2014年10月02日
信託とは(信託制度の基礎)
「信託」という制度が、注目を集めるようになりました。しかし、「注目を集めるようになりました」と言っても、それはあくまでも金融、法律や税務の専門家の間に限定した話のようにも思われます。注目を集めている理由の一つは、信託関連法制が整備されたおかげで、信託の利用用途が多様化し、使いやすくなったことが挙げられます。
しかし、信託を使って実現しようとする目的(相続という目的、事業承継という目的、福祉という目的、投資という目的等)は、ほとんどの場合、従来信託を利用しなくても実現することができたものばかりです。ではなぜ、他の制度ではなくて、信託を利用するのでしょうか? その理由は、信託制度を利用することに特有のメリットがあるからなのです。
他方、信託制度(特に「民事信託」という制度)には、濫用される危険が多分にあるように思われます。従来、日本では信託制度がほとんど投資の分野でしか用いられてこなかった(例えば、「貸付信託」等)ために、投資以外の目的で信託を利用する場面で、濫用を防止したり是正したりするための制度的保障や実務の蓄積が十分と言えるのか、疑念を持たざるを得ないのです。
そこで、以下のような大きなテーマを立てて、信託制度を整理するとともに、信託制度の活用や問題点を論じていこうと思います。
@ 信託とは(信託制度の基礎)
A 信託の活用事例(他の制度との比較)
B 信託の問題点(濫用防止の手段)
今回は、信託制度の基礎について整理してみましょう。
1. 信託の仕組み
信託の登場人物は、委託者、受託者及び受益者という3者です。
具体例を考えてみましょう。
例えば、余命宣告を受けたシングル親Aが、自分の財産を未成年の唯一子Cに残してやりたいと考えたとしましょう。このまま相続が開始すれば、相続人はCですから、特に何も対策をしなくても、CがAの財産を取得します。しかし、Aにとっては、財産管理能力のない幼いCがいきなり多額の財産を取得してしまう結果になるのは不安です。
そこで、このような場合の一つの解決法として、信託を利用することが可能です。すなわち、Aは、信頼するBとの間で、「Aの死亡時をもって、AからBに対して総財産の所有権を移転させ、Bはこの財産を管理・処分して、Cの生活が困らないように、そして十分な教育を受けられるように、必要額を支出しなければならない。」という内容の契約(=信託契約)を結ぶのです。Aが死んだあと、Bは契約どおり、Aから受け取った財産の中から、Cの生活や学業に必要なお金を支出してゆくことになります。
ここで登場したA、B及びCを、それぞれ委託者、受託者及び受益者と呼びます。
2. 信託の設定方法
(1) 信託契約による信託設定
信託は、上記1.の例のように、契約によって設定することができます。その契約においては、(@)一定の財産が受託者に帰属すること、そして(A)受託者が、一定の目的に従って、受託した財産を管理・処分し、目的達成に必要な行為をする義務を負うこと、を定める必要があります。
(2) 遺言信託による信託設定
また、信託は遺言によって設定することもできます。遺言に定める内容は、上記(1)の場合とほとんど同じですが、遺言で受任者として指定された者が当然に、信託を引き受けるわけではありません。その者が引き受ければ、上記(1)と同じく、受任者としての義務を負うことになります。反対に、引き受けなければ、利害関係人の申立てに基づいて、裁判所が受任者を選任することになります。
(3) 信託宣言による信託設定
信託は、上の2つの方法の他に、「信託宣言」の方法によっても設定することができます。
「信託宣言」とは、委託者である自分が、受託者として、一定目的に従って信託財産を管理・処分すべき旨を宣言することを意味します。つまり、信託宣言においては、委託者=受託者という関係になっています。
信託宣言による信託の設定は、資産流動化に対する需要にこたえる必要から、平成18年の信託法改正によって制度化されましたが、ここではその詳細については割愛します。
3. 信託目的
(1) 多様な信託目的
受託者が、どのように信託財産を管理・処分するのかを決定するための行動指針のことを「信託目的」と呼びます。例えば、上記1.では「Cの生活が困らないように、そして十分な教育を受けられる」ということが信託目的になっていました。また、信託の目的として、事業承継、利殖、福祉、公益等を定めることもできます。信託目的は、多様です。
(2) 信託目的に対する制限
もちろん、信託目的が多様であるとは言っても、一定の制限はあります。それは以下のような制限です。
a. もっぱら受託者自身の利益を図る目的の禁止(信託法第2条1項カッコ)
b. 訴訟信託の禁止(信託法第10条)
c. 公序良俗違反(民法第90条)・脱法信託(信託法第9条)の禁止
上記aの意味するところは、信託とは受託者が受益者のために一定の財産を保有するところに特徴のある制度ですから、受益者がもっぱら自己のために財産を保有しているだけでは信託とは言えないということなのです。
