この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


第5回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo3

lifework
山下美月


「はぁ……」
 春頃に返ってきた大学の成績表を見て愕然とする。頑張って講義出ているのに必修こんなに落とすのかという母親の説教の声が今も深く記憶の底に刺さっている。
 高校までは何ひとつ不自由なく暮らせて、大学も無事に現役で国立に入ることができ、東京でひとり暮らしも始めた。でも、この生活に物足りなさを感じて、つまらない大学生活に刺激が欲しくて。それで友人に助言を仰いだ。思えば、それから僕は――……

 現実から逃げるようにしてスマホのアドレス帳をめくる。
 ある人のところで、ピタリと指の動きが止まった。まるで、何かに導かれたかのように。

『山下 美月』

 あいつなんかに出会わなければ……と後悔しても後の祭りか、と。急に現実に引き戻されたような気がした。そのまま机に突っ伏す。

 何時間かはしただろうか。突然鳴り響いた短い音楽と、手に覚えた何かが震えるような感覚で目を覚ましたとき、自分の手にまだスマホが握られていることに気付いた。そういえばあの後そのまま寝てたんだっけ、と寝ぼけまなこな自分の目を無理矢理叩き起こそうとしながら、とりあえずスマホをつけると高校の同級生からメールが来ていた。そういえば彼は僕と成績上位でいつも争ってたけど、僕が東京に行って彼はそのまま地元に残って。で、そろそろゴールデンウイークが来るので、長い休みだからその間にそっちに遊びに来るわーみたいなことを話したんだっけ。そう思いながらメールを確認する。
「ごめん、足止め食らっちゃって今日中に来れそうにないわ」
 僕の成績がこんなもんなので親レベルで止めが入ってしまったかと思いながらも電話で問い詰めると交通機関が止まっているときた。本州と陸続きでなく飛行機の利用が必須レベルな地元にいておいて根っからの飛行機嫌いな彼ならば間違いなく選択するのは新幹線だろうと思った僕は急いで電車の運行情報を確認する。
「本日午後4時半ごろ、志ノ備内駅で発生した人身事故により北志ノ備内駅~南日高駅の上下線で運転見合わせ」
 距離次第では迎えに行こうかとも思ったが、まだ新幹線にも乗れていなかった、その前の特急で止められていたということがわかったので迎えには行かないことにした。その前にあの案件を早く片付けないと、とは思ったものの僕は嫌なことは後回しにすればいいやという悪い癖が災いしてこの日も連絡は取らなかった。



 2年前の春頃だろうか。大学に入学したての僕はただ黒板を見て板書をとるだけの生活に飽きを感じていた。たとえば女とか。たとえば遊びとか。そんな感じで生活に刺激が欲しいと思っていた。水面下で進行していたある計画が失敗に終わった僕はとにかく財布の足しはいいからリア充生活を満喫したいと思ってとりあえず彼女を作ろうと考え、大学で一番親しかった友人に相談することにした。僕のいた学部は学内でもとりわけ女子の少ない場所だったので、他の学生からのつながりが必要だと考えたのだ。そこで彼の高校時代の同級生だという美月さんを紹介されると、趣味が同じで話もよく盛り上がったことからトントン拍子で付き合うところまでいってしまった。初めて会った日にいきなり隣町の焼肉店で告白したのだが、その店にひっそりと美月さんのことを勧めてきた件の友人もひっそりと見守りに来ていて、しかもむちゃくちゃ食いまくっていて、積み上げられた皿の量が無茶苦茶な数になっていたのを今でも覚えている。
 付き合うことになってからしばらくが経過して、ある日は休日に喫茶店でデートということになった。
 こういう”通”な店に行くのはなかなか慣れないものだったが、「マスター、いつもの頂戴」とか美月さんがうまいことやってくれたので困ることはなかった。ブラックが苦手で飲めないと言うと、美月さんが従業員に頼んで砂糖やガムシロップを持ってきてくれたりもした。しばらくしてお店の雰囲気にも慣れ、次第にたわいもない話でも盛り上がれるようになっていると、突然美月さんの声のトーンが低くなった。

「ねえねえ」
「急に何だよ。」
「最近さ、生活とか困ってない?一人暮らしなんでしょ」
 何かを見透かされたような気がした。図星である。一応、生活のための最低限な出費は親からの仕送りで足りていたが、もちろんそれだけでは物足りなかった。週末にどこかしらに遊びに行くための交通費とか、どこかイベントに行くためのチケット代とそれに付いてくるドリンクの料金とか、とにかくいろいろなものが足りなかった。
「うん。結構カツカツでさ。仕送りもらってても足りなくて。休日にもどこも旅行とか行けないんだよね」
「あー、だよねだよね!だったらさ、

おいしい話があるんだけどさ、聞いてかない?」

「おいおい、急にどういうマネを……」
「大丈夫。別に怪しい話じゃないから。」
 怪しい話じゃないと口では言ったものの、この手のものはテレビ番組で度々取り上げられるような系の案件だよな、なんとかかんとか商法とかいって契約した人に多額の金を払わせるとか……と思ってたけれど、それでも美月さんが絶対やった方がいい、もし興味持たなかったら止めてもいいからと言うので、とりあえず紙だけもらってみることにした。

