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2023/08/19
3月に入った頃、夜中に突然つくしの携帯が鳴り始めた。
眠気眼で表示を見ると司からだ。
ここ最近SNSばかりで電話は全くなかった。
何事?と思いつつも久しぶりに声が聞けると思うと嬉しくてつくしは飛び起き通話ボタンを押した。
「はい。」
『牧野か?』
「うん。」
変わらない司の声。
一瞬で疲労が吹き飛ぶ感じだ。
だが突然の電話。
何かあったのかと心配になる。
『あのな。 来週シンガポールに行くんだが、途中燃料チャージで日本に寄るんだわ。 だからその時会おうぜ。』
!!!
道明寺に会える!!
それだけで嬉しくて仕方ない。
「うん! 何時?」
『詳しくはまた連絡する。 俺もたった今、西田から聞いたところなんだ。
だから最低3時間はゆっくりさせてくれと言ってあるから。』
3時間。
凄く短い時間だが遠距離を始めて約3年会っていない。
それにまだ2年は会えないと思っていた為3時間だとしても嬉しい。
「分かった。 春休みもずっとお稽古をやってるから分かり次第連絡して?
講師の方に時間調整してもらうから。」
『おう! その時、空港まで来いよ。 それからどこか買い物に行こうぜ。
ほらっ、バレンタインチョコのお礼というかお返しを買いたいからさ。 その時までに何が欲しいか考えとけよ。』
ホワイトデーのプレゼント。
会えるだけで最高のプレゼントなのだけどな。
でも何か形に残る物があれば後2年頑張れる。
「うん。 分かった。」
『稽古もあまり無理するなよ。』
「うん。 無理はしてないから大丈夫。」
『そっか。 まあお前は力を抜くことが出来ねぇからなぁ。』
「仕方ないじゃない。 だって、道明寺の横に並びたいから。」
本人に伝えるだけで頬が染まる。
それは結婚を意味しているから。
『サンキュー。 俺も愛してる。』
言葉に出していないのに伝わる思い。
その言葉が久しぶりに聞けて舞い上がりそうなくらい嬉しい。
「あたしも。」
『じゃまた連絡するわ。』
「うん。 待ってるね。」
電話口から西田さんの声が聞こえる。
本当に西田さんから聞いて、いてもたってもいられずすぐに電話してくれたと分かる。
だってずっとSNSだったから。
会いたいと思っていたのは道明寺も同じ。
ただそれを我慢し、今やらなければならないことを優先しているだけ。
期間は決まっているから頑張れる。
同じ気持ちだから頑張れる。
つくしは既に通話が切れた携帯を握りしめる。
久しぶりに会える。
3時間だとしても久しぶりに会える。
会ったら何を話そう、何を着ていこう、プレゼントに何を買ってもらおう。
眠気が吹っ飛んだつくしは緩む頬をどうすることも出来ず、布団の中でアレコレと考えていた。
そして一週間後。
つくしは午前の稽古を終えると、道明寺家の車で空港まで向かった。
自家用ジェットで来る為、到着ゲートが違うとタマから教わり場所を教えてもらった。
そちらへ向かって急ぐ。
時間は3時間。
遅れるわけにはいかないという気持ちだ。
先に到着したつくしは待つこと30分ほどで、司が出てきた。
スーツ姿の司の隣には西田がおり、何やら書類を広げ話しながら歩いている。
その司がつくしを見つけ微笑んだ。
その笑顔につくしの胸はどきんと高鳴る。
学生時代と違いスーツに身を包んだ司は既に社会人の風格があり大人っぽい。
それに重責を担っている為か風貌も精粋だ。
「牧野!」
目の前の司がつくしの名を呼ぶ。
その声に導かれるようにつくしは一歩二歩、、そして駆け出して司の胸に飛び込んだ。
「道明寺!」
久しぶりの司の胸は以前よりも大きいが、以前と変わらないコロンの香りがした。
その司がギュッとつくしを抱きしめ頭上から声を発する。
「会いたかった。」
「あたしも、、会いたかった。」
ハグはほんの数秒でサッと腕を解かれる。
つくしにしては少々物足りないぐらいの時間だ。
「西田。 今から3時間はフリーだよな?」
「はい。」
司は西田に確認後、つくしに視線を向ける。
「何寂しそうな顔してんだよ。 何ならその3時間、ずっとここで抱き合うか? 俺はそれでも良いけどな。」
「別に寂しくはないよ////」
つくしは皆の視線を気にしつつ虚勢を張る。
ほんとはもっともっとハグしていたいが、ここではやはり恥ずかしい。
司はそんなつくしの手を握ると歩きながら話し始めた。
「んでプレゼントは何が良いか考えたか?」
「うん。 靴にしようと思う。」
悩みに悩んだが、司からのプレゼントは服が多い。
それに合う靴はあまり持っていなく、何時も同じ靴を履きまわしている。
その為、消耗も激しい。
それに『いい靴を履いてるとその靴がいい所へ連れて行ってくれる』と教えてもらった。
あれからいろいろあったが確かに良い所に連れて行ってくれている気がする。
つくしは久しぶりに手から伝わる司の熱を感じながらフワフワする気持ちで道明寺家の車に乗り込んだ。
後部座席に乗った二人だが、前方には西田、運転手がいる。
その為、手は繋いでいる物の会話は至って普通の話に終始する。
大学の事、稽古の事、F3の事。
約三年の話は尽きない。
そして百貨店へ到着すると、靴売り場へ向かった。
「どんな靴だ?」
「うん。 ワンピースとかスカートに合う物が良いかな?」
そんな二人の間に申し訳なさそうに西田が話しかける。
「申し訳ありません。 先ほど緊急案件が届きまして、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あぁ。 構わねぇ。 牧野、悪いがちょっと一通り見ておいてくれ。
こいつの意見を聞いて良さそうな物を出してやってくれ。」
「畏まりました。」
司は店員に指示を出すと司と変わるように店員がつくしの横につき今年の流行などを話し始めた。
仕方ないよね。
忙しい所をわざわざ来てくれたんだし、、。
と自分に納得させながら店員と靴を選ぶ。
そして希望に合う靴を一つ決め、それを履いてみる。
値段もさることながら凄く履き心地が良い。
ヒールの高さも3センチほどで歩きやすい。
つくしはそのパンプスを履き、西田と話をしている司に問う。
「ねぇ道明寺。 これなんてどう?」
司はチラリとつくしを見る。
「おっ、良いんじゃね? あの青のワンピースにも合うんじゃねぇか?」
えっ!
青のワンピース?
「、、、、、、だね。 じゃ、これにしようかな?」
既にパソコンに視線を戻した司には、つくしの表情が一瞬曇ったことに気づかない。
なぜなら、、、
——青のワンピースなんて持っていないんだけど、、、