鬼女日記 -鬼女・修羅場・キチママ系まとめ-

当ブログは主に既婚女性・男性板、 生活板、家庭板などから管理人が気になった話をまとめたサイトです。

    悲報

    1 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2016/08/13(土) 07:35:36.434 ID:6EtBRalc0.net
    結婚嫁「一生ついていきます・・・!」

    5年後…

    妻「家事大変」
    対する俺「ルンバ買おう全自動洗濯機買おう食洗機買おう」
    妻「そうじゃない家事手伝って欲しかった会話したかった。これはモラハラ」
    弁護士「これはギリモラハラ」


    妻「最近セ●クスしてない」
    対する俺「(その晩しぶしぶ太いケツに手を出す…さわー)」
    妻「男として見れない」俺「マジか」妻「マジかってなんぞオラ!セクハラ」
    弁護士「これはセクハラ」

    妻「最近貴女に魅力を感じない。格好もだらしない」
    俺ファッションや身なりに気を使う
    →浮気する気なんでしょ?ないなら服にお金かけるな
    対する俺
    俺「もう少し化粧とか服とか可愛くしたら?似合うんだし!な!!」
    妻「モラハラ」
    弁護士「これはモラハラでありセクハラ」

    妻「子供が産まれた!育メンになってね!」
    俺「子供可愛い育児大変だけど楽しい」
    →妻「プレッシャーを感じる。気を使わせるモラハラ」
    シロッコ「これはプレッシャー」
    弁護士「これはプレッシャーでモラハラ」

    妻浮気発覚後ビッチ「寂しかった」
    対する俺「ここは伝説のテンプレ使おう!寂しかったry…」
    妻「でも寂しかったのが原因なのは間違いない」
    弁護士「これは7:3で旦那に非がある。仕事しすぎ」
    俺「(杀殳したいなぁ)」


    俺「子供の送り迎えも夜泣きの対処も俺が9割してた。子供も俺の料理は食べるけど妻の料理は食べたない。食べるのはインスタントの時」
    妻「子供には母が必要」
    弁護士「子供には母が必要です」
    親権は妻へ


    俺「」


    公式に弱者とされた者は最強
    繰り返す、公式に弱者とされた者は最強


    結婚は絶対にするな
    こんな事言ってもするんだろうけど俺は言ったぞ
    結婚は絶対にするな

    280 :可愛い奥様@\(^o^)/ 2016/12/14(水) 20:58:05.45 .net
    黒い過去かぁ。
    同居していた父を見杀殳しにした事くらいかなぁ。
    父は晩年アル中になり暴れはしないものの1日中飲んで灯油ストーブの目の前で寝てたりガスコンロを付けっぱなしだったり寝タバコしたりが日常で心底ウンザリしてた。
    亡くなる1週間程前に夜中に頭痛がヒドイから病院に連れてってくれって言われたけど断った。
    ある日の朝なんとなく気配がない気がして父の部屋の襖の隙間から覗いたら寝てたから気にしなかった。
    1日出かけて夕方帰ってきてやはり気配がないのが気になって覗いたらやはり寝てた。
    おかしいとは思ったけど見て見ぬふりをして誰にも言わなかった。
    それから数時間後、早朝から出かけていた母が帰ってきた時に、私も夕方帰ってきてご飯作ったり子供寝かせたりとバタバタしてたから気づかなかったけどそう言えば気配がない。寝てるんだろうけど気配がなさすぎる。何やら嫌な予感がするから確認してくれと伝えた。
    母が確認しに言ったらすでに冷たくなってた。
    ドラマのように青白くなってるわけでもなく本当にただ寝てるだけのように見えたから母も触ってみるまでは寝てるだけでしょ?なんて言ってた。
    母や旦那には上記のように言ったっけど本当は夕方の時点でタヒんでるんだろうなとはぼんやり思ってた。
    当時はホッとした思いが強く悲しいとは微塵も思わなかった。
    葬式中は悲しそうな顔をする事に努めつつ打合せからお金の管理、式の取り纏め、お金の管理等全てを請け負った。
    今でも、悲しいとは思わないけどアル中とは言えどもなぜもっと優しくできなかったのか、火の不始末さえなければ静かで害のない人だった。
    当時は私もまだ幼い子供二人の世話で精一杯で朝から酒を飲む姿すら見たくなかったのだけどそれは言い訳なのではないか、もっと優しくしてあげる事もできたのではないかと10年以上経つ今でもたまに罪悪感に押しつぶされそうになる。

