9
11月になった。
つくしが大学構内のベンチに座っていると、類に声をかけられた。
「ま~きの。」
「類。 久しぶりだね。」
「ん。 ちょっとフランスに行ってた。 横、座っても良い?」
「どうぞ。」
類はつくしの横に座るとポケットから小さな包みを取り出す。
「はい。 お土産。」
「何?」
「チョコレート。 疲れた時には甘い物が良いんだろ?」
「ありがとう。」
つくしは嬉々として包みを開ける。
中からは一粒大のチョコレートが数個入っていた。
早速それを口に放り込む。
「美味しい~~。」
「それは良かった。」
フランスでの仕事は凄く気を遣う物だった。
まだ社員でもないのに社長の隣でワインの視察、取引先との対面等を行った。
もちろん社員や取引先も何も言わないが、引かれたレールが重く感じたのは事実だ。
と同時に品定めされているのが良く分かった。
そんな中、車で街中を通れば自然に店舗に目がいった。
服屋、アクセサリー屋、雑貨屋、食べ物屋。
そのすべてに牧野の顔が浮かぶんだから相当イカレテル。
もう振られているし物で釣るつもりもないが、俺なら服を贈るなら、アクセサリーを贈るならこれにしようあれにしようと司に対抗する気持ちが自然に湧いた。
もちろんそれを実行するつもりはない。
牧野は司の彼女だし、二人の恋路を応援する立場。
でも日頃疲れている牧野を思うと何か俺らしい励ましの物をと考えチョコレートにした。
これなら形に残る事は無い。
量もほんの僅か。
司が知っても目くじら立てる程の物ではない。
「あ~~美味しい。 フランスの味がする。」
「ぷっ! フランスの味って。」
類はくっくっと笑う。
面白い表現をする牧野。
きっとこの先も俺を笑わせてくれるのは牧野だけなんだろうな。
「そんなに笑わないでよ。 でも凄く美味しい。 ありがとう。」
「どういたしまして。 それより司へのクリスマスプレゼントは決めた?
そろそろ買わないとクリスマスに間に合わないんじゃない?」
「うん。 そうなんだけど何が良いか分からなくて。 何でも持ってるでしょ?」
「牧野からなら何を貰っても嬉しいと思うよ。 たとえ持っている物だったとしてもね。」
「だと嬉しいんだけど。」
つくしは首をすぼめながらも嬉しそうな表情を見せる。
その姿に類は微笑む。
牧野をこんな表情にさせるのは司だけだ。
俺には到底マネできない。
「去年はネクタイだったっけ?」
「そう。 時間が無くて百貨店に入って紳士服売り場でサッと選んで買ったのよ。
もっと他の店舗も見たかったんだけどね。」
「でも喜んだだろ?」
「うん。 サンキューって返事が来た。」
「じゃ今年は何にする?」
「何が良いかな?」
「う~~ん。 私服で言うならシャツとか? 色柄で悩むならインナーとか?」
「インナー、、、って下着の事だよね? パンツとか肌着とか/// ちょっと大胆な気がする。」
それを想像しただけで顔が染まる牧野。
そりゃぁまだ体の関係を持っていないんだから恥ずかしいのも無理はないんだけど、ここまで純情だとこの先どうなるんだ?
まあ司もその日を楽しみにしているだろうし、互いに初めて同士なんとかなるか。
「アクセサリーは仕事を初めてほとんど着けていないと思うし、身につけてもらう物を贈りたいだろ?」
「うん。 それにアクセサリーは値段がね。 って事を考えると服が良いかなぁ。
これからなら上にコートやジャンバーを羽織るしその下に着る服なら趣味じゃなくても着てもらえるかな?」
「そりゃ着るだろ。 サイズはLLかな? 俺がそうだから。」
なんで俺アピールしてるんだ?
牧野は司へのプレゼントしか眼中に無いのにさ。
「空きコマがあれば買いに行けるんじゃない?」
「そうだね。」
俺が付いて行っても良いんだけど、そうなると俺の趣味の服を選んでしまいそうだ。
そうなると司が嫉妬するか?
嫉妬しても良いんだけど頑張っている牧野に八つ当たりされるのは困る。
「せんぱ~~い。 こちらにいらしたんですか?」
三条か。
ここは三条が適役だな。
「何を話していたんですか? 美味しそうなチョコレートですね。」
「うん。 類のお土産。 桜子も食べる?」
「いいえ遠慮しておきます。 私はただいまダイエット中ですので。」
三条は俺の顔を見て告げる。
俺の感情なんかお見通しってところか?
でも踏み込んでこない所は流石だ。
「今、司のクリスマスプレゼントについて相談されてたとこ。
服を買うみたいだから三条がアドバイスすれば?」
ニヤリと笑うところはいけ好かない。
そりゃあ誰だって好きな男の服を選ぶ姿なんて見たくないだろ?
「服ですか。 どういった服ですか?」
「えっと。 シャツかな? ほらっ、ジャンバーとかコートの下に着る服が良いかなと。」
「分かりました。 普段着ですね。 じゃあ何時行きます? 大学の後はお稽古ですよね?」
「空きコマと昼休憩を足せば何とかなるんじゃないかと。」
すぐに予定を決めようとする三条は流石だ。
まあクリスマスまで時間があまり無いし、アメリカまで送る日数も必要だから急ぐに限る。
「それでしたら明後日はどうですか?
確か水道工事の都合で午後から休校になるんじゃないですか?」
「休校になるの? 全然知らなかった。」
俺も知らなかった。
という事は俺も休みになるんだ。
黙っていれば俺ものんびり過ごせるかな?
田村に知られないようにしよう。
「急遽決まったみたいですからね。 ですからお稽古の時間までフリーですよ。
久しぶりに一緒にランチも食べましょう。 そして服を買った後は道明寺さんの家まで送りますので。」
「分かった。 ありがとう桜子。」
ポンポン決まっていく二人の会話を耳に入れながら、類はボーっと空を見上げていた。
未だに司に対して羨ましいという気持ちが湧き、それを気づかれないようにと。