この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


第6回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo2

雪のトかし方
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"第四六代 生徒会長は掛橋沙耶香さんに決まりました──"

生徒が集まる体育館から拍手と歓声が溢(あふ)れ出した。

花咲き誇る春……を待ち遠しく想う2月。

校庭に散るは、
凍えた蝋梅(ろうばい)のカケラかな──

"尚、副会長は……"


体育館から教室棟に戻る生徒たちの波の中、私は独り立ち尽くしていた。

壇上のスクリーンには映し出された間々の開票結果。それを見詰めながら私は彼女との──

「惜しかったね。清宮」

落としたつもりはない肩を、ぽんと叩かれる。

「なんだ……白石先生か」

気を抜いたつもりもない。
だけど、頭に過った言葉がそのまま口から流れ出てしまっていた。

「悪かったわね。私で」そう言って白石先生は鼻から息を吐き、下唇と眉を上げて壇上に目をやった。

「2年の春から生徒会役員の掛橋に過半数。それでいても清宮との差は200票とないんだ。大健闘じゃないか?」先生が横目をこちらに向ける。

悔しいとかじゃあない。
只何となく、彼女は生徒数が1000人を越えるこの高校で、半分以上の生徒に好かれ応援される存在だと言うこと。

対して私は彼女の光に魅せられ、近づこうとして、醜(みにく)い羽を焼かれる蛾のような存在だと言うことだ。




「うぅ~っ、寒い!」私は空を見上げた。
そこは白の絵具の中に黒色が滲(にじ)み出した曇天の世界。

2ヶ月に満たない短い引き継ぎ期間を経て、私たちは生徒会としての活動を開始していた。

時折の冷たい風が、スカートの裾(すそ)を揺らす。

「掛橋さ~ん、そろそろ休憩しようよー。寒い~」駅前で募金箱を胸元に抱え、私は背中を丸めた。

「そうですね!そろそろ休憩しましょう、清宮"副会長"。
あと、今日は生徒会として参加しています。皆さんの前では"会長"と呼んでくださいね」

「はーい」気怠(きだる)げに返事をした私は、募金箱を他の生徒に引き継ぐ為、掛橋と居たその場を離れた。

新入生の入学式を終えた最初の休日。

新入部員獲得を目論(もくろ)むボランティア部のPRを含めた募金活動に、生徒会も上手く担(かつ)がれて参加を余儀(よぎ)なくされていた。

募金箱を下ろした私の首筋は、パキパキと音を鳴らした。

「いやっ、困りますっ」不意に上がった脅(おび)える声に引かれる視線。

パーカーのフードを被った男と、狼狽する掛橋の姿が目に入った。男に掴まれた掛橋の手──

私の両足は知らぬ間に駆け出していた。

「やめろ!!何するんだ!!」

夢中で男との間に体を抉(こ)じ入れ、掛橋を私の背の後ろに隠す。

脳は泡立つ音が聞こえるくらいに熱いのに、広げている手や足は痺れたように冷たく感覚を感じない。

呼吸がし辛い……体が固まって動かない──

目前の男は、地面に落とした"何か"に視線をやった後、恨めしそうにこちらを見詰めた。

深く被ったフードの影から覗く前髪、その奥にある不気味な色を放つ眼光。

