恋の音・133
翌日、朝起きてダイニングに行くと、そこにお袋の姿も伽耶の姿もなかった。
親父はまだ機嫌が悪いし、考三郎は若干面白がって俺達を見ている。
給仕をする志乃さんも気不味そうだし、他の使用人も不思議そうな顔で・・・俺が何も言わずに席につくと、男3人のむさ苦しい朝食が始まった。
「総二郎・・・」
「はい」
「実は、昨日母さんと話したんだが・・・」
親父が「母さん」と言うのなら、今は「親子」としての会話。
だからそこからは飯を食いながら普通に話を聞いたのだが、内容は昨夜考三郎から聞いたことと同じだった。伽耶との婚約発表は延期。時期は半年後の桜の茶会、親父がその出来映えを認めてから。
「あんなみっともない茶会を見せてしまった後で、そんな華やかな報告など出来ん!」
「まぁまぁ、俺の成長ぶりを見てもらえて良かったじゃん?なぁ、総兄!」
「阿呆、自分で言うな」
「総二郎・・・お前は実際、伽耶さんのことをどう思ってるんだ?」
「俺はイマイチだなぁ~~」
「お前に聞いてねぇよ、考三郎。
正直言うと、伽耶は茶は点てられるかもしれないが、教本に書いてあることを覚えてるだけで、その精神を学ぼうとしてるようには思えない。それに本心を見せねぇところも気になるし、気が合うとも思えない。家族になりたいかと言われれば遠慮したい相手だ。そう言ったら白紙に戻してくれるのか?」
「・・・・・・・・・家柄は問題無い。それに西條家との繋がりもある・・・内々とは言え、1度は受けた話だからな・・・」
親父は大きな溜息を吐いた。
そこで話は終わり、俺はこの後諸用で出掛けることを伝えた。気疲れしている親父は面倒臭そうに「好きにすればい」と言って席を立ち、男だけの朝食は終了。
その後、昨日の片付けの指示だけして、自分の部屋に戻って出掛ける支度をしたが、流石に道明寺の本社に入るのにジーンズって訳にはいかない。
スーツにネクタイを締め、ド真面目な格好で屋敷を出たのは9時30分。
その時間でもお袋と伽耶の姿は見えず・・・心配そうな表情の志乃さんが1人でオロオロしていた。
今日の車はド派手なヴァンキッシュでもGT-Rでもなく、宗家のクラウン。
西村事務長からキーを借りてそれに乗り込むと、向かったのは道明寺ホールディングス・・・西田と中村が何も聞かされずに待ってる会議室で、俺はこれまでの全部を聞くために気合いを入れていた。
それこそ、牧野がNYで受けた扱いも、本当は誰の指示で、どうしたかったのかも・・・その総てだ。
到着までにシミュレーションしようかとも思ったが、それもある意味興奮してて纏まらない。
こうなったら西田の顔を見てから思い付いた事をその都度聞いてやろうと・・・そして牧野を恐怖に陥れた中村には一発喰らわせてやらないと気が済まなかった。
そんな風に闘争心を前面に出して本社ビルを目指し、それが見え始めるとハンドルを握る手に力が入った。
妙な汗も滲み、まだ運転中だってのに目付きが鋭くなる・・・「少し落ち着け!」と自分に言い聞かせながら、そこの来客用駐車場に車を入れた。
受付には話が通してあったのか、俺が行くとすんなり中に入れてくれて、エレベーターで21階を押した。その中には数人の社員がいたようだが、俺を見てヒソヒソと話す声も・・・
それを無視して21階で降りると、フロアの案内表示版で第5会議室を探し、そこに向かって歩いた。
その部屋は1番奥にあり、ワリと小さめの会議室・・・すでに中に誰かいるのか、ドアの磨り硝子の向こう側に人影が・・・1度大きく深呼吸したあとでノックをすると、カツカツと革靴の音がした。
そしてガチャッと開けられたが、そこに立っていたのは俺の知らない奴・・・つまり、こいつが「中村」なのだろうと思ったら急にムカついた。
が・・・突然殴るわけにもいかねぇから、開けられたドアを全開し、中に入った。
