この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
第5回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo6
エントリーNo6
~地方某ホテルでの戦慄の一夜~
序章 タレント・工業デザイナー Iさんの話
これは昨年の話なんですがね。
アタシもこういう仕事してるもんですから、芸能関係の方から相談を受けることが結構あるんです。
それで、夏も終わりの頃だったかなぁ?
これ、言ったら大問題になりますから、絶対お名前とかグループ名とか、口が裂けても言えないんですが、ええ。
乃木坂46という人気アイドルグループの星野みなみさんって方から相談があったんです。
なんでも、ライブとかで地方のホテルに泊まる時、なんだか“変”なんだそうですよ、ええ。
これが不思議な事に自宅では全くおかしな事は起こらないらしいんです。
それが仕事でホテルに泊まると、決まって妙な具合らしいんだなぁ。
プロデューサーの秋元さんとはね、「夕焼けニャンニャン」の頃からの御縁ですから、ええ、ちょっと様子を見に星野さんが宿泊してる地方のホテルにお邪魔したんです。
「わざわざ来てくれてありがとうございます♡」
星野さんは、とっても可愛いお嬢さんでねえ、ええ。
ライブが終わったばかりで疲れてるはずなのにニコニコ出迎えてくれましてね。
「いえいえ、ちょっとお部屋お邪魔しますよ。」
「はーい♡」
至って普通のシングルルームなんですが、そこはやっぱり年頃のお嬢さんが泊まってる部屋ですよね。
なんだかい甘~い匂いがする。
「この部屋、いい匂いするねえ」
「あの、歯ブラシ舐めたり咥えたりしないでくださいね?」
「しませんよ!アタシ岡田君じゃないんだから!」
一通り部屋の中を見せてもらったんですがね。
アタシが見る限り、おかしな所なんか一切ないんだ。
「星野さん、こう言っちゃあなんだけどね。この部屋、大丈夫じゃないかなぁ?」
「えー!もっとちゃんと見てくださいよう…」
仕方ないんでね、彼女の気が済むまでアタシも一晩付き合う事にした。
星野さんの部屋にカメラを何台か仕掛けてね、別室から見守る事にしたんだ。
だって考えてごらんなさいよ。
年頃の女の子の部屋に一晩中居る訳にもいきませんからね、ええ。
「みなみが叫んだらすぐ来てくださいね?」
「大丈夫。大丈夫だから、ね、ゆっくりお眠りなさいよ。」
「はーい♡」
そして、あの長い夜がね、幕を開けたんです。
アタシはね、向かいの部屋を借りてモニター越しに星野さんを見てる訳だ。
しばらくすると部屋の電気が消えて、ああー、彼女寝ちゃったんだなあ、って分かった。
「ゆっくりお休みなさいよ~」
その後、日付が変わる頃になっても何も起こらない。
それでいつの間にかね、アタシもついウトウトしちゃったんだな。
すると突然、
「キャーーー!!」
普段はね、ホントに可愛らしい声の星野さんなんですが、まぁ絶叫って言うのかなぁ?
耳をつんざくような大きな悲鳴でアタシ飛び起きた!
時計を見ると真夜中の丑三つ時なんだ。
「星野さん!どうしたー!」
急いで廊下に出たアタシは、マネージャーさんからお借りしたカードキーで星野さんの部屋に飛び込んだ。
バァァァン!
「星野さん!大丈夫か?」
すると、ベッドの上で星野さんが膝を抱えてぶるぶる震えてる。
「あ、あの音…」
星野さんはベッドとは反対の壁を指差してるんだ。
ズーン…ズーン…
確かに、今まで一度も聴いた事の無いような、不気味で低ーい地獄のような音がね、そちらから断続的に響いてくる。
ズーン…ズーン…ズンドコー…
ズーン…ズーン…ズンドコー…
「この音は…」
そこでね、アタシ瞬間的に気付いた。
これはこの部屋から聞こえてくる音じゃあ…ない。
そうか!この部屋じゃなかったんだ!
「こわいよー!こわいよー!」
「星野さん、ね、しっかりしなさい!この隣の部屋には誰がいるんです?」
「と、隣の部屋?…えーと…こっち側は確か…なぁちゃんだったはず…」
「なぁちゃん?」
「あ、メンバーの西野です。西野七瀬ちゃんです。」
「西野さんか…こりゃ危ないなぁ。星野さんはね、この部屋で待っててもらえますか?」
「大変!なぁちゃん!みなみも行きます!」
それでね、マネージャーさんから隣の部屋のカードキーもお借りしましてね、今度はゆっくり慎重にドアを開ける。
ギィィィーッ…
恐る恐るドアの隙間から部屋の中を覗きこんでみたんだ。
暗闇にね、段々目が慣れて部屋の中が見えてくる。
そして遂にそれが見えた!
