いしずえ

第三巻激流の巻

 軍部のみならず、日本の国家社会全般にわたって、人材の登用にあやまり多かったことは、当時も今も変ることがなかった。

 七月、タイ国に対する敵の爆撃は激しかった。ビルマ中原の航空基地から飛立ってくる敵の爆撃機は、我が領域をゆくがごとく、ゆうゆうと飛んできては低空から投弾した。鉄道、停車場、貨車、竹小屋のような営舎はもちろんのこと、赤十字の旗を掲げた野戦病院までが爆撃にみまわれた。空襲をさけるために、日本軍があちこちに赤十字の旗を掲げているものと、敵は解しているのに違いなかった。それだけ、野戦病院の数が多かったともいえる。

   (43 43' 23)

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  1. 2020/01/01(水) 15:33:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 ビルマ崩壊後、ビルマ方面軍が解体され、タイ方面軍が改編されたとはいうものの、敗軍を集めて再建した軍であるから、十分な武器を持っているはずもない。飛行機なく、高射砲なく、大砲もろくに持ってはいなかった。日本軍は、空からの敵の蹂躙に曝されたままになっていた。

 戸松は三月のある夜夢を見た。

   (43 43' 23)

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  1. 2020/01/02(木) 10:37:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 空爆に微塵に破壊された兵舎の後に、彼がひとりぽつねんとして立っている。月夜だ。友軍の姿は見えない。と、ずっと離れた木立の奥からふらりと人影が現れ出、白衣の裾をひき乍らゆっくりと近づいてきた。白髪の老人だ。月の光を浴びた老人の全姿は銀色に輝いている。一間ほどの間隔に近づいたとき、老人の顔が頭山満翁にそっくりであることが分かった。緒戦のころ、病気の翁を熱海に訪ねたとき、風に身をまかせるように飄々と海岸を散歩していた、あの自然人になりきったような超脱した風貌そのままであった。

 翁はついに仙人になられたのか……と思ったとき、老人はおもむろに口を開いた。

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  1. 2020/01/05(日) 15:30:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「戦いは七月がもっとも熾烈となるだろう。日本本土でも外地でも、日本民族がかって経験したことのない、激しい死闘が繰り返されるだろう。だが八月には途絶える。八月には終る。九月になったら、おまえらがどうなるのかがはっきり分かるだろう」

 戸松は瞳をいっぱいに開き、息をのんでいた。老人は言葉を切ったまま、身じろきもせずに沈息しているようであった。

「日本は勝てるでしょうか」

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  1. 2020/01/06(月) 10:05:28|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戸松が必死になって問いかけたとき、老人の姿は銀色の光をひいて木立の奥に消えていった。

 翌日、戸松は兵隊を集めて夢の話をした。戦闘はいよいよ激烈さを増す、しかし八月には終る……戸松にはありうるべきことのように思われた。しかし、兵隊たちは戸松の夢の予告を否定した。彼らの常識では、あと一ケ月や二ケ月で片づく戦争とは思われなかったのである。

 そのころ、南から西から追い詰めてくる連合軍の攻勢に備えて、印度支那半島の日本軍の防備隊制もちゃくちゃくと固められつつあった。戸松の属する安東部隊も、マレー半島に上陸してくるイギリス軍と戦うことになった。

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  1. 2020/01/07(火) 11:13:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 安東部隊は二百人ほどの捕虜をつれて南下していった。これらの捕虜はシンガポール陥落時のイギリス軍の将兵で、かって泰緬鉄道の施設、補修に使役されていたのであるが、ビルマ軍敗走後、国境ちかくに収容されていたのを、戸松ら数人の将兵が引きつれてきたものであった。

 安東部隊の作業は、資材が用意されているわけではないから、その都度生木を切倒してきてはそのまま、使用するのである。日本軍が戦いながら施設してきた鉄道は悉く生木で、生木は一年の耐久力もないから、戦いが長引けば何回でも取り替えねばならなくなる。

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  1. 2020/01/08(水) 18:12:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 戦局が切迫していることは、誰にも痛いほど分かっていた。またマレー縦断鉄道がバンコックとシンガポールをむすぶ日本軍の生命線であることもよく分かっている。日々の作業は苛酷なほどの激しさであったが、兵隊たちは必死になって立ち働いた。

 イギリス軍の捕虜たちも真面目によく働いた。元来白人種は熱帯性の気候に弱く、ビルマ戦線の作業では多くの捕虜が病死した。食べ物、労働量など、日本兵と同じ条件下にあっても、彼らは次々と発病し倒れていく、爆撃下の混乱の中では、十分な手当も行われず、彼らはばたばたと死んでいった。戦後このことは、日本軍の捕虜虐待として世界にひろく宣伝されたが、猛暑、多雨、猛爆のもとで、食糧物資の欠乏に耐えつつ激しい作業を続行していた日本軍が、熱帯性気候に弱い彼らの面倒を見きれなかったのは当然であった。