    154 :名無しさん@HOME 2014/12/03(水) 18:26:35.68 O.net
    今日は元嫁の三周忌
    けれど当然呼ばれていない

    旦那を亡くし、娘と2人暮らししていた女性に惚れ込んで交際を経て、娘との関係も良好だったため結婚
    血は繋がっていないけど娘もかわいくてたまらなくて、愛していた
    だけど娘が中学に入った頃に「寄らないで」とか「気持ち悪い」とか言われるようになって、娘への愛情が消えた
    嫁のことは愛してやまないけど娘が愛せなくて、これじゃあ嫁の望む「平穏な家族」になれないと思って離婚を切り出した
    嫁は泣いて止めてきたけど「もう娘が娘と思えない」と言ったら仕方ないと離婚に応じてくれた
    娘からは手紙が定期的に届いたが読む気になれなくて全て廃棄していた
    愛情って消える時は一瞬で消えるんだよな

    それから10年以上経って、疎遠だった弟夫婦から嫁が亡くなったという知らせを受けた
    ショックを受けて嫁実家に駆けつけると成人した娘がいて、泣きじゃくる小学生〜中学生くらいの男の子の手を握っていた
    娘が俺を見て「お父さん」と言った瞬間、男の子がものすごい形相で俺を睨んできた

    泣きじゃくっていたから最初は分からなかったけどその男の子は俺にそっくりな顔立ちをしていた
    俺の血を引いた息子だった
    年齢的に、離婚する時に最後にと頼み込んでいたした時の子
    息子がいたことも衝撃だったが、その息子から憎まれていることがそれ以上にショックだった

    223 :名無しさん@お腹いっぱい。 2015/02/06(金) 13:00:05.22 .net
    書けた。
    ちょっと待ち時間の間投下。
    約10数年に渡る話。
    十数年前に嫁が浮気、当時5歳の娘と離婚届を置いて浮気相手と逃げた。
    八方手を尽くした挙句、浮気相手と海外にトンズラした事が分かった。
    娘もなんとなく察したようで、元嫁に対する未練や文句を一切言わず、俺と俺両親の生活を覚悟したのもこの時。夜中に布団の中で声を押し杀殳して泣いてる姿を見何度か見ているが、自責の念で気が狂いそうだった。

    305 :1/2
    実際タヒなれた、悲しいよ。ホント悲しい。

    娘が2つの時、元嫁の不倫が発覚。
    不倫相手と添い遂げたいという元嫁に脱力して二人が結婚する事を条件に、
    慰謝料なし、財産分与なし、親権こっちで離婚。

    その後、遠方に行ってしまって一切音沙汰なし。
    俺の方と言えば×1子アリと再婚しそれなりに幸せ、今も。

    で、最近元妻親から連絡が俺実家に入りタヒんだとの事。
    お願いだから1度着てくれと言われ俺一人で行ってきた。
    お線香をあげた後元妻の事を聞いた。

    結婚した理由が慰謝料取られたく無いからだったのか、
    結婚直後から「お前のせいで人生を棒に振った」という相手の男は
    仕事を止めて経済的には元妻に依存。
    でも酒に酔っては暴れてDV、元妻は一時入院したとの事。

