すべての物語が紡がれたとき、世界に「46の魔法」が降り注ぐ。
連載小説『46の魔法』
第22の魔法
「ドラゴンを探しにいこう」
同じ時間に、同じ電車に乗る。始発駅なので、少し早めに並べば、確実に座れる。僕の座る場所はいつも同じところだった。前の席に白髪まじりのサラリーマンが座る。この人もいつも同じ。
変わらない日常。駅についても、学校にいっても、まるで電車のレールからはみでないように、同じ行動をただただ繰り返す。つまらないと思っても、そこから抜け出す術を知らなかった。
ただ、そんな日常にも楽しみはある。
(きた)
そっと目線をあげる。毎日同じ電車に乗っていると、顔見知りの乗客が増えてくる。みんな同じように、「毎日の場所」を決めていた。
僕の駅から3駅先。そこで必ず乗ってくる女子高生がいる。隣町の制服を着たその子は、必ず僕の前に立った。僕はいつしか、顔しか知らない彼女が気になりはじめていた。
年下のようでもあり、年上のようでもある。音楽を聴きながら外を見ている。一度話してみたい。でも、話すタイミングがつかめなかった。同じ駅で降りるならまだしも、彼女は僕の降りる2駅前で降りてしまう。この混雑している電車のなかで話しかけるには勇気がいった。
彼女をただ見つめるだけの日々。それが日常。このレールから抜け出さないことには、彼女とは永遠に話すことはできない。
そんなことを思いながら、今日もそれとなく、彼女の顔を見つめる。
(ああ、かわいいな)
「そう?」
え?
心の声に言葉が返ってきた。見上げる。彼女が僕を見下ろしている。まるでいたずらを思いついた子どものように、無邪気に笑っていた。
僕は慌てて言葉を探した。知らずのうちに、声にだしてしまっていたのだろうか。ずっと見てたのも、ばれたかもしれない。知らない男から見つめられるなんて気味が悪いはずだ。そうなったらきっと、彼女は明日から別の車両に乗る。僕の幸せな日常が崩れてしまう。
どうすればいいんだと頭を抱えたい気持ちでいると、彼女は腰をかがめて、僕の耳元に顔を寄せた。
「次の駅で降りるよ」
次の駅。そこは、僕の降りる駅でも、彼女の降りる駅でもない。なにがあるかわからない駅。なんで?と尋ねる前に、ドアが開いた。彼女は僕の手を引く。躊躇する間もなく電車から一緒に降りる。
この駅で降りる乗客は、僕たち以外にいなかった。ホームはがらんとしている。まるで別世界にきたような感覚になった。
彼女は、僕の手を握ったまま、遠くの山を見て言った。
「ねえ、一緒にドラゴン探しにいこう」
それが、僕と彼女の、つまらない日常を越えた大冒険のはじまりだった。
彼女は、「ひなこ」という名前だった。「ひなこさん」と呼んだら、顔をしかめられた。さん付けは嫌いらしい。そんなひなこは、ドラゴンを倒すために冒険をしている勇者だった。なんで僕を仲間に?と聞いたら、「あなたには素質があるから」と、よくわからない返事をもらった。
一緒に歩きだすと、すぐに敵が現れる。水色のぷよぷよしたやつがこちらを見ている。手のひらに乗るぐらいのサイズで、見方によってはかわいらしくもある。
「油断しないで!」
ひなこはそう叫び、両手を振り回し、敵に突進する。
「ひなこパーンチ!!」
敵が、はるかかなたへと飛んでいく。
「ほら! ぼーっとしてないで! 魔法使えるでしょ!」
手を敵にかざした。そこから火の玉が飛び出した。どうやら僕は魔法使いらしい。思ったことが形になる。試しに風を吹かせてみた。ひなこのスカートがふわりと舞う。
「なにやってんの!」
怒られた。でも。
「だいじょうぶ! 見えてない!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
やっぱり怒られた。
僕は再び風を呼び、敵を吹き飛ばした。戦闘終了。楽勝だ。
