鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

当ブログは主に既婚女性・男性板、 生活板、家庭板などから管理人が気になった話をまとめたサイトです。

    三男

    294 :鬼女日記 2010/09/30(木) 19:04:10 ID:uvLkUm+J0
    本スレ237を見て思い出したから投下。
    最初に書いておくけど、こっちはうまく親子の和解とはいかなかった例。

    私と彼男は高校で知り合い、大学は別々になったけど付き合い続けて
    就職難の時代ながらもなんとかお互い就職先を見つけ、数年。
    環境も落ち着いてきたし、そろそろ、ということで
    結婚話が出はじめた。

    わが県は田舎ですが、彼男の家はその中でも立派な農村地帯でした。
    なにしろその住所に、住宅はたった8件。あと全部たんぼ。
    でも彼男両親はいい人で、こころよく歓待してくれ、
    これならうまくやっていけそう…と思った。

    610 :鬼女日記 2007/10/09(火) 13:06:05 0
    一年前、3男を産みました。
    それまでは、かなり良姑だったんですがね。
    妊娠中、羊水過多で8ヶ月で緊急入院。
    それから3日後に緊急出産で帝王切開。
    生まれた直後から『生きるかタヒぬか』の瀬戸際を生き抜いていた孫(三男)
    の前で、出産の次の日に見舞いにきた姑。
    『あ~私葬式出ないから。』
    『タヒんでも落ち着いてから連絡クレ。』
    『嫁子がこの子の代わりに障碍背負って、ついでにタヒんだら?』
    って言われぶち切れた、私。
    『生きて、頑張って、生き抜いてる子の前でなんて事を!!
    私はこの子を、私の産んだ子を20歳までは育ててやりたいと思ってるので、
    この子の代わりにタヒんでやる事もできないんですよ。
    なので、この子の代わりに居なくなっても な ん の 支障もなお義母さんが
    タヒんで、三途の川でこの子が渡らないように、見張りしてくれます?
    幸いココ、病院なんで色んな薬もあるでしょうから~』
    って言った。
    担当医師は複雑な顔してた。
    その日担当だった看護士は心なしか笑顔。(そういう感じのはよくあるみたいで。
    その後の記憶はあまりはっきりしない。
    気がついたら、自分のベットで泣いてた。
    その肩を抱いてたのは、旦那と子供達。
    それからは主人の親とは会ってない。
    生き抜こうと頑張ってた子の前で、旦那親に間接的にでも『タヒね』って言った事、
    謝りたいが、どうしても、自分からは連絡できないでいます

    42 :鬼女日記 2012/11/17(土) 10:52:20 0
    長文すいません。
    うちの旦那は三兄弟(うちは長男)で、長男・次男が同じ年に結婚、翌年に三男がデキ婚
    三男が籍を入れた直後、義両親(農家)が揃って亡くなった
    お二人とも当時まだ五十代で、農作業もまだ残っていたので急遽三兄弟の誰かが継ぐ
    ということになっていた
    早々に戦線離脱したのが、ちょっと離れた場所でサラリーマンをしていた三男
    三男ということもあって、順番的にもこいつはないなと除外
    暫く長男夫婦、次男夫婦、親戚で話し合い、結局継ぐことになったのが、同じ市内に住んでいた二男
    当時左官だったので一番身軽だということもあったし、住んでいるところも近いということで
    次男本人も親戚も、次男が継ぐということでほぼ確定状態
    二男嫁は農家の嫁になる覚悟なんて出来ていなかったので、決定直後不安から台所で泣いていた
    私は農家嫁を免れたことでほっとした自分に罪悪感を覚えていたが、そこに三男嫁登場
    「この町いいとこですね~wwおっちゃんたちもいい人ばっかだし~wあたしが住んじゃおっかな~ww」
    「次男嫁さん、ここなら美味しいもの一杯たべられますよ~よかったですねww」
    とぶちかまして次男嫁号泣。ぽかんとしているので
    「三男嫁ちゃん、次男嫁ちゃんは、なりたくて農家になるわけじゃないのよ。それなのに、早々に
    候補から外してもらったあなたがどうしてそんな無神経なこと言えるの?」
    と窘めたら、盛大にぶすくれて、三男に泣きながら「お姉さんたちが徒党を組んで私をいじめる」と訴えたらしい
    ちなみに、当時私と二男嫁は28歳、三男嫁は26歳。私だけ若いから仲間はずれ、とよく言っていた
    顔も喋り方も服装も、結婚当時の辻のぞみみたいな感じの人で、馴染めないなりに普通に接していたのにな

    結局、お葬式以降、三男は田植えや収穫の時期に返ってくるが、三男嫁は一度も顔を見せない
    曰く、「嫁いびりに遭うから」だそうだ
    久々に三男から連絡が来たと思ったら嫁が三人目を妊娠したという報告だったので、嫌なことを思い出してしまった
    別に報告いらないのに。

    205 :鬼女日記 2017/11/17(金) 10:27:57 0.net
    義兄嫁が嫁の心得教えてくれてるんだから(夫に一々伝えず自分で処理シロ)
    もう丸投げすればいいよ、本人の望みどおりだ

