もともとは彼女の部屋ではなかった。彼女の母親は人形作家で、家中にその作品が飾ってあった。そのなかから、展覧会には出さなかったもの、公に飾られることの無かったもの――いわばその部屋は失敗作置き場だった。
麻矢はある日、部屋の掃除にとりかかった。普段は気にも留めない、だが自分の持ち物とは違う匂いを放つ人形たちも、おそるおそるほこりを払い、少々位置を直し、空気を入れ換えた。
夜になり、またいつものように無気力な様子でベッドに腰掛け、缶ピールのプルタブに手をかけ、ぞっとした。
人形が、部屋中の人形が自分の方をまっすぐに向いている。ごく細い筆で丹念に描かれた顔が、麻矢を見ている。
ママ。麻矢は思った。まだ私を咎めるの? とっくのむかしに、わたしはあなたをお母さんと呼ぶのを諦めたのに。あなたが為しえなかったこと、あなたの期待を一心に込められたわたしは、精一杯、あなたの綺麗な人形でいようとしたわ。
それが不可能だと悟ったとき、わたし、あなたに泣いて許しを請いました。いいのよって、言ってくれたわね。嘘だってわかっていたけれど、わたしあの時はほんとうに救われたわ。
人形のようなママ、大好きよ。いつかいつかそのときがきたら、力一杯壁に打ち付けてこわしてやるんだから。いっぱいいっぱいお酒を飲んで、痩せて、目だけきらきらうるませて、あなたそっくりの綺麗なお人形になったらね。
でも、今日はもういいの。疲れたわ。ごめんねママ。
麻矢はうつろな目で部屋を見わたし、一番目につく一体だけをくるりと壁の方へ向け、ベッドに潜り込むと、ラジオの音量を少しだけ上げた。