【人生の結論とは】スメタナ:弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調「わが生涯より」 | 室内楽の聴譜奏ノート

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室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Smetana : String Quartet No.1 in e-minor "Aus Meinem Leben" 

 人生の大部分の長きにわたって親交が続いている友人がいる。それぞれ別々の人生を送りながらも、互いの感性の2つの円が交わる部分が多いのか、常に反響し合えることがあるからだと思う。その友人N君の最近の口ぐせは『人生ってこういうことだったのか、と気づくこと』だという。

 どんなに頭脳明晰な人であろうと、この世の事象のすべてを知り尽くすことはできない。どんな剛健な登山家であろうと、世界には登り残しの山々が無限に残っているのと同じなのだ。インドの寓話の一つに盲目の学者6人が巨象に触れてそれぞれ異なる説明をするという話があるが、目が見えたとしても同じように自分の視点からしか自説を主張しえないことは変わらないだろう。古くは百科全書を隅々まで読み尽くすこと、新しくは生成AIの蓄えられた情報をすべて理解できること、これは一人の人間が仮に達成できたとしても何にもならない。また全然知ろうとしない人間がいても排除される理由にはならない。それが人生なのか?

 N君の結論とは、人生は、あるいはこの世界のことは、結局はよくわからなかった、ということに気づいたということではなかろうか。
 

 

 スメタナが自分の人生を総括したようなこの曲を書いたのは1876年、彼が52歳の時だった。その2年前から耳の病気で第一線の指揮活動からは身を引いて、作曲に専念する晩年となったのだが、そのおかげで「わが祖国」をはじめとした傑作を残すことができたのは幸いでもあったと思う。

「わが生涯より」の弦楽四重奏曲は、私にとっては、20代に毎日聴き込んで細部まで脳裏に刻まれた曲だった。地方勤務の単身生活で、大家の甘い誘いに乗せられてミニコンポを買わされ、即金を大家に払ったまでは良かったが、大家はそれを月賦契約し、初回だけ払って夜逃げしてしまったのだ。私は又借りしていた部屋を追い出され、オケ仲間の紹介で町はずれに転居先を見つけ、そこで大音量でスメタナを毎日鳴らすのが日課となった。スメタナQによるスメタナのLPは擦り切れるほど聴いた。いつの日かこの曲を実演したいというのが長年の夢だったのだが、退職後の室内楽活動でそれを曲がりなりにも果たせたのは嬉しかった。
 

楽譜はIMSLP に独ペータース版のスコアとパート譜が収容されている。
String Quartet No.1, JB 1:105 (Smetana, Bedřich)


第1楽章:アレグロ・ヴィーヴォ・アパッショナート
Smetana: String Quartet No. 1 in E minor "From my Life" - 1. Allegro vivo appassionato

             Takács Quartet

冒頭のホ短調の強奏のコードの後に4小節の静寂を置いて、ヴィオラによる悲壮なテーマが朗々と歌われる。まるで「なぜこの世に生まれて来たのか」と苦悶する青年の叫びのようでもある。

この楽章はヴィオラが主役であり続ける。アンサンブルの構成から見ても革命的な用法だが、かといって第1ヴァイオリンをはじめとする他のパートの楽器の動きも有機的で充実している。


第2主題の提示は第1ヴァイオリンが甘く優しく歌うが、3拍目を強調して繰り返すヴィオラの伴奏音型も印象的で存在感がある。

 

 

第2楽章:アレグロ・モデラート・アラ・ポルカ
Smetana: String Quartet No. 1 In E Minor, T. 116 "From My Life" - 2. Allegro moderato alla Polka

        Emerson String Quartet

ニ長調、4分の2拍子。特徴的なフレーズの冒頭のユニゾンは曲中に何度も出てくる。


アウフタクトを引っかけて踏み出すリズムが踊りの足の運びを思わせる。


次に現れるヴィオラのソロのテーマは「トランペットのように」と指示がある。ここでもヴィオラが主導的な役割を持っている。


中間部はフラット♭5つの変ニ長調に転じて、チェロが踏み出すポルカのリズムが延々と続くのに合わせて他のパートも動く。低音で目立たないがこのチェロの動きが曲の根幹となっている。



第3楽章:ラルゴ・ソステナート
Smetana: String Quartet No. 1 in E minor "From my Life" - 3. Largo sostenuto

         Janácek Quartet

変イ長調、8分の6拍子。冒頭の前奏部はチェロのアカペラで遠い日の幸福な思い出を歌うが、底にややほろ苦さがある。平行調のヘ短調の色合いがあるように思う。ここのパッセージは完全に独り語りなので、演奏者によって流れの揺らぎが違うのが面白い。


主部は第1ヴァイオリンのテーマに第2ヴァイオリンとヴィオラが伴奏するが、音符の拍の一つ一つに代わる代わる動きを交叉させて、静かに味わいを深めている。(譜例の緑の点)


その感情が高まりを見せてヴァイオリンとチェロが強奏する中で、ヴィオラが三連譜を狂おしく奏でる。それは第1ヴァイオリンに受け継がれ、苦しい心の叫びに至る。
 

 

 

第4楽章:ヴィヴァーチェ
String Quartet No. 1 in E Minor, "From my life": IV. Vivace

          Talich Quartet


ホ長調、4分の2拍子。第1楽章のホ短調に対応して同主調のホ長調で締めている。リズム的には8分の6にも通じる。このユニゾンでの強奏のテーマも曲中に頻繁に繰り返される。


第2主題の舞曲風のテーマは第1ヴァイオリンから始まり、第2ヴァイオリンと歌い交わされ、しまいには狂喜するほどまでに盛り上がる。


突然場面が暗転してホ短調に転じ、不穏な空気が漂う。第1ヴァイオリンでオクターヴ高いホ(ミ)の音がまるで耳鳴りのようにキーンと鳴り続ける。これはスメタナ自身が体験した耳の病気を再現したものとされている。その悲嘆に暮れる様は心を打つ。そのあとは短く各楽章のモティーフが回想され、命を全うするように心静かに曲を終える。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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