ITや機械翻訳、AIの発達で、人間の翻訳の仕事は減るのか、増えるのか?
翻訳は、確かに、能力の高い人が1人で、最初から最後まで担当したほうが(もちろん、チェックやマネジメントなどの人員は別に確保するとして)、品質は確保しやすいかもしれません。
ただ、現実問題として、1人で担当する問題はいろいろとあります。
最も大きな問題は、1人で翻訳できる分量には限界があることです。
つまり、大きな仕事になればなるほど(分量が多くなればなるほど)、完成までに長い時間がかかってしまうことです。
ですので、顧客の求める納期までに間に合わせるためには、複数の翻訳者で分担して翻訳する必要があります。
しかし、複数の翻訳者で分担するとしても、それぞれの翻訳者の実力がみんな同じレベルで最高水準にあるというわけにはいきません。
チームでやりますから、納品する訳文は、その中でも最も高いレベルの人に合わせることができますが、そのためには最も高いレベルの人が最終的にチェックしたり、手を加えたりして、それはそれでまた時間はかかります(1人で最初から最後までやるよりは時短できますが)。
理想を言えば、最高レベルの翻訳者が1人で最初から最後まで担当することですが、現実には納期を含め、いろいろな制約があり、そうはいかないことも多いわけです。
これは、機械を導入しても同じことが言えます。
残念ながら、現時点で機械翻訳(AIによる翻訳を含めて)は、人間の翻訳者の最高レベルの品質の翻訳を提供できる、というには程遠い状況です。
ですので、納期の問題があった場合、機械翻訳を利用してある程度は時間短縮ができますが、それでも、現状ではかなりの手間と知識と経験とスキルが必要になります。
様子するに、最終的に品質を保証する人の実力次第ということろがあり、結局は人間頼みというところが大きいのです。
いずれ、技術が進歩して、すべて機械頼みにできるようになる時代が来るのかもしれませんが、果たして、それはどうでしょうかね。
ただ、機械の導入をはじめ、IT(情報技術)の発達により、作業効率がアップしたり、品質保証のツールが充実してきていて、さらに分業(ローカライズ)するための技術やインフラも整ってきたことから、大人数で分担をして翻訳するということが、とてもやりやすくなってきました。
インターネットやパソコンのセキュリティ技術の向上も、これに寄与していると思います。
このような背景から、最近は今まで似なく翻訳の仕事が増えてきていると思います。
つまり、今までは分業が難しかったり、分業するための人材確保が難しかったりして、大人数で分担して短時間で翻訳することができなかったために翻訳することができなかったものも、翻訳できるようになってきたのです。
大人数で分担して短時間で翻訳するということの是非については、品質の観点からも、賛否両論はあると思います。
また、課題も多くあるのは確かです。
しかし、実際には、そういう状況になってきていることから、翻訳という仕事の「機会」は増えてきていると思います。
昔は、費用や納期や人材確保の問題から翻訳をしようと考えなかったような文書も、今なら翻訳しやすくなったものは多くあります。
そういう意味で、我々翻訳者の仕事の機会は拡大しています。
ただ、それだからといって、翻訳者になるのが簡単になった、翻訳者になれば仕事がたくさんできるということにはなりません。
なぜなら、今のように翻訳の仕事が増えた理由の一つが、先ほども言ったように、翻訳のハードルが低くなったことだからです。
翻訳の現場は、1人でじっくり翻訳をやるという現場ではなく、多くの人で分業して、翻訳ツール(Catツールなど)を使って、短い納期で、比較的安い翻訳料で仕事をしなければならないという現実に直面しているのです。
言い換えると、今の時代の翻訳者になるには、「1人でじっくり翻訳をする」なんて悠長なことは言っていられず、自分の担当する部分を決められた納期までに、所定のスタイル(文体)に合わせて、与えられた用語集から単語や表現を拾って、資料の表現と一貫性のある表演をしながら、翻訳ツール(これが最近はなかなか複雑)を使って、プロジェクトのバジェットの範囲内の(安い)報酬をもらいながらやれるという条件に当てはまる人にならなければならないのです。
どこか、工場労働みたいですよね。
翻訳には、さまざまなジャンルがありますから(工場マニュアルのようなものから、小説などの書籍まで)、一概には言えませんが、最近「翻訳の仕事が増えている」と言われている分野は、今お話ししたような作業環境が求められる分野であり、その大半は
「産業翻訳」「実務翻訳」と言われる分野です。
もちろん、こんな条件ではなく、1人でじっくりやるような案件もたくさんあります。
しかし、今「増えている」理由は、上で話したような「効率化」が実現している分野であり、よって、そこに参入しようとすれば、先ほど話したような状況で働くことのできる人でなければならないわけです。
上で説明したような状況で働くのなら、「自分には無理」と思う人もいるでしょう。
また、翻訳ツールは非常に多様化・高度化しており、その使い方に習熟するだけで一苦労。かなりのスキルが必要です。
一般の人がパソコンを開いてタイピングするというのとは、随分とかけ離れています。
翻訳の仕事が、知識さえあれば、あとは紙と鉛筆があればできる仕事と考えたら、大間違いです。
翻訳実務のスキルも必要なわけで、機械化が進めば、必要となるスキルはさらに高くなると思われます。
こういう観点からも、翻訳は誰でも簡単に作業ができるという仕事ではないということがお分かりいただけると思います。
UnsplashのRyan Ancillが撮影した写真
ITの発達のお陰で、翻訳の機会が増え、よって翻訳業界の仕事も右肩上がりで増えていると思います。
そして、増えている分野の大半は「実務翻訳」「産業翻訳」というジャンル。
つまり、ある程度の専門知識や経験、専門的なライティング能力が必要とされる分野です。
それに加えて、翻訳の作業自体に必要となるツール(機械翻訳やCATツール、品質管理ツールなど)が複雑化し、習熟した人でなければ作業が難しくなってきています。
機械翻訳やAIの発達で翻訳の機会は増えたとは言え、それを使って作業をする人(オペレーター)の数が追い付いていないと思います。
ChatGPTなど、便利なツールもできてきていますが、正しいことを言っていそうで、実は嘘を言っていたり、それを実務の世界で使うには、まだハードルが高い状態です。
ChatGPTが言っていることが正しいことか、それが最適なことなのかが、まだ100%保証されていないので、その信憑性をチェックする「人間」が必要だからです。
なんだか、かなりややこしい世界になってきましたよ。
機械がまだ完全じゃないのに、現場では機械を使うことが増すとになってきているので、それを使いこなせる高いスキルを持つ人材が必要とされているというのが現状だと思います。
機械が発達しても、それを使える人が少ないのですから、やはりスキルを持つ限られた人しかこの仕事には就けないという、なんとも矛盾した状況が出来上がりつつある気がします。
それなのに、翻訳の仕事は増え続け、1つあたりの案件の規模が大きくなりつつあるのですよ。
翻訳者の仕事は増えるばかりで、もうしばらくは(数年から数十年単位で)忙しい日々は続きそうです。
UnsplashのFlorian Olivoが撮影した写真
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