こんにちは!
本日も9月3日発売のアイリスNEOの試し読みをお届けします✧٩(^ω^*)و✧
試し読み第2弾は……
『完全別居の契約婚ですが、氷の宰相様と愛するモフモフたちに囲まれてハピエンです!』
著:あゆみノワ 絵:凪 かすみ
★STORY★
幼い頃の誘拐事件が原因で男性恐怖症になった令嬢ミュリル。家族の迷惑にならないよう、将来は愛する動物たちと自給自足をして生き抜く! そう決めていたのに、ある日ミュリルに氷の宰相との縁談が持ち込まれる。即答で断ったけれど、『結婚という既成事実』が必要な彼は魅力的な条件付きの契約婚を提案してきて――!? 女性恐怖症と男性恐怖症、利害の一致から結婚したらハピエンが待っていた?
訳あり宰相夫婦の契約からはじまる新婚ラブファンタジー!
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王宮に着くなり謁見室へと案内された私たちは、緊張と不安に身を強張らせながら陛下と対しました。ごく内密な縁談だという話を裏づけるように、謁見室にはごく限られた人間以外は人払いをしてあるようです。首を深く垂れながら、その時を待ちました。
「そなたの娘も行く末を考える年頃だというのに、男性に容易に近づくこともままならぬとなればさぞ父として心痛だろう? 男性恐怖症とはなんとも難儀だな」
それが陛下の第一声でした。その意味するところにお父様の喉がごきゅっ、と大きく鳴り、思いもしなかった言葉に私も見事に凍りつきました。
「あ……あの……なぜそれを……。娘の恐怖症のことを、なぜ陛下が……」
発言の許可を得るのも忘れ、そう問いかけたお父様の声は震えていました。
私が男性恐怖症であることは家族と我がタッカード家が昔からお世話になっている医師、忠実な屋敷の使用人たちといった深いつながりのあるごく一部の者しか知りえない秘密です。もし知れたら好奇の目にさらされるのは間違いないでしょうし、心ない噂を振りまく者もいますからずっと隠し通してきたのです。
なのになぜそれを、陛下がご存じなのでしょう?
いくら距離が離れているとはいえ、国王陛下だって男性に違いはありません。ゆえに逃げ出したい気持ちを必死に抑え込んでいた私でしたが、今は別の意味で足が震えていました。
すると陛下はこちらをじっと見据え、続けたのです。
「ちょっと訳あって、そなたのことを調べさせてもらったのだ。……ミュリルといったな。そなたは子どもと老人、近しい家族以外の男性には一切そばにも寄れずまともに会話もできないと聞いたが、それに相違ないか? それゆえに結婚もあきらめている、というのは?」
陛下の静かな、けれど為政者としての威厳ある視線に思わず息をのみました。
どのような理由からかはわかりませんが、どうやらこちらの事情はすべてお見通しの様子。となれば、今さら嘘をついてごまかしても無駄でしょう。
気が遠くなるのを感じながら、それでもぐっとお腹に力を入れなんとか平静を保ち口を開きます。
「……はい。おっしゃる通りでございます。ご覧の通りある程度の距離を保てばこのようにお話することもできますが、近い状態では逃げ出すか失神いたしますために、結婚など到底叶わぬ身でございます」
覚悟を決めそう答えた私に、陛下は。
「ふむ。調べ通りだな。なるほど……」
何やら口元にかすかな笑みを浮かべ小さくうなずくと、隣に座している王妃様に目配せしたのでした。
「まだ七歳の女の子をさらって傷つけようとするなんて、さぞ恐ろしかったでしょうね。恐怖症になるのも無理はないわ。そのために恋もできないなんて、こんなにかわいらしい方なのにあまりに不憫というものね……」
王妃様のその言葉からしても、やはりすべてご存じのようです。
王妃様はまだお若く、少女といってもいいかわいらしさと初々しさを漂わせていらっしゃる方です。が、そこはやはり国を統べる方の伴侶となられた方。居並ぶおふたりからは何ひとつ隠し立てしても無駄だ、という無言の圧力が漂っていました。
「そうはいっても、女性が結婚という後ろ盾なく生きていくのは難しい世の中だ。男性と一切関わらず暮らすには、少々無理があろう?」
「そうね。若い女性ひとりではあれやこれやと危険もあるし、不安よね。やはり守ってくださる方がそばにいた方が、安心して生きていけるというものだわ」
何かを申し合わせるようにうなずき合う陛下と王妃様の姿に、私はお父様とちらと視線を合わせました。
「……そこでだな。そんなそなたにぴったりな縁談を勧めたいと思っているのだ。いや、ある意味仕事の斡旋と言ってもいい。ちょっとわけありのな」
「……仕事の、斡旋……??」
陛下が口にした思いもよらない言葉に、思わず首を傾げます。
縁談と仕事の因果関係もさっぱりわかりませんし、わけありという言葉の意味にも見当がつきません。困惑する私たちをよそに、陛下は扉付近に立っていた衛兵につと手を上げると。
ギィィィィ……。
扉が開き、その人が姿を現したのです。この国の若き宰相、ジルベルト・ヒューイッド様が――。
「はじめてお目にかかります。ジルベルト・ヒューイッドと申します。この度は私のためにかような話に巻き込んでしまい、誠に申し訳ありません。心より謝罪いたします」
これが氷の宰相、ジルベルト様とのはじめての対面でした。
そのお姿にはっと息をのみました。だってあんまりにも――。
「……は、はじめてお目にかかります。ミュリル・タッカードと申します。本日は宰相様にお会いでき、大変嬉しく存じます」