驚いてる中村が何も言わなかったところを見ると、この俺の顔は知ってるよう・・・でも、そいつには声も掛けずに西田の方に目を向けた。
勿論、西田も目がテン・・・「西門様?」と呟いた後で、狼狽えたように眉根を寄せた。
「これはこれは・・・どうなさったんです、西門様」
「久しぶりだな、西田さん」
「えっ?あぁ・・・そうですね、失礼いたしました。あまりにも突然だったので驚いてしまいました。
お久しぶりでございます・・・お元気でしたか?」
「見ての通り、ピンピンしてるって」
「・・・それはなりよりです。お家元ご夫妻もお障りなくお過ごしでしょうか」
「あぁ、お陰さまで」
ゆっくりと歩いて近付く俺に、背中側から中村が「どういったご用件で?!」と語気を強めた。それには何も答えず西田の前に行くと・・・
「今日、ここに来るように司に言われたんだろうが、その相手は俺だ。
西田さん、そして中村さん・・・少しばかり聞きたいことがある」
***************************
月曜日・・・私はいつものようにマンションから会社に向かった。
西門さんの話だと、もう私を付け回す人は居ない・・・そう思うとスッキリした気分だった。
もう後ろを気にしなくても大丈夫なんだと・・・・・・
「うわああぁっ!!」
「・・・おはよう、牧野さん。そんなに驚かなくてもよくない?」
「ご、ごめんなさい・・・おはよう、葛城さん」
マンションの1階で出くわした葛城さん・・・こんなのは久しぶりだったから不自然なほどに驚いてしまった。
でもまだ普通にしなきゃいけない。
だから私の隣を歩く彼を無視することもなく、出来るだけ今まで通りに振る舞った。東京に行ったことも多分知ってると思うけど、それも聞いたり言ったりしない。
この土日のことは何も言わず、「来週はもう11月だね~」とか、そんな季節の話をしていた。
「・・・いつから有休消化にするの?」
「えっ?あぁ・・・有休、結構残ってるからなぁ。
部長がせっかくだから11月の第3週目から有休にして、12月15日で退職がいいって言ってくれたの。そうしたらボーナスももらえるからって・・・
私、それはどっちでも良かったんだけど、部長のご厚意を無にしちゃいけないとも思うしね」
「第3週か・・・その頃引っ越すの?」
「・・・・・・うん。このマンションは葛城さんに探してもらったけど、今度は自分で探さなきゃいけないね~」
暢気な言い方をしたけど、それは西門さんに頼めば探してくれる・・・だからそんなに焦ってもないし、心配もしてない。でもこの人の前では、まだそれを悟られないようにしていた。
「また車を船便で送らなきゃ」、「ここで買った家具は営業の川口君が引き取ってくれるんだって」とか・・・そんな話をしていたらあっという間に会社に着いて、私は1階奥の営業課へ、葛城さんは2階の管理課へ向かって行った。
いつもより口数が少ないし、目も合わせようとしない。
・・・西田さんから何らかの連絡があったのかもしれない。
どんな取引をしているのか知らないけど、あんな優しい顔してるのに、みんなの情報をお金に換えてたなんて・・・今でも信じられなくて、西門さんが制裁をした後の彼の事を考えると悲しくなった。
「おはようございます」
「あ!牧野さん、今週もデータ入力とPOP、作ってもらってもいい?」
「それにカレンダー、配り終えてないの~~!」
「お任せ下さい、なんでもやりますよ!」
この2日間の出来事で、私の心は軽くなった。
西門さんは色々大変そうだったけど、私に出来るのは新しい生活の為の準備だけ。それと彼に教えてもらうまで、自分で茶道を勉強すること。
もう過去に思い残すことがなくなったから、自然と元気な声が出る。
さぁ・・・北海道もあと僅かだ。
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給仕をする志乃さんも気不味そうだし、他の使用人も不思議そうな顔で・・・俺が何も言わずに席につくと、男3人のむさ苦しい朝食が始まった。
「総二郎・・・」
「はい」
「実は、昨日母さんと話したんだが・・・」
親父が「母さん」と言うのなら、今は「親子」としての会話。
だからそこからは飯を食いながら普通に話を聞いたのだが、内容は昨夜考三郎から聞いたことと同じだった。伽耶との婚約発表は延期。時期は半年後の桜の茶会、親父がその出来映えを認めてから。
「あんなみっともない茶会を見せてしまった後で、そんな華やかな報告など出来ん!」
「まぁまぁ、俺の成長ぶりを見てもらえて良かったじゃん?なぁ、総兄!」
「阿呆、自分で言うな」
「総二郎・・・お前は実際、伽耶さんのことをどう思ってるんだ?」
「俺はイマイチだなぁ~~」
「お前に聞いてねぇよ、考三郎。
正直言うと、伽耶は茶は点てられるかもしれないが、教本に書いてあることを覚えてるだけで、その精神を学ぼうとしてるようには思えない。それに本心を見せねぇところも気になるし、気が合うとも思えない。家族になりたいかと言われれば遠慮したい相手だ。そう言ったら白紙に戻してくれるのか?」
「・・・・・・・・・家柄は問題無い。それに西條家との繋がりもある・・・内々とは言え、1度は受けた話だからな・・・」
親父は大きな溜息を吐いた。
そこで話は終わり、俺はこの後諸用で出掛けることを伝えた。気疲れしている親父は面倒臭そうに「好きにすればい」と言って席を立ち、男だけの朝食は終了。
その後、昨日の片付けの指示だけして、自分の部屋に戻って出掛ける支度をしたが、流石に道明寺の本社に入るのにジーンズって訳にはいかない。
スーツにネクタイを締め、ド真面目な格好で屋敷を出たのは9時30分。
その時間でもお袋と伽耶の姿は見えず・・・心配そうな表情の志乃さんが1人でオロオロしていた。
今日の車はド派手なヴァンキッシュでもGT-Rでもなく、宗家のクラウン。
西村事務長からキーを借りてそれに乗り込むと、向かったのは道明寺ホールディングス・・・西田と中村が何も聞かされずに待ってる会議室で、俺はこれまでの全部を聞くために気合いを入れていた。
それこそ、牧野がNYで受けた扱いも、本当は誰の指示で、どうしたかったのかも・・・その総てだ。
到着までにシミュレーションしようかとも思ったが、それもある意味興奮してて纏まらない。
こうなったら西田の顔を見てから思い付いた事をその都度聞いてやろうと・・・そして牧野を恐怖に陥れた中村には一発喰らわせてやらないと気が済まなかった。
そんな風に闘争心を前面に出して本社ビルを目指し、それが見え始めるとハンドルを握る手に力が入った。
妙な汗も滲み、まだ運転中だってのに目付きが鋭くなる・・・「少し落ち着け!」と自分に言い聞かせながら、そこの来客用駐車場に車を入れた。
受付には話が通してあったのか、俺が行くとすんなり中に入れてくれて、エレベーターで21階を押した。その中には数人の社員がいたようだが、俺を見てヒソヒソと話す声も・・・
それを無視して21階で降りると、フロアの案内表示版で第5会議室を探し、そこに向かって歩いた。
その部屋は1番奥にあり、ワリと小さめの会議室・・・すでに中に誰かいるのか、ドアの磨り硝子の向こう側に人影が・・・1度大きく深呼吸したあとでノックをすると、カツカツと革靴の音がした。
そしてガチャッと開けられたが、そこに立っていたのは俺の知らない奴・・・つまり、こいつが「中村」なのだろうと思ったら急にムカついた。
が・・・突然殴るわけにもいかねぇから、開けられたドアを全開し、中に入った。
驚いてる中村が何も言わなかったところを見ると、この俺の顔は知ってるよう・・・でも、そいつには声も掛けずに西田の方に目を向けた。
勿論、西田も目がテン・・・「西門様?」と呟いた後で、狼狽えたように眉根を寄せた。
「これはこれは・・・どうなさったんです、西門様」
「久しぶりだな、西田さん」
「えっ?あぁ・・・そうですね、失礼いたしました。あまりにも突然だったので驚いてしまいました。
お久しぶりでございます・・・お元気でしたか?」
「見ての通り、ピンピンしてるって」
「・・・それはなりよりです。お家元ご夫妻もお障りなくお過ごしでしょうか」
「あぁ、お陰さまで」
ゆっくりと歩いて近付く俺に、背中側から中村が「どういったご用件で?!」と語気を強めた。それには何も答えず西田の前に行くと・・・
「今日、ここに来るように司に言われたんだろうが、その相手は俺だ。
西田さん、そして中村さん・・・少しばかり聞きたいことがある」
***************************
月曜日・・・私はいつものようにマンションから会社に向かった。
西門さんの話だと、もう私を付け回す人は居ない・・・そう思うとスッキリした気分だった。
もう後ろを気にしなくても大丈夫なんだと・・・・・・
「うわああぁっ!!」
「・・・おはよう、牧野さん。そんなに驚かなくてもよくない?」
「ご、ごめんなさい・・・おはよう、葛城さん」
マンションの1階で出くわした葛城さん・・・こんなのは久しぶりだったから不自然なほどに驚いてしまった。
でもまだ普通にしなきゃいけない。
だから私の隣を歩く彼を無視することもなく、出来るだけ今まで通りに振る舞った。東京に行ったことも多分知ってると思うけど、それも聞いたり言ったりしない。
この土日のことは何も言わず、「来週はもう11月だね~」とか、そんな季節の話をしていた。
「・・・いつから有休消化にするの?」
「えっ?あぁ・・・有休、結構残ってるからなぁ。
部長がせっかくだから11月の第3週目から有休にして、12月15日で退職がいいって言ってくれたの。そうしたらボーナスももらえるからって・・・
私、それはどっちでも良かったんだけど、部長のご厚意を無にしちゃいけないとも思うしね」
「第3週か・・・その頃引っ越すの?」
「・・・・・・うん。このマンションは葛城さんに探してもらったけど、今度は自分で探さなきゃいけないね~」
暢気な言い方をしたけど、それは西門さんに頼めば探してくれる・・・だからそんなに焦ってもないし、心配もしてない。でもこの人の前では、まだそれを悟られないようにしていた。
「また車を船便で送らなきゃ」、「ここで買った家具は営業の川口君が引き取ってくれるんだって」とか・・・そんな話をしていたらあっという間に会社に着いて、私は1階奥の営業課へ、葛城さんは2階の管理課へ向かって行った。
いつもより口数が少ないし、目も合わせようとしない。
・・・西田さんから何らかの連絡があったのかもしれない。
どんな取引をしているのか知らないけど、あんな優しい顔してるのに、みんなの情報をお金に換えてたなんて・・・今でも信じられなくて、西門さんが制裁をした後の彼の事を考えると悲しくなった。
「おはようございます」
「あ!牧野さん、今週もデータ入力とPOP、作ってもらってもいい?」
「それにカレンダー、配り終えてないの~~!」
「お任せ下さい、なんでもやりますよ!」
この2日間の出来事で、私の心は軽くなった。
西門さんは色々大変そうだったけど、私に出来るのは新しい生活の為の準備だけ。それと彼に教えてもらうまで、自分で茶道を勉強すること。
もう過去に思い残すことがなくなったから、自然と元気な声が出る。
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