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  1. 2020/01/09(木) 10:03:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 いま安東部隊に従属している捕虜は、一応ビルマの苦闘を乗り越えてきただけあって、どれもこれも頑強そのものであった。赤褐色に日焼した裸体に、マタイ(麻袋)をサルマタ型に作りなおしたのを腰にまとった姿は、幼児の絵本に見る赤鬼そっくりであった。

 彼らの内なるアングロサクソンの自負と理性は、彼らの瞳の中にのみ光っているように思われた。彼らの青い眼は、日本兵の頭上を越えて遠くに輝く何ものかを見つめていた。彼らが人種的優越感と、大国民的誇りを抱いていることは確かであった。しかし彼らは表面は従順であった。キリスト教の契約思想は、彼らの骨の髄までしみ込んでいるのか、敗者のルールを忠実にうけ入れていた。

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  1. 2020/01/10(金) 15:02:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 鉄道隊が次の作業地へ移動していくのは、ほとんど夜間であった。バンコック、シンガポール間を軍需物資や戦闘部隊が輸送されるのも夜間である。敵の爆撃をさけるため夜間急行であったが、敵も抜目なく日本軍の動静を偵察し、シンガポール強化作戦を阻止しようとしていた。

 火急を要する軍事臨時列車が通過する場合には、鉄道隊の列車は運休してその通過を待たねばならない。たまたま追いこしていった軍臨列車が、敵機に襲われることがある。距離的には相当離れていても、夜間の爆破音は身近く響きわたる。敵が鉄道隊の貨車に気づいたなら、こちらに機首を向け、襲撃してくることは間違いない。将兵は剣銃、雑嚢、作業道具などをかついで列車からとび降り、樹林の間に退避した。

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  1. 2020/01/11(土) 13:35:18|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 後尾の捕虜の貨車には、外から鍵が掛けられているから、逃げ出すことはできない。また、彼らを闇夜に自由にすれば、この混乱にまぎれて逃亡するおそれもある。彼らの貨車の鍵は掛けられたままになっていた。

 捕虜たちは爆撃音に恐怖をいだき、外へ出してくれと喚きたてた。捕虜看視当番に当たっていた戸松ら数人の将兵は、すぐさま鍵を開け、将校級の捕虜だけを身近に集め、万一一人でも逃亡した場合には、これらの将校を銃殺することを約して、他の捕虜を解放してやった。

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  1. 2020/01/12(日) 10:10:12|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 捕虜を逃亡させた場合には、軍規により厳しく責任を問われることになっていたから、捕虜担当兵の中には、戸松らの処置を批難するものもあった。しかしこの場合、戸松は自分らのとった態度が誤りであるとは思わなかった。敵機が列車を発見し、攻撃してくる可能性の強い危険な時である。逃亡をおそれて恐怖にもがく無抵抗な捕虜を見捨てておくことは、人間として忍びないことである。それにマライは地形的に細長く、北に逃げても南に逃げても日本軍が守備を固めていて、逃亡しきれるものではない。戸松らはそうした地形的条件も、ちゃんと計算に入れていたのである。

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  1. 2020/01/13(月) 10:01:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 さいわい、敵機は軍臨列車を集中攻撃したのみで、あっさり引揚げていった。捕虜たちも案じたほどのこともなく、一人残らず集まってきた。そして、彼らは再び貨車の中にぎっしりと詰込まれた。その夜は鉄道をめちゃめちゃに爆破されたため、同地点に寝み早朝工事にとりかかることになった。

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  1. 2020/01/14(火) 10:11:20|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 やがて捕虜たちは、窓のない箱のような貨車の中で、暑さと息苦しさに苦痛の吐息を漏らしはじめた。たしかに、静止したままの貨車の中で、折重なるように詰められたまま、暑い夜を過すことは、苦しいことに違いなかった。そのうち彼らの代表が、貨車の扉を叩きつつ、絶対に逃げないから外で休ませてくれと嘆願しはじめた。捕虜とて人間である。動かぬ貨車の中に封じ込められたまま南国の夜を過すことは辛いに違いない。戸松らは再び彼らの要求を入れ、将校を人質として身近に置き、全員を外で休ませることにした。彼らは感謝し喜んだが、戸松らは責任上交替で不寝番に就かねばならなかった。

