【孤高のヴィオラ】クラウス:弦楽四重奏曲 変ロ長調 作品1の2 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

J. M. Kraus : String Quartet in B♭- major, Op.1 No.2  VB181

 人は日々新鮮な刺激に直面するとその印象をどのように整理するかで知識や経験を積み重ねて行く。広く言えば認識論になるのだろうか。物事を分類もしくは区分けすることは、動植物学者が種目や科目に分けるのと似ている。
 クラシック音楽に対しても同じやり方で、時代軸、潮流 流派、民族性などのレッテル(今はラベルと言う方が多いのか)をつけて、頭の中に並んでいる引き出しの座標軸のどこかに収納しようとする。単に仕分けができたというだけでそれを理解したと思い込んでしまう人間の感覚も不思議だなとつくづく思う。しかも、その分類で頭を片づけないと、次の新規の対象物には注意を向けることが出来ないのだ。
 

 

 音楽の分類上便利なレッテルに「〇〇のモーツァルト」というのがある。モーツァルトのような優美な曲を書いた作曲家ということだが、例えば「スペインのモーツァルト」はアリアーガ、「フランスのモーツァルト」はドヴィエンヌ、「黒いモーツァルト」もフランスのサン=ジョルジュ、そして「北欧のモーツァルト」はヨーゼフ・マルティン・クラウス (Joseph Martin Kraus, 1756~1792) を指している。いずれもモーツァルトとほぼ同世代なのだが、特にクラウスはモーツァルトと同年生まれ、没年はモーツァルトの死の翌年という近似ぶりだ。しかし広い意味での作風の同時代性はあるものの、同い年のモーツァルトから影響を受けることはほとんどなかったと思う。
 クラウスはドイツ中部出身で、音楽家としてスウェーデン王室に雇われ、式典音楽や歌劇、交響曲を書いた。1783年にウィーンへ旅行し、尊敬するハイドンに会い、交響曲を献呈した。その機会に弦楽四重奏曲6曲セットを作品1としてベルリンのフンメル社から出版した。これも彼の代表作の一つとされるが、モーツァルトが有名な弦楽四重奏曲集「ハイドン・セット」を発表する1年前だった。
 ここで今回取り上げた作品1の2の変ロ長調の弦楽四重奏曲には「ヴィオラのカルテット」(Bratchen Quartett) という渾名がついている。その第2楽章はヴィオラのために書かれた魅力的なソロで終始する。ハイドンの様式では緩抒楽章は第1ヴァイオリンが主役と決まっていたのだが、ここではクラウスの趣向が成功している。ヴァイオリンよりも中音域を得意とするヴィオラに中高音のメロディを奏かせて陰影のある響きを引き出せたのである。

 

楽譜は、KMSA-室内楽譜面倉庫に独カルス Carus 版のパート譜を参照できる。
Kraus_Joseph_Martin  SQ B-dur_ Op.1-2 (Bratschen)
初出版:1783-84 - Berlin: J.J. Hummel, Plate 561


第1楽章:アレグロ・モデラート
J. M. Kraus - VB 181 - String Quartet Op 1 No. 2 in B flat major

       Joseph Martin Kraus Quartett

 あまり自己主張しないあっさりしたテーマが第1ヴァイオリンを中心に登場する。第1拍目の音を強調する前打音装飾風の語り口は当時の流行と思われ、モーツァルトに影響を与えたマンハイム楽派で盛んに用いられていたようにも思える。クラウスが育ったのも中部ドイツである。


 クラウスの曲の構成は厳密なソナタ形式ではなく、最初のテーマを少しずつ発展させて変化していく自由さが見られる。続くパッセージでも前打音装飾が織り込まれる。


 一般的には性格の異なる第2主題になるはずだが、クラウスの場合は不明瞭ながらも発展的な変容で聴く者をひきつける。こういう所に彼の個性というかクセというか、他の作曲家には見られない独特の味わいが感じられる。


第2楽章:ラルゴ
Kraus: String Quartet in B-Flat Major, VB 181 - II. Largo

             Salagon Quartett

 この曲の中心をなす楽章。4分の4拍子で記譜されているが、ゆったりとした8拍子カウント。♩=45 くらいが心地よい。最初から最後までヴィオラがソロで歌う。第1第2ヴァイオリンとも伴奏に徹して、ヴィオラよりも低い音域で合わせている。
 ヴィオラは普通は音部記号がハ音記号なのだが、この楽章ではヴァイオリンと同じト音記号表記になっている。ヴァイオリンでなら何の変哲もないパッセージがヴィオラでは(高音のE線がないので)弾きにくくなる。それさえ克服すればこの味わい深い歌が何とも言えない魅力を放って聞こえてくるのだ。ここでも第1拍目の音を強調する前打音装飾風の語り口が出てくる。


 中間部でただ一カ所、ヴィオラがひと息休んで、第1ヴァイオリンの伴奏句が目だって聞こえる所がある。その伴奏句と言えども印象的で、次に出てくるヴィオラのメロディを引き立ててくれる。


 ヴィオラがソ↗ソとオクターヴで高音に上がる個所も楽器としては苦しいのだが、それが「悲痛さの表情」と感じ取れるのが興味深い。


第3楽章:アレグレット
String Quartet in B-Flat Major, Op. 1, No. 2, VB 181: III. Allegretto

        Lysell String Quartet

 普通のフィナーレ楽章のように第1ヴァイオリン主導に戻り、軽快なテーマが登場する。


 諧謔味のあるフォルテのユニゾンの動きも面白い。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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