いしずえ

第三巻激流の巻

 縁側から身を乗り出すようにして語っている父に、わたくしは呼びかけた。こちらから話題を変えないかぎり、父の園芸談はいつまでたっても終りそうにもない。

「……」

 降りかえった父は、わたくしの差出した封筒を不審そうに見つめた。

「これは上海から持ってきた銀行券を、そのまま日本の銀行券にかえたものです。戸松のお土産です」

「ああ」

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  1. 2019/02/01(金) 08:01:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 父は曖昧な返事をしながら無雑作に取上げ、中を開いて電燈の光にむけるようにして見ていたが、はっとしたように顔をあげた。

「あれを呼んでくれ」

 父は尖った顎を台所の方にさしむけて云った。母が来ると、

「これは上海からの土産だそうだ。一万五千円ほどある」

 父は封筒のまま母の膝の上にぽんとのせた。母は封筒を握ったまま、おどおどした。

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  1. 2019/02/02(土) 10:27:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「こんなにずっぱり(たくさん)、こんなにずっぱり貰ってよかべか、ねえさん」

 母はわたくしの事を「ねえさん」とよんだ。

「あんたもいるべしねえ……これはあんたが持っていてたもれ。なんとか、あんた持っていてたも」

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  1. 2019/02/03(日) 17:16:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 岩のようにがっちりした両肩が、困惑して固く盛上っている。痩せ身の父に比べ、一まわり大きい頑強そのもののような体格である。それが封筒を握ったまま、少女のように恥らい躊躇っていた。

「いいではないか。その代り、登志子が入る時には何時でも出してやれ」

 父は躊躇する母に、鷹揚な口調で命令すると、わたくしの方に向き直って云った。

「あんたも遠慮せずに使ってくれ、不自由させたら息子に申し訳ないでな」

「東京のお母さん、こんなに貰っていてよかべか」

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  1. 2019/02/04(月) 10:36:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母はわたくしの母にまで気兼ねした。

「何を遠慮なさる。当り前のことじゃありませんか」

 わたくしの母は、東京での主張をけろりと忘れたようにそう云うと、人の良さそうな笑顔を見せた。

「どっすべか(どうしよう)……」

 母は大きな手の中に封筒を握りこむようにして、何度も独り言のように呟いた。

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  1. 2019/02/06(水) 08:00:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松の父と母が家族の寝室になっている中の間に下っていったあと、わたくしと母は何時までも蚊を追いながら起きていた。七月末ともなれば、秋田もやっぱり暑かった。戸松の両親のように、宵の中から蚊帳の中に入ってしまう気にはなれなかった。

「この家では鶏のように朝早く起きて夜は早く寝るんだねえ。田舎の生活は健康だよ」

 母は戸松の両親の生活に共鳴しながらも、自分は寝間に行こうとはしなかった。東京では八時九時といえばまだ宵の口で、兄などはこの頃から本格的に執筆にかかるし、母や義姉はまだごそごそと雑用を片付けている頃である。

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  1. 2019/02/07(木) 08:53:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「おまえが銀行預金を全部お父さんに差し出したことは、やっぱりいい事だったよ」

 とつぜん母が云い出した。

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  1. 2019/02/08(金) 16:18:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「ここのお父さんもお母さんも、本当にいい人間だ。朝、庭の祠を拝むだけで、べつだん深い信仰を持っているようには見えないが、恐らく真から人が好いのだろうね。ああいう真正直な人というものは、曲った出方をすると直ぐカンカンに怒るものだ。やっぱり素直に正直に出た方が賢明だよ、ああいう人達にはね」

「お母さんは何時でもそんな事ばかり云うのね。ああいう人にはこういう風に、こういう人にはああいう風にと、対人関係を戦術的に考え、テクニックで片付けようとするのが、そもそもお母さんの悪い癖よ」

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  1. 2019/02/09(土) 13:26:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母は渋い表情になって、わたくしの顔にぐっと眼をすえた。ああ又悪い地金を出してしまったなと思ったが、引っ込めることは出来なかった。

