この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


第5回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo9

はじめの
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「食べないの?」

目の前の彼女に見惚れていたら、怪訝そうな顔で話しかけられた。
大きな瞳でこちらを見つめてくる。
不意に目が合ってしまい、急激に頬が熱くなってくるのを感じた。
彼女の目力に圧倒された僕は、泳いでいた視線をパンケーキに逃がし、咄嗟に嘘をついた。

「あっいっ、いやぁ…そっちの方も美味しそうだな~なんて」

僕が「同じのにすれば良かったかな」などと照れ隠しに呟いていると、彼女が自分の皿と僕の皿を入れ換えた。

「じゃあ、一口だけシェアしよ」

彼女が差し出した、食べかけのパンケーキ。
こっちも美味そう…。
さっきまで腹がすいてたはずなのに、この慣れないシチュエーションによって食欲が抑えつけられている。
間接キスにならないよう、気を使ってナイフで切り分けてから口をつけた。
緊張で味がよく分からない。
とりあえず、「めちゃめちゃ美味しい!」と言ってみる。

「だよね!純、このお店ハマったかも」

クールでサバサバした人なのかと思ってたけど、こんな無邪気に笑う人なんだ。
さっきまでの緊張がほどけていく。
口の中いっぱいのクリームのように、心までとろけてしまいそう…。ものすごく幸せだ。
こんな暖かい気持ちになったのはいつ振りだろう。




言うのが遅くなったけど、僕と彼女は付き合っている訳ではない。
それに、こうして女性と一緒にご飯に行くことさえ人生で初めての経験なんだ。
もちろん、誰かと付き合ったこともまだないし。
そんな僕が、どうしてこんな状況に置かれているかというと…。




僕が彼女に出逢ったのは、
1時間と、だいたい30分前───



GW明けの憂鬱な気分を晴らすべく、僕は学校帰りにゲーセンに寄った。
いつも遊んでいるUFOキャッチャーのエリアを隅々まで見て回り、今日の獲物はどれにしようかと物色する。

(これにするか…)

僕が立ち止まったのは、超人気アニメのフィギュアが入っている台。
ゲーセン限定のレア物だ。
操作台の上に小銭を積み、僕は慣れた手つきでレバーを動かす。

こうして目の前の獲物に集中している間だけは、自分を取り囲む嫌なことを全て忘れられるんだ。

積んでいた小銭がなくなる頃には、足元にゲットした景品のタワーが出来上がっていた。
UFOキャッチャー。
これが僕の、唯一の特技。
時間とお金があれば、きっといくらでも景品が取れるに違いない。この店が潰れてしまうくらいに。
けど、この特技を褒めてくれた人は誰もいない。
それに将来役立つ訳でもない。
クラスの女子には、ヲタクだなんて気持ち悪がられた。
だから僕は、一人でこっそり楽しんでる。



(今日はこの辺にするか…)

僕が景品用の手提げ袋にフィギュアを詰めこんでいると、突然声をかけられた。

「あー、それ俺が欲しかったやつ」

自己満足の世界に踏み込まれて、僕は思わず、不機嫌そうに顔を上げてしまった。
それがまずかった。

「なんだよ、その目は」

目の前に立っていたのは、パーマのかかった茶髪をワックスで固めた若い男。
両耳につけられたたくさんのピアスが、照明に反射して目障りに光っている。
僕とは真逆の世界に住んでいる人間であることは、一目見ただけで分かった。
後ろに従えている男二人もまた、僕を蔑むような目で見て薄ら笑いを浮かべている。

「すいません…」

声にならない声を出して逃げようとしたけど、あっという間に囲まれてしまった。
店内にいる人はみんな、こちらに哀れみの視線を注ぎながら通り過ぎていく。
分かってたけど、誰も助けちゃくれないんだな。

くそっ、どいつもこいつも…。
立ち塞がるヤンキー、見て見ぬフリをする大人達。
ものすごくムカついているはずなのに、恐怖が勝って体が動かない。
何もできずに固まっている自分。
こいつが結局、一番ムカつく。
いつもいつも、自分は…。

「聞こえねぇのー?これ俺が欲しかったやつ!何勝手に横取りしてんだよ!」

ヤンキーが僕の荷物を掴んだと同時に、「ちょっと!」とドスの効いた女性の声がした。
聞こえた方に振り返ると、若い女性がこちらを睨み付け、腕を組んで仁王立ちしている。

黒のライダースジャケット。
少しダメージの入ったスキニージーンズ。
暗めの茶色に染めたミディアムヘア。
そして、切れ長のクールな目。
知らない人だ。
けど、今まで見たことないくらい綺麗でカッコいい。

まさに救世主。
それが、彼女に初めて出逢ったときの第一印象だった。

ヤンキーは僕を突き飛ばして退けると、彼女の元へ近づいていく。
やばい。喧嘩になるぞ。

「学生相手にカツアゲ?それも三対一」
「ああ?」

ヤンキーは凄みを効かせてるけど、彼女は一向に怯まない様子。

「…ダサ」

その一言にキレたのか、ヤンキーは急に喚き始めた。

「俺が大金かけてもう少しで取れそうだったフィギュアをよ!後から来たあのガキが横取りしたんだよ!」
「は?」
「ああん!?」
「なんでそんな嘘つくんですか?」
「嘘じゃねーし!!」
「嘘ですよ、私ずっとここで見てましたし」
「そんなの知らねーよ!!」
「じゃあ!」

そう言うと彼女は、ビシッとゲーセンの隅の天井を指差した。
そこに設置されている監視カメラ。
ちょうど僕らがしっかり映りこむ位置にある。

「あれを確認して、どっちが悪いのか店員さんに決めてもらいます?」

カメラの映像を見れば、ヤンキーの言っていることがデタラメだと分かるはず。

この修羅場に反応したのか、気づけば遠巻きに若干の野次馬が集まっていた。
その中にはここの店長もいて、今にも通報するぞといった風に電話の子機を持っている。

「う、うっせーんだよ!ババアが!!」

形勢逆転したヤンキーは、最後の悪あがきに捨て台詞を吐きながら店を出ていった。

「ガキはお前だっつーの」

彼女はため息まじりに呟いた。
それから僕の方に向き直り、手を差し伸べて立たせてくれた。

「ババアはないよね、ババアは。ほんっとムカつく」
「はぁ…」

僕が縮こまっていると、彼女が話しかけてきた。

「大丈夫?災難だったね」

苦笑いが混じったような微笑みを浮かべて、優しい目をしている。
ブーツを履いていることもあって、彼女の身長は僕より高い。
見下ろされる形になり、余計に緊張してきた。

「あ…ありがとうございます…」

なんとか絞り出した声は、蚊の鳴くような小ささだった。
荷物を抱きかかえ、足早に立ち去ろうとしたその時…。

「ちょっと待って」

いきなり肩を掴まれた。
思わず、僕の体がビクッと反応する。

「ごめんごめん。実は、頼みたいことがあってさ…」




「やったあー!!やっぱ凄いよ、君!!」
「…どうぞ」

照れながら景品のぬいぐるみを差し出すと、彼女は嬉しそうにそれをハグした。

「ずっと欲しかったんだよね、これ!本当にありがとう!」

めちゃめちゃ嬉しかった。
まさか、僕の特技が人の役に立つなんて。
それに、さっきヤンキーに向けていた怖い顔とは打って変わり、ぬいぐるみを抱きしめている今の彼女はその……とても可愛い。



どうしよう…。
これが…ギャップ萌え…。
いや…初恋……。



「ねえ」

ボーッとしていた僕は、彼女の声で我に返った。

「この後、暇?なんかお腹すいちゃってさ」




こんなことがあって今、僕は彼女とパンケーキを食べに来ている。
お互いの皿を元に戻し、二人で談笑しながら食事をした。
人見知りの僕からしたら考えられないくらい、初対面なのに、彼女との会話はめちゃくちゃ楽しかった。
もしかしたら彼女は、人の心に入り込むのが上手なのかもしれない。

自分の趣味のこと、学校のこと、どうしたら友達ができるか、どうしたらこんな自分を変えられるか───。

自分の口から出る話は断然悩みごとが多かったけど、彼女は聞き上手で、僕の気持ちを全部受け止めてくれているように穏やかな相槌を打ってくれた。

「そっか。まだ16なのに、いろいろあるんだね…」
「まぁ、はい…」

僕が話し終えると、一呼吸おいて考えてから、彼女が口を開いた。

「少年よ、ひとついいかな?」
「?」

僕は無意識に姿勢を正してしまう。

「君はさ、そんな風に自分の中にしっかりとした考えを持ってる。だけど、それを出すことをしないまま逃げてる。自分で押し殺してる」
「…」
「周りに不満を抱くのも分かるけど、まずは動くこと、声を出すこと。目の前に何か立ちふさがったら、ちゃんと立ち向かいな」
「…」
「今の状況を変えたいなら、他力本願じゃダメだよ」