    その後男の謝金が発覚で元妻はお風呂勤務になり、
    それを返し終わった頃には若い女が出来ていて二人で元妻に依存&暴力。

    結局3年で男から逃げるようにして離婚。
    その後俺との復縁を計ったらしいが、
    俺は転職もしているし俺実家には警察呼ばれるしであきらめたよう。
    せめて娘にと買ったランドセルは送り返されたんだと。
    こっちは再婚してたし全然知らなかった。

    437 :名無しさん@おーぷん
    学校に2人病弱キャラがいたんだけどさ、その片方がスレタイだった
    仮に2人はAとBにする。二人共女子
    Aはいつも顔が赤くて体があつかった。でも日頃は活発でキビキビ動く人だった
    Bはいつも顔色が悪くて手が冷たかった。日頃ゆっくりしか動かなくて弱々しい喘息もち
    Aは体育とか出るんだけど、アップのグランド3週でへばる体力の無さだった
    Bは頻繁に目眩だ貧血だとはなから体育見学していた
    いつもAとBの体調の悪さは重なってて、Aが体調がわるければBも悪くなるってことがしょっちゅうだった
    Aはとにかく体力がない。1階から4階の移動教室でも途中で休み休み登ってた
    移動教室のときは授業遅刻は当然だし、体が熱いせいで滅茶苦茶汗っかき
    スタミナが貧弱で殆ど動けないのに腹ペコキャラで、2時間目と3時間目の間と、6時間目が終わった後にいつも隠れてパン食ってた
    なのに太らなくて、クラス皆キモいと近づかなかった
    真冬なのに暑い暑いとシャツ一枚だったりしたから、変人扱いされてた
    Bは低血圧らしくて朝が苦手、一日ボーッとしてることもある。顔色があまりよくなくて、すぐ貧血や目眩がするから頻繁に保健室行ってた
    手も冷たいし、痩せててほっそりしてたから、見るからに病弱って感じ。真冬だと寒くて動けないって毛布みたいなの持ち込んで身体に巻いてた
    だからAとちがって皆よくBのことは心配してた
    二年のとき、体育祭前日の予行練習の日が滅茶苦茶猛暑だった
    すごい厳しい学校だったから4時間ぶっ通しで軍隊並みの揃った行進練習させられたりするんだけど、真昼のもう直ぐ休憩だってあたりでAが倒れた
    声も出ないくらい息がゼーゼーしてた
    するとそれに触発されるようにBが「あ、私ダメかも」と言いながらふらっとその場にしゃがみこんだ
    「だめ、めまいがする、頭が痛いの」と的確に症状を説明した
    皆はいつもの癖で、先生までBに駆け寄って保健室に連れて行った
    Aは先生に叱咤されて立たされた
    「お前はいつもすぐそうやってへばって、歩いてるだけだろうが!なぜ立てない!」みたいなことを体育の教師が怒鳴ってた
    でもAはどう見てもBより重症。顔が真っ赤になって腫れてるし、膝が震えて支えなしでは立てない。顔からは滝のような汗が流れて、返事ができないくらい息が荒い
    でもみんな普段からAはこんなんだと誰も何も言わない
    「先生、Aも保健室連れて行ったほうがいいと思います。いつもと違います」と勇気を出して言ってみた
    担任もBを保健室に連れて行ってすぐに戻ってきてたから、担任にも連れて行ったほうがいいと言って、担任と2人、肩をかして保健室に連れて行った
    保健室にはケロッとした顔のBがいた
    Bのことを見ていた保健室の人はAを見るなり、保健室の電話を割れる勢いで叩いて救急車を読んだ。Aは熱中症をおこしていた
    体育祭の予行練習はその後何事もなく終わった
    皆Bの心配はしてたけどAのことは大げさじゃない?と噂した
    翌日Aは学校に顔を出した。目には眼帯をして、両手はガーゼと包帯でぐるぐる巻、喉にもでっかいガーゼが貼ってあった
    「皆さん迷惑かけてごめんなさい」と頭を下げた。担任がAは病気で入院することになったと告げた。BはAのことを中二病っぽいとバカにした
    私はAのお見舞いに行った。病院が学校から徒歩15分くらいだったから
    ちょうどガーゼを変える時間だったみたいで、私はガーゼの下を見てしまった
    眼帯をしていた目は腫れ上がって紫色になってた。両手の指は全部水泡ができて敗れたりもしていた。喉は掻きむしったあとに血が滲んでいた
    服で見えなかっただけで、皮膚の柔らかい腕の内側や胸元も皮膚が赤くなって爛れたようになっていた
    「それが病気?」と聞いたら、「免疫の異常だよ、私そういう病気なの」と言われた
    当時の私には難しくてわからなかった
    バセドウ病というのと、膠原病というのにかかっていた
    しばらくしてAは学校に戻ってきたけど、眼帯と包帯はとれてなかった
    治りかけると痒くなって夜中に掻きむしってしまうんだと聞いた
    Bは大げさだ大げさだとはやし立てた
    皆もAのことを少しは心配したものの、見た目の痛々しさもあって近づく人は余計減った