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  1. 2019/02/10(日) 10:20:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「人がどうあろうと、今はこうするのが一番正しいと信じたことを行うのでなかったら、自分の真実を貫くことは出来ないわ。キリストやソクラテスのような真実に生きた人達は、いくらでも助かる道があったのに、一番正しく美しく誠であると信じた道をえらんで死んで行ったのよ。人間の値打ちと云うものは、そういうところにあるんだと思うわ。

 人には理解されなくてもいいんだわ。たった一人でも、正しいと信ずる道を行くべきだわ。わたし、戸松もキリストのように、勇敢に信ずる道を一人ででも行ける人ではないかと思うの。そういう人でなかったら、安部先生ほどの人が人物を保障した意味がないわ。

 わたし、お母さんのように、人を相手に自分の気持を駈引きしながら過ごす人生なんて嫌いだわ」

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  1. 2019/02/11(月) 13:31:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「おまえと話をしていると、何時でもどこかで気持が食違ってくるから困ってしまうよ。凧のように一人いい気になって高い処へ揚ってしまってさ、本当にいい気なものだ。おまえは私が何か云うと、直ぐに一山十銭のガラクタ物のように撥ねのけてしまうけどね。おまえは私より半分も人生の体験や苦労をしていないんだよ。親をなめるもんでないよ」

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  1. 2019/02/12(火) 17:51:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母は大きな目玉をぐっとわたくしの顔に据えたまま、意地悪そうに剥れた。ああこの顔、わたくしの一番嫌いな母の顔だった。だが、こういう顔をしてみせる間は、母の命はまだまだ衰えてはいないのだ。喜ぶべき事だ。夜汽車の中で見たミイラのように黒く硬直していた母の顔がチラッと脳裡を横切った。そうだ、優しい娘にならなければいけない。

「お母さんと戸松の両親の気が合って、わたくしも安心したわ」

 わたくしは穏やかな声で話を元に戻した。だが母の感情は、鞘を掃った抜身のままであった。もう一度振り被って切りつけてきた。

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  1. 2019/02/13(水) 15:31:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「おまえはよくキリスト、キリストと言って、西洋の宗教を信仰しているがね(教会に行ったり聖書を研究したりしていたが、信仰というようなものではなかった)うちは先祖代々、出雲大社と浄土真宗を厚く信仰してきた家ですよ。神仏に護られてきた家なんだよ。西洋の神なんか拝んだら、御先祖に申し訳ないと思わないかい?おまえ達は小さい頃は、神仏を拝んでよく親の云いつけを聞くいい子供だった。都会に出して学問させたら、さぞや立派な人間になるかと思って、十三、四の頃から手離してしまったのが大きな間違いだった。どの子もどの子も自分勝手な無信仰な人間になってしまって、おまえに至っては、アーメンなんぞに夢中になって……家が傾いたのも、罰が当たったんだよ。神仏に見放されてしまったんだ」

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  1. 2019/02/14(木) 13:56:20|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 人に罰を当てるような神仏なら、神仏ではなくて悪魔だわ……毒舌が飛び出しそうになるのを、ぐっとのみ込んだ。

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  1. 2019/02/15(金) 15:50:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 わたくしは子供の頃、母が仏教婦人会の幹部として活躍している様をじっと見てきた。「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」家へ集まる婦人達の口からは口癖のように念仏がこぼれていた。彼女らは仏法に心をよせない者を縁なき衆生として蔑み、自分らは仏の慈悲に抱かれたものとして満足していた。父はよく「お前達のは後生願いの今生(根性)悪というやつだ」と冷やかした。彼女らのあみだ仏観が、いたって凡俗で、自己本位な護身的なものである事を、わたくしは子供心に感じたものであった。もっとも、日本の一般の大衆の神仏の概念は、殆んどこれに類似したものに過ぎなかったのだが……。

