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2009年2月 3日 (火)

小説M資金『懲りねえ奴』②

安田雅企『追跡・M資金―東京湾金塊引揚げ事件』三一書房(9507)にも、この化学会社の件は取り上げられており、次のように書かれている。

一九九三年暮れから、世界一のインクメーカー、大日本インキ化学工業の社長(六十五歳、当時)が、M資金に引っかかった噂が飛んだ。九ニ年十一月二十五日付けで調査会中央本部という団体へ、彼は念書を入れていた。十兆円を期間三十年、年利一・五パーセント、元利とも二十年後一括返済で借りるためであった。十兆円という巨額のカネを担保なしに借りるという途方もない話なのだが、
「誰にも他言しません。また、書類等を洩らさないことを約します」という本人の自筆と思われる署名、実印を押した念書が、ブラック金融筋に流れ出した。

そして、念書のコピーが裏世界に出回りだしただけでなく、都内の不動産会社「託正」の斉藤社長から、二十億円の損害賠償請求をされた、とある。
設立六十周年記念事業として、本社ビル建設の用地を港区青山に探させ、買う約束だったのが約束不履行となった。
間に入って動いていたのは、調査会本部から同社に顧問として入っていた連中だった。
この辺りの事情は、清水一行『懲りねえ奴-小説M資金』徳間書店(9507)に、かなり精細に描写されているが、実際にどのような状況であったのかは、当事者にしか分からず、多分に清水一行氏の作家的想像力によって造型されていると考えるべきだろう。

安田氏の上掲書では、社長は次のように紹介されている。

大日本インキ社長は弁護士の次男で東大卒。日本長期信用銀行勤務の後、先代社長の一人娘と結婚しムコとなった。欧米の有力化学会社を次々と買収し、一時期買収・合併(M&A)の先駆者として注目を浴びていた。このグループ(注:M資金詐欺師グループ)は交際費を勝手に使える「本部事務局の指定三人」(社長特命担当)以外と、一切協議、相談しないという約束を巧妙に社長から取りつけていた。

この社長の経歴は、固有名詞は別として、清水氏の小説と全く一緒だから、清水氏の小説が、この社長をモデルにしていることは明らかである。
そして、発行年月をみれば分かるように、どちらかがどちらかの記載を参照したということはあり得ない。
安田氏と清水氏の間に情報交換あったとすれば別であるが、それぞれ独立に仕入れた情報だと考えていいだろう。
週刊誌等にも取り上げられた記憶があるので、ある種の公然の秘密といった情報といえるかも知れない。

「M資金」に係わるまで、大日本インキ社長のK社長は、近代的な経営手法によって、同族経営の会社を日本を代表する総合化学会社に変貌させた経営者として評価されていた。
財界を代表することになるであろう経営者の地位が約束されていた、ということもできる。
そのような有能な経営者が、なぜこのような詐欺事件に取り込まれてしまったのだろうか?

1つには、生まれ育った環境から、お坊ちゃん的な甘さがあったということだろう。
順境の時はそれがうまく作用して拡大路線が軌道に乗るが、悪意ある相手の場合には、意外な弱さとなってしまう。
特に、れっきとした上場大企業でありながら、同時にれっきとした個人オーナー会社という場合には、周辺にご意見番もいなかったと推察される。
詐欺師たちが目をつけるのはそのような人物だろう。

タイミングも大きな要素であろう。
創立60周年という節目の年に、何か記念に残る事業をしたいというのは、経営者ならば誰でも考えることであろう。
実際に本社建設の意思がどの程度あったのかは、K社長が亡くなってしまっている現在、推測の範囲でしか分からないが、不動産会社から損害賠償請求をされたということは、そういう話が根も葉もなかったということでもないと思われる。

さらに言えば、ムコ養子という立場の問題もあるかも知れない。
創業者は既に亡くなっていたのだろうが、創業者夫人と二代目の先代社長は存命だったはずである。
2人に対して、功を焦るというような側面も否定できないのではないだろうか。

そして重要なポイントは、紹介者の問題である。
小説では、旧制第一高校・東京大学を共にした代議士の友人からの紹介ということになっている。
K社長は、紹介者の名前は秘匿し通したというから、名前を明かすことがその人に打撃を与えるような人間だった、と推測される。
代議士だったのかどうかは別として(この手の話に国会議員が絡むことはよくあり、ブローカー的な秘書がいることも事実である)、それなりに社会的立場のある人間が紹介した案件だったことは疑い得ない。
だからこそ、K社長も信じて話に乗ったのであり、一旦話に乗ってしまうとなかなか途中で降りることは難しい。

これらの要素が複合して、詐欺師たちの罠にかかってしまったわけで、まことに不幸な事例だったと言わざるを得ない。
そして、問題にしたいのは、紹介者の責任である。
K社長にしても、紹介者がよほど信頼できる人物でない限り、銀行員の経験もあることでもあり、騙されることはなかっただろう。
私は、田母神氏のような社会的立場にある人が、この手の話に係わることはそれだけで指弾されても仕方がないと考える。

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