「うわああぁーーっ!!」
アタシも星野さんも声をあげて固まっちゃた。
太く巨大な人間の素足が二本、
ズーン…ズーン…ズンドコー…
不気味な音を響かせながら、部屋いっぱいに足踏みをしてるんだ。
そして見上げると、その二本の足の上に付いてるのは胴体じゃない。
両足のすぐ上に直接、不気味な頭が乗っていて、手は無いんだ。
その頭には、鼻も、口も、耳も、髪もない。
ただ、大ーきな目玉が二つ、ギョロリとこちらを見下ろしてるんだ。
ズーン…ズーン…ズンドコー…
そう、これはね、この世のものじゃない。
「星野さん下がって!」
「あ、相変わらず気持ち悪いなあ!」
「アンタこれ知ってるのか?」
こいつはもしかしたらアタシの手には負えないかも知れないな、と思ったその時。
「…お前の事、に、煮込んだる…」
「なぁちゃん!」
アタシ、見ちゃったんだ。
ベッドの上で宙に浮いている可愛い女の子を。
浮かびながら仰け反ってね、白目をひん剥いた物凄い形相でこちらを睨んでる。
それでもね、ええ、可愛いんだなあ。
その時、アタシ閃いたんです。
この子さえ正気に戻せばこの妖怪も消えるかも知れない。
「西野さん!ちょっと失礼しますよ!」
「ワレ!その辺にしとけよ!」
「おいっ!どこかに行け!アンタここにいちゃダメなんだ!ねっ!行けっ!」
「お前マジ泣かす!」
それからアタシとね、怨霊って言うのかな?
その相手と今まで経験した事ないような激しい闘いがね、しばらく続いたんですけどね、ええ。
ようやく西野さんが、スッ、と正気に戻ったと同時に、巨大な妖怪も、フワッ、と掻き消えるようにいなくなったんだ。
「なぁちゃん!大丈夫!?」
「…あれ?みなみ? えっ!稲川さん!?」
西野さんはキョトーン、としてるんだ。
「なんで稲川さんがななの部屋に? …やだなぁ…怖いなぁ…」
「それはアタシの台詞ですよ!」
それから少し西野さんにも話をお聞きしましてね、ええ、アタシ分かっちゃった。全部分かったんだ。
さっきの妖怪はね、西野さんの思念が実体化したものだったんだ。
ねぇ、きっとそうだ。
「いやいや、妖怪じゃなく、神様って設定なんです。」
「あー、そう。そうかー。それで気分はどうです?」
「ありがとうございます!人生変わりました!」
もう大丈夫かな?
まだ妖怪について話したそうな西野さんに、とりあえず休むよう伝えましてね、アタシ星野さんと一緒に彼女の部屋に一度戻ったんだ。
「星野さん、これでね、大丈夫だと思いますよ」
「助かりました~ありがとうございます♡」
そして、星野さんの部屋に入って、電気を点けた瞬間…
う゛う゛ぅぅぅーっ!!
あまりのおぞましさに、アタシ一瞬で強烈な吐き気に襲われましてね、ええ。
本当の恐怖はね、この瞬間だったんです。
星野さんの部屋の窓ガラスの外!
窓いっぱいに、全身ずぶ濡れの青白ーい裸の男が、ピッッッタリと、張り付いてるんだ!
そして凄まじい形相で中を覗き込んでる!
だってねぇ、あり得ないんですよ。
真夜中ですよ?
そしてなんたってね、ここは地上15階、ホテルの最上階なんですから、ね。
そう、こいつはね、この世のものじゃないんだ。
でもね、星野さんを守らなきゃ。
アタシ気付くと窓ガラスに向かって突進してました。
「あ!稲川さん!待って待って!」
星野さんが心配して叫んでくれてましたが、ここで怯む訳にはいきませんよ。
「怨霊!あっちへ行けーっ!!」
そしてアタシがその亡霊の目の前まで迫った時。
突然そいつは、フッ、と一瞬で目の前から消えたんです。
何かこの世に思い残した事でもあったんですかねえ。
「良かった…成仏したみたいですよ。」
「いやあぁーーーっ!!」
何故かその時になってね、星野さん大きな悲鳴をあげて部屋を飛び出しちゃった。
女の子ですから無理もありませんよ、ええ。
立て続けにこんな怖い目に遭遇しちゃあ、ねぇ。
結局、星野さんは戻ってこなかったんですがね。
後日マネージャーさんや秋元さんから丁重に御礼を頂きました。
そしてその某グループを襲った怪奇現象はね、それから、ピタッ、と収まったそうですよ。
まあね、何より星野さんも西野さんも、変わりなく無事にお仕事されてらっしゃるみたいでね、アタシもホッとしてます。
この、地方のホテルでの恐怖体験、
これね、全部ホントの話なんです。
最終章 アイドル・女優 Nさんの話
「金縛り好きになっちゃったんです~とか呑気なこと言ってるから~!」
「みなみ、ごめんな~」
「あんなの見たらビックリするわ!」
みなみは怒った口調だが口元は悪戯っぽく笑っている。
いつも賑やかな乃木坂の楽屋。
でも今は人数も少なく静かで落ち着いている。
皆と一緒に騒ぎもするが、大抵、独りで静かに本を読んだり動画を見たり。
そう、みなみと私は、グループに対する距離感がかなり似ている。