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  1. 2020/01/15(水) 13:55:50|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼らは決して戸松らを裏切らなかった。むしろ親愛と敬意を身体全体で示し始めたのである。この時いらい、戸松は、彼らが信には忠実をもって返し、愛には敬をもって返す、節義ある民族性をもっていることを知ったのであった。

 日本兵の中には、野卑粗暴に捕虜を扱う者も多く、些細な失敗も、擲る、蹴る、突き倒すの乱暴を働くことが屡々であった。捕虜たちは抵抗はしなかったが、それだけに内面深く軽蔑と恨みをのんでいたことは確かであった。

  作業地で昼夜、捕虜の宿所を監視することになっており、その当番兵になって見まわりに行くと彼らは親しげに話しかけて来るのであった。

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  1. 2020/01/16(木) 16:55:02|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「野蛮なふるまいをする兵隊とあなた方は同じ日本兵であるとは思えない。日本人は一等国民だ。我々をよく擲る兵隊たちは、朝鮮人ではないのか」

と、問いかけて、戸松を苦笑いさせた。日本兵がむやみに鉄拳を振るったり、蹴飛ばしたりすることを、彼等は大国民として、恥ずべき行為だと軽蔑していたのである。戸松は長い髭を生していたので遠目でも分かる。今夜の監視兵責任者が戸松であることが分かると彼等は大声上げて喜ぶのである。敗戦後この俘虜等に安東部隊は俘虜にされたのである。俘虜を虐待した兵は逃亡するほかなかった。戸松は反対に彼等俘虜たちが日頃の親切に報いようとして何かと面倒をみてくれたのであった。

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  1. 2020/01/17(金) 13:31:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 彼らは木、竹、金物、動物の毛皮を集めてきて、粗雑ながらも各種の楽器を作っていた。夜の休息時間になると、絃を爪弾くもの、弓で弾くもの、叩いてピアノのような音をだす者、歌う者、同室者が一つにとけ合って、音楽を楽しんでいた。時には戸松らにも聞いてくれるように求めた。彼らは捕虜であることを忘れてしまったかのように、愛情と悦びに満ちた眼で微笑み合い、幸福と平安に満たされているかのごとく、自分らの奏でるハーモニーに陶酔するのであった。

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  1. 2020/01/18(土) 13:23:35|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 また、彼らは朝夕敬虔な祈りを捧げて居るのを戸松は何度か見たことがあった。その度に戸松は思った。彼らが捕虜となっても自暴自棄に陥ることなく、逆境にあって尚人生の悦びを奏でようとするのは、彼らの心を常に満たし支えている大いなる力があるからだと―。

 愛を裏切をもって返し、信を不実でもって返す捕虜も多い中で、彼らが戸松らの思いやりと寛大を、感謝と親愛で返し、従順と忠実をもって応じてくるのは、彼らの人生が神と結ばれ、神の平安に満たされているからであるに違いなかった。彼らは戸松らを一等国民だと称えたが、彼らも確かに大国民であると戸松は思った。

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  1. 2020/01/20(月) 18:50:00|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

  父の精神

  家系と嫁

 戦火に追いまくられるように能代に帰ってきたわたくしは、二、三日は虚脱したように為すこともなくぼんやりと過した。

 戸松の父母は無事に帰ってきたというので、雌鳥を潰してきりたんぽを作ってくれた。ごぼうと葱と鶏肉の汁の中に、半潰しの飯団子を入れただけの略式の簡素なきりたんぽであったが、雑穀入りの飯さえも満足に食べられなかった東京の食生活に比べると、別国にきた感が深かった。

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  1. 2020/01/21(火) 08:06:55|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「ああ、美味しい。まるで戦場から故国に帰ってきたような気がしますわ」

 きりたんぽはあまり好きな方ではなかったが、この時は何を食べても美味かった。飯の団子も野菜も汁も、硬い沢庵漬まで、どれもこれも珍味であった。

 貪るように食べているわたくしを見ながら、父は満足そうに笑った。

「そうだ。明日は餅を搗いてやれ」

 父は急に思いついたかのように母に云った。

   (43 43' 23)

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  1. 2020/01/22(水) 08:27:26|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「ああ」

 母の返事は簡潔で、あまり気乗りがしないようであった。

「餡餅と、胡麻餅を作ってやれ」

「砂糖っこが足りねえな、きっと……。次の配給まで餡餅は駄目だべもの。汁餅(雑煮のこと)だば作れるべどもね」

「近所から借り集めて作ってやれ」

   (43 43' 23)

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  1. 2020/01/23(木) 10:11:56|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母は暫し沈黙の後、