上記b は、弁護士以外の者が、訴訟する目的だけのために他人の財産を管理することがないようにするための制限です。
上記cは、当然の制限です。
4. 信託の機能
冒頭において私は、信託制度で達しようとする目的は、別の制度を使っても実現できるものばかりであると述べました。しかし、信託が注目されるようになったのは、代替的な制度にはない(又は不足している)以下のような機能があるからなのです。
(1) 権利分割機能
財産を持っている者(贈与者)は、自分の望む者(受贈者)に対し、その財産をそのまま贈与することができます。この時、財産の所有権は、贈与者から受贈者に移転するだけです。所有権とは、物を使用・収益・処分する包括的な権利の総体です。これに対して、信託においては、所有権から切り離された受益権のみが受益者に移転します。
受益権が、所有権から分離することの意味は、受益権のみでの流通が可能になるということです。このことの利点は、不動産投資信託(REIT)のように権利の流動性を高めたり、福祉型信託のように財産管理能力の不足している受益者の生活を維持したりというような利用を促進することにあります。
(2) 意思保存機能
財産を所有するものが、自らその財産を管理・処分できればそれに越したことはないでしょう。しかし、外国に長期出張したり、投資等の専門的な財産管理をしたいと望んだり、病気などで身体や意思の自由が利かなくなったり、死期が近づいているのを知るに至ったり、人は、自分の財産を自分の意思通りに管理・処分することに困難を生じる場面に遭遇することが稀ではありません。
そこで、このような財産管理・処分に困難を生じる場面で信託を利用すれば、一定の目的に従った財産の管理・処分を他人(受託者)に行わせることが可能になります。仮に、信託設定をした後に、委託者が死亡してしまった場合でも、信託行為で定めた目的に従った財産の管理・処分を継続することも可能になるのです。このように、信託には、設定時点での委託者の意思を保存する機能があるのです。
(3) 倒産隔離機能
通常であれば、債務不履行を起こせば、債務者の財産は、債権者から差し押さえられる可能性があります。このことは、債務者の財産が債務の引き当て(担保)になっていることを意味します。ですから、さらにすすんで、債務者が支払い不能に陥ってしまい、破産(倒産手続きの一種)する場合には、債務者の財産は原則として清算(換価して債権者に配当する)しなければなりません。
これに対し、信託が設定された場合は、信託財産を債権者から保護することができます。受託者の債権者は、信託財産を差し押さえることは出来ません。また、受託者が倒産した場合にも、信託財産は清算対象とはなりません。委託者の債権者も、委託者の所有から離れてしまった信託財産を、原則として差し押さえることが出来ません(詐害信託の防止・是正のための制度については、後稿に譲ります。)。
5. 商事信託と民事信託
信託は、一般的な言い方をすれば、受託者が誰であるかによって「民事信託」と「商事信託」に分けることができます。民事信託においては、受託者の資格に特別な制限はありません。これに対して、商事信託は、信託銀行や信託会社等の内閣総理大臣の認可又は免許・登録を受けた法人が受託者となります。
日本の信託制度は、投資を目的とする信託を中心として発展してきたため、従来信託と言えば、主に信託銀行が受託者となる商事信託のことを指すのが一般的でした。しかし、信託法の諸規定を読んでみればわかる通り、信託法の中に、民事信託・商事信託の区分が定められているわけではありません。信託法は、民事信託であれ商事信託であれ、同じ規律を設けているに過ぎないのです。
民事信託と商事信託の違いの本質は、実は、前者が営業として受託者となるのではないのに対して、後者が営業として受託者となるという点なのです。そして、営業行為として信託を行う場合には、信託業法の規制を受けることになります。つまり、商事信託とは、信託業法の規制を受ける形態の信託を意味するのです。(このような規律・規制の仕方になっていることから、民事信託に対する濫用・悪用の防止や是正のための制度的手当てが十分であるのか、という疑問が生じることになります。この点については、後稿に譲ります。)
6. 信託銀行の「遺言信託」とは
これまで述べてきた「信託」と紛らわしいものとして、信託銀行が扱っている「遺言信託」商品があります。混同を生じやすいので、ここで「遺言信託」について述べておきます。
「遺言信託」は、信託ではありません。「遺言信託」は、信託銀行が、@遺言の作成支援、A遺言書の保管、B遺言の執行を一連のサービスとして提供する相続業務関連商品の名称です。この種のサービス利用のメリットは、手続的な不安を解消するところにありますが、それ以上のものではありません。
長い文章を読んでくださって、ありがとうございます。皆様の忌憚のないご意見・ご感想をお寄せ下さい。
posted by 司法書士 前田 at 11:20| Comment(0)
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