英作家サキの短編にトバモリーという言葉をしゃべるネコの話がある。あるパーティーでのこと。トバモリーが一人の女性にこう暴露する。…
先日、新聞のコラム(東京新聞8月12日付『筆洗』)で見かけた文章ですけれど、これを見て「???」となったのは他の人の中にもおいでではないかと。一文めの理解として、トバモリーというのが言葉の名前、つまりトバモリー語なる言葉をネコがしゃべるのだと受け止めてしまい、その後にそのトバモリー語が女性に語り掛けたとは?となってしまったのですな。しばしのちに、「ああ、トバモリーとはネコの名前であったか…」と。
…人口減少は深刻だ。昨年1年間の出生者は2人だけ。2004年の約4千人から4割ほど減り、65歳以上が半分近くを占める。…
これもまた先ごろの新聞記事(東京新聞8月18日付社会面)で「?」と思ったところでして、「出生者が昨年は2人で、2004年には4000人もいたのか?!それにしてもたった2人は4割減どころではないが…」てなふうに。埼玉県の東秩父村(埼玉で唯一の村であると)のことを取り上げた記事ですが、やっぱり少しおいて「4千人というのは2004年段階の総人口であって、出生者の数ではないのだね…」と気付いた次第でありました。
たまたま読んでいるのが東京新聞というなだけであって、おそらくこうした「???」な表現はいたるところで目に止まるものでしょうけれど、ことさら記憶にとどまったのは、折しもちくまプリマ―新書の一冊、『世にもあいまいなことばの秘密』を読んでいたからであろうかと。著者の川添愛という言語学者の方は、しばらく前に歌人の俵万智との新聞対談で見かけた名前でしたなあ。
日常的に話し言葉や書き言葉でたくさんの日本語に接するわけですけれど、話し手・書き手の側では「これで通じる」と思って使った表現が、実は受け手を混乱させることがある。そのあたりを「あいまい」と称して、数ある事例を(言語学者らしく専門的に例をカテゴライズして)紹介しているわけです。それぞれに「なるほど」な事例が出てくるところながら、ちとできすぎ?な例が多いような。本書の帯に取り上げられているところからして、そのように思えたりも。
この先生きのこるにはどうしたらいいか。
著者はこの一文を「この先生が『きのこる』って?」と読んで戸惑ったことが紹介され、実際、読み手たる自分もまた「きのこる?」と思った口。実のところは「この先、生きのこるには…」という文章なわけですが、それなら(読点の入れるという解決策もありますが、この場合には)「この先生き残る」と書いてくれればおそらく受け手の混乱は回避できるのですよね。そんなことからも「できすぎ?の例」と思えてもしまいまして。
ただ、それはそれで本書の読み手に分かりやすい事例を考えればこそかもしれませんので、これ以上このことにとやかくいうのでなくして、肝心なことの方を。ちくまプリマ―新書は「学生の“学び”に役立つテキストや、大人の学びなおしに対応」という触れ込み(同新書HP)のようですので、岩波ジュニア新書とコンセプトは被っている(一応、岩波の方も大人の読者を想定していないわけではない)わけですが、はっきり「ジュニア」と謳っているのと異なって、より大人が手にとりやすいところかもしれません。
ですが、こと本書に関してはかなり若い世代を想定して書かれているような。先のキャッチ―な?笑いをとるような例文を用いるところもしかりですけれど、そうした若い世代にとってはかつて若い世代を過ごした人たちの時代よりも、世に広く言葉を発信できるツールが格段に広まっている現状があるのですよねえ。
要するにSNSを通じた発信(本書はそのことに特化した対応が書かれているわけではありませんが)が、受け手をけむに巻いてしまうことが多々ある。ともすると、誤解の果てに「炎上」てなことにもなりかねないということが実際、多くあるわけです。本書ではそれを回避する表現方法をたくさん紹介していますけれど、要するに考えなければならないのは、話し手・書き手の言葉足らず、表現する上での工夫の不足、どう受け止められるかにあまり想像を巡らせていないことなのでもありましょう。
言葉を発するごとに事細かな説明を加えれば、もちろん誤解の回避に繋がりますが、日常的には話の流れ、文脈を通じて、繰り返し言葉に出さなくても通じるであろうことを省略して、話し、書いていて、それはそれでくどくならずに済んでもいる。さりながら、匙加減を間違えると立ちどころに混乱に陥るのですから、やはり言葉を発するにはひとつ思案のしどころがあろうかと思うところです。もっとも、話し言葉では即座に説明を加えることも、訂正することもできないことではないので、主に問題となるのは書き言葉の方かもしれません。
まあ、「炎上」に至るような話ではありませんが、冒頭に引いた新聞の例では、「トバモリーという、言葉をしゃべるネコ」とか「言葉をしゃべるトバモリーというネコ」とかであったら、「???」でなかったでしょうしね。2つめの引用では、「…人口減少は深刻だ。2004年の約4千人から4割ほど減り、65歳以上が半分近くを占める。昨年1年間の出生者は2人だけだ。」と順序を入れ替えると混乱回避に利するものの、(上の引用には示していない)その後の文章に介護保険料の増大が紹介されるので、そちらとの繋がりを優先するあまり、かような一文になったのでしょうけれど、も少し推敲が必要だったのかもですね。
と、どうやら『世にもあいまいなことばの秘密』という本のお話というよりは、本書を読んだところから生じた所感になってしまいましたですが、(できすぎにもせよ)事例の数々は世の中で接する機会の多いものですし、それの回避方法もまた、言葉を発するときに参考にはなりましょう。例文が気になる方はどうぞ本書に当たってくださいましね。
ともあれ、ああだこうだと言っておきながら、自分の書くものはどうであるのか。書き言葉には至極注意を払っておるつもりではありますが、果たして誤解の生じるような事態を回避できておるのやら…。書き言葉は「残る」という点でも不安ですよねえ(苦笑)。