それでも私は真っ直ぐに、相手の男を睨(にら)み付けた。

たじろいだ男は顔を隠すように背(そむ)け、地面に落ちた長封筒を拾い上げると、人波の中へと駆けて消えて行った。

男の姿が見えなくなった途端(とたん)、溜め込んだ息が漏れ出し、膝が折れそうになる。

徐々に戻ってきた感覚。
きつく結ばれている指先に私は気付く。私の右手は掛橋の手のひらで強く包まれていた。

震えてる……

振り向くと、私の背中を見詰める彼女の顔が映る。
圧し潰すように結ばれた唇、今にも零(こぼ)れ落ちそうな涙。

唇の下に結んでいた片方の手は、肩にまでかけて小さく震えていた。

今にも崩れ出しそうな掛橋の身体を、私の両手が抱きしめていた。

「もう大丈夫だよ。掛橋さ……掛橋会長」

「もぅ、──」流れる涙が混じった声は、彼女の言葉の後を濁らせていた。




──7月、雨上がり。お誘い、いそいそ……

1学期の終わりが近づき、生徒会は前期の生徒総会に向けて慌ただしくなった。

総会を翌日に控えた放課後。
資料を作り終えたのは、夜9時を回った頃だった

学園を出た私と掛橋は総会進行のシミュレーションの為に、学園から坂を下った所にあるカフェに来ていた。

「……夏休みは何で7月の中途半端な日から始まるんだろ」

冷めてしまったカフェラテに少し口をつけて、私は呟いた。

「急に、どうしたの?」含み笑いをした掛橋から向けられる視線。

「んー……」それから逃げるように、私はテーブルのカップを見詰めた。

「なんだよぅ。レイちゃんらしくないなぁ」

2人でいる時の掛橋は、私を"レイちゃん"と呼ぶようになっていた。

皆の前と使い分けなくてもと思う反面、名前で呼んでくれる時の彼女は、いつもよりゆっくりとした口調になり表情も緩(ゆる)む。

「……掛橋てさ、誕生日いつだっけ?」

「え?……11月、だけど?」パチパチと瞬(まばた)きをする彼女。

「私さ……8月なんだよね」

コーヒーカップの取っ手を持ち上げ、カップに少しだけ残った胡桃(くるみ)色の溜まりをくるりと底で回した。

「夏休みの間に誕生日が来るのって、何だか味気ないんだよ。気がついたら終わってるの」

「そぉ?誕生日がお休みって、特別な感じだけど?」

「うぅーん……そう言うんじゃなくてね、周りの人もさ、意識薄くなるじゃん?休みの日に誕生日迎えられちゃうと。『あ、そうだったんだ?』みたいな」

自分の胸の内を何とか伝えようと、私の両手はバタバタともがく。

「……」その甲斐(かい)虚しく、首を傾(かし)げた掛橋は眉をハの字にする。

「レイちゃん、何か別に言いたいことあるよね?」

怪訝(けげん)な顔で尋ねる彼女に、私は大きく2回頷(うなず)いた。

「……誕生日を皆で祝って欲しいの?」

「んんーっ、そうじゃなくてぇっ……でも、惜しい!近いっ!」

「あーもー……面倒な人じゃなぁ!じゃあ、どうしたらええんよ?」

掛橋の訛(なま)りのある声が、お客が疎(まば)らになった店内に響き渡っていた。




──夏休み、誕生日。お出掛け、そわそわ……

私は掛橋とブランドのお店が並ぶファッションビルに来ていた。

夏休みともあって、店内は人で溢(あふ)れている。
ちょっと背伸びしてお目当てにしたブランド商品は、値札を見てはその金額に驚かされた。

でも誕生日だし、今日くらいは贅沢しても良いよね?