    185 :名無しさん@おーぷん
    旦那親と同居だったんだが、
    義母が亡くなって百日法要が終わった頃から義父の様子がおかしくなった。
    最初にあれ?って思ったのは、しょっちゅう探し物をしてて
    「何探してるの?」って聞いても言わないの。
    黙ってあちこち、それこそ家中探してる。
    暫くしたらテレビ見てるから「見つかったの?」って聞くと無視。
    そんなことが何度かあって、もしかして認知症だったらどうしようって不安になってきた。
    そのうち夕焼けを見て「今日もいい天気になりそうだ」とか言い出してちょっと待て、みたいな。
    人間ドッグは毎年行ってて、喜寿を迎えても薬ひとつ飲んでない健康自慢の義父だったから
    改めて体の健康と認知症は別なんだと思って、今後の長い介護を思うと正直怖くなった。
    だけどそれとは別の想定外の恐怖が訪れた。

    ある日、義父に襲われた。
    襲うって字面だと強カンみたいなイメージされそうだけど、そうじゃなくて
    たぶん新婚時代に意識が戻ったんじゃないかと思うけど
    お代官様の「よいではないか、よいではないか」みたいなあんな感じで抱きついてきた。
    私を義母だと思ってたんだろうと思う。
    年とっても仲のいい夫婦だったし。
    義父は背も低くてガリガリ体型でエスパー伊東みたいな感じだったし(顔は似てないけど)
    こっちはガタイがいいから、相手が男でもまともにやりあって負ける気はしなかったが
    とにかく突然のことだったからビックリして抵抗してるうちに
    アナコンダバイスみたいな感じで義父を押さえつけてた。
    今度は義父の方がビックリして一瞬正気に戻ったのか「怖い嫁じゃあ」とか言いながら逃げた。
    漫画みたいな展開だけど、修羅場と言えば修羅場。
    その事があってから、義父とふたりっきりになるのが怖くて
    でも長い時間ひとりにするのも危ないし。
    それで夫と相談して義父には申し訳ないけどホームに入ってもらうことにした。
    うちには年頃の娘もいるから。
    夫は夫で、自分の父親が嫁を襲ったってこともWでショックだったようだ。

    義母が亡くなった時に夫が受け取った保険金、そのまま投入して
    すぐに入れる介護型有料老人ホームを探して入所。
    そしたらたった2週間で嚥下事故で亡くなったんだ。
    誤解されるといけないので一応書くけど、事件性はない。本当の事故。
    だけど義叔父からはものすごく批判された。
    何も知らない人には、まだ元気な兄貴(義父)を厄介払いしたように見えたんだと思う。
    落ち着いたら説明してもらうように、夫から義叔父の奥さんにそうなった流れを話したけど。

    なんで認知症なんて病気があるんだろう。
    義父のこと、決して嫌いではなかった。むしろ実父よりずっと好きだった。
    せめて向こうの世界で又、義母と仲良く暮らしてたらなと思う。

