2024年9月3日(火)宙組トップスター芹香斗亜(93期・研18)の退団記者会見。
誰もが予想した通り、急死した生徒に触れる質問が出ました。
…が、司会者が止めたとか。
その理由は「退団会見と無関係だから」
せっかく、メディアの前で話す機会だったのに。
劇団から「触れないように」と指示が出ていたのでしょうね。
謝罪できずとも、仲間を亡くした哀悼の言葉だけでも。
それだけでも、印象は変わったろうに。
「余計なことを言って、言質をとられないように」
と神経質になっているんでしょうね、劇団は。
劇団は揚げ足、とられまくったから。
人前で話す訓練を受けていない人を、「そういう立場だから」とメディアの前に立たせたことが敗因でした。
人が一人亡くなったこと。
同じ組の仲間が亡くなったこと。
それはとても大きなこと。
しかも、深刻な背景を背負っての死。
宙組のみならず、宝塚歌劇団全体を揺るがしました。
雪組の彩風咲奈(93期・研18)は退団会見で
「自分が今、何をすべきかずっと問い続けてきた」
という意味のことを仰ってて。
その言葉は、有愛きい(宙103期)と一禾あお(雪102期)姉妹を想起させました。
仲間を大切に考え、行動してきた重みが宿っていました。
芹香さんも、芹香さんなりに考えてきた事はあるはず。
このあと続いていく、まだまだ長い人生。
退団記者会見は、その道のりを少しでも歩きやすくできたかもしれないチャンスだったと思います。
それを生かせず、改めて「劇団の隠蔽体質」を強化するだけの結果に。
とても残念です。
よくよく考えた上で、伏せている事も沢山あるであろう劇団さん。
それらは決してマイナスばかりでなく、知れば感謝すべき事も多々あったと想像しています。
それなのに、マイナス面ばかり悪目立ちしてしまう。
勿体ないことです。
過去の前例にこだわりすぎて、臨機応変や柔軟性とはかけ離れているような。
芹香さんにとって「話す」という表現方法は得意分野。
芹香さんに気持ちを表現する機会を与えてあげてほしかった…。
返すがえすも残念です。
劇団なりの保身方法なんでしょうね。
フロントマンである生徒は、大いなる風よけ。
矢面に立つ宙組生の裏で、ホッと息をつく人がいても不思議じゃない。
劇団もまた、何かしらの風よけかもしれません。
いろんな事情や利害に縛られ、個人として率直な発言が制限される事は、多くの分野や組織でもみられます。
故人を悼み、道半ばで退団した妹さん。
せめて、お二人を忘れずにいたいと思います。
(追記/9月6日未明)
相手役(春乃さくら)へは直接、顔を見て話した、と語った芹香さん。
その時の春乃さんの受け答えや反応には触れておらず。
春乃さんの動向(去就)は未定…という事でしょうか。
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<サンケイスポーツ>
来年4月27日付で宝塚歌劇を卒業することが決まった宙組トップスター、芹香斗亜が3日、大阪市内で退団会見を行った。
芹香は「愛する宝塚で過ごした日々は本当に毎日が学びの連続で私を大きく成長させてくれました。こんなにも夢中になれる、打ち込めることに出合えた私は本当に幸せ」と笑みを浮かべてあいさつ。
記者からの最初の質問で〝(昨年)女性が亡くなったことが退団を決める影響を与えたか。現在の亡くなった女性への思い〟について問われると司会者が「誠に恐れ入りますが、退団と直接関係ございませんので」とお断りが。
芹香も「退団については、ある学年を超えたあたりからずっと並行して考えておりました。芸の道はこれといったゴールが明確ではない。トップスターに就任したとき、〝本公演を3作品〟-これを自分のゴールとして決めました」と説明した。
宙組の団員には、公演と公演の間の休み期間中でもあり、LINEで報告。トップ娘役の春乃さくらには「前回の公演中のしかるべきタイミングで直接顔を見て伝えた」という。
宝塚では「自分自身と誠実に向き合うこと」を一番学び、「非常にエキサイティングな宝塚人生だった」と振り返った芹香。改めて〝昨年の問題が退団を決めた経緯に影響したか〟と問われ、「直接関係があることではない」と答えた。
退団後の進路については「まだ全く見えていないですね。心躍るワクワクしたことを見つけていければ」と話し、20分弱で会見は終了。
写真撮影に移る際〝宙組がどんな組になってほしいか〟と質問が飛ぶと「みんな、健康で心から幸せになってほしいと願っています」と返した。
兵庫県神戸市出身の芹香は2007年、宝塚歌劇団に入団し、星組、花組を経て、17年から宙組に所属すると、23年6月にトップに就任。
同9月29日に兵庫・宝塚大劇場で本拠地お披露目公演が開幕したが、上演2日で取りやめとなった。
∇無念なり