
「それでも、ひとりよりはみんなといたほうが——」
「永遠なんてないから」

 食い下がる少女の言葉を遮り、全身に力を込める。ぶち、と音がして、両手両足を拘束する手が引きちぎられる。その様子を少女は悲しそうに見つめていた。わたしはその少女の横を通り過ぎる。

「先に進むよ」
 
 そう言うわたしの背中に声がかけられる。

「ひとりは寂しくないの?」

 振り返ると、“わたしと同じ顔”をした少女が、泣きそうな顔をこちらに向けていた。

 わたしは少女に向き直る。

 この少女は、過去のわたし。先に進むのは怖い。みんなと離れるのはもっと怖い。ひとりになることが、一番怖い。その恐怖を知っているからこそ、過去のわたしは、先に行くわたしを止めようとしてくれた。

 でも、行かなくちゃいけない。

 わたしはそっと手を差し出した。少女は怯えたように体を震わせる。わたしは手を出したまま言う。

「ひとりじゃないよ。あなたも一緒だから」
「どうして? 過去のわたしなんていないほうがいいでしょ? あなたにとって忘れたい過去でしょ? だったらもう忘れて、置いていってよ。わたしは、わたしの足を引っ張りたくない」
「あなたもわたしだよ。弱虫で、泣き虫で、臆病なわたしがいたから、いまのわたしがいる。わたしは、わたしの過去を否定したくない。だから、あなたも否定しない」

 一緒に行こう、笑いかける。

 少女は、赤い目でわたしを見た。

「強いんだね。わたしも、強くなれるかな」
「なれるよ。あなたは、わたしなんだから」

 過去のわたしは「うん」とうなずき、わたしの手をとる。その瞬間、魔法にかけられたように、少女はわたしの体へと消えていった。

 ―—ごめんなさい。

 闇のなかから声がした。わたしは静かに首を振る。わたしのことは、わたしが一番わかっている。わたしがわたしを止めるのは当然だ。それほど、これからの道のりは厳しい。

 でも、だからと言って弱い過去を振りきる必要なんてない。昨日の自分と決別しなくてもいい。わたしはわたしだ。わたしの経験がわたしを強くした。わたしはわたしのすべてを受け入れ、生まれ変わる。

 もう一度、わたしは光のほうを見た。楽しそうな笑い声。過去にわたしがいた場所。もう戻れない場所。もう戻らないと決めた場所。大好きなみんながいる場所。

 がんばってね。

 心でささやき、前を向く。

 みんなと一緒に居続けることにも、きっと意味はあるだろう。楽な道がないように、どの道にも意味がある。けどわたしは、ここにいる意味よりも、違う場所をめざす意味を見つけた。見つけたからには、進むしかない。

 強風が吹く。体が飛ばされそうになる。風の音に声が混じる。「だいじょうぶだよ」。逆風は心を折るために吹くのではない。心を強くするために吹く。それを過去のわたしは知っている。過去の経験が、いまのわたしを支えている。

 心の「少女」にうなずく。

 だいじょうぶ。だいじょうぶだ。

 どんな逆風にも負けない。どんな闇にも怯えない。孤独な気持ちもない。

 過去の自分がいる。助け合った仲間がいる。その記憶が、わたしをさらに強くする。

「もっと吹け! 吹いてみせろ!」

 “本物”になるため、逆風に、立ち向かうんだ。