核心を突かれた。

「いい?」

僕が大きく頷くと、彼女は「うんじゃなくて返事」と頬を膨らませた。

「はい!」
「よろしい」

いつの間にか、僕は彼女の目を見て話せるようになっていた。
お互いに自然と顔がほころぶ。
この時間が、ずっと続けばいいのに…。
もっと、いろんな話ができたらいいのに…。
そのうち来る別れの時を考えて、ちょっぴり寂しい気持ちがこみ上げてきた。

「じゃあ、次は純の番ね」
「…えっ?」

そう言って彼女は、今朝別れたという元カレの愚痴を話し始めた。
さっきヤンキーに立ち向かったのは、この憂さ晴らしも兼ねてたのかも…なんて。




「すいません、ごちそうになっちゃって…」
「いいのいいの。それに私こそ、長々と話聞いてもらったしね」

「ヘヘッ」とイタズラっぽく笑う彼女。
でも、どこか寂しそうに見えたのは気のせいかな。

僕がもっと大人だったら、彼女より年上だったら、このまま帰らずに引き止められたのかもしれないな…。

「……」
「…じゃあ」

僕が黙っていると、向こうからサヨナラを切り出してきた。
さっきはっきりと、ゲーセンで言えなかったお礼。
ちゃんと伝えないと。

「あの…今日は本当に…ありがとうございました!」
「うん、こちらこそありがとう」

お辞儀していた僕が顔を上げると、彼女と目があった。

「…」
「…」

「…じゃあ」
「…じゃあ」

彼女の方が先に背を向けた。
僕も、ゆっくりと逆方向に歩き出す。




また会えるかな。また会いたいな。

ふと、今朝のニュース番組でやっていた星座占いを思い出す。
たしか最下位だった。

“思わぬ災難が降りかかるかも…。けれど、それを乗り越えれば運命的なことが起こるはず!
ラッキーアイテムはぬいぐるみ!”

すごい。だいたい当たってる。
でも、最下位なのは違うな。今日は楽しい一日だったから。

そんなことを考えながら歩いていたら、あっという間に駅に着いた。
酒臭いサラリーマン達に混じって、家へ向かう電車に乗り込む。
飲み会帰りの人々で激混みの車内。
いつもならイライラで頭がおかしくなるところだけど、彼女と過ごした時間を思い出したらなんともない。

運命的なこと…。
占いで言っていた言葉が再び浮かんでくる。

(そうだ…!)

僕は思い切って、彼女に連絡することにした。
まずは、自分から動くこと。声を出すこと。
やってみないと分からない。

「良かったら、また会えませんか?」

この一文を送るだけでいい。簡単なことだ。
本人がそばにいる訳でもないのに、緊張で鼓動が速くなってくる。
ドキドキしながらスマホのLINEを開いたところで、僕はある重大なことに気がついた。

(LINEのID、聞くの忘れてた!!)

しかも話が弾みすぎたせいで、お互いの名前を言うタイミングすら逃してしまっていた。
嘘だろ…そんなバカな…。

やっぱり占いは当たってた。
今日は最下位にふさわしい一日だ。

彼女、自分のことを確か「純」と呼んでいたな。
知っていることはそれだけ。
頼りない手がかりに、僕は肩を落とした。

スマホをポケットにしまった僕は、悲しみのあまり、ボンヤリしながらドアの窓の方に目をやった。

(…ん、なんだ?)

思いがけず、見たくない光景が視界に飛び込む。
ドア付近に立っている女子高生と、サラリーマンのおっさん。
違和感があった。

(…痴漢!?)

よく見ると、女子高生のスカートの辺りをおっさんがいやらしい手つきで撫でている。
なんで女子高生は抵抗しないんだ…。
様子を伺っていた僕は、その子が小刻みに震えていることに気づいた。
きっと、声も出ないくらいに怖いんだ。
どうしよう…。

(女子高生の近くにいる人は?みんな気づいてないのか?そこのサラリーマン!スマホ見てないで助けてやれよ!)

僕が傍観している間に、電車はまもなく次の駅に着く。

(もしかして…気づいてるのは僕だけなんじゃないか…?)

ドアが開く瞬間、犯人のおっさんが満足そうに下品な笑みを浮かべた。
同時に、固まっていた僕の体が咄嗟に動く。
おっさんに向け、大きな一歩を踏み出した。

「ちょっと!!」

駅のホームで、僕はおっさんの腕を掴んだ。

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