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  1. 2019/02/16(土) 10:06:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 しかし、わたくしは、幼い頃受けた宗教教育が、決して無駄なものであったとは思っていない。幼い魂に植え付けられた。悠久の生命への随順と善への志向は、わたくし達兄妹の根本精神を培ってきたことは確かである。ただ長ずるにつれて、この世を無常のものと諦観して、念仏によって来世の光明を期待する浄土真宗のあり方に、同感出来なくなったまでのことである。母がいかに口惜しがっても、仏は若い心には縁遠い存在となってしまったのである。

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  1. 2019/02/17(日) 10:35:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「愚禿」と自称した親鸞の、凡夫の自覚に到る人間的苦悩に驚歎したのは、ずっとずっと後の中年になってからの事であった。

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  1. 2019/02/18(月) 10:18:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「おまえが結婚する時も、いよいよ大罰が当ったわいと、私は思ったものだ。見たことも会った事もない遠い上海にいる男と、しかも身元もよく調べないで、安部さんの話だけを信用して、そういう人物と思想の人が理想だなんて云い出して、兄達までが、安部磯雄のような人格者の話なら間違いないと同調するし、私は不安と不満で夜も寝られなかった。とうとう谷へ飛び込む気で、しぶしぶ承知したんだけど、あの時は本当に辛い思いをしたものだ」

 母の愚痴は、飛火のようにあちらこちらへと飛んでいった。わたくしは黙ったまま暗い空を見詰めていた。無数の星が沈思しているかの如く、闇の底にじっとしたまま瞬いていた。

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  1. 2019/02/19(火) 08:38:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 当時は感情に駆られていたが、今になって見れば、母のこの愚痴がわかるような気がする。上海から帰ってきたばかりのわたくしを、壊れた玉のように大切に扱っていたあの母の献身と、この愚痴が一つのものであることもよくわかる。仏の慈悲に縋りながらも、母はこの世の無常を諦観できず、絶えず愛と苦悩のはざまを往きつ戻りつしていたのである。

 暫らく沈黙が続いた。わたくしが何ら抗弁もせず、黙って耳を傾けているので、幾分うす気味悪くなったのであろうか。わたくしの気嫌をはかるように、団扇をこちらに向けて二つ三つ大きく風を送った。そして思い直したような穏かな声で云った。

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  1. 2019/02/20(水) 09:30:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「おまえがあまり一本気なものだから、人を簡単に信じ過ぎて、今に泣き目にあうんじゃないかと思って、私は心配していたんだよ。私は十八の時嫁に来て、姑や大勢の小姑や親類にもまれ通しだった。十六年前お父さんが亡くなられてからは、今度は落ち目になった家を背負って、世間と闘い続けてきたものだよ。人間という者は、一枚皮をむけば本当に醜いものだからねえ。うっかり気を許せないものだよ。

 ここのお父さんやお母さんのように、無欲で無条件に嫁を信頼する人なんて、滅多にいないよ。その点おまえは仕合せだよ。おまえのように純な人間には、神様が丁度いい相手を授けて下さるのだろうよ。だけどね、いい気になって我儘してはいけないよ」

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  1. 2019/02/21(木) 08:56:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 今やっとわかったの?……母の言葉にいい気になったこの親不孝娘は、心の中で呟いた。

 十日余り滞在して、わたくしの母は帰京した。

 家の中は一つの行事が終った後のように、空疎で平穏な空気に静まりかえっていた。

 家をもてなす煩わしさから解放された母は蝶が野に放たれたように、終日戸外に出て立働いていた。畑の仕事、鶏の世話、冬ごもりの燃料の用意等、母でなければどうにもならない作業が山積していた。

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  1. 2019/02/22(金) 11:20:11|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母は家族をあてにしようともせず、一人で黙々として動きまわった。わたくしが何か手伝いたいと申出ても、

「この位のこと、一人で沢山だ、人に手伝ってもらうと却って面倒くさい」

と、にべもなく断ってしまうのである。都会育ちの嫁など、猫ほどにも役立たないと思っているのに違いなかった。

 妹達は掃除の手伝いを済ませると、裏庭に面した居室に引きこもったまま、こつこつと毛糸を解したり編んだりに余念がない。

 父は茶の間の囲炉裏の上座に、べったり胡座を組んで、何時間もかかってゆっくり新聞を読んでいた。十年この方、胃潰瘍と腸潰瘍に苦しみ、二三度死線を彷徨ってからというもの、過激な労働はほとんど出来なくなっていた。今でも時々胃痙攣や腹痛を起こしては、一里余も離れた能代から、医者に駈け付けてもらう始末である。