なんとか型通りの挨拶を終えそっと視線を上げれば、ほんの一瞬ジルベルト様と視線がかち合いました。なぜかすぐに視線を逸らされてしまいましたが。
視線が逸らされたのをいいことに、そっと目を上げそのお姿を観察します。
ジルベルト様の第一印象はなんといっても美しい、その一言に尽きました。宰相としての能力のみならず、外見も非常に優れた方だとは聞いていました。けれどまさかこれほどまでとは。性別を超えたまるで絵画のような美しさに、つい男性への恐怖も忘れて目が吸い寄せられます。
氷と表されるくらいですから、もっと冷徹な厳しい印象の方なのかと想像していたのです。けれど私の目には――。
目元にさらりとかかった艶のある銀髪。その隙間からのぞく目は、この国では珍しい青緑色。その深みのある神秘的な色に、思わず目が吸い寄せられていました。巷では冬の冷たく冴えた湖のようだ、とも称されるその目は、私にはむしろ新緑が映り込んだ夜の穏やかな湖面のように感じられました。その青みを浴びた銀髪も、まるで冴え冴えと光る美しい月明かりを反射してきらめいているように見えて。
けれど同時に、どこか人生に疲れたような何かをあきらめたようにも見える物憂げな空気がどうにも気にかかったのです。
そのせいかジルベルト様から視線を外すことができずにいた私に、陛下は静かに告げたのです。
「私はな、そなたとこの宰相との縁談をぜひとも提案したいのだ。この男は宰相としてはこの上なく有能で切れ者だが、実はちょっと特殊な事情を抱えていてな。だがそなたと結婚することで、その苦労を分かち合い助け合うことができるのではないかと思っているのだ」と。
その言葉に思わず首を傾げました。
「特殊な……事情?? 分かち合い……助け合う……??」
特殊な事情とは一体どんなものでしょう? 私と分かち合うことができる事情とは?
そもそも私は、男性と至近距離で向き合うことも会話することもできない身なのです。どんな事情があるにせよ、そんな私がお力になれるようなことがあるとは到底思えないのですが。
表情を取りつくろうのも忘れ、怪訝な顔で陛下を見やれば。
「まぁ結論を出すのは詳しい事情を聞いてからでも遅くなかろう。……おい、ジルベルト。これはお前に降りかかった火の粉だ。あとは自分で話せ」
そういってジルベルト様を見やったのでした。
そのふたりのやりとりからは、どこか気安い空気感が漂っていました。きっと陛下はジルベルト様を心から信頼し、心を許しておいでなのでしょう。
ジルベルト様はそれに困ったように嘆息すると、口を開きました。
「……わかりました。……ではお話しします」
こうして、私と氷の宰相ジルベルト様の奇妙な縁談話は幕を開けたのでした。
「……えっ、女性恐怖症、ですか? 宰相様が?」
ジルベルト様の口から語られたその特別な事情とやらは、まさかの内容でした。
「はい。私はあなたと同じく、異性――つまり女性に対しての恐怖症を抱えているのです。老人や子ども以外の女性と接触すれば、直ちに吐き気や発疹、最悪の場合はその場で失神します。幼少の頃に色々とありまして、それが原因で……」
「まぁ……!」
思いもしなかったその告白に、驚きの声がもれました。
「で……でもお仕事はどうなさっているのですか……? お立場上、外交などで女性と対面することも多々おありでしょう。時には握手だって……!」
ただの貴族の娘である私ですら、人並みの生活すら送れず大変な思いをしてきたのです。ちょっとした外出すらままならないというのに、国の要職についていらっしゃる宰相様ともなれば、お仕事上挨拶代わりの接触が必要になることもあるでしょう。まさか男性以外との対面を拒否するなんてことできっこありませんし。
するとジルベルト様は小さく首を振ると。
「私は幸い、常識的な距離間でかつ手袋越しの瞬間的な握手などはなんとか耐えられるのです。ですからごく一般的な挨拶などは可能なのです。もちろん握手なども素手では無理ですし、ほんの短い時間に限られますが……」
「あぁ……。そうなのですね。とはいえ、それはさぞ大変な思いをなさってきたのでしょうね……。心よりお察しいたします」
同じ恐怖症とはいえ、人により症状の現れ方はそれぞれです。確かにそれであれば周囲に恐怖症と悟られず、ただの女性嫌いだと思われるだけで済むかもしれません。どんな美しい女性にもなびかず冷たい態度を取るというあの噂は、きっとそうした不自然な態度からきているのでしょう。
同じ苦しみを抱えた仲間同士の連帯感というのか、同情にも似た感情がわき上がるのを感じていました。もっとも私に何か力になれることがあるとは思えないことに、変わりはありませんけれど。
心からの同情をそう口にすれば。
「いえ、あなたの幼少期の恐ろしい経験に比べればそう大したことでは……。とまぁそんな身ですので、私は生涯独り身を貫くつもりでいたのです。家督を継ぐものは他にもおりますし、仕事上も独身でも特に支障もありませんし。それにひとりの方がより仕事に打ち込めますから。……ですが」
ジルベルト様の表情が、目に見えて暗く曇りました。
「……?」
「先日それを阻む、少々――いや、とある大問題が持ち上がりまして……。それを解決するために、なんとしても結婚という既成事実を作らねばならなくなったのです……!」
「結婚という……既成事実……?」
その時、何やらジルベルト様の様子がおかしいのに気がつきました。
「……あの、宰相様? ジルベルト様……、どうかなさいましたか? なんだかお顔の色が……」
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~