「ああ、そうすべえ」

と、きっぱりと云った。

 餡餅も胡麻餅も砂糖が多量に要る。砂糖の配給はいつの頃からか隔月おきになっていて、量も減少の一途をたどりつつあった。近所から借り集めてきて間に合わせても、次の配給分ほとんどで返済しなければならなくなるであろう。たった一回の馳走のために、二、三ケ月を砂糖なしで過さなければならなくなる。

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  1. 2020/01/24(金) 11:22:58|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母は台所の責任者として、先々のことまで考えておかなければならないから、父のように感情にまかせて簡単に気前よく振舞うわけにはいかないのだ。物慾にとらわれない父の思いつきは、配給生活のやりくりに頭を悩ましている母をしばしば困惑させた。

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  1. 2020/01/25(土) 18:23:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 きりたんぽに使う鶏も、母は三羽しかいない雌鳥を潰すのは不服のようであった。若鶏から育つまで雌鳥を大切にして、卵を生ませたかったのであろうが、父は雄鳥は肉が硬いから雌鳥を潰せと云いつけた。母はわたくしの前ではけっして父に逆らわなかった。夫に対する態度をわたくしに教えようとするような、そんな小賢しい計算的な意図からではなく、嫁に老夫婦のつまらぬいざこざを見せるのを本能的に恥じていたのだ。

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  1. 2020/01/26(日) 08:08:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 母が父の意見に共鳴して「ああ」と返事をする声と、腹に納まり難いことを我慢をもって納めようとするときの「ああ」という声では、その声色が違っていた。その都度わたくしには、母の心の状態が手に取るようによく分かった。しかし父は、妻の心をうかがい見るようなことはしなかった。妻が「ああ」と返事をすれば、それで万事がうまくいくものと信じきっているらしく、くったくのない満足そうな顔をして笑っていた。

 このおやじの風呂敷には弱ったもんだな……黙ってきりたんぽの鍋に野菜を入れたしている母の横顔は、心の中でこう呟いているかのようであった。母はいったん思い決めたらぐずぐずと思い煩うことなく、すぐに行動に移していった。貴重品化した配給の砂糖を借りに歩くことは、普通の女の気後れすることであったが、母は目的のためには、末梢的なことに気をまわし臆するようなことはなかった。

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  1. 2020/01/27(月) 10:02:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

「東京から帰った姉さん(わたくしのこと)に砂糖餅食べさせたいやんて、なんとか砂糖っこかしてけらんせえ」

とそっ直に事実を訴えて知人の協力を求めるのであった。そして、その日の夕方には母はもち米を研ぎ、小豆や胡麻や取り粉の用意をととのえ終えていた。

 風呂敷包みを開け広げたようなとらわれのない父の善意、黙々として忍耐強く蔭の行動によって示す母の誠意、妹達は大人しく無口であったし、東京の音楽学校に行っていて、わたくしより三ケ月早く帰郷した弟も、いたって遠慮深い男であったから、好意と親愛と敬遠がほどよく入りまじった日々の生活は、東京で感じていた祖国の危機など忘れてしまいそうなほど、平穏で豊かなものであった。

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  1. 2020/01/28(火) 08:08:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 雄鳥の声に目覚め、鉄釜で炊きあげた白い飯を食べ、同じく鉄鍋で作った熱い味噌汁を啜り、庭先や畠の植物を相手に終日が過ぎていく……。ここは全くの戦争の中の平和郷であった。幾百万の同胞が戦場で命をかけて戦い、さらに幾千万の同胞が空襲に脅えているとき、ここには何らの矛盾もなく平穏な生活が存在していた。東京下町の火焔を目げきし、池袋の廃墟のあとを見つめてきた眼には、これが同じ国土の状態であるとは思えないほどである。

 一家の働き手である若者たちが戦場にかり出され、衣料や調味料が窮迫したことを除けば、東北の農村生活は、戦争前とは何ら変ることはなかった。

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  1. 2020/01/29(水) 10:56:35|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第三巻激流の巻

 平時は魯鈍と沈滞に閉ざされ、忍耐と困苦におし拉がれている北辺の農村が、戦時の今は食糧に恵まれた平和郷となっている。神は真に公平であった。

 が、しかしそう思ったのは、ほんの五、六日の間のことであった。六月上旬の昼下り、人々が田畑に出て働いている最中、北国には無縁であると思っていた警戒警報が三百戸たらずの部落を一息に圧したのである。

「まあ、こんなところまでB29がやってきたのかしら、まるでわたしを追いかけてきたみたい……」

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  1. 2020/01/30(木) 10:07:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
   綱 領
政官財・癒着根絶
マスコミ横暴撲滅
国賊売国奴殱滅
現行憲法廃棄
日米安保破棄

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