練習試合をした際にコーチやキャプテンは新入部員たちの適性を見ていた。
その結果、祐哉がラインバッカーと言われたのは伊織からしても納得出来た。
ラインバッカーはオフェンスが繰り出すプレイ全てに関わるポジションだ。オフェンスの司令塔がクォータバックなら、ディフェンスの司令塔はラインバッカーだと思われる。
リーダーシップだけではない。
ランプレイにおいてはタイトエンドやフルバックのブロックに打ち勝つ強さや勇気が必要になる。パスプレイにおいては各所へのパスを阻止することが求められる。
頑強さに加えてオフェンスに対して即座に反応できる俊敏さと守備範囲の広さも必要で、ラインバッカーがキャプテンを務めていたりするチームも多い。
そんなラインバッカーは祐哉に合っていると伊織は思う。
一見、というか実際チャラい上に調子のいい甘えたといった認識を伊織は祐哉に対して持っているが、意外にもしっかりしており判断力もあるとも思っている。
また運動神経がよくて何でもこなす上に頭もいい。
何というか、あえて例えるならば人懐こいけれども優秀な大型犬のようなタイプとでもいうのだろうか。
ただ本人にラインバッカーが合っているとは言っても、そういった長所を伝える気はない。意地悪をしているのでも嫌がらせをしているのでもなく、ある意味保身の為だ。伝えた途端、考え過ぎかも知れないが押し倒されて結婚でも迫られそうな怖さがあるのだ。
だいたい、何故自分なのか。
伊織は何度もそう思った。
告白された時、本人に確認したので祐哉がゲイではないことは知っている。ついでに言うとバイでもないらしい。それなら伊織も対象外だろうと百万回だって言い聞かせたい。
そもそも自分は可愛い顔をしている訳でもないと伊織は微妙な気持ちで思う。
もちろん可愛い顔だったら良かったなどと思っているのではない。ただ何とか男を捨て置いたとしても、祐哉がゲイでもバイでもないなら尚更、女に見えるような可愛いさもないのに何故なのだと疑問しかないのだ。
小学生である妹はまだ「お兄ちゃん好き」だと言ってくれるが、それ以外で女にモテた記憶がない伊織としては、まさか男から告白されるなんて思ってもみなかったことだった。
最初はとりあえずドン引きだったのだが、次第に半信半疑にもなった。
告白された時に即答で断りを入れたというのに、祐哉は全く堪えた様子もなく平然としていた。本当に好きなら、断っておいて言うのもアレだが、落ち込んだりするものではないのか。今ではアメフト一筋の伊織だが、中学の頃に好きな相手が出来たものの相手に彼氏が出来てしまい、告白することもなく勝手に失恋した時はかなり落ち込んだほろ苦い思い出がある。
だが「お前、俺のこと好きってのほんとは冗談だったんだろ?」などと言おうものなら鬱陶しいことになる。
「気持ちをちゃんと言葉にしたのにまだ伝わってないんですか? なら、もっといくらでもどんな手段でもひたすら俺、伊織先輩に好きだって伝えますけど」
「いや、悪かった……遠慮させてくれ……」
ただでさえ断ったにも関わらず隙あらば祐哉は諦めていないと言動で示してくるのだ。触らぬ神になんとやらで伊織は流すことにした。
流していると、祐哉は結構いいやつだったりする。
普段は「伊織せんぱーい」とやたら甘えてくる部分もあるが、本人の見た目や性格だけでなく実際後輩でもあるので正直伊織も可愛いなとは思う。これは他の部員も思っているようで、祐哉は部内でも可愛がられている。伊織と同じクラスの女子が言うには「カッコいい上に背も高いのに母性本能も擽られる」のだそうだ。母性愛はさすがに伊織は持ち合わせていないが、分からないでもなかった。
またラインバッカーというポジションを推されるだけあり、先ほども述べたがあれでも結構しっかりしており、一年生という後輩ながらに頼り甲斐もある。祐哉にならプレイを預けても大丈夫だという安心感というのだろうか。
だからなのか。
気づけば告白された当初にしていた警戒はともすれば薄れるどころか忘れがちになる。
いや、むしろ忘れていいのではと思うこともある。
だがそうすると油断した頃に祐哉が油断ならない言動をしてきて否応なしに思い出すのだ。
そういえばこいつは俺が好きだったな、と。
そして改めて意識する羽目になる。
まさかわざとじゃないだろうなと考えてみたこともある。
わざと油断させ、そしてあえて思い出させる。その度に、出来れば後輩として以外考えたくないし流したいと思っている伊織は祐哉をむしろ何度も意識することになる。
「いやいや、まさかな……」
いくら伊織に「好きだ」などと言ってくるよく分からないヤツでも、あんなに人懐こそうで甘えたな後輩がそこまで考えている筈はないだろう。
わざとな訳がない。多分、恋愛慣れしていない伊織が未熟なのだろうと、そして結論付けた。
「Down! Hut!」
クォータバックのスナップカウントに伊織はハッとなる。
先程祐哉が声を掛けてきた。
「同じオフェンスに立てないなら、せめてどんな攻撃にも対応出来る男になりますから見ててくださいね」
ニッコリ微笑んだ後にマウスピースを付け、ヘルメットを被った祐哉をまた意識してしまい、集中が疎かになるところだった。
冗談ではないと伊織は気合いを入れ、練習とはいえ試合に集中した。
キックオフ以外のプレイはスナップから始まる。スナップというのは攻撃開始地点にいる、基本センターポジションの選手が敵側のディフェンスと向き合いながら、股の間から後方にいるクォータバックにボールを投げ渡すことを言う。
バスケットボールでのジャンプボールに多少当たるのだろうか。とはいえジャンプボールではボールは中立だが、アメフトのスナップではオフェンスのボールと決まっている。ディフェンスはその後動いたボールを奪うか阻止するのがプレイとなる。
そしてこのスナップのタイミングを合わせる為にクォータバックが大声でカウントを合図するのがスナップカウントであり、伊織たちオフェンスはスナップを見るのではなくこの合図に合わせてプレイを開始する。
そのクォーターバックからのパスに気づき、既に走り始めていた伊織はボールを受け取った。瞬時にブロッカーが作ってくれた隙間を見いだし走り抜ける。
ディフェンスが止めに仕掛けてくるのをすり抜け、ひたすら走る。
あともう少しでタッチダウンだという時、伊織のコースを読んでいたらしいディフェンスの一人がタックルを仕掛けてきた。
ボールを持っている時にタックルされたタイミングでダウン、要は一回の攻撃が終了となる。その為いかにタックルを避け少しでも長い距離を獲得出来るかがポイントにもなる。
スピードを緩めて、もしくは緩めないまま避けるか立ち向かうかパスをするか。瞬時に判断しなければならない。
って、祐哉か……!
ディフェンスの相手が祐哉だと分かった時点で、スピードを殺さないままのカットバックという急激な方向転換のタイミングを逃した。
ボール運動は得意なのですがテニスだけは駄目。
多分何人かまとめて教えてもらった時に利き手が逆で最初から混乱したせいだと思ってます。サウスポー辛い。
2018/03/11
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