声を掛けてくれた黒いハットの店員さんに、私の誕生日を伝えるとお勧めのバッグやアクセサリーを紹介してくれた。

気さくな店員さんのお陰で、店内の雰囲気に慣れてきた私たちは、勧められた商品を試着しては燥(はしゃ)いでいた。

「何で私も試着してるんですか?」

試着室のカーテンから掛橋の顔と爪先が覗(のぞ)く。

「いいからいいから」
「いいからいいから」私と店員さんは声を重ね、陽だまりにいる猫のように目を細めた。

ネイビーに白い水玉模様が入ったワンピース。清楚(せいそ)な雰囲気の掛橋に良く似合う。

散々と迷った挙句(あげく)に私は、衛生を型どった小さなオーブの付いたネックレスを買うことにした──


──「ダメ!私、お金払うから……」

選んだネックレスをペアで購入するところを不思議そうに見ていた掛橋が、肩掛けの鞄から財布を取り出していた。

「いいの、いいの。誕生日に付き合ってくれたお礼」

帰りの電車でショッパーバッグに入った片方のネックレスを、私は掛橋に手渡した。

家の最寄り駅に着くまで掛橋は私と問答して、漸(ようや)く持っていた財布をしまってくれた。

2人の時間を勿体ない使い方をしてしまったなと、1人残った電車の席で私は思い返すのであった。




──9月、2学期。膝丈スカート、違和感……

「先ぱーい、たまには部活に顔出してくださいよぉー」

2年の空手部の後輩に絡まれながら、私は学園への坂道を上っていた。

「『部紹介で"形"をしていた先輩はいつ来るのか?』て、新入部員がうるさいんですよぉ」

「あれは、ギリギリになって私を担ぎ出したお前らが悪い」

昨年の2月から生徒会に入った私は、所属する空手部の活動が難しくなっていた。

新1年生への部活動紹介で、形を披露する筈だった3年の1人が緊張の余り卒倒し、急遽私は代役を頼まれていた。

その頃から既に活動が儘(まま)ならなかった私は、責めてもの償(つぐな)いにと新入生の前で空手の形を披露したのだ。


正門から3年の教室棟に向かう途中、1年の棟の昇降口に人だかりがあるのに気付かされた。

「先輩──!」人群(ひとむ)れの中から戻った後輩の様子に、私は急いでその中心を目指した。

下駄箱前の廊下。そこにある横長の掲示板いっぱいに、A4の同じ貼り紙が列(つら)なっていた。

『生徒会  黒い献金受け取りの瞬間!』

『献金は生徒会内で私的流用か!?』

イエローで強調されたゴシックの文字。
モノクロの背景には、長封筒を持ったフードの男と掛橋の姿が映っていた。

それは、4月の募金活動での出来事。私が割って入る直前の光景だった。

「……何っだ!?これ……」

掲示板から千切り取った貼り紙。握った手が怒りで震えていた。
一面に貼られたそれを、私は片端から破り捨てた。

私の様子を伺っていた人群れから、ひそひそと声が沸き上がる。

「黙れ!!誰だ!こんなことする奴は!!」

静まり返った生徒らに向けて、私は視線を突き立てる。

「先輩!こっちにも……」

忌々(いまいま)しい貼り紙の列は、廊下から2階の階段へと続いていた。

「何やってる!全部剥がせっ!!」

悲鳴に似た私の怒号は、真っ直ぐな陽光が降り注ぐ教室棟に虚しく消えていった。


朝のホームルーム直前、教室から強引に掛橋を連れ出した私は生徒会室に来ていた。

「やめろ……そんな顔、するな」

息を切らしているものの、平然とした表情(かお)でいる掛橋。
その様子に私は、困惑と腹立たしさを覚えた。

「事実無根、只の嫌がらせです。毅然(きぜん)としていれば問題ありません」

迷わず曇りのない眼差し。動じることなく凛とした態度。

「自分が何言ってるか分かってんのか?」抑えきれない私の口調は強くなる。

「はい──」脅(おど)しにも似た言葉に揺らぐことがない意思。

それは清廉であって、どこか……

「お前っ──!」開いた間々の扉をノックした音に、私の言葉は止められる。

「掛橋、ちょっといいか?」白石先生だった。今朝の騒ぎを聞きつけてのことだろう。

掛橋は先生に連れられ部屋を出て行った。
閉じられた扉から私は会長の机に視界を戻す。

傍らにある丸いスチール製のゴミ箱。
見下ろした先には、グシャグシャ丸められた"貼り紙"が幾つも入っていた。

握り締めた拳(こぶし)。紙で切れた内側がキリキリと傷んだ。
嗚咽(おえつ)しそうな程にヒリヒリとした感情が込み上げて、私の気管や内臓を焼き付けた──


「それにしましても、犯人の狙いは何でしょう?」会計役員の北川悠理。
昼休み、彼女から生徒会室へ私は呼び出されていた。

「"狙い"──?」

「はい。あの貼り紙は、教室棟全ての昇降口、廊下、階段の至るところに貼られていました」悠理の言葉に私は相槌(あいづち)を打つ。

「既に貼り紙は白石先生たちが回収して、生徒の手にはありません──が、」悠理は自分のスマートフォンを取りした。

そこに映し出されたのは今朝の貼り紙。

「これは──」

「"誰か"がLINEで生徒たちに送信したものです」

「じゃあ、送信先を追えば犯人に──」私の言葉に北川は首を横に振った。

「試みましたが途中でアカウントが消去されていました。この一件の為に作られたものでしょう……」

肩を落とした私に、悠理が言葉を続けた。

「愉快犯──なのでしょうか」悠理の厳しい眼差しが私を見詰めた。