「なんで風ばっかり使うのよ!」
あいかわらずひなこが怒っている。
「だから見えてないって!」
「見たらドラゴンの前にあなたを殺すから」
がおーっとひなこが両手を突き出してくる。その恐ろしいけどかわいい姿を見て、僕は勇者ひなこと冒険する喜びを感じていた。
そうして僕たちは着実に進んだ。地の底が見えない崖を飛び越え、果てのない深海を潜り、雲に隠れたお城を攻略し、ついにドラゴンの住まう山に辿り着く。
迷路のような山道をひたすら上り、10mは軽く越える大きな扉の前に辿り着く。この先に目的のドラゴンがいるのは間違いない。時折、地響きが起きる。ドラゴンが咆哮しているのだろう。
「やっとここまできたね」
ひなこは扉を見上げてつぶやく。その横顔はとても凛々しい。年下のような無邪気な表情を見せると思えば、ときどきぐっと大人っぽくなる。
僕もひなこに並び、扉を見上げる。
「ひなこと冒険できて楽しかった」
「まだ終わってないでしょ。ドラゴン倒さなくちゃ」
「うん。そうなんだけどね」
きっとこの先にいるドラゴンが、今回の冒険のラスボス。倒せば冒険は終わる。また日常が戻ってくる。決められたレールのうえを走る、そんな日常が。それを思うと、ドラゴンを倒すのにためらいが生まれた。
「日常に戻るのがイヤ?」
ひなこが聞いてくる。僕は答えを迷った。ひなこと一緒に冒険をした時間は、非日常にあふれ、とても楽しかった。また日常のつまらない日々に戻りたくはない。
僕は正直にうなずいた。
ひなこは、「そっか」と言って、静かに言葉を続けた。
「でも、そんな日常があったから、君に出会えたんだよ。同じことの繰り返しでも、代わり映えのない日常でも、それを壊す鍵はいつも自分のなかにある」
ひなこはそこで言葉を区切り、僕の目を見る。
「その鍵に気づけたら、きっと勇者にもなれるよ」
そして、電車から僕を連れ出したときと同じように、僕の手をとる。
「また冒険しようね」
笑顔にあふれた表情で、ひなこは扉に手をかける。
開いた扉の先から光があふれ、僕は目を閉じた。
次に目をあけたとき、そこはいつもの電車のなかだった。ゆっくりと顔をあげる。ひなこ……ではなく、名前も知らない、いつものあの女子高生が立っている。
そっと息をはく。
わかっていた。全部夢なことは。でも、できればもう少し冒険してたかったな。
夢のなかの大冒険を思い出す。でも、思い出そうとすればするほど、夢は記憶から消えていく。
ただ、頭に残っている言葉があった。
――その鍵に気づけたら、きっと勇者にもなれるよ
電車が止まる。彼女が降りようと動く。このまま乗っていたら、ただ一日がはじまるだけだ。怖がられるかもしれない。もう二度と話しかけられないかもしれない。それでも僕は、この日常を変えたい。
電車から出ようとする彼女が、車内の乗客とぶつかった。そのとき、ちゃんとしまってなかったのか、彼女のカバンからハンカチが落ちる。彼女は気づいていない。
迷ったのは一瞬だけだった。僕は乗客に踏まれそうになるハンカチを拾い、電車から降りる。
「あの!」
彼女が振り向く。びっくりした顔をしている。言葉に詰まる。僕は彼女をよく知っているけど、彼女は僕を知らない。その現実に打ちのめされそうになる。
ただ、そんなのわかってたことだ。
僕は「落ちましたよ」とハンカチを見せる。彼女は「ありがとうございます」と受けとる。
これで別れてしまっては日常は変わらない。一歩踏み出す。日常を変えるのは今だ。
でも、意を決した僕よりも先に、彼女が口を開いた。
「いつも同じ電車ですね」
そう言って、彼女は光のなか微笑む。
「わたしは北野日奈子です。あなたは?」
さあ、日常で勇者になろう。
その鍵は自分のなかにある。
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