「無意識やから仕方ないねんけどな」
「どいやさんとかリアルに気持ち悪いんだよ!(笑)」
「なんで?可愛いやん(笑)」
あの夜、気が付くとみなみと稲川さんが部屋にいたのにはビックリしたが、後から全ての話を聞いて更にビックリした。
そんな大変な事態になっていたなんて自覚が全くなかったからだ。
多分みなみはまだ色々と私に訊きたい事があるのだろう、まだ私の事をじっと見つめている。
「みなみ、どうしたん?」
「ね、なぁちゃん。卒業しちゃうの?」
「…なんや、聞いたんか」
なるほど、その話だったか。
「卒業…するで」
「そっかー」
私とみなみは乃木坂に加入したのではない。
最初から1期生として苦労を共にし、一緒にグループを創り上げてきた特別な仲間だ。
私もみなみも決して自ら望んだ訳ではないが、フロントやセンターとして苦しい時期の乃木坂を支えてきたという自負もある。
「なぁ、みなみ」
「なにー?」
「お前いい加減ブログ更新せえや(笑)」
「なに書けばいいかわかんねえんだよ(笑)」
卒業に当たっては正直色々悩む事もあったが、みなみを見ていると少し安心もする。
「みなみ、後は頼んだで」
「なんでやねん!(笑)」
「勝ちたいならやれ。負けてもいいならやめろ、やで」
「みなみ勝ち負けに興味ないかな~」
彼女がグループ全体の事を考え、メンバー間に溝を作らないよう誰よりも気遣ってきた事を私は知っている。
本人は絶対認めないが。
最初から壁を作らず、自然な態度で接してくるみなみに救われたメンバーは一人や二人ではないだろう。
特に真夏の件。
私は当時モヤモヤしていたが、今となってはみなみに感謝しかない。
そんなみなみの姿を私は見続けてきた。
「仕方ない。なぁちゃんおめでとう!お疲れさまー!」
「シーッ!声がでかい!そしてフライングにも程があるやろ(笑)」
SHOWROOMか何かで「メンバーの誰かになれるとしたら、誰になりたい?」という失礼極まりない質問に、みなみはいくちゃんと私の名前を挙げてくれたそうだ。
もちろんお互い直接そんな話はしないけれど、それを耳にした時、本当に嬉しかった。
私も心のどこかで、みなみのように生きたいと思っていたのかもしれない。
「いつかまた爬虫類カフェに連れてって♡」
「せやな、いこな♡」
欅坂、ひらがな、3期、そして4期。
ファンの気持ちは日々移り変わっていくものだけれど、私の好きだった乃木坂はまだまだ健在だ。
私が卒業したら、みなみは番組でも何でも、きっと今まで以上に前に出て頑張ってくれるような気がする。
そう、卒業するその日まで、私の頭の中にあること、胸の中にあることを、不器用なりに、みなみをはじめメンバーの皆に伝えていこう。
私はそう決心した。
真の最終章 一般人 Kさんの話
「今度こそ死んだかと思って焦った!」
「みなみ…面目ない…急に稲川淳二が突進してきたからビックリして落ちちゃった…」
僕は乃木坂46のメンバー、星野みなみと少しばかりお付き合いさせて頂いている男だ。
今回はホテルの15階から転落したが、ちょうど木の枝に引っかかり九死に一生を得て、今は総合病院の個室で全身骨折した身体をベッドに横たえていた。
「それより!なんで裸でみなみの部屋を覗いてたの!?」
「ああ、それは1階上の展望露天風呂に入ってて…」
ホテルで起きる怪奇現象に悩まされてると言うみなみが心配で心配で、僕もこっそりメンバーが宿泊しているホテルに泊まり、何かあったら即駆け付けるつもりだったのだ。
あの夜はみなみが無事に眠ったようだったので、ようやく屋上の展望露天風呂で一息ついていたのだが…
「みなみの悲鳴がすぐ下から聞こえたんで、慌てて露天風呂から直接外壁を下りたんだけど…窓も開かなくて…足場もなくて…」
「慌てすぎ!」
「でも全裸じゃなくてパンツだけは履いてたよ…」
「いつもパンツだけじゃん!」
口調だけは怒っているが表情はニコニコしている。
僕が危険を冒して助けに駆け付けた事が本当は嬉しいのだろう。
「まぁ富士山や飛行機から落ちても大丈夫だったから、ホテルくらい楽勝かー♡」
「いやいや、楽勝って事はないけど…」
そうだ、僕とみなみは今まで何度も極限の状況を切り抜けてきたのだ。
「で、稲川さんも西野さんも気付いてなかった?」
「うん、大丈夫だよ♡」
良かった。
この後、みなみは都内で番組の収録らしい。
「じゃあみなみ、お仕事頑張って!」
「うん!撮れ高いっぱいを目指して、みなみ頑張る♡」
今日のみなみは、一段とやる気に満ち溢れている。
誰かから何か良い影響を受けたのかもしれない。
それから数週間後、西野さんが卒業を発表した。
~完~
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