「愉快犯……?」

「そうです。生徒会、若(も)しくは会長の掛橋さんを陥(おとしい)れ、その様子を見たり聞いたりして楽しむことが目的……」

「何で掛橋が──!」

食って掛かる私から視線を逸らし俯(うつむ)く北川は、また首を横に振った。「分かりません……」

「……悪い、北川……」唇から力なく漏(も)れた北川への謝罪は、無力な自分に赦(ゆる)しを得ようとしているように思えた。

貼り紙の犯人は分からない間々、不気味に時間は流れていった。


──12月、終わりと始まる。冷たい鼻、いそいそ……

体育館に集まる、そぞろ気な生徒たち。
期末試験を終え、終業式を間近に控えた私たちは、ムズムズとしてどこか落ち着きがない。

2学期末の生徒総会。
1月から始まる新生徒会選挙の立候補、選挙活動、投票等の説明が主な目的である。

会長の掛橋が演台に立った時だった。

体育館の天井の四方から、振動する昆虫の羽のような音が響いた。

ざわめくフロアから見上げた宙(そら)に、無数の紙が舞い踊っていた。

水銀灯の明かりを背に揺れる灰色の影は、まるで散り行く華弁(かべん)の如(ごと)く──

私の足元にも墜ちたA5サイズの用紙。そこには掛橋の姿が写し出されていた。

"あの時"のイエローのゴシック文字と共に。


やられた──いや、やってしまった。私が掛橋を誘ったせいだ。

『生徒会、黒い献金流用の瞬間!』

『高級ブランドを買い占めか!?』

誕生日の日に一緒に回ったブランドのお店。
そこでアクセサリーや服、バッグを試着している時の写真。

その中に、お揃いで買ったネックレスの写真もモノクロの背景になっていた。
隣にいた筈の私の姿は、それと分からないように切り取られていた。

未だ天井から降り注ぐ灰色の紙。それを見上げて私は只、立ち尽くした。

「──さん!清宮さん!」掴(つか)まれた両腕を誰かに揺らされた。

「北……川?」

「しっかりしてください!今、あなたが折れていてはいけません!」潤んで赤くなった瞳が、真っ直ぐ私に訴えていた。

頷(うなづ)く私は北川と、掛橋の所へと急いだ。
混乱したフロアの生徒にぶつかりながら、やっとの思いで壇上へと辿(たど)り着く。

演壇(えんだん)で掛橋は小さく蹲(うずくま)り、肩を震わせていた。壇上(ここ)にもモノクロの紙は降ってきていた。

「掛橋っ……立て、しっかりしろ!」

私は掛橋の肩を抱えて立つ。
ゴシップに沸き上がる生徒たち。それを収(おさ)めようと先生らが声を上げる。混沌としているフロア。

あの日の北川の言葉が脳裏を過(よぎ)る。

愉快犯──

この中に犯人がいるかもしれない……
軽蔑や好奇が入り混じった何百の目を、私は睨(にら)み返す。

「掛橋、清宮!大丈夫か?!」白石先生だった。先生の顔を見た途端、私の中で張り詰めていたものが弛(ゆる)み出した。

瞼(まぶた)から零れるものを堪(こら)えようと、宙を見上げる。

視界が映した体育館の2階の窓。
そこから入る穏やかな太陽光線に潜(ひそ)んだ反射光。

教室棟の屋上でチカッと何かが光った。

人──?

込み上げ弾けた電気ショックと共に、これまでの事が脳裏で高速になって巻き戻された。

「先生!掛橋を頼みます!!」白石先生に掛橋をお願いし、壇の上から駆け下りる。
勢いの間々に教員と生徒が入り乱れる波を掻き分け、体育館の出口へと走った。

飛び出した扉の外は、静まり返った校内。

逃がさない

私は全速力で教室棟に向かう廊下を走った──


──「掛橋?」白石が抱えていた腕から、掛橋の体がするりと抜け出していた。

未(いま)だ混乱収まらぬフロアは、マイクスイッチが入る音を掻き消していた。

「皆さん、聞いてください──」

その声は叫ぶ訳でなく、悲痛に訴える訳でもない。

真綿よりも白く純粋で、濁(にご)りの無い透明な声。
それでいても感覚を惹き付ける存在感。

壇上に近い列から遠くに向けて、波が引くようにフロアは静まり返る。

「これに書かれている献金はありません。写真は友人と買い物をしていた時のものです。私は中学の頃に──」


──ふぅ……

北側教室棟、屋上へと出る扉。普段は出入禁止の為、鍵が掛かっている。
吐く息の音を消して、私はゆっくりと扉のノブを回した。

吹き込んで来た風が髪を揺らした。

屋上の端、立てた三脚から体育館へと向けた望遠カメラを覗き込む作業着の人物。

焦燥(しょうそう)した様子で、ぶつぶつと文句を垂れ流していた。

「おい!──」

驚いた猫の如(ごと)く飛び上がる相手は、三脚に足を取られ地面に這(は)うように転げた。

見上げた男と視線がぶつかる。

見覚えのある顔──深く被ったフードと前髪で隠れる眼光……

「お前は──!」

這い出して、屋上の扉に向かおうとする男。

「逃がさない!!」両手を広げた私は行く手を阻む。

次の瞬間、雄叫(おたけ)びと共に男が突進して来る。

神経反射で取った構え。
沈んだ体勢、左足の爪先はくるりと体の内側へ。

右足に傾く身体、斜めに掛かかる重心。

巻き付けるように捩(ねじ)った上半身は、全身の反動を振り上げる右足へ──


「──そのことがあって、また私は元に戻っていました。あの時のように言われるのが恐かったから。でも、もう戻りたくない……」それまで澄んでいた掛橋の言葉が、雫の落ちた水面の様に波を作った。