    長くなってすみません。

    980 :名無しさん@おーぷん
    車にひかれて味覚と嗅覚を無くしてから取り戻すまでが修羅場だった
    味覚と嗅覚無くなったってのは前にどっかに書いたのだけども

    検査いろいろしても異常はないんだけど匂いも味もしない
    当時高校生だったけどこのままだと何も食べられなくなるなと思い
    味の記憶があるものを一生懸命食べたし、外食も積極的にした
    味も匂いも無いから美味しいなんて思わないんだけど、「かつて美味しかった」
    記憶をもとに食事はキチンとした
    食べる事に興味を無くしたらまずい、と思っていたんだろうなあ

    三年あまり無味無臭だったけど、なんのタイミングか嗅覚味覚が戻ってきた
    んだけど、戻りつつある間、同じものを口にしても毎回感じる味が違うし匂いも違う
    醤油の味と匂い、みたいに、そうそうものによって大差ないものでも毎回違う
    無味無臭だった時よりも絶望した
    記憶で食事してた方がまだましだった
    なんというか、脳が裏切ってくる感じ?麦茶とめんつゆ間違えて飲んだ状態が続く感じ

    そこからさらに何年かかかって、今は一定の味と匂いを感じられるようになった
    だけど、謎期間が結構長かったので、今感じている味や匂いが本当に正解なのか?
    という疑念に時々苛まれる
    細かいところまで人と擦り合わせできないしね

    その時は、「人それぞれ感じ方違うっていうし!」で納得させている
    とりあえず甘い辛い酸っぱいが分かるようになっただけでいいか、みたいなw

    605 :名無しさん@おーぷん
    ブスなのにめちゃくそナイスバディで有名な私の姉ちゃんが電車で痴漢された。
    姉ちゃんは勇気を出して犯人の手を掴み「この人痴漢です!!」って声を上げたのに誰にも信じてもらえなかった。
    犯人を取り押さえようと動いてくれたサラリーマンも姉の顔を見て犯人を離した。
    周りにいた人達は「こんなブスの体触るやついんの?w」とか「興味もたれないからって…あの人(犯人)巻き込まれて可哀想…」とボソボソ言ってた。
    犯人もいい気になってんのか、「冤罪でっち上げですかぁ〜?wこれだからブスはwww」って言いやがった。
    犯人はそのまま人ごみに紛れて消えてった。
    しかも何故か周りの人達が姉ちゃんと引き離すように犯人を庇ってた。
    悔しくて姉ちゃん泣いてたけど最寄りの駅で降りて近くにいた駅員に車内での事を話したのに、「え?w痴漢ですか?wお客様がですか?w」って半笑いで言われた。
    腹が立って掴みかかりそうになったけど、姉ちゃんが「もういいよ。」って私の手を引っ張って駅から出た。
    人の見た目で対応がこんなに酷くなるものなのかと怖くなった出来事だった。

    520 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/08/08(金) 21:18:09.77 ID:5/GQnYUW.net
    10代の頃に知り合って、同学年であり共通の話題も多く、ひきこもりがちな私に対してアクティブな面が多いところに惹かれて親友になった子と先日COさせていただいた。

    元々エキセントリックな性格で周りとトラブルが絶えない子であったものの、ただ単にお節介で誤解されやすいだけだと思っていた。
    が、数年してその理由が分かった。
    相手が嫌がることをあえて言う、何回も。
    相手が認めるか納得するまで気が済まないのか、どんなに嫌がってもそれを言う。
    そしてそれを後で言い訳する。
    相手がその時傷ついていようがおかまいなし。
    さらに、人の人生を勝手に決めようとする。
    その会社やめろ、だ、早く結婚しろ、だ、
    早く家を出ろ、など
    事情があってそれができないのを分かっているにもかかわらず無理難題を押し付けてくる。急かす。
    ちなみにこの時アドバイスは求めていない。
    正直その子からの電話は苦痛でしかなかった。
    つづく

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