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つくしはジャガイモ揚げが目に止まった。
そこは数十人が並んでいる。
「あれ食べませんか?」
「並んでるぞ?」
「美味しいから並んでいるんですよ。 行きましょう。」
「マジか? だったらこいつら押しのけて行こうぜ。」
「ちょっ! 駄目です。 きちんと並ばないと。」
「何でだよ! 俺は道明寺だぞ! 俺様を並ばせるつもりかよ。」
「当たり前でしょう!」
つくしは司が今にも最前列へ向かおうとするのを必死に止める。
そしてその司にビシッと告げる。
「道明寺さんの事をどれだけの人が知っていると思うんですか?
他の人からすれば単なる中高生にしか見えませんよ。
それに順番を守る事も大切なんです。
特に最近はSNSの時代なんですよ。
ここで順番を守らず先頭に立てば、誰かがそれを動画に撮り拡散します。
一度拡散されると元には戻せません。
それは道明寺さんが社会人になっても掘り起こされるんです。
それがどれだけ会社の損失になるか分かっていますか?」
「チッ!」
司もそれが分かるから言い返せない。
「その舌打ちも駄目です。 癖になってますよ。」
「お前は腹立たしいと思ったことはねぇのかよ。」
「そりゃぁありますよ。 理不尽な理由でいろいろ言う人はいますから。
アメリカでは人種差別され、英徳では父親の職業で階級が分けられ上から目線で言われ、ほんとにどうでも良い事でグチグチと。
もちろんそんな人とはこっちから願い下げだし、相手の性格が分かって大助かりなんですけどね。」
プンプンと怒りながら話すつくしも、相当鬱憤が溜まっていると分かる。
「俺の名前を出せよ。 何なら俺がお前の教室に行ってやろうか?」
「とんでもない! 道明寺さんたちはF4と呼ばれ芸能人のような扱いをされているんですよ?
そんな人が教室に来られたらパニックです。 それどころか更に虐められますよ。
それよりも、、、道明寺さんたちって大変なんですね。
類さんが図書館へ来ただけで、あれだけ閑古鳥が鳴いていた図書館が一気に人で溢れかえるぐらいですから。」
「まあな。 ほんとにうぜ~よな。」
「ご苦労様です。 あっ順番が来ましたよ。」
つくしはジャガイモ揚げを二本注文する。
そして司が支払おうとするのをつくしが止めた。
「あたしが出します。 道明寺さんには無理矢理食べさせることになるので。」
「無理矢理? まあ、、、そうなんだが、これぐれぇ俺が出すから。」
「いいえ。 万が一、口に合わない場合はあたしが無理やり奢ったからという言い訳が出来るので、とにかく黙っててください。」
そう言うとつくしはサッと会計を済ませ、ジャガイモ揚げを二本手に取るとそのうちの一本を司に渡す。
「もし美味しいと思ったら、、、後でソフトクリームを奢ってください。 それでチャラにしましょう。」
「じゃあ不味いと思ったら?」
「その時の為の驕りです。 奢られた物ですから不味くても食べられるでしょう?
