【アメリカ大統領選2024・ハリスの民主党】(中) “黒人票”の結集が勝敗のカギ
民主党の大統領候補にカマラ・ハリス副大統領(59)が名乗りを上げてから初の週末を迎えた先月下旬。バージニア州ハンプトンの高校で開かれた党の集会は活気に満ちていた。「投票準備のできていない人を見つけたら、尻を叩いて有権者登録させなさい。外に繰り出すのよ」。黒人女性で州上院議員を30年以上務めるルイーズ・ルーカスさん(80)がこう鼓舞すると、400人超の参加者からは大歓声が沸き起こった。9割近くが黒人の女性達だ。
チェサピーク湾に臨むハンプトンは、嘗て奴隷貿易の経由地だった。アフリカ大陸から連れてこられた黒人が北米で初めて上陸した場所とされ、今も住民の多くを黒人が占める。集会は大統領選への機運づくりが目的だった。当初90人程度の申し込みしかなかったが、ハリス氏の出馬表明後に応募が殺到した。主催したゲイリーン・カノイトンさん(64)は「カマラが火をつけた」と言う。バージニア州では、出馬表明後の5日間で4500人以上が選挙ボランティアに登録した。
熱狂する黒人支持層の姿は、“チェンジ”を掲げてバラク・オバマ氏が初めて挑んだ2008年大統領選と共通する。“オバマ連合”――。当時、民主党を支持した集団はこう呼ばれた。黒人の熱狂に触発されるように、若者、女性、有色人種、労働組合が挙ってオバマ氏を支持し、旋風を巻き起こした。
しかし、オバマ氏の退任後、連合は急速に萎んだ。ヒラリー・クリントン氏が挑んだ2016年大統領選では、熱意を失った黒人らが投票に行かなかったことが敗因の一つに指摘される。「トランプを倒す為にはオバマ連合の再構築が必要だ」。ハリス氏は2019年、大統領選の党予備選のテレビ討論会で何度も訴えた。今回、大統領候補となったハリス氏は、活性化した黒人支持層の後押しを受けて、オバマ連合の復活を目指す。
党内マイノリティー(※人種的少数派)の中でも最大派閥に位置づけられる黒人は最近、一段と影響力を強めている。2020年、党予備選の序盤で苦戦したジョー・バイデン現大統領は、黒人重鎮のジェームズ・クライバーン下院議員の支持を取り付けた後に黒人票を固め、劣勢を一気にはね返した。
副大統領候補には上院議員1期目のハリス氏を抜擢し、就任後はロイド・オースティン国防長官ら黒人閣僚を多数起用した。今年の大統領選では、黒人比率の高いサウスカロライナ州を予備選の初戦に組み替える等、露骨な配慮を重ねた。連邦議会の黒人議員グループには約60人が所属。結束力が強いことから、党の重要局面で影響力を行使することが多い。
一方で歪みも指摘される。ハリス氏が出馬表明した後、対抗馬は一人も現れなかった。クライバーン氏がハリス氏支持を早々に宣言し、他のライバルを強く牽制したことが一因だ。黒人議員グループの影響力もあって、ハリス氏は候補の座を射止めたが、その過程で有権者の意思が反映される機会はなかった。
今回の候補者選びには、黒人団体からも疑問の声が上がる。黒人差別の撤廃を目指す『ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)』運動の財団は先月下旬、オンラインで予備選を実施するよう求めた。声明では、有権者を無視した後任選定は「非民主的だ」と批判した。財団幹部のシャロミヤ・バウアーズ氏は、「歴代大統領のように予備選を経て指名されなければ、有色人種で女性のハリス氏に対して差別的攻撃や中傷が浴びせられてしまう」と懸念を示す。
黒人はハリス氏に結集しつつある一方、嘗てほど一枚岩ではないという現実もある。以前は民主党支持が圧倒的に多かったが、民主党が公民権運動を支えた歴史を知る世代が減り、保守的な黒人が共和党に乗り換えていると指摘されている。大統領選の出口調査によると、2008年は黒人の95%がオバマ氏を支持したが、2016年のクリントン氏は88%、2020年のバイデン氏は87%にとどまった。トランプ氏への黒人の支持率は高まる傾向にある。
ジョージア州アトランタの空港職員で黒人のボビー・ニュートン・ジュニアさん(54)はハリス氏を支持しているが、2歳上の兄は敬虔なキリスト教徒で、トランプ支持者だ。「兄は『人工妊娠中絶だけは認められない』と言っている。私の周りに共和党支持は沢山いる。私も過去には共和党に入れようか迷ったことがある。黒人もそれだけ支持が分かれているんだ」と話した。政治の二極化が進む中、ハリス氏は黒人の支持を繋ぎ止められるのか。11月の大統領選の勝敗のカギを握る。
2024年8月18日付掲載