全日空M資金事件
大企業が巻き込まれた「M資金」事件は少なくないが、中でも全日空事件は有名な事例と言えるだろう(09年2月11日の項)。
本所次郎『巨額暗黒資金―影の権力者の昭和史〈3巻〉』だいわ文庫(0709)に、その経緯が詳しく記述されている。
大物運輸事務次官と称された若狭得治は、昭和44(1969)年5月30日に、全日本空輸(全日空)に、代表取締役副社長として迎えられた。
全日空(ANA)は、今でこそ日本航空(JAL)と航空業界を2分する存在であるが、当時は圧倒的にナショナルフラッグ・キャリアであるJALの天下だった。
JALに飲み込まれてしまうのではないか、という危機感が、若狭の獲得への動きになった。
ANAの社長は大庭哲夫だった。大庭は、JALの社長の松尾静麿の子飼いだったから、大庭体制のANAは、JALの支配下にあったも同然だったといえる。
この大庭が、「M資金」に乗った張本人ということになる。
大庭は、以下のような依頼書を、「M資金」の紹介者に渡していた。
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依頼書
一、金 額 金参阡億円也
二、期 間 拾ケ年切替参拾ケ年
三、利 息 壱ケ年四分五厘(後払い)
四、方 式 約定方式による
五、銀行名 株式会社日本興業銀行
六、依頼者 全日本空輸株式会社
代表取締役 大庭 哲夫
七、担当者 常勤顧問 長谷村 資
上記の条件をもって御依頼致します
昭和四十四年八月二十五日
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この依頼書には、代表者と担当者の実印が捺印されていた。
依頼書とは別に、手数料について記した「念書」を紹介者に渡しており、それにも2人の実印が押してあった。
この依頼書と念書が、総会屋や暴力団に出回った。
担当者の長谷村は、日本銀行から日本輸出入銀行(輸銀)に出向した。
輸銀時代の長谷村は、輸出船ジュネの融資審査を担当していたが、積極的に融資許可を出す姿勢だった。
それが、輸銀と同じビルにあった日本開発銀行(開銀)総裁の小林中の目にとまり、小林の勉強会のメンバーになった。
長谷村は、山下太郎が政財界の支援のもとに設立したアラビア石油が締結したサウジアラビアやクウェートとの石油利権協定に関連して、石油産出の可能性の事前調査の特命を帯びてイランに行くことになった。
長谷村は、上司の日本興業銀行から出向していた湯原章郎審査部次長と共に、テヘランに飛んだ。
寺岡イラン大使によって、石油情報はアバダンの方が豊富にあると教えられ、アバダンでNIOC(ナショナル・イラニアン・オイル・カンパニー)から調査資料を入手し、油が出ることを確信した。
実際に、1年3ヵ月に、アラビア石油は大規模油田を発見し、カフジ油田と命名された。
アラビア石油の採掘権は2000年に失効したが、伝説の名編集長と語り継がれている遠藤麟一朗氏が、アラビア石油のカフジで働いていたことについて触れたことがある(08年5月28日の項)。
カフジ油田の発見からさらに3ヵ月後、小林中にアラビア石油への転職を要請され、カフジに行くことになったが、小林が東京に置いておくように求めた。
長谷村は、昭和39(1964)年5月、富士石油をスタートさせ、コンビナート建設に取り組むことになった。
8月末に、長谷村は小林に呼ばれ、佐藤栄作の許に行き、私設秘書として行動するよう命じられる。
佐藤の長男竜太郎が、アラビア石油で長谷村の部下だったことも関係していたようであるが、その頃、池田に喉頭ガンが発見され、それを知った小林が、長谷村を佐藤に近づけたのだった。
佐藤は、池田勇人に総裁選で敗れ、当時は無任所だった。
池田は、昭和39(1964)年東京オリンピック閉会式の翌日の10月25日に辞意を表明、11月9日に池田の指名により佐藤栄作が総理の座についた。
当時、財界四天王と呼ばれた小林中、水野成夫(国策パルプ社長)、永野重雄(富士製鉄社長)、桜田武(日清紡績会長)が、池田政権を支えていたが、四天王は池田に続き佐藤政権も積極的に支える姿勢を継続した。
長谷村が係わった富士石油は、住友化学や東京電力などと共に、沼津・三島石油コンビナートを計画するが、地元の強い反対によって計画は頓挫した。
海岸線と豊富な水に恵まれていたことがコンビナートの適地と判断されたのだった。
いま、名水として知られる柿田川は、同コンビナート計画の中心に位置している。
高度成長期で各地でコンビナートが建設されている時代、計画を撤回させて豊かな自然環境を保全し得たことは、戦後史を画する出来事だったといえるだろう。
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