    832 :鬼女日記 2016/12/17(土) 15:51:39 0.net
    玄関放置とか無いといいね…

    うちの旦那は三兄弟の次男。
    お正月に、結婚したばかりの三男嫁が「晩御飯のメニューに悩んでる」と言ってきた。
    三男嫁はまだ若くて、レパートリー自体が少なくてお料理修行中だそうだ。
    ならヒントにはなるよ、とうちの小学生の給食メニューを毎月教えることにした。
    この話は、義実家で皆がいるときのこと。

    そしたら、お盆に長男家の子どもたちが言うには、長男嫁がちょいちょい給食と同じ夕食を作るようになってしまったらしい。
    それも凝ったメニューなんかは作れないのかかぶらず、カレーだのスパゲティだのわりと手軽なものばかりかぶるとか。
    義兄と甥1(高校生)は気づかなかったけど、甥2(小学生)と姪(中学生)が不満タラタラで、何度も親子ゲンカに発展したそう。
    義兄と甥1も事情を知って長男嫁を諌めたけど、「次男嫁が給食と同じのを作ればいいって言った」って逆ギレしたらしい。

    三男嫁の話を知っている義兄は、「ヒントになるって言ってただけだろ」と逆ギレを上回る勢いで叱り、長男嫁はでもでもと泣いていたそうだ。
    思春期の姪が肩をすくめて、「母親がアホとか、マジ勘弁してほしいわぁ~」と首をフリフリしていたのが、印象的でした。

    403 :鬼女日記 2017/12/06(水) 16:59:18 0.net
    次男が家に愛想尽きたみたい
    今、家から出て行かれると経済的にも困るしなんかいい説得方法ないかな?

    439:名無しさん@おーぷん2015/12/12(土)22:09:25 ID:Msx
    20代で結婚し、紆余曲折あったものの
    3人目を出産(みんな男の子)。
    実家に帰らず自宅で産後も過ごしていたが
    何故か元旦那は3人目に対してきつく当たり、
    まだ首が据わったばかりなのに
    泣き声が煩いからと私が所用で10分家を離れただけなのに
    バンボ(赤ちゃん用の椅子)に座らされて玄関に置かれる。
    夜に息抜きしてきていいと言われ
    2時間ほど外出し戻ると
    赤ん坊だけが居間でスンスン泣いていたりした。


    588 :鬼女日記 2014/10/14(火) 17:27:45 ID:xhxjAUHvG
    25年近く積もった修羅場。
    【前提】
    我が家は男3(兄貴)・女1(私)兄妹の6人家族。
    幼馴染み家は女1・男2姉弟の5人家族。
    私が産まれた時には幼馴染み家父は故人

    【本題】
    幼馴染み家は所謂クレキチ一家だった。
    うちの母は撃退していたが父がデモデモダッテでなんだかんだと餌付けしていた。
    私が小学校に入る頃に幼馴染み家は九州に引っ越し。
    これで清々したかと思いきや、私が小学5年生の時に隣県に帰ってくる。

    小学6年になったある日、押し切られる形で幼馴染み家次男(以下次男)が家に泊まりに来た。
    警戒して大事なものを隠す等々しながら夜を過ごす。
    緊張から夜中に目が覚めると、私の部屋に次男がいた。
    びっくりして声をあげそうになった私なで口を片手で塞ぎ“しーっ”ともう片方の手を口に当てて言う。
    恐怖でガタガタ震えてると布団に侵入してきて身体を撫でたくりながら
    「○ちゃん(私)は、今好きな人おるん?」
    と聞く。
    頭を縦に降ると
    「そっかぁ…○ちゃんに好かれてるって、カッコイイんだろうねぇ」
    とネットリとした口調で言いながらも身体を触り続ける。
    恐怖で身体を強張らせていると「怖くない…怖くないよ…」
    と顔中に唇を押し付けて来た。
    どの位そうされてたか解らないけど、ふと手が離れた隙に布団から飛び出し、親の寝てる部屋に駆け込んで母親の布団に隠れて震えながら泣いた。
    朝起きた時に母から聞かれたので全部言って次男を寄せ付けさせないようお願いした。
    次男は学校に行ってる間に自宅に帰ってた。

    母は激怒してたが父は「はっはっはっ…きっと次男君はお前が好きなんだよ」と全くお話にならないクソっぷり。

    全力で疎遠にして関わらないようにしていたが、私が25歳の頃に母が他界。
    葬式に幼馴染み家参列。

    形式的に挨拶して終わるかと思いきや、初七日の時にも幼馴染み家が来た。
    何でいるのか父に聞いたら
    「今朝遺品整理するのに手伝って貰った」
    と言う。
    実家に帰って母の遺品を調べると、無くなっているものが色々あった。
    父に問い詰めると幼馴染み家が手伝ってくれたから色々あげたと言う。

    色々の中には私が母にあげたカシミアのコート、真珠処に旅行に行った時に直営店で買った黒真珠のアクセサリーセット、私が初任給で買ってプレゼントしたシルクのスカーフ、母の日に仕立てたスーツなど思い出のあるものばかり無くなってて愕然とした。

    その後幼馴染み家は音信不通。

    このページのトップヘ

      翻译: