陸史を受け入れるどころか、自分の気持ちすら受け入れるつもりはなかった。理解出来ないしどう考えてもおかしいし許されることではない。気のせいだと思いたかった。
だが陸史に抱きしめられ、ただ「俺のこと、好き?」と優しく聞かれ、もう陸史も、そして自分も誤魔化せないと覚悟を決めて好きだと認めた。とはいえ気持ちを認めてもこの感情を認める訳にはいかない。
「克海。ありがとう」
「……でも、こんなの……こんなの許される訳ない」
「誰に?」
思わずボソリと口に出ていた言葉に陸史がじっと克海を見ながら聞いてきた。
「え?」
「誰に許されないの?」
「え、あ、皆……」
「皆って誰」
「そ、んなの。せ、けんとか」
「世間のために生きてるの、克海は」
「そうじゃない、けど! そういうことじゃないだろ」
「じゃあ何。親が悲しむかもってのは分かるよ。俺もそれは本当にごめんねって思う。孫、見せてあげられないし、その世間? ってのを思って心配かけるかもだし、というか親ですら気持ち悪いと最悪思われるかもしれない」
「だろ。だったら」
「だったら何。克海は誰かのために、誰もが安心する人を好きになれるの? 誰かのために付き合ったり結婚したりするの?」
「違」
「克海。家族が大切だから家族のために出来ることをするのは俺も賛成だよ。俺も親やお前を含めた弟たちが大事だ。お前たちが嬉しいと思うことを自分が出来るのなら率先してやりたい。でもな、家族のために出来ないことを無理やりするのは正しいことか? 俺ならそんなの嬉しくないし、本人がしたいことをして欲しい」
「……そ」
涙が出そうになった。
分かる。とても分かる。克海だって親や兄弟が克海のためだからと、自分を押し殺して無理やり何かをしてくれても嬉しくない。
「そう、だけ、ども」
だがこれは酷いのではないのだろうか。兄弟なのだ。血の繋がった。同性同士というだけでも少なくとも克海は慣れない。それでもまだマシだろう。だが、兄弟なのだ。おまけに智空にも好意を寄せてもらっておきながら、克海は両方無理だと突き放すならまだしも、陸史を好きになるなどと、ある意味裏切りにも似た選択をしているのではないだろうか。
「そ、うだ。智空」
「え?」
ハッとなった克海に対し、陸史が少しポカンとした顔で見てきた。それに対し克海はジッと見返す。グダグダと自分を憐れんでいる場合ではなかった。
「陸史。俺は本当に不本意だけど、お前が好きだ。これはもう誤魔化しようがないし自分の感情だというのにどうしようもない」
「え、あ、ああ。というか感情なんてそんなもんじゃ」
「今はそこじゃなくて。その、俺はお前が好きだ。でもやっぱり許されない気持ちだと思うことはやめられないし多分俺はずっと後ろめたいだろうしお前みたいに割り切れない。だが今はそれも置いといて」
「置いとくの?」
「智空だよ!」
「え、あ、ああ?」
陸史はとても戸惑っている様子だが、克海はそれどころではなかった。
「智空にも俺、好きだって言われた。俺はそんな智空に、兄弟以上にも以下にも見られないって言い切ったんだ。あいつの気持ちを受け止めはしたけど、あり得ないって。なのに俺は兄さんのことなんかを好きになんてなってしまって……」
「そんなまるでゴキブリに好意的な感情を抱いてしまったみたいに言わなくても──」
「とにかく! 俺、何よりもまず智空に言わなきゃ……」
「え?」
「大好きな智空をそういう意味で好きになれないって言ったけど、あろうことか陸史を好きになってしまって本当にごめん、って言わないと……」
「あの、まあうん、その、嬉しいし今後もずっと兄弟としても三人仲良くいたいからむしろ言うべきだと思うんだけどね、でも何かこう、うん……なぁ、お前ほんとはどっちが好きなの?」
その時、玄関から智空の「た、ただいま……」とおずおずしたような声が聞こえてきた。陸史が何か言う前に克海は立ち上がり、「智空」とリビングを出ていた。陸史も気を取り直したのかその後に続いて智空を迎え出る。
「あき! お帰り! 昼飯ありがとうな、めちゃくちゃ堪能したよ。あきの愛情こもり過ぎてて俺ほんっと最高だったなー」
相変わらず切り替えが早いというか、さすがというか、いつもと変わらない陸史に、克海はこういうところに騙されてたんだろうなとそっと思う。何も悩みなどなく、チャラくはあってもいつだって正しく優しい強い真っ直ぐな兄だ、と。
智空を見ると、そんな陸史に微妙な顔を向けていた。
「ココア飲むか?」
克海もとりあえずはいつもと変わらない態度でいようと心掛けながら台所へ向かう。
内心では落ち着かなかった。智空に言わないと、とひたすら思っていた。
緊張する。改めて自分に対し告白した二人は凄いなと思えた。智空に対し「陸史が好きだ」とちゃんと言えるだろうかと内心悶々と考えていた。
「あつ兄、ちゃんと全部食べたのかよ」
「食べた食べた。最高。また作ってね」
「それはヤだ」
「ええっ、何で!」
陸史と智空のやり取りを背後に聞きながら、克海は深呼吸をした。とりあえずは智空と二人で話したい。後で智空の部屋へ行こうとまず心に誓った。
あれほど陸史に対しての気持ちや、その感情を許すなんて出来ないなどと悲壮な思いにひたすら囚われていた克海だが、その後何とか智空に説明出来た時はとにかくやり遂げた感が半端なかった。
智空は言い方がおかしいが、驚くことに驚かなかった。
「分かってたし」
「えぇ? わ、かってた、って」
「だってかつ兄、分かりやすいんだよ」
「そ、う……なの、か? じゃ、じゃあ父さんや母さんも……」
「まさか。あの人らは思いもしないんじゃない。俺はだってかつ兄が好きだからだよ。家族ってだけじゃなくて」
「え、あ……うん。その……ごめん、な」
「えぇ。俺、二度も振られた?」
「あっ、え、ごめ」
「……いいよ。謝らなくて。その、とにかく! えっと、かつ兄、好きだから……その、かつ兄は応援したい」
今までムスッとした顔をしていた智空が顔を赤くしながらモジモジと言ってきた。
「智空……」
「でもあつ兄はウザいしムカつくから邪魔はするけど」
プイっと顔を逸らしながら言ってくる智空に、克海はむしろ微笑ましさを感じて口元が綻んだ。
「かつ兄、あつ兄と付き合うの?」
「えっ、いや……気持ちには気づいたけど……そんなの無理だよ。だって兄弟……」
「せっかく両想いなのに? 付き合えばいいだろ。いいよ好きにしたら。でも……その、俺、邪魔はする、って言った、けどでも……でも俺が邪魔って思われる、かな。やっぱ……俺、邪魔……?」
「っばっ、馬鹿やろ、そんな訳ないだろ! 智空は大事で可愛い弟なんだ、邪魔な訳ないだろ!」
一時期はあんなに克海に対して反抗的で嫌われているとしか思えなかった智空が可愛すぎて、克海は思わずギュッと抱きしめた。
書く流れは決めていて終わりまで分かっていても、
この辺りは構成をどうしよかなと思いながら書いていた記憶です。
2020/02/06
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