(8月2日・ミューザ川崎シンフォニーホール)
井上道義の病気降板で急遽ジョナサン・ノットが代役で指揮をすることになったマーラー「交響曲第7番《夜の歌》」。新日本フィルは16型対向配置。コントラバスは下手に並ぶ。
ノットの徹底的に緻密な指揮と新日本フィルの特質であるやわらかく繊細で美しい響きが予想をはるかに上回る化学反応を起こした。何よりも素晴らしく、また感動した点は、先日シャルル・デュトワが指揮したときを上回る新日本フィルの楽員の桁外れの集中力と意欲だ。ノットへの信頼、好感度が強く感じられる演奏だった。
第1楽章
序奏の葬送行進曲風の木管と弦のリズムに乗せて吹かれる、テノールホルンとそれに続くトランペットが完璧。最初の小さな頂点も心躍る。勇壮な第1主題を吹くホルンがまた素晴らしい。第2主題を弾く崔(チェ)文洙以下の第1ヴァイオリン群も美しい。東響の弦もきれいな響きだが、この日の新日本フィルの弦はさらに柔らかく繊細で、最高級のシルクのようだった。
第1主題が再現して展開部に入る。ホルン、トランペットは変わらず好調。木管群も充実している。しばらく静かな部分が続き、コンマス崔(チェ)のソロも入る。トランペットの信号音などが続きトロンボーンのハーモニーやハープのソロ、高音のヴァイオリンなどが夢のような世界を描いていく。このあたりは新日本フィルの持ち味が良く生きている。
クライマックスを築くと序奏が戻る。テノールホルン、ホルン、トロンボーンが呼び交わし、第2主題も再現し、ホルンが雄大に第1主題を吹き再現部に入る。
再現部は提示部よりもカラフルな構造なので、聴きごたえがある。テューバほか金管も好調。第1主題も勇壮に登場する。コーダはノット得意の追い込みが効き、見事な盛り上がりで第1楽章を終えた。
第2楽章「夜曲1」
序奏の2本のホルンのこだまのような呼び交わしが素晴らしい。続く木管は新日本フィルの得意とするところ。客演もあったが、クラリネット、イングリッシュ・ホルン、フルート、ファゴットと加わっていき、マーラーらしい世界が広がる。トゥッティとなり一気に下降して、主部に入る。序奏の雰囲気で行進曲が進む。柔らかな響きは新日本フィルらしい。
第1トリオのチェロのなんと柔らかなこと。これも新日本フィルの良さ。再び行進曲になり冒頭のホルンが出ると、バンダのカウベルが舞台両袖から聞こえる(二人の打楽器奏者がこの前に袖に入っていった)。
行進曲が続き、低音弦が不思議な響きで加わったのち、第2トリオとなる。オーボエの物悲しいトリルにホルンほかが行進曲のリズムで加わっていく。トランペットとクラリネットが呼び交わすと行進曲が再現する。第1トリオが美しく弦で再現し、ホルンの序奏の再現や長いソロが続き、最後は第1ヴァイオリンとチェロの下降するピッツィカート、第2ヴァイオリンのフラジョレット、そしてハープの高い1音でこの不思議な楽章を締めた。第2楽章もノットと新日本フィルの息がぴったりと合っていた。
第3楽章スケルツォ(影のように)
不気味なティンパニのリズムに始まりヴァイオリンが断片的なワルツのような不穏な三拍子の旋律を奏でる。木管他様々な楽器が絡んでいく。トリオのオーボエもどこか哀愁が漂う。ホルンが長いトリルを見事にこなした。再び不気味なワルツが始まる。ヴィオラのソロも入る。断片的なワルツのフレーズが続き、最後はティンパニとヴィオラの一撃で終わった。ノットのきめ細かい指揮に新日本フィルがよく応えていた。
沼尻竜典が神奈川フィルでこの作品を指揮した時のプレトークで、第3楽章を「ホーンテッドマンション(お化け屋敷)」と呼んでいたが、その呼び名がぴったりの演奏でもあった。
第4楽章「夜曲2」
この楽章もまた新日本フィルの柔らかな響きの特長が良く発揮されていた。崔(チェ)文洙の情熱的なソロに続き、クラリネット、ファゴット、ギター、ホルンが応え、和やかに進んでいく。マンドリンも入り家庭音楽会のようでもある。トリオではチェロとホルンが柔らかく対話する。他の弦やハープ、オーボエ、ホルンが加わり夢の世界になる。そこにヴァイオリン群がまるでムード音楽の出だしのようなフレーズで入ってきて、第3部が始まる。心地よい響きに酔う。沼尻竜典はこの楽章を「売春宿」と呼んだが、ノット新日本フィルの演奏は退廃的と言うよりもメルヘン的で、そうした雰囲気とは無縁だった。最後のクラリネットの長いトリルも素晴らしい。吹き方によっては不気味だが、新日本フィルの首席は美技という印象だった。
ついに第5楽章 ロンド・フィナーレを迎えた。正直、このまま終わらないでほしいという気持ちになるほど、ノットと新日本フィルの演奏に魅了された。
お祭りの開始を告げるようなティンパニに続き、ホルンとトランペットがロンド主題のファンファーレを吹き始め、行進曲となって勇壮に進む。頂点に達するとオーボエがかわいらしい副主題を吹く。弦がやわらかく続き、気持ちよく進んでいく。再びロンド主題が出て展開する。ティンパニと弦で奏でられる第2副主題や、かわいらしい副主題、ロンド主題が入りまじって出てきて聴き手を惑わせる。そんな混乱もカウベルやチューブラーベルが鳴らされる中、第1楽章第1主題が輝かしく登場すると、霧が晴れるように消え去り、最後はノットと新日本フィルが文字通り火の玉のように一丸となり、強烈なクライマックスを築いて終えた。
聴き終わって、大きなカタルシス(心の浄化、解放感)を感じた。そのカタルシスは、ノットと新日本フィル、そして聴衆の気持ちが完全に通じ合いひとつになったことから生まれたのではないだろうか。
ノットと新日本フィルの演奏は、バーンスタインが一度だけベルリン・フィルに客演したさいのマーラー「交響曲第9番」のような、まさに一期一会の名演だった。
と同時に、ノットの新日本フィルとの共演は、この先もひょっとしてありうるかもしれないという期待を抱かせた。
マーラー:交響曲第7番 ホ短調『夜の歌』
指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔(チェ)文洙
各セクションの1番奏者リストです。
テノールホルン:齋藤 充(客演)
クラリネット:勝山大輔(客演)
オーボエ:岡 北斗
フルート:清水伶(客演)
チェロ:佐山裕樹
ヴィオラ:安藤裕子(客演)
ファゴット:河村幹子
ホルン:日髙 剛
トランペット:山川永太郎
プレコンサート
[曲目]
モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K.421から 第1、3、4楽章
[出演]
ヴァイオリン:崔文洙、丹羽紗絵
ヴィオラ:安藤裕子
チェロ:佐山裕樹