「理不尽なことを理不尽だと。間違っていることは間違っていると言える人のように。私もなりたいです……」

「だから皆さん……信じてください。お金なんて受け取っていません。宜しく、……宜しくお願いします!」水を打ったように静まり返っている体育館。

深々と頭を下げた掛橋に、声援と拍手が一斉に起こりフロアに渦を巻くのだった。




翌日、生徒会室には掛橋以外の役員全員が集まっていた。

"あの男"は、掛橋が中学生の頃にも付き纏(まと)っていて警察沙汰になっていた。
その時に学校で、ありもしない噂が立ち、掛橋は一時休学するほど迄に追い詰められていた。

警察の事情聴取の時に分かったことだが、募金活動の時にお金を渡してきた相手が、付き纏われていた男だと掛橋は気が付いていたそうだ。

掛橋に付き纏っていた犯人は未だ取り調べ中とのことだが、今回の一件を認めているという。


その日の放課後、掛橋と私は変わらず生徒会の業務をしていた。時計は既に18時を回っている。

大方片付いた作業に私は手持ち無沙汰になっていた。
喧嘩をした訳ではないし、明白(あからさま)に避けられている訳でもない。

だけど、この部屋で問答したあの日にできてしまった掛橋と私の距離……
私は横目で、掛橋の様子を伺(うかが)っていた。

「清宮さん──」

掛橋からの不意な呼び掛けに、返事の声を裏返らせた私は、咳払いに喉を鳴らした。

「ごめんなさい……私、始業式の日から清宮さんのことを──」

目一杯の誠意が込められた掛橋からの言葉。
彼女の最初の一言は、変わる筈のない世界で、私の周り全てを変えていった。

「"レイちゃん"て呼んでよ……私の方こそ、ごめんなさい」深々と頭を下げる。

「あーぁ、私って本当に薄情で冷たくて、嫌な奴だなぁ……」椅子に体を預けた掛橋が宙を仰(あお)ぐ。

「そんなことない!」前のめりに立ち上がった私を見て、彼女は微笑みながら呟いた。

「レイちゃんは、皆から私が何て言われてるか知ってる?」

どう言葉を返すべきか迷った私の口は、只閉じられた間々だった。

望んでいないのに聞こえる話。それは、往々にして耳を塞ぎたくなる言葉。

私の様子を察した掛橋は話を続けた。

「『強迫を覚える真白(ましろ)、息の詰まる模範生徒。公平でいて誰にも気を留めない。近付けば冷たく流れされる』──それを皮肉って"白雪(しらゆき)様"だって……」

一部の生徒が陰口で言ったことだ。今だって掛橋は皆の──

「……清宮さんは何て言われてるか知ってる?」

「……」

「"太陽スマイル"……明るくて、温かくて。清宮さんは皆の太陽なんだって」

「掛橋……」言葉に詰まった私の視線は、生徒会室の中を泳いだ。

生成(きなり)色の壁に掛かかった黒い背景の窓が目に留まった。

雪──

黒色の枠の中で、白い小さな花びらが舞っていた。
思わず立ち上がった私は、掛橋の手を取る。

「行こう──」戸惑う彼女の手を引いて、私は駆け出した。

生徒会室のある管理棟を出て、教室棟へと続く渡り廊下。その間にある中庭へと私は飛び出す。

その様子を渡り廊下から、不思議そうに見詰めた掛橋。

疎(まば)らな庭園灯が、空から降りて来る雪を照らしていた。

見上げた寒空に浮かぶ淡黄(たんこう)の月。

「掛橋!私ね。太陽じゃなくて月が良い!」渡り廊下の照明が、掛橋の白い息を映している。

「雪を全部溶かしてしまう太陽じゃなくて、空から降りる雪を優しく照らす月!」

「私、あなたに重ねてた。理想の自分、生徒会長になった自分を。だから嫌だったの。

理不尽な事にも耐えて、立ち向かって行かないあなたが……でも違ってた。

あなたは……掛橋は、掛橋の戦いをしてた。それを私は自分の思いとは違うからって……私、私は……」

俯(うつむ)き袖で顔を拭(ぬぐ)った。

溺れる視界に映ったのは、芝生の上に咲いた雪花(ゆきはな)と彼女の靴の爪先。

上げた顔は、頬を赤く染めた掛橋と向き合う。

笑った瞳から白い花にぽつりと落ちる雫。

トかした雪はきっと、今頬を伝っていく温もりなのだろう。 



- END -





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