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  1. 2019/02/23(土) 15:00:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 新聞にあきると、父は庭におりて蕗畑の手入れをしたり、植木の世話を焼いたりする。前庭の境には、父が埼玉から種子を取寄せたという浦島という背丈の高い花が、堀のようにぐるりと三方を取囲んでいた。

 浦島という名前に引かれて注文したものの、成長し花が開いたところで、父はがっかりしてしまったということであった。竜宮の優美さや玉手箱の無常の煙の不可思議とは程遠い、野趣にとんだ、平凡で素朴な庭であった。わたくしの部屋になった奥の六畳間は、客間と並んで庭に面していたから、眼をあげると居ながらにしてこの花の盛りを見ることができた。

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  1. 2019/02/24(日) 20:01:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 勢揃いしたように、一せいに三尺余の高さに伸び、白粉花のような花が零れ落ちんばかりについていた。それが桃色の帯になって、五十坪ほどの前庭をぐるりと取り囲んでいるさまを、わたくしは美事だと思った。

 植木いじりに厭きると、父は縁側に近寄ってきて、

「そんなに詰めてやらんで、休んだ方がいい」

と、わたくしに声をかけた。わたくしは、父が初夏になって脱捨てた袷や、冬着の綿入れを解いて洗濯し、仕立て直しにかかっていたのである。

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  1. 2019/02/25(月) 10:06:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 さらに、四、五日前からは、早朝、一里ほど離れた藤山というところに、牛乳を買いに通いはじめていた。東京では牛乳を自由に買い求めることなど出来なかったが、ここでは、こちらから出かけてさえ行けば、五合でも一升でも分けて貰うことが出来た。牛乳が好きだという父に、滋養を供給する目的で毎日通いはじめたのである。

 朝露に濡れた梨畑や葡萄園の間の小道を、涼風を友に歩いて行くのは、決して億劫なことではなかった。むしろ、爽快な解放感を満喫する楽しい一時でさえあった。しかもそれは、父を喜ばせるばかりでなく、病身な父を案じ続けていた戸松への責任を果すことでもあった。

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  1. 2019/02/26(火) 13:08:32|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 僅か一年の結婚生活であったが、、真撃な熱意をもってせまってきた戸松の精神的肉迫は、知らず知らずの間に、彼への忠誠心と責任感を、わたくしの心深く刻み込んでしまったものであろうか。病父に孝養をつくしてくれと云い残した彼の一言が、鉄の戒律となってわたくしの心を占めて離れないのであった。

 津田沼の兵営で、彼と最後の別れを告げて営門を出るとき、切ないほどの悲痛な惜別の情にしめつけられながらも、心の底で冷やかに理性が呟いているのを、わたくしは淋しい思いで自覚したものであった。

 彼が生還したとしても、もはや彼との人生はこれで終ったのだ……わたくしは当然のようにそう考え、そうあるべきだと思ったのであある。

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  1. 2019/02/27(水) 10:20:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼は駿馬であり、わたくしは駄馬である。歩調が合わないのは当然だ。これ以上彼に無駄な努力をくりかえさせ、彼の人生を消耗させるべきでない。今こそ退くべき時だ……と。

 しかし、わたくしの感情は、生まれる前から彼の妻であったごとく、彼に密着してはなれようとはしなかった。理窟はどうであれ、彼の意志からはなれた行動をとることは、どうしても出来なかったのである。

 わたくしは彼が云い残したとおり、彼の郷里にきた。そして、彼が望んでいたごとく、病父をいかに慰め、いかによろこばせるかに心をくだかずにはいられなかったのである。

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  1. 2019/02/28(木) 10:05:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
国賊売国奴殱滅
現行憲法廃棄
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