「あなたのお暇な時間、買い取ります……だって?」

 新手のビジネスか何かだろうか。なんだかよく判らなかったけれど、とにかく詳細を知らないことには話が始まらないので、とりあえず話の続きを聞くことにした。
「外出とかすることとかなかったら暇でしょ?家にいてもすることないんだったらさ、少しでも稼げた方が楽じゃん」
「でも、僕は何をすれば……」
 もちろん、うまい話なんてそうそう無いのはわかっている。ポイントサイトに誘導されて還元最低額が5000円分とか10000円分とかいう話が来たらすぐに逃げようとでも思っていた。でも、そんな怪しいような話ではなかった。
「うーん……どうしよう。そうだ、君は人柄とかすごくいい子だから、接客業とか良くない?」
「えっ?」
「お客さんが注文とかするでしょ?注文を聞いてキッチンの料理する人とかに伝えるの。それと、お客さんが注文決められずに詰まってたら、これこれこういうのがいいよって、おススメを伝えたりとか」
「うん。でさ、いくらくれるの?」
 とにかく話の根幹を聞かないと話が始まらない。タダ同然の安値で買い叩かれてはたまるもんではないと思った。
「上からの報酬が来るんだけど、歩合制で1時間やってだいたい1000円くらい、それが相場かな。学校帰りとかに通っていって1日平均7時間、休みは5日に1日ぐらい。それぐらいの条件でね。半年続けたらいくらになると思う?」
「え?あーちょっと待って、今計算するから」
 慌てて紙とシャーペンを出して計算しようとしたところを急に遮られる。
「100万だよ、100万。半年頑張ればそれだけもらえるから」
「えっ、100万も!?」
「君がどれだけクイズで頑張っても獲れなかった100万だよ?どうする?」

 100万円。その言葉で心が揺れ動いた。あの時の記憶が呼び起こされる。

 高3で受験がひと通り終わった頃、僕はあるクイズ番組のホームページを見つけた。自分の得意なジャンルを問題にして、5問クリアできれば100万円。100万円あれば遊ぶ金の足しになるだろうとすぐにオーディションを受けた。しかし肝心の問題というものがなかなかの鬼門で、「野沢雅子さんが声優を務めたことがあるキャラクターを選べ」という問題。ここで最後の2択まで持ち込んだが、残った選択肢が「ドラえもん」とあと何か。ここで僕は「ドラえもんの役をやっているならどこかで話題になっているはず、でもそんなこと話題になった記憶もないから違うはずだ」と選択肢のもう片方を選択。無情にも問題の不正解、チャレンジャーの負けを告げるブザーが鳴ったのである。
 実際のオンエアではダイジェスト扱いになり、出演時間は3秒程度。弟には若干いじり気味に「一家の恥」とまでSNSに書かれてしまい、お前はそんなくだらんこと投稿してる暇あったら蓮加と仲良くやってろとさえ思ってしまったほどだった。

 結局、あの時の悔しい経験が思い起こされた僕はそのこともあったかなかったか、その場でサインをすることにした。渡された契約書?の類には名前、住所、学歴等その他諸々を書く欄があり、ちゃんとしたものだなぁと思ったが疑いの気持ちは晴れない。
「これさ、ちゃんと報酬とか入るんだよね?サインしたらなんか高額なもの買わされてたとかないよね?」
「大丈夫!そっちが金払わされるとかそういうのは全然ないから安心して」



 今も家に帰ると、時々はあの時のことを思い出す。変に友人に頼み込んでわざわざ彼女を作ったりしなかったら、今頃はこんな大変な生活にはならなかったんだろうなと、ふと思うことがある。そんなことを考えているとラインが来ていた。美月さんからだった。
「お疲れ様!今日はどうだったの?」
 あれから2年過ぎても関係は良好なのだがそんなことはいい。いつもならすぐに返信をするところだったが、この日の僕は相当に疲れていたようで、文章を書くこともなくスマホを握ったまま眠ってしまっていた。次に起きたときにはすでに日付も変わっており、無情にも日付の変わった電子時計のカレンダーは6月15日を指していた。
 こんな風に疲れて寝てしまって、起きたときには日付が変わっていたということがたびたび起こるようになって何が変わったかというと、一番は疲れたまま帰る日が増えて、勉強の時間がなかなか取れなくなったのがある。お金は十分貯金ができるほどにまで貯まったのだが、今度は単位が貯まらなくなってしまった。親から電話越しに説教されることが増えた。

 さすがに勉強する時間を割かないと、と危機感を覚えた僕は上層部に連絡を入れ、来月からシフトの量を減らしてもらうことにした。勉強のこともそうだけど、体を壊してしまってはどうしようもない。せっかくの一度きりの人生だし、もっともっと楽しんでいけるような生活をしようと誓った。

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