この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


第6回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo3

さゆり
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2人組のロックデュオが歌う名曲の歌詞の中に「ゆっくりと12月の明かりが灯り始め」なんてものがある。
それを聴くと「あぁもうすぐクリスマスのシーズンなんだな」なんて思いながら街を歩いていたものだ。
しかし光陰矢の如しと言うべきか、今では12月の明かりどころか街全体がクリスマスムード全開になっている。
街角のサンタクロース、煌びやかなイルミネーション、クリスマスセールに洋菓子店はケーキの売り出しに精を出す。
世の中にごまんと溢れるカップル達は名目上だけになってしまったキリストの生誕祭を待ち侘びて愛する人と共に…人によっては良くも悪くも記憶に残る一日を過ごす。
その聖なる夜に雪なんて降ろうものならクリスマスムードを一気に加速させてホワイトクリスマスだのクリスマスの奇跡だの騒ぎ立てる事も珍しくない。
「こんな寒い日によくもまあ外に出てあちこち行けるもんだよ」
「せやな〜でもイルミネーションはちょっと見てみたいかもな」
「えー……じゃあ、外出る?」
「めっちゃ乗り気やないやん!」
そんな事を笑いながら突っ込んでくれる俺の彼女…沙友理は勤め先の同期だ。
3年前に今の会社…食品会社の営業部に入社した際に新入社員として紹介された俺と沙友理。
明朗快活と言えばいいのか…初日から生まれ育った大阪の方言丸出しで挨拶をしていた記憶がある。
同期と言う事もあり、すぐに仲良くなった俺と沙友理は休みの日でも会うようになり、彼女の眩い笑顔と食いしん坊な一面に強烈に惹かれて好意を抱いた。
しかし奥手な俺は自分から告白するなどどうしても出来なくて悶々とした日々を過ごしたものだ。
入社して一年半経った頃、とある先輩が沙友理に告白したと噂が流れた。
その先輩は営業部の中ではトップクラスの成績を誇っておりスポーツ万能、イケメン、頭の回転も早いとまるで少女漫画から飛び出て来たような人だった。
大体映像作品等に代表されるメディア媒体に於いてこの手のキャラクターは女にだらしないとかDV男とかそう言った負の一面を持っているものだが、この先輩中々に好青年で男女共々支持が高い。
現に俺も何回か教えて貰った事があるが嫌味のない人柄でまさにパーフェクトヒューマンなる人だった。
そんな人に告白されたのならきっとOKを出すだろうと思って俺は諦めきれない想いを抱きながらも沙友理の幸せが大事だと自分に言い聞かせて無理矢理封印しようとした。
だが人生と言うのは面白く…その噂を聞いた昼休み、俺がよく行く定食屋に沙友理の姿があった。
「松村…」
「偶然やね」
勝手によそよそしい印象を残す言葉を交わして俺は彼女の隣のテーブル席に座る。
ホール担当のおばちゃんが水を持って来て、俺は適当に日替わりのランチセットを注文してまた気まずい沈黙が流れる。
何を話せばいいのか、どうにもこうにも頭の中をグルグルと駆け回る噂について聞けばいいのか…だが聞いてしまっていいものなのか……そんな堂々巡りの思いを打ち砕いたのは彼女の方だった。
「噂、聞いてるんやろ?」
「えっ…」
「ウチ、断るつもりやで」
あぁ、そうなんだ…とホッとした自分と、何故あんなパーフェクトヒューマンの告白を断るんだ?と言う疑問が浮かんだ。
でもその疑問は言葉にして彼女に聞くより早く彼女の方が俺の手を握る事によって解決してくれた。
「分からん?」
吸い込まれそうなその瞳とこのシチュエーションなら恋愛経験が豊富ではない俺でも理解は出来る。
「あ…えっと…」
でも驚きが勝ってしまってどう答えたらいいか迷っていると彼女が小さな声で「一緒に食べよ?」と言って来た。
直感的な事を言うなら恐らくこれにYesかNoと答える事こそが彼女の想いに対する返事になるのだろう。
俺は迷わず彼女が座っている二人掛けのテーブル席に移った。
彼女の満面の笑みと共に彼女が注文したランチセットがやって来てテンションは更に上がっていた。
かく言う俺も想いを封印しようとした相手に告白されて内心はかなり舞い上がっていたのを覚えている。
「おーい」
「ん?」
「大丈夫?何かずっと遠く見て固まってたから」
「あぁ、いやちょっと考え事しててね」
「そうなん?何か悩みでもあるん?」
「大丈夫だよ。心配掛けてごめんな」
「まあ大丈夫ならええけど…それより外、雪降ってんで!」
少しだけ開いたカーテンから見える景色に沙友理は嬉しそうに声を弾ませていた。
「ホワイトクリスマスだな」
「なー。ロマンチックやん!」
その時ふと何故だか知らないが何かの気配…とでも言えばいいのか…何か得体の知れない気配と悪寒が背筋を駆け巡った。
「どうかしたん?」
「いや、何でもない」
そうは答えたもののこの悪寒は前にも経験した事あるやつだ…あれはいつだったか…
「なあ、トイレ借りてもえぇ?」
「ん、あぁ、いいぞ」
その言葉を受けて沙友理はパタパタとトイレに向かって駆けて行った。
今の俺は実家に暮らしているが両親は居ない。
小学三年生の頃に母親が乳ガンで亡くなり、それからは男手一つで育てられ、父親は俺が就職するとほぼ同時に単身赴任が決まって今は県外で一人暮らし。
元々兄弟が居なかった俺は必然的に実家で一人暮らしとなってしまった。
だからこそこうして恋人を呼べてそこそこに自由に出来ているが、ここ2ヶ月程は何かの気配を感じながら……そうだ…さっき感じた異様な気配や悪寒はそれに似ている。
夜の帰り道いつも何かに尾けられているような感覚があったが俺みたいな平々凡々な人間をストーキングするような人も居ないだろうと自分に言い聞かせていたが、それが連日連夜、1ヶ月と続くと流石に自身に対するストーキングを疑ってしまう。
だからと言って誰かに尾けられるような覚えは一切無いし、何か実害があった訳でも無い。
気の置けない友人に相談した事もあったが得られた回答は期待したものでは無かった。
しかし何故この家に居てあの異様な気配や悪寒を感じたんだ?
まさかこの家の中に…いやいやそんな訳無いだろう。
会社に行く時やプライベートで出掛ける時はしっかり戸締りや施錠は確認してるし、スペアキーの場所を知ってるのは父親と沙友理のみ…
いや待て…仮に誰かが俺をストーキングしているとしたらスペアキーの場所も…?
そう言えば沙友理がトイレから戻って来ない…
まさか嘘だろそんな事…
いても立ってもいられなくなった俺はすぐさまリビングからトイレへと駆けて行く。
「沙友理!沙友理!」
トイレのドアをドンドンと叩いても大きな声で呼び掛けても何も反応が無い。
「沙友理!開けるぞ!!」
トイレのドアノブに手を掛けて勢い良く開け放つ。
「沙友理!!!」
トイレの便座に腰掛けていたのは…身体の至る所を刃物で切り付けられた血塗れの変わり果てた姿の沙友理だった。
「沙友理!!!」
………呼んだ?
「え…」
トイレから少し間をあけてあるバスルームの扉の方から微かに聞こえた女性の声…
……呼んだよね?
「…………」
この家に居る筈のない者の声に戦慄して言葉を失っている間にバスルームの扉がキィィと音をたてながらゆっくりと開いてゆく。
普段から生活の一部になっていて聞き慣れたその音でさえこのシチュエーションでは恐怖を増幅させる音響効果に過ぎない。
「ねぇ、呼んだ?呼んだよね?私の名前…呼んだよね?」
「あ……あぁ……あぁぁ……」
そこに居たのは全く見覚えの無い女性…不謹慎にもその顔立ちは可愛らしいと思えるものだったがその可愛らしささえ俺を戦慄させる。
「だ…誰だお前……」
「え…?私の名前呼んだよね?私だよ、私……小百合だよ」
「さ…さゆり……」
「そう…小百合だよ?」
その名前に全く聞き覚えは無かったが、どうやらこの女は変わり果ててしまった俺の愛する人と同じ名前らしい。
その手に握られている包丁には血肉が滴っていて、その生々しさに吐き気を覚えたが恐怖によって吐く事すらままならない。
「合鍵…この女にも渡していたの?」
そう言って着ている黒のパーカーのポケットから俺の家の鍵を取り出して見せる。
「ど、どうやって……まさか」
「ダメじゃん…スペアキーを鉢植えの下に隠しちゃ。隠し場所としてはベタだったよ?」
俺が隠していたスペアキーには沙友理から貰った小さなビリケンさんのキーホルダーが付いていたが、この女が見せて来た鍵にはそれが付いていない…その事からその鍵はスペアキーを元に作られた物だと容易に分かる。
「ふざけんな……ふざけんなよォォ!!!」
「黙りやがれ!!!!」
不気味な笑みを浮かべていたその女は初めて声を荒らげたが、すぐにまた微笑みをその顔に貼り付けてじりじりと俺に迫って来る。
「く…来るな…来るなァ!!」
俺の心は完全に恐怖に支配されてしまい、ただただ後ずさりする事しか出来ず、遂に玄関のドアが俺の背に当たった。
そのまま玄関を開け放って逃げれば良かったのかもしれないが、恐怖に支配されたこのシチュエーションではそんな単純な事にすら頭が回らず迫り来る恐怖の権化に戦慄するしかなかった。
「さゆね……」
そう言いながら包丁を持っていない片方の手で俺の片手を握って
「2番目でもいいよ?」
少し顔を動かせば触れてしまうんじゃないかと思えるくらい至近距離まで顔を近付けて来たが、その目の中に光などは無くドス黒い闇しか見えず、言われた言葉も相まって俺は悲鳴を上げながら玄関のドアを開け放って外に出た。
「だ……誰か…誰かァァ!!助けてくれェェ!!」
しんしんと降り積もる夜の閑静な住宅街に俺の必死の叫びは響き渡るものの周りの民家の電気は消えている所が多く、ちらほらと明かりが点っている所もあるが、俺自身も含めてだが…そんな叫び声を聞いたら気にはなるだろうが矢面に立って助けに走る人はそんなに多くは無いだろう。
降り積もる雪は俺の身体にも積もっていき、外の冷気と冷や汗が更に俺の身体を冷やしてゆく。
家の中からゆっくりと歩み寄って来る女の持つ包丁からは鮮血が滴り落ちて、真っ白な雪の上をピンポイントで紅に染めてゆく。
「キレイだね…」
白色というのはよく純粋無垢の象徴として使われる事が多く、その白いキャンバスに穢れを意味するような真紅が滴る様に恍惚の表情を浮かべて女は呟いていた。
その様を見て俺の中にある動物的本能とでも言えばいいのか…その瞬間に死を悟った。
俺はここでこの女に殺されて死ぬんだと悟ってしまった。
尻もちをついて後退りする俺にゆっくりとにじり寄って来るその女は微笑みを絶やす事無く…まるで小さな子どもにでも微笑みかけるような眼差しで手に持つ包丁の切っ先を俺の腹へと突き立ててゆっくりとその刃を腹の中へと沈めてゆく。
「あぁぁぁ……あがぁ…」
刺された痛みと全身に広がってゆく妙に熱い感覚、俺の居る場所は真っ白な地面から真紅へと変わりつつあり、人生の最期が眼前にあるのを否が応でも理解してしまう。
俺が何をしたんだ…
この見知らぬ女に俺は何もしていない…
2番目でもいいって…ふざけんな…お前みたいな全く知らねぇ女を2番目はおろか異性としても見れねぇよ…
混乱状態の頭の中で更に思考回路はぐちゃぐちゃになって行き、気付けば俺はその女に抱き抱えられていた。
まだしんしんと降り積もる雪はただでさえ冷たくなってゆく俺の身体を更に冷やし、その女にも等しく降り積もるが女は体温があるから雪は積もる事無く溶けてゆく。
もう意識が遠のいて来た…
言葉を発する力が完全に失われていってる…
段々と眠くなって来た…
薄い意識と薄い視界の中で最期に俺が見たのは儚げな微笑みを浮かべた女の姿
遠のく音の中で最期に聞いた言葉は…

「ずっと…寝顔見てるね…お休み」 



- END -





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