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「22箇所にキスする2人」
-未来

唇(愛情)

 ←頬(親愛/厚意/満足感) →手の甲(敬愛)
 大総統就任式を前日に控えて、ロイは姿見の前で己の正装姿をチェックしていた。
「不備はなさそうですか?」
「ああ。……勲章は何個だっけ? 全部ついてるよな」
「あちこち別々にしまい込むものじゃなし。そこにあったものを全部つけたんなら全部そろってるんじゃないですか?」
「まあたぶんそうだろうとは思うけど」
 ロイは落ち着かない様子だった。下げた手を握ったり広げたりしながら、ちらちらとリザを窺う。
「就任演説は大丈夫ですか?」
「ちゃんと原稿作ったしブレダのチェックも入ってる」
 入ってるんだがしかし……。
 そうぶつぶつ言いながら、ロイがポケットからしわくちゃのメモを取り出したので、リザは目を剥いた。
「閣下! まさかそのしわくちゃのメモを読むつもりじゃないでしょうね!」
「まだ清書するには納得していないんだ」
「いい加減にしてください! 明日ですよ!」
「そう。明日。……明日だ」
 ロイは顎に手を当てて考えこんだ様子だった。
「……大尉。明日の段取りなんだが」
「今さら変更はききませんよ」
 にべなくリザはロイに釘を刺した
「警備の関係もありますし。段取りと違うことをしたら混乱します」
「たいしたことじゃないんだ。君の立ち位置なんだが」
 ロイは顔をあげると、かたく唇を引き結んでリザに向き直った。
「私の立ち位置……ですか?」
 リザは瞬きをした。
 ロイの副官として、リザはロイの右後方に立つことになっていた。警護の役割も担っているため、比較的近く、なおかつ観衆の目につきにくい位置を計算したつもりだった。
「もう少し下がった方がいいですか? たしかにマスコミも多く来るでしょうし、邪魔にならないようにはするつもりですが」
「違う。そうじゃない」
 いらいらと彼はリザを遮った。
 おもむろに手を取られて、リザは困惑した。ロイの手は汗に濡れて冷たかった。
「閣下?」
 唇を噛んで己を見下ろす男の目を、リザは見つめ返した。
「もしかして緊張してます?」
「してる。ものすごくしてる」
「大丈夫ですよ、貴方なら」
「当たり前だ。就任式についてなら何も心配いらん。もっと個人的なことだ」
 個人的なこと、とリザは口の中で繰り返した。
「君の……立ち位置だが」
 どこか上ずった声で、ロイは言った。
「私の、就任演説のあとでいい。個人的な発表をしたい、から」
 こくりとリザは唾を飲んだ。
 何かを期待するように心臓が早鐘を打ち始める。一方でリザを諫める声もする。
 間違えてはいけない。彼にとって何が最善かを見極めなければ。
「明日は私の隣に立ってほしい」
 一息にロイは言い切った。
「これからずっと、私の後ろではなく、隣に立って同じ景色を見てほしい」
 部下ではなく、伴侶として。
 リザは息を飲んだ。
 ご冗談を、と言いかけて、その目の真剣さに言葉を飲み込む。
 リザの中心が歓喜に震えている。一方でリザを縛る鎖がリザの心を締め上げる。
 忘れるな。己がしたことを。己の責務を。果たすべき約束を。
「閣下。……ですが」
「ともに地獄に落ちてほしい、と言ってるんだ」
 ロイは静かにそう言った。
 リザの浮ついた心がすっと静まる。
 ロイの目は真剣だったが、表情は穏やかだった。
 軽率なプロポーズなどではなかった。
 己がしたことも、己の責務も、果たすべき約束も。すべてを抱えて生きる覚悟のうえで。
「君が受け入れてくれるなら」
 リザに触れる手に力がこもった。その手がかすかに震えていることに気付いて、リザは息をつめた。
「いかなる時も、たとえ我々の行く先が破滅に繋がる道であろうとも。もう二度と、絶対に、君を置いていかないと誓う」
「絶対に?」
 そう問いかけたリザの声も震えていた。
「絶対だ」 
 ロイは頷いた。
 リザの視界がにじんだ。とっさに彼の肩に顔を伏せる。
 いつか置いて行かれるのだろうと、漠然とリザはそう思っていた。
 誰よりも優しい人だから。リザが傷つくことを何よりも厭う人だから。
 自分の業にリザを巻き込むことはしないつもりだろうと、そうリザは思っていた。
 置いていかないで、と泣いて縋りつけるほどリザは素直な女ではなかった。
 だからもしもそのときは、必ず自分もと。一人そう心に決めてはいたけれども。
「返事は?」
 焦れたようにロイはそう訊いた。
 嵐のような感動を胸の奥にしまいこんで、リザは顔をあげた。
「私が貴方なしで生きるつもりはないって、とっくにご存じでしょう」
「だがともに生きると言ってくれたことはないだろう」
「昔、言ったじゃないですか。お望みなら地獄まで、と」
 望んでくださいますか?
 ロイの目を覗き込んで、懇願するようにリザは訊いた。
「それ以上の望みなんてないよ」
 安堵したように、ロイは息を吐いた。
 唇が重なった。ともに生きることを誓うキスは、熱く深く、いつまでも続いた。




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