ちなみにですけどジャガイモは嫌いですか?」
「どっちでもねぇ、、、」
「じゃあ大丈夫ですね。 食べてみましょう。」
そう言われ司はパクリと一口食べる。
もちろんジャガイモはジャガイモだ。
ホクホクした感じはするが、、、ジャガイモだ。
隣のつくしを見ると美味しそうに二口目を食べている。
そして司の方を見て感想を待っている。
「まずまずじゃね?」
「良かったです。 まずまずという事は不味くはない。 イコール美味しいという事ですね。」
「前向きなだな。」
「ふふっ。」
無理矢理食べさせられ、しかも奢られ不味いと言えない環境を整えられたら、誰でも美味しいと言わざるを得ない。
「仕方ねぇ。 ソフトクリームを奢ってやるよ。」
「はい。 それにしてもコレ美味しいですね。」
「まずまずだっつってんだろ。」
「ふふっ。 はい。美味しいですね。」
「会話が噛み合わねぇんだが?」
司も思わず笑いながら告げる。
確かに単なるジャガイモの味だが、目の前の景色が良いからか普通のジャガイモではないように感じるから不思議だった。
しかも隣のつくしは櫛に刺さったジャガイモを平気で食べている。
櫛からジャガイモを横に抜き取りながら食べる姿は、とてもじゃないが見た目はよろしくない。
それを自分を前に堂々と見せている姿に、笑いが込み上げてくる。
面白い、、
自分を道明寺の御曹司と全然見ない、、
しかも無理矢理奢ってくる、、、
何なんだ、、この女は、、、
「まずまずのジャガイモだが景色が良いスパイスになるんだな。」
「確かにそうですけど、これ美味しいですよ?」
「頑固と言われねぇか?」
「良く言われます。」
「だろうな。」
「道明寺さんもですよね。」
「まあな。」
司は類がつくしと城や寺巡りをする気持ちが何となくわかった。
気遣う必要が全くないからだ。
しかも自分に対しても至って普通に接してくれるし、どんな自分でも認めてくれる包容力のようなものがある。
それがあまりにも自然で、異性である事を忘れるくらいだ。
こんな女がいるもんなんだな、、、と思った。
「この後、パークゴルフへ行こうぜ。」
「その前に腹ごしらえしましょう。」
「へっ? 今、ジャガイモ食べてんじゃねぇか。」
「これはおやつです。 ラーメン食べましょう? 北海道のラーメンは美味しいんですって。」
「お前に言わせれば何でも美味しいんじゃね? 昨日のディナーも美味しいを連呼していたし。」
「美味しいんだから美味しいと言っただけです。
とりあえずラーメンを食べてパークゴルフをして、ソフトクリームですね。」
司は笑うしかない。
「よく食うな。」
「運動したらお腹が空くものなんです。」
「仕方ねぇなぁ。 付き合ってやるよ。」
「ありがとうございます。」
こうして二人はラーメンを食べ、パークゴルフで一喜一憂して、ソフトクリームを食べ、マリンパークニクスへ行ってからホテルへ戻った。
そこにはゴルフを終えた祖父達が居たが、二人が楽しそうに会話をしているのを見て微笑んで見守る。
「司にしては珍しく楽しんでいるようだな。 連れて来て正解だった。 東条さんには感謝しかないです。」
「こちらこそ道明寺さんには感謝です。 同伴者が居た方が観光も楽しいでしょうから。」
東条祖父はあくまで観光の同伴者という言い方をする。
そこには二人のこれからを縛るつもりはないと取れる。
「参りましたな。 さすが東条さんです。 お孫さんの気持ちを第一に考えているんですから。」
「それは道明寺さんも同じでしょう?」
「そうですな。 言い寄ってくる人は沢山います。
その中で自分の心を癒す相手を見つけて欲しいと思っていますよ。
将来仕事人間にならざるを得ない中、疲弊した心を癒す人と一緒になれば、それだけで更に頑張れますから。」
「確かにそうです。 つくしには沢山の出会いをして欲しいと思っています。
あの子は家族の愛情に飢えているんですよ。
祖父の愛情はあっても父母の愛情を受けた事が無いですから。」
「司も同じです。 あの子は生まれた時から後継者として教育され、両親は仕事が忙しく子供を構う暇がなかったですから。
だからこそ出会いの場は大切だと思うんです。」
「つくしは東条には勤める気は無いというんですが、だったらいろいろな出会いは必要だと思うんです。
どの会社に勤めるにしても、自分で事業を立ち上げるにしても、良い関係を沢山築いていた方が上手くいきますから。」
「確かにそうですな。 それにしても司のあんな表情は初めて見ました。
単なる観光と言っていたのにすっかり楽しんでいる。」
「つくしも気分転換が出来て良かったでしょう。」
二人の視線の先には司とつくしが明日の予定を話し合っている。
「では、明日以降は司もよろしくお願いします。 私は予定通りシンガポールへ行きますから。」
「分かりました。 と言っても私もゴルフを楽しみますがね。」
二人の祖父は笑い合った。
こうして司は北海道に残り、つくしと観光を楽しむ。
翌日には西門祖父が来て、つくしから総二郎のお茶が美味しいと褒められにこやかな笑みを見せる物の、そこに司が居た事には驚いていた。
「こんな事なら、総二郎も連れてくればよかった。」
とポツリと呟いた声